建国祭を開催してみよう
5月23日――
エルドラード帝国の建国記念日まであと二日と迫ったこの日、帝国内でチェーン展開しているカレー店「ココちゃんカレー」でラムリーザとジャンは談話をしていた。
正面の席ではソニアとユコの二人が、悪戦苦闘しながらも「ココちゃんマグマカレー」を食べている。むろん辛い物好きというわけではなく、景品のココちゃんぷにぷにクッションが目的だ。
ちなみにリリスは、昨日も食べたし自分はクッションはそんなに欲しくないということで、今日は先に帰ってしまった。
「ところでさ、今年の建国祭はどうする? また帝都に行くか?」
「そうだねぇ、それでもいいけど、ここでもやってみないか? 別に地方で建国祭をやってはいけないという決まりはないし、むしろ地方でもどんどんやろうって方向に動いていたはずだよ」
ラムリーザはジャンに尋ねられて、面白い提案をしてみた。フォレストピアはユライカナンとの文化交流のために作られた街だが、帝国であることには変わりないので建国祭をやっても不都合は無いはずだ。
「第一回フォレストピア開催エルドラード帝国建国祭か、もっと早く話を切り出すべきでもあったな、なんとか明日一日で準備できるものだろうか」
「そんなに規模は大きくなくていいから、屋台の準備とかがメインでいいと思う」
「それで行ってみるか。明日は学校休むかな?」
「それはまずいだろう、お祭り準備で街全体を休暇にして準備しよう」
カレー屋の席で、街の方針について会議しているのも不自然な感じだが、ジャンはこの後で近隣の有力者に掛け合って、急ではあるが話をしてみるということになった。
この街には、ユライカナンの人も店を開いたり、帝都観光の拠点として集まったりしている。文化交流の一環として、帝国の建国祭を見てもらうのもいいだろう。
「運営の方はジャンに任せるよ。資金に関しては気にせずやってくれ」
「おーおー、お金持ちだねー」
「お前もなー」
領主と一流クラブのオーナー、このコンビだと財力はフォレストピア一となるだろう。
目の前のソニアとユコは、滝のような汗を流しながらマグマカレーを半分ほど消費していた。まだまだ先は長そうだ。
「そういえば去年の今頃は、ネットゲームでひどい目にあったな」
そういうわけで、ラムリーザとジャンの談話は続いている。
「ネットゲーム? 何やってたん?」
「何だったっけ、四神なんとか。キュリオで遊ぶ携帯ゲームだったね。この端末を買うのも最初はそのゲームをやるのが目的だったと思うよ」
そう言いながらラムリーザは、自分の持っている携帯型情報端末キュリオを取り出して見せた。
「あああれか、まだサービス続いていたっけ? いや去年の十月末でサービス終了しているな」
「帝都に連れ出して、ジャンの店でライブの話が始まらなければヤバかったと思うよ、あれは酷かった」
「まぁ、ああいうネットゲームは中毒性あるからな。ほどほどにしておかないと、ガチャは青天井だわ、生活の全てをゲームに費やす奴とか出てくるし」
ソニアたちは後者だった。金が無いのでそれほどガチャはやってないが、その代わり長時間プレイをしており、徹夜は当たり前だった。
「一週間で二十五万エルドほど使ったよ。ソニアたちをネットゲームの世界から連れ戻すための出費と考えたら、全然痛くないけどね」
「そんなに使ったのか。まぁ世の中には億単位で使い込む人も居るから、その辺りは人それぞれ。俺が億単位使うぐらいなら、そのゲームの権利を買い取るけどね」
「ああ、ゲームの権利を買ったら、自分でデータいじって簡単に最強になれるよね」
「そこまでやる必要も無いけど、やってみるのもおもしろいかも?」
「そうだね、とりあえずソニアたちが連日徹夜とかまた無茶をするようなネットゲームが出てきたら、権利を買い取ってサービス終了してやればいいんだ」
ラムリーザからしてみれば、それが不可能とも言えない財力を持っていることが恐ろしいと言えるだろう。
