うらにわにはにわにわとりがいる その三
5月24日――
今年の始めに、ラムリーザたちはウサリギと遭遇して一触即発の危機っぽくなったことがあった。
元々は、ポッターズ・ブラフ地方領主の娘、ケルムにウサリギとレフトールの二派は従っていた。しかしレフトールがケルムから離反したことで、ウサリギはそれ以来何かとレフトールを牽制してきているのだ。
その当時、レフトールがラムリーザを攻撃した理由については、彼自身が語ろうとしないので今となっては不明である。しかし今はとりあえず、ラムリーザの周囲はそんな抗争からは無縁の状態でいることができた。
ただし、レフトールとウサリギは、いつぶつかり合っても不思議ではない、そんな状態が続いているのだった。
レフトールは、ウサリギのことを考えていたら疲れるので、ラムリーザと一緒にドラムで遊ぶことで気を紛らせている、そんな日々である。
ある日レフトールは、昼休みに校舎内の廊下をぶらぶら一人で歩いているところでばったりとケルムと出くわしてしまった。
「――これはこれはケルム殿、ごめんくさい、ではあーりませんか?」
レフトールは一瞬固まったが、すぐに作り笑いを浮かべてケルムに恭しく一礼して軽口を叩いてみせるのだった。
ケルムは刺すような視線でレフトールを見つめていたが、やがて静かに問い詰めた。
「貴方はあのラムリーザと親しくしてどういうつもりですか?」
レフトールは苦笑いを浮かべた。その話題だけはケルムに問い詰められたくなくて、これまでケルムに会わないようにコソコソしていたという経緯があったのだ。しかしすぐに表情を引き締めて、自分の意見をしっかりと述べた。
「俺はもうあんたの物じゃない。いや、誰の物になる気は無く、俺は俺の物だ。だが強いて言うならラムさんの物だな、生活かかってっからネ」
今ではレフトールは、ラムリーザの番犬を自称していた。
「もう一度私に付く気はありませんか?」
「無いな、ごめんちゃい」
そこだけは即答する。より強き者に従うレフトールは、ラムリーザとケルムとではどちらが強いか理解していた。少なくともラムリーザには、レフトールの自信の拠り所とする力でも敵わない相手だった。権力的な意味でも、ラムリーザとケルムとではかなりの差があった。
「それよりもさ、あんたはなんでラムさんに執着する――、というかちょっかい出そうとするん?」
逆にレフトールが問いかけてみる。ラムリーザとケルムはうまく住み分けができているはずなのだ。それにそもそもラムリーザはこのポッターズ・ブラフ地方をどうこうするためにやってきたのではなく、隣国との国交を強化するための新開地開発のために来ているのだ。それと学校がここにしかないから、ここに通っているだけなのだ。
「前に話しをしたはずですよ。私は新開地の領土所有権が欲しいだけです。今に見ていなさい、フォレスター家を追い出して、このヒーリンキャッツ家が新開地の全てを頂きます」
「宰相の息子に逆らうのか?」
ここが、レフトールをラムリーザに従わせている点の一つでもあった。帝国では、皇帝の次に偉いのは宰相だ。新開地の開発自体、その宰相が自らの権力を増強するために自分の息子を領主にあてがったようなものだ。
「この地方では私が一番です」
「いや、フォレストピアは別の領土だけどなぁ」
「併合します。これも以前話しました」
「いやまぁ、聞いたけどさあ、無理だろう流石に……」
否定するレフトールを、ケルムはキッとにらみつける。その視線に気圧されて、レフトールは窓の外へと視線を逸らした。
そのまま少しの間、無言の時が流れていく。
レフトールがちらりと視線をケルムの方へ向けると、彼女はまだにらみつけたままだった。
「何にせよ、あいつらを不仲にさせるのはやめてくれ。あいつらおもしろいで、あんたも仲間に加わったらええのに。あのおっぱいちゃんとか、突っ込み所だらけで笑えるし」
「全然笑えません、あの女は邪魔なだけで面白くないわ」
「どぅーん……」
こうしてケルムとレフトールは、互いに平行線のまま無駄な時間を過ごしていた。
その一方で、ラムリーザはウサリギと意外な場所で、だがお馴染みでもある場所で遭遇することもあった。
時は同じく昼休み――。
ラムリーザはソニアを連れて、今日は学校の裏山へと遊びに出かけていた。
学校の裏山と言えば、とくに何の変哲も無い裏山だが、一部の生徒の間では濡れ場として有名――ではなく、ひっそりと知れ渡っていた。
現在三年生のニバスという者が管理体制を徹底させ、隠蔽工作その他諸々の対策を立てており、ごく一部のメンバーにしか知れ渡っていない秘密のスポット。ニバスは女遊びだけではなく、こういった秘密基地の作成運営に慣れ親しんでいる具合だった。
ラムリーザは、去年まで参加していたオーバールック・ホテルでニバスと知り合っており、ソニアとセットで裏山進入は顔パスとなっていた。このスポットは、ニバスの許可が無いものは、見張りに追い出されて立ち入ることができないのだ。
そこでケルムの番犬ウサリギだが、彼もなんだかんだで女遊びが好きらしく、この裏山に何度か立ち寄っていた。そういうこともあり、時々ラムリーザとも鉢合わせしている。
しかしウサリギ自身は、ラムリーザに対してどうこうしようとは考えていなかった。主に狙っているのはレフトール。レフトールがラムリーザの番犬を自称するなら、そいつをつぶすのがウサリギの使命だと考えていた。つまり、ケルムとラムリーザの代理戦争をウサリギとレフトールがやっているのだ。もっとも、ラムリーザ自身はケルムとやりあうなどとは全然考えていないのだが。
それにウサリギは、レフトールがラムリーザにやられたことも知っているので慎重になっていた。頭部に弱点はあるが、基本的にラムリーザは戦闘能力が高い。レフトールの強さを知っているウサリギならではの考えだ。
ウサリギはそれともう一つ、今年の始めにレフトールをラムリーザの前で叩きのめそうと考えてみたのだが、話の流れでそのラムリーザに銅貨を捻じ曲げられたのを見てから、そのありえないほどの力に少しビビっていた。
この日も裏山に入ってすぐのところで、ラムリーザとウサリギはばったりと出くわしていた。以前顔を合わせたことのあるラムリーザは少し真剣な表情で見やるが、名前しか知らないソニアはきょとんとしている。
だがぶつかり合うことは無い。
ラムリーザとウサリギは、お互いに視線で牽制しつつ、それぞれ連れの女生徒を引き連れて、裏山の茂みへとお互い消えていった。
「あいつ、レフトールの敵でしょ? ラムは戦わないの?」
ウサリギが立ち去ってしばらくしてから、ソニアは話しかけた。
「別に彼と争う理由は無いだろ、それにソニアは乱暴者が好きなん?」
「今だったらラムとレフトール、ソフィーちゃんも居るから三方向から包囲殲滅できるんじゃないかなぁ。なんかリゲルも強いし、変な関節技仕掛けてきて痛いし四方向からも攻められるよ」
去年はラムリーザの周囲に戦える人が居なかったので、ソニアはラムリーザが戦いに出るのを嫌がっていた。しかし今では仲間の中で戦闘が強い人が何人か居るので強気になっているようだ。
「相手が包囲完成するまで待ってくれずに突撃してきて各個撃破されたらどうするん?」
「正面にレフトールを配置して、レフトールが狙われている隙に最短距離でラムとソフィーちゃんが合流すれば、二対一であいつに互角以上の戦いができるよ」
「それだと最初から分散せずに三人で固まってぶつかっていった方が有利だね」
「それじゃあ包囲殲滅戦にならないよ!」
ソニアは力強く否定してきて、あくまで包囲することが重要だと言ってきた。
「ぶつかってから、徐々に両翼を伸ばしていってじわじわと包囲する作戦ではいかんの?」
「三方向から分散進撃して、相手が予定の場所に留まっていて包囲を完成させるのがいいの!」
この時ラムリーザは、ある分野ではソニアのゲーム対戦に付き合えそうな気がした。そこである提案をしてみる。
「じゃあ今度、戦術シミュレーションゲームで勝負してみるか?」
「今日は彼女と戦術理論かな?」
ラムリーザとソニアが会話をしながらいつも遊んでいる小さな川辺に到着すると、先客が居て二人に声をかけた。そこは二人のお気に入りの場所で、川のせせらぎの聞こえる落ちついた場所だった。腰掛けるのにちょうどいい大きさの岩も転がっていて、休むもよし、利用するもよしの便利スポットである。
「クロトムガ、が居ることは――」
ソニアはとたんに戦術講話をストップさせて、そこに居た男子生徒の後ろへと駆け寄ろうとした。
「――チロジャル!」
「はっ、ふあいっ」
ソニアの力強い呼びかけに、男子生徒の後ろに居た少女が体をビクッとふるわせながら、浮ついた声で返事した。
先客の二人はクロトムガとチロジャル。ラムリーザとソニアの二人と同じように、この二人も幼馴染だそうだ。そして去年は隣のクラスだったが、今年は同じクラスになっていた。
合成写真でのラムリーザとチロジャルの密会騒動以来、それが誤解だと解けてからは何かと親しくしている。そして主に川辺のこの場所で、一緒になって遊ぶことが多かった。
いつもみんなに手玉に取られていじられてばかりのソニアにとって、唯一優位に立てるような存在である気弱なチロジャルのことを、ソニアはとても気に入っていた。もっともチロジャルの方は、迷惑でしかないようだし、去年は別クラスだったが今年は一緒のクラスになって気の毒なことだ。
そういうわけでラムリーザは、裏山仲間のクロトムガとクラス内ではあまり接点は無いものの、この場所で遊ぶということで親密になっていた。
「ラムリーザって、普段家では何しているんだ?」
「んっと、ソニアがゲームしているからそれを見たり、ドラム叩いたりしている」
「いつもソニアが遊びに来ているんだな」
「おっとそうだねぇ、毎日遊びに来るからもうおもてなしが大変」
ラムリーