自由行動日 ~釣鐘で遊ぶ娘~
5月15日――
今日は待ちに待った、修学旅行自由行動の日。
朝から特にここへ行くという指導はなく、ずっと一日中自由に過ごしてよい日だ。もっとも、門限二十一時という規則だけはあったが、時間はそれだけあれば十分だ。
そういうわけで、ラムリーザたちは宿舎のロビーに集まって、今日の予定を話し合っていた。
「えーと、ラムリーザはソニアと。リゲルはロザリーンと。俺はリリスと。ユコは、レフトールと?」
ジャンが仕切り始めて、強引にカップルを作り始める。ラムリーザとリゲルは既に公認の仲だが、残る二組はどうなのだろうか?
「四組のデート、クアドラプルデートか?」
リゲルが難しい言葉で聞いたところ、リリスはとくに何も言わないがユコが憤慨した。
「私はレフトールさんと付き合っていませんの!」
「なんでー、ゲーセンで付き合っているじゃねーか」
ユコとレフトールは、あまり表では語られないがゲーセン仲間になっている。しかしユコは、ピシャリと言い放った。
「ここはゲーセンではありませんの!」
「なんやもーおもしろないのー。まあええわ、俺はマックスウェルたちと出掛ける。じゃあな」
ユコに振られたレフトールは、そのまま子分たちを引き連れて宿舎から出て行ってしまった。
この展開にジャンは小さく舌打ちをする。彼はこのグループの女子たち一人一人に男子をあてがうことで、どさくさにまぎれてリリスと二人きりになる機会を作り出そうとしていたのだ。しかしレフトールが去った今、女子が一人余る。こうなったらリリスはユコと行動するのが目に見えているので、作戦は失敗したということになってしまう。
まあレフトールとユコを二人きりでデートさせる作戦自体が、無理があったようなものでもあるのだがね。
そうこうしている内に、リゲルとロザリーンが二人で抜け出してしまった。リゲルはミーシャミーシャと言ってるが、ロザリーンと真面目な交際を続ける気は十分にあるようだ。
そこまではジャンの想定内だったが、これまたそうこうしている内に、ソニアとリリス、ユコのトリオが、まずはユライカナンの竜神殿に行ってみようという話を決めて、そのまま出発しようという雰囲気になった。
ラムリーザがそのまま三人についていこうとするので、ジャンは仕方なく今回は五人で過ごすことにしたのだった。
ラムリーザたちの住んでいる国、エルドラード帝国では国教として竜神テフラウィリスを崇めていて、各地に竜神殿が建てられている。新開地フォレストピアにも、早い段階から神殿関係者がやってきて神殿を建てたものだ。
そして現在旅行で来ているユライカナンも、実は竜神テフラウィリスを崇めている。
というより、広い範囲で崇められている神であり、エルドラード帝国だけでなくこの近隣の国々、さらに世界には同じ神を崇めている国はいくつかあると言われていて、世界三大宗教の一つだった。
だが、神の起源は同じでも崇め方は国それぞれだ。
帝国では神殿と呼ばれているが、ここユライカナンでは「テラ」という名前で呼ばれる施設で竜神を祀っているようだ。帝国の神殿が主に大理石でできているのに対して、この国のテラは木造建築物が主流のようだ。
また、竜巫女がいろいろと祭事を取り計らっている帝国とは違い、この国では頭を丸めた人が、何やら念仏を唱えている形式になっている。
「ふーん、神様は同じでも、雰囲気は全然違うね」
少しでも風が吹けば木々のざわめきがはっきりと聞こえるぐらい静かな境内、時折「ゴ~ン」と鐘の音が響き渡る。
鐘と言ってもカァンという澄んだ音でなく、ゴォンという深い音。この音もまた、初めて聞く音だった。
結構歩いたので、まずは一休みということで、テラに来る途中で立ち寄った弁当屋で買った弁当を広げて、五人は少し早い昼食を取ることにした。
「昼ご飯といえば、旅行に来てしまったのでマグマカレーを食べることができませんわ」
ユコはぼやくが、ラムリーザはユコがマグマカレーを食べたいわけではないことを知っていた。目的はその景品のぬいぐるみだ。ソニアはクッションだと言い聞かせるが、どうでもいい。ぬいぐるみだ。
「何個になった?」
ソニアの問いに、ユコは「七体」と答えた。先日聞いた時から二つ増えている。休日は確実にカレー屋に通っているな、これは。
「くっ、あたしはまだ三体。ラム、旅行から帰ったら毎日マグマカレーだからね!」
「いや、僕はあのぬいぐるみ要らないからソニア一人で集めなさい」
「むーっ、ぬいぐるみじゃなくてクッション!」
ソニアは二馬力でココちゃんを集めようと考えたが、ラムリーザはマグマカレーを食べる気は無かった。激辛なのはもちろん、熱いのも嫌だった。
昼食が終われば、今度は自由に境内を散策してみることになった。
ソニアたち三人娘は、連れ立ってどこかに行ってしまい、ラムリーザとジャンの二人は境内の石でできたベンチに取り残されてしまった。
「あーあ、今回はリリスと二人きりのデート作戦失敗かぁ」
二人きりになったところで、ジャンはラムリーザにぼやいた。
「本気でリリス狙うんだね。でもそれならこんなクラス単位で集団行動する旅行じゃなくて、最初からリリスと二人で出掛けたらいいじゃないか。ほら、あの遊園地の時みたいに」
「あれか、こんど君たち二人にデートのなんたるかを教えてあげんといかんな。しっかしお前とソニアの自然体がうらやましい。あーあ、俺も幼馴染が欲しかったなぁ」
「僕たちが知り合ったのも小学生の時だから、ジャンもソニアと幼馴染ということになるよ」
「それならソニアよこせ、リリスとセットで」
「なんやそれ」
ジャンは「あーあ」とつぶやいて、石でできたベンチに寝転がった。それを見て、ラムリーザもジャンに倣う。
石でできたベンチはひんやりしていて気持ちいい。時折流れる風も気持ちいいし、木の葉がすれる音も耳に心地よいし、時折鳴るゴーンという音も気分が安らぐ。こういうのを、風流とでも言うのだろうか?
「なんか違うぜ、こんなの」
相変わらずジャンはぼやいている。
「どうなったらいいんだ?」
「んとな、こういう修学旅行の自由行動の日には、お気に入りの女の子が二人きりでの街見物に誘いに来るべきなんだ。そして、有名なスポットを見て回る。最後に例えば、鹿・グレートとかハブ・ロードが襲い掛かってきて、それを俺が撃退するんだ。そうして女の子の好感度を上げて、めでたしめでたしってなるはずなんだ」
「なんだかファンタジックな展開だけど、そううまくいくのかな?」
「いかんだろうな、現にソニアは一人で君を誘いにきていない。朝からあの三人は一緒だった、ソニアは夜中にこっちの部屋に忍び込んできているのに! だ。なんなんあの二人は、朝ソニアが居ないことに違和感感じないのか?」
「それはまぁ、たぶんまたか……って思っているだけだと思うよ」
ソニアがラムリーザの所へ夜這いしてくるのは、去年だけでも自動車教習合宿、クリスタル・レイクでのキャンプと二度も体験している。そうなればこの修学旅行でも、二度あったことが三度目になっただけで、今更騒ぐこともないというわけだ。
「君たち二人はフリーダムすぎるぞ。今日も別に恋人同士二人きりで過ごそうと考えないしな」
「まぁ、いつものことだからね」
そこまで言うとラムリーザは目を閉じて、自然の中に身を任せた。静かな暗闇の中、ラムリーザは瞑想というものを自然にやっていた。
すると、遠くに燃えさかる炎のイメージが見えた。
ラムリーザは、そのイメージへと近づいてみた。その時、ゴーンと鐘の音が鳴る。
さらに進むと、その業火の方に近づくことができた。よく見ると、その炎の中に何かがあるのをおぼろげながら確認することができた。
さらに踏み込むと、それが自らの姿だということがわかる。そして炎は大きくなり、突然さまざまなビジュアルが浮かぶ。愛する者の顔や、嫌った者たちの顔だ。そのビジュアルはどんどん移り変わり、現れては消えていく。最後に見るものは、銀河の中の生命の誕生と闘争、爆発による破滅だった。
そこでラムリーザは、はっとして目を開いた。今見た破壊的なイメージが頭の中に残っているのか、ゴーンゴーンゴーンと低い鐘の音が続けざまに鳴り響いていた。
ラムリーザは首を振って、頭をしっかりさせた後に周囲を見渡す。
先ほどのビジュアルは何なのだろうか? この鳴り響いている鐘の音が、あんなものを見せたのだろうか?
次第に頭がはっきりしてきたが、相変わらずゴーンゴーンゴーンと連続で鳴り続けている。いや、幻聴ではなくて、本当に鐘が続けざまに鳴っているのだ。
向かいのベンチで横になっていたジャンも起き上がっていて、この異様な雰囲気をかもし出している音の出所はどこだ? といった感じにキョロキョロしていた。
「なんだかよくわかんないけど、たまに鳴っていた音が今連打しているね?」
「なんだろか、気になるから何が鳴っているのか調べてみよう」
そこで二人はベンチから立ち上がると、この鐘の音がどこから出ているのか探し始めた。
境内を散策すること数分、二人は音の出所に辿りついた。
そこには、木々の茂る中に建てられた、一軒の木造建築物があった。四本の柱で屋根を支えていて、その屋根から青銅でできた、コップを逆さまにしたような釣鐘がぶら下がっていた。そのすぐ横には、丸太が同じように屋根からぶらさがっていて、それを振って釣鐘にぶつけて音を出す仕組みのようだった。
そして今、その丸太についている綱を引いては押してを繰り返して、連続で釣鐘を叩き続けている緑色の髪をした娘がいるではないか。彼女は髪を振り乱して、一心不乱に鐘を突き続けている。
その傍らでは、黒髪と金髪の美少女二人が、やんややんやと応援していた。
時折側を通る他の人たちは、その娘に怪訝な視線を向けながら立ち去っていくのだった。
「な……」
ラムリーザは、その光景を見て絶句した。光景だけではない、近くまで来たことにより、音も大きくなってうるさい。たまに鳴る音は、心が落ち着くような音色だったが、こうグワングワン連発でやられると、落ち着くどころか気が狂いそうになる。
「ソニア、馬鹿なことはやめるんだ!」
ラムリーザは、鐘を乱打し続けるソニアに大声で語りかけたつもりだが、大きな音を出し続ける鐘のすぐ下にいるソニアの耳には届かなかったようだ。
なんでそんなに必死で叩き続けるのだ?!
ラムリーザは関係者だと思われたくなくてあまり近寄りたくはなかったが、仕方が無いので釣鐘が設置してある建物の側へと足を進めた。鐘の音が波状攻撃となって進行を妨げるが、そこをなんとか耐え忍んでソニアの側へと辿りついた。
そのままひょいと、鐘を突くために用意されている丸太、撞木からぶら下がっている縄をソニアから取り上げた。
「あっ、ラム?」
きょとんとした顔で、ソニアはラムリーザの方へと振り返った。鐘の音の余韻がグワングワン言い続けている釣鐘の下で、ラムリーザはソニアの頭にげんこつをポカリと振り下ろした。
「なっ、なんで~?!」
頭を抱えたソニアはラムリーザに不満そうな視線を投げつけてくる。
「通行人の迷惑になっているから止めろ。というより僕もうるさい、鐘を叩くの禁止!」
「なんでー、叩けるようになっているから叩いてもいいじゃないのー」
「せめて一回だけにしろよ……、というかなんでこんな意味不明なことになっているんだ」
ラムリーザが、こうなった原因を聞いてみたが、聞くだけ無駄なしょうもない話だった。
それはユコの作り話というか、とっさに思いついた話が原因で、この鐘を力いっぱい叩いて割ることができれば、巨大な富が授けられるという作り話を語り、ソニアがそれにまんまと騙されて叩き続けるというハメになったわけだ。
「普通に考えて、この鐘が叩いたぐらいで割れるわけないだろ?」
「わかんないよ、叩き続けてたら少しずつ少しずつ削れて壊れるかもしれないじゃない」
「そんなもろい鐘だったら、とっくの昔に壊れているはず、とにかく馬鹿なことはやめるんだ」
「ふむーん……」
膨れっ面のソニアを、リリスとユコはニヤニヤと眺めている。結局のところ、今回もソニアはハメられたのだ。
それでもとにかく、この意味不明な行動はやめさせるべきだ。この行為はほかの人の迷惑にもなっている。
「それならみんなで一度ずつ叩いて、それでおしまい」
そう言って、ラムリーザは一度だけ鐘を突いた。撞木からぶら下がっている縄を引っ張って、鐘に叩きつける簡単な仕事だ。
ゴーン――
一度だけ鳴る音なら、なんと気持ちがよくて心が洗われるような音なんだろう。
そんな鐘の音を、ソニアは台無しにするのだから、そこはもう破壊の才能としか言わざるを得ない。
その後四回ほど鐘の音が響き、しばらく余韻が続いた後でテラの境内は静けさを取り戻していった。