「そっかー、リリスたちがネットゲームにはまってくれたから帝都に来てくれたんだねー」
「ちょっと違うけど、あの時はほんと大変だったんだからな。たぶんこれまでの人生で、一番ゲームを真剣にやったよ」
「真剣になる方向性が違うと思うけど、それで帝都に来たときにリリスに一目惚れしたってのは話したと思うけど、ネットゲームをやっていなかったら帝都に来なかった可能性もあるわけだ」
確かにあの時は、何でもいいからソニアたちを外に連れ出そうとして、帝都の建国祭に行ったのだ。ネットゲームやっていなければ、その時にジャンとの再会も無く、ラムリーズとしてのライブも始まらなかったかもしれない。
「人生何が良くて何が悪いか、わからんね」
ラムリーザは、去年の今頃のことをしみじみと思い返しながらつぶやいた。
「お、哲学的なことを言うのか?」
「いや、フォレストピア計画が無ければ、そもそもリリスたちに出会うことも無く帝都で暮らしていただろうしねぇ」
「それは困る! ぬっふっふっ……」
思いっきり反論しながらジャンは、唐突に笑い声を上げる。見ると目の前で並んで激辛カレーを食べている二人の顔は、涙と鼻水まみれでなんとも形容し難い感じになっていた。
「そこまであのぬいぐるみが欲しいかなぁ」
ラムリーザは二人を心配しながらぼやいた。結局のところ二人が突き進んでいるのはクッションのためなのだ。景品をいっそ割高で買い占めるか? とも考えるが、馬鹿馬鹿しくもあった。百個以上も同じクッションを買うのも馬鹿らしい。
「ぬいぐ……るみじゃなく……て、クッショ……ン」
ソニアは激辛カレーでへとへとになりながらも、訂正する気力は残っていたようだ。
「ところでジャン、リリスを君のホテルに住ませているって話だけど、もうやった?」
「ノーコメント」
「いや、以前ソニアとやっているかってしつこく聞いてくるから答えたじゃないか、そっちも答えろよ」
「リリスファンに悪いからノーコメント。脇役がヒロイン候補に手を出しているとか知れたら、猛烈なバッシングを受けるものだ」
「また何か設定を作っているな? ってか脇役とかヒロイン候補って、ジャンが主人公ならリリスがメインヒロインでいいんじゃないか?」
「ラムリーザが主人公なら俺は脇役でリリスはヒロイン候補だ。まぁ物語的にはリゲルが主人公なら面白いんだろうけどな、ダブルヒロイン状態だし」
「設定の話はもういい。しかしリリスにファンとか居るのかなぁ、学校では前々目立たないし」
ラムリーザは、いつものリリスを思い浮かべてつぶやいた。リリスはまごうことなき美少女だが、だからといって大勢の男子に言い寄られているわけではない。ソニアたちと雑談しているとき以外は、机に突っ伏して寝ていることが多い。
「あの学校――、というかこの地域の学生はおかしい。なんでリリスがフリーなんだ? この地方ではどんな女がモテるんだ? 帝都なら間違いなくリリスはモテモテだ。しばらく付き合ってきたけど、見た目だけの地雷物件ってわけでもなさそうだし、これが競争相手も無く独占できるのだから不思議だ。まぁその方が楽で良いけどね」
たしかにジャンは、何の抵抗も無くリリスに手出しできている。
「過去がねぇ……。それに美少女のメッキが剥がれたら、やっていることや思考はソニアとあまり変わらんし。ん、なんか以前もこんな話したな」
リリスは普段は妖艶な雰囲気を作り上げているが、ソニアと関わって地が出ると妖艶さは吹っ飛んで馬鹿っぽくなる。そういえばネットゲームでヨレヨレになるまでのリリスは、終始魅惑的だったなとラムリーザは思い返していた。
激辛カレーを完食したソニアとユコは、それぞれココちゃんを抱きかかえてふらふらと店から出ていった。その二人の後からついていきながら、ラムリーザとジャンは談話を続けていた。
「そういえばまたユライカナンからお店がくるけど、今週末は建国祭にするから来週にしよう」
建国祭の舞台は、フォレストピアのメインストリートから一筋逸れた二番街、ペニーレインに屋台を並べて作り上げることにした。メインストリートは大通りなので、屋台には向かないだろう。
「いか……めしや……は作って……ね」
屋台と聞いて、いかめし好きなソニアはかすれた声で要望を出した。フラフラでも話に入ってくる気力は残っているようだ。
まぁ建国祭といっても、やっていることは屋台を並べたお祭りみたいなものだ。
「最近何やってる?」
唐突にジャンはラムリーザに尋ねた。
「最近? んー、まぁいつも通りドラム叩いたりソニアがプレイしているのゲームを眺めたりしているよ。昨日の件があって格闘ゲームは封印したみたいだから助かっている」
「妹は元気にしているかな?」
「ソフィリータ? んー、あまり部屋には行かないけど、相変わらずサンドバッグを蹴っているみたい。格闘技にはまっているからね、バクシングも始めたかな?」
「リゲルは部活の無い日は何をやっているんだろうなぁ」
ジャンは、この場に居ないリゲルのことも尋ねたので、ラムリーザは知っている範囲で答えた。
「リゲルはね、最近は天文台の視察に行くことが多いんだ。フォレストピアを作るって話をしたとき、彼は天文台を作ってくれと言ったので、山の頂上に建てているんだ。彼は車を持っているから、そこまで行くのは楽だろうね。ロザリーンも天文部で同じだから、一緒に行っているらしい」
「んん? リゲルはこないだミーシャと一緒に映画館へ入っていくのを見たぞ? 確か悪魔の棲む沼だったっけ、今やってるの」
ジャンはラムリーザの話を聞いて、面白そうに言った。
「また怖そうなのやってるな。しかしリゲルはミーシャとのことはロザリーンに隠していて、ロザリーンとのことはミーシャに隠しているっぽい」
「うまいな、均等にフラグを立てていて、しかも相手には悟られない。リゲルはナイスボートの才能があるみたいだ」
「いや、意味わからんて。ナイスボートってなんやね」
その時、丁度ユコの家へ向かう道との境目にやってきたので、ユコは三人に別れを告げるとフラフラと去っていった。
「あんなにフラフラになるような激辛カレーをそろそろ十回程食べたんじゃないかな」
「このぬいぐるみ、そんなに良いかねぇ」
ジャンは、ソニアの抱えているココちゃんを覗き込みながら首をかしげる。ココちゃんは、見た目だけではただの白くてずんぐりむっくりした丸くて手足と尻尾の生えたぬいぐるみだ。
「ぬいぐるみじゃなくて……、クッション……」
少しは口調が正常になってきている。
「このぬいぐ――クッションは、これで五つ目だなぁ。同じものばかり、飾るのも苦労するよ」
「クッションを飾るのは……、変……」
ソニアはそう言うが、床に転がしておくのも何なので、ソファーの上に並べたり、ベッドの上に置いたりしている。今でもソニアはベッドの上に置くのを何故か不満がるが。理由はクッションをベッドの上に置くな。何故ダメなのかわからないが、ぬいぐるみならいいけどクッションはダメだという。いまいち意味がわからない。
「それじゃあまた明日!」
ジャンは手を振り、ラムリーザたちに別れを告げて自分の店へと戻っていった。ジャンが角へ消えるまで見送った後、ラムリーザとソニアは自分たちの屋敷へと向かった。
「しかし五つ目どうするん? 同じのばかり飾ってもおもしろくないし」
「だったら、あたしの部屋に投げ込んでおく」
「それはそれで放置しているみたいで可哀相だ」
二人の住んでいるフォレスター邸。一応ソニアの部屋も用意されているが、ラムリーザの部屋に入り浸っているのでほぼ使用していない。
ラムリーザは、ソニアの部屋が隣なので、そのうち部屋と部屋をつなぐ扉でも作ろうかと考えていた。ソニアが部屋を使わないのなら、倉庫部屋として利用する手もある。
しかし、数が増えたからという理由だけでココちゃんを放り込むのは気が引けた。
ソファーに三体、ベッドに一体。今日の戦利品は、普段は使わないテーブルとセットになった椅子の一つにでも乗せておくか。