集団行動 ~名所巡り~
5月14日――
修学旅行二日目、移動日を除けば初日目、今日は集団行動の日だ。
一同はバスへ乗り込み、これからユライカナンの各名所に向かうことになっていた。
この日の朝、当然のごとくラムリーザの隣で目を覚ましたソニアは、その後こっそりと自分の部屋に戻っていくという、まぁ当然のことながら謎めいた行動をしていた。
「あいつはいったい何なんだ」
去年のキャンプでソニアがラムリーザの居る寝室に入り込んできたので経験済みだが、それでもリゲルはソニアの出ていった扉を見つめながらつぶやいた。
「うーん、去年から一緒に暮らすようになって、毎晩一緒に寝ていたからソニアはそれが普通に思うようになったんじゃないかな」
「変なところで甘えん坊だな」
ジャンはソニアをそう評する。
「去年もネットゲームにはまっていた間だけは、一緒に寝なかったけどあの時は事情が特別で、どちらかと言えば異常だったからなぁ」
「別にセッ○スをやりにくるわけでなく、来たらすぐに寝入っていたようだが?」
「ああ、ソニアは側に引っ付くとすぐに寝るよ。例外はあるけど」
「世界で一番安心できる場所なんだな。それで例外って何だ?」
ラムリーザは、ジャンには答えられなかった。ココちゃんというクッションをベッドに持ち込むだけで、気にしまくってなかなか寝れないというのは、あまりにも謎だし馬鹿げていたからだ。
「こんな修学旅行の宿舎でまで来るのだから、例外もクソもないだろう」
リゲルは着替えながらそう言いのけた。確かにこの場合、例外とか言っている場合ではなくて、ソニアの行動そのものが常に例外だ。
しかし朝食時も、バスに乗り込んでからも、ソニアはラムリーザの所に夜やってきたことは一言もしゃべらないのであった。無論、「ラムと一緒に寝たんだよ」などと自慢は、今日に限らずこの一年間一度もしていなかった。ソニアにとって、ラムリーザと一緒に寝ることは日常であり、特別なことではなくなっていた。
ラムリーザ自身にとってはどうなのか? それはわからなかった。
バスの座席は昨日と同じ配置になっていた。
朝から雑談まっしぐら、ラムリーザは昨日のようにソニアとリリスが喧嘩を始めないように、慎重に話題を選びながらやり過ごしていた。
「貌の形って映画、もう見たかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「まだ見てない」と答える。
「何でしたっけ、あれ」
ユコの問いに、リリスは「顔が不自由、要するにブスだから嫌がらせを受けるようになった少女と、彼女のいじめの中心人物となったのが原因で周囲に切り捨てられ孤独になっていく少年との触れ合いをテーマにした映画で、その二人の純愛を描いているのよ」と答えた。
「要するに、人は顔じゃないって言いたい映画なのね?」
「いいえ、人の顔じゃないって言う映画よ。結局ブスだったから、残念ながら二人は結ばれなかったの」
「何よ魔女顔のリリスだって人の顔じゃない。地底人みたいな顔しているくせに」
ラムリーザの右側に居る三人は、映画談議に花を咲かせていた。ただリリスの話を聞いただけでは、何がテーマの映画なのかよくわからないし、ソニアの言っていることもよくわからない。
「顔のある眼って映画を知っているか?」
ラムリーザの左側に居るリゲルも、映画の話をしていた。
ジャンは「知らない」と答える。
「交通事故で顔以外に大火傷を負って死んでいく話だ。拉致してきた人の全身の皮を剥いで移植しようとしたが、どう考えても無理だろ? というわけで、結局死んだ。拉致された人も死んだ」
「意味分からんな、映画にする必要はあるのか?」
「要するにぼんやりと見てしまった俺の時間を返せ、というわけだ。無駄にグロいだけで顔だけが無事なところに、映画監督の顔面至上主義が見て取れるくだらん映画だった。ラストで死に顔だけは美しかった、とか抜かしやがる」
どうも今日の会話のキーワードは「顔」であるようだ。
そんな中、ラムリーザはレルフィーナから、まだ朝だというのにカラオケマイクを差し出された。とことんカラオケが好きな娘だ。
めんどくさいので、「まあるいお尻の人が居る、三角お尻の人が居る」と、適当に歌っておいた。昨日よりは、好評だったようだ。
最初に訪れた場所は、聖水寺という聖地のようだ。
寺という建造物は、ユライカナンの文化的建造物であり、帝国で見れば竜神殿の造りがそれに近いと言える。
この場所で有名なものと言えば、ブリーク・フォールという小さな滝だ。滝自体はそれほど大きなものでなく少量の水が流れ出ているだけなのだが、その水に特別な設定があった。
それはこの水を飲めば古来より、学業成就や恋愛成就、そして健康長寿の願いが叶えられると伝えられているのだった。
丁度三箇所から流れてきており、右側が学業成就、真ん中が健康長寿、そして左側が恋愛成就となっているようだ。
その場所に来たとき、ラムリーザたちの間でちょっとしたやりとりがあった。
「ソニアとリリスは右側の頭が良くなる水を飲むべきだな」
そう言ったのはリゲルだ。そのリゲルは、真ん中の水を飲んでいる。ロザリーンも、リゲルに倣っているようだ。
「何でよ! あたしは恋愛の水を飲む!」
ソニアは左側に向かおうとするが、そこにラムリーザは「誰との恋愛をだ?」と問いかけてみた。
「ラムとに決まってる」
「いや、もう水を飲むまでもないだろ?」
「でも絶対に頭が良くなる水は飲まない!」
どうやらソニアは、頭が良くなることを放棄しているようだ。
二人がそんなやりとりをしているうちに、ジャンの二人は左側の水を飲んでいた。
「僕はリゲルみたいに賢くなりたいから、右側の水を飲むよ」
そこでラムリーザは、一計を案じる。リゲルなどは、「お前は真ん中の健康長寿を目指すべきだろ?」と突っ込むが、「今でも十分に健康だよ」と答えておいた。
ソニアは口をへの字に曲げてラムリーザが学業成就の水を飲むのを見ていたが、やがて「ラムが飲むならあたしもそれにする」と言って、後に続いたのだった。「ラムが行くなら行く、行かないなら行かない」と亜種が発動したようだ。
こうしてラムリーザは、ソニアに頭の良くなる水を飲ませることに成功したのだった。
これを見てリリスも、「私もソニアより馬鹿になるのは癪」などといって同じ水を飲み、「ラムリーザ様に試験で負ける」と言ってユコもそれに倣うのだった。ちなみにユコは、試験では平均点辺りでラムリーザと良い勝負をしているのだ。
一方レフトールなどは、「健康であると同時に頭も良くなってやる」と言って、二箇所の水を飲んだりしている。
すると聖水寺の案内人に、「二箇所以上の水を飲むと、欲が深いとみなされてご利益が無くなりますぞ」などと言われるのであった。
「先に言えよ! 夢もチボーもネーな!」
レフトールはヤケクソになって、残りの恋愛成就の水まで飲み干すのだった。誰との恋愛が成就するのかは不明ではあるのだが。
そんな感じに、聖水寺の名所を見て回っていた。
再びバスに乗って移動する。
今度の移動中は、昨日は口論に必死で見向きもしなかったカラオケマイクを、ソニアとリリスで奪い合っているのだった。
昼食を挟んで、再びバスで移動する。
その昼食として出されたものはユライカナン名物のリョーメンだったが、これもラムリーザたちにとっては体験済みだった。ただ、調味料置き場にシチミのビンがあったので、ラムリーザはソニアたちに気付かれないようにこっそりと隠しておくのだった。
次の名所観光は、象牙の塔という場所だった。
しかし見た感じでは普通の木造の塔で、白く輝いているわけでもなくどこに象牙が使われているのかわからなかった。
「これのどこが象牙の塔なんだ?」
「象牙というより、木造の塔だねぇ」
ラムリーザとジャンは、そう言いながら首をひねる。ソニアも「あたしのイメージした象牙の塔じゃない」などと言っている。
「それじゃあ、あなたはどんな塔を想像したのかしら?」
リリスの問いに、ソニアはべらべらと持論を展開し始めていた。
「周囲は岩山に囲まれているけど、中央の象牙でできた部分は白く輝いているの。それで、一番光り輝いている天辺には、幼心の君っていう妖魔が住んでいるの。そこにたどり着くには、長い長い塔の道を登っていかなければならず、途中には闇の四天王とか待ち構えているの。とにかく時間がかかって、ゲームは一日一時間などと制限をかけられている人は、どうやっても天辺までたどり着くことはできないクリア不可能のクソゲーなの」
何だか途中からゲームの話になっているようだが、ソニアの頭がファンタジーだということだけはよくわかった。
「そんなファンタジーなものではありません」
象牙の塔の案内人が、ソニアの説明を聞いて訂正した。
「六十年ほど前の話になりますが、元々は木で造った塔に、上から薄く加工した象牙を貼り付けて象牙でできた塔に見えるように造るという予定だったけど、いろいろと国内で争いとかありまして予算の確保ができず、象牙で覆うことができずにそのまま木造のまま保留されているのです」
まあ普通というか、残念というか、そんな内容の話であった。
「じゃあ国が潤うと、いずれは白く輝く塔になるのですね?」
ラムリーザの問いに、案内人は「そうなるかもしれないし、保留されたままになるかもしれないし、未来は読めません」と答えた。
「俺は今のままの方が、現実味があって良いと思うけどな」
リゲルは、そう感想を述べていた。
「そうだねぇ、現実的なのがいいよねやっぱり」と、ラムリーザも賛同しておいた。
「あたしだったら水晶でできたクリスタルタワーを建てる」
ソニアは、相変わらずファンタジーな発言をしている。
「水晶なんて透明で、プライバシーが全然ないじゃない。私なら白銀の塔を建てるわ」
「ふんだ、リリスの塔なんて、エルフに攻められて陥落してしまえばいいんだ」
そこで何故エルフが出てくるのかわからないが、今日のソニアはなかなかファンタジーな思考を持っているということでいいだろう。
今のソニアにいろいろと話を聞くのは面白そうだと思ったラムリーザは、次に行く場所についてソニアの意見を聞いてみることにした。
「次は科学の最先端と謳われている、バイオ研究所の見学に行くみたいだけど、そこはどんな所かな?」
「えっと、生き物の生命エネルギーを集めている施設で、繭みたいなものを作って人間を含む様々な生き物を閉じ込めているの。繭に捕らわれた生き物は、まだ意識があって助けてくれーなんて言っているけど、取り込まれた身体の一部が繭と同化していて、もう助け出すことはできないの」
「……気色悪いな!」
ファンタジーではなかった、ただのグロだ。ラムリーザはソニアの説明を聞いて、バイオ研究所に行きたくなくなったが、実際に行ってみるとなんてことはない、普通の研究所だった。
そこでは微生物の自然の力を利用した発酵食品や植物活力剤を開発しているだけだった。ユライカナン五大調味料の一つ、そょうゆは主にここで作られているようだ。
そょうゆの味見もさせてもらったが、そこでソニアとリリスが「どちらがそょうゆをたくさん飲めるか勝負」などと言い出したので、ラムリーザは「馬鹿なことはやめるんだ。調味料を飲み干すだけで何が勝負だっ」と止めるのに精一杯だった。
後で聞くと、そょうゆを大瓶一杯一気に飲むと普通に死ぬらしいので、もしも勝負を許容していたらと思うとぞっとするのだった。
そういえば今日の昼食に食べたリョーメンでは、スープにそょうゆを使っているそょうゆリョーメンだったわけだが、そこまでは気がついていなかった。
この日に最後に訪れた場所は、自然の観光名所で「雲天」と呼ばれる山の頂だった。そこから見る夕日は美しいものであったが、気になるのはその頂にあった遺跡だ。
四本の柱で囲まれた聖地になっていて、その中央にある石碑に雷を当てると、「霊峰の指」という秘法が手に入るらしい。ただし、雷の当て方はわからないのであるが。
「雷ならラムが発射してくれると思うよ」
ソニアは無責任な事を言う。ラムリーザに雷を放出する力は無い。
「それはどこの魔法使いだ?」
「ラムって名前は雷使えそうなんだけどなぁ」
ソニアはそう言うが、ラムリーザにはその理屈がさっぱりわからない。今日のソニアの頭の中は、終始ファンタジーであるようだ。
「ソニアの魔法は尻から出るけどね」
そこでまた要らぬことをリリスは口走る。ラムリーザは、とりあえず口論を始めたソニアとリリスを放置して、ユライカナンの町並みを見下ろしていた。こんな展望台みたいな場所をフォレストピアにも作ろうかな、などと考えながら。
そういうわけで、修学旅行二日目の集団行動は終わった。明日は一日自由行動らしい。
再びバスに乗って、泊まっている宿舎のトリトンホテルへと戻ったのだった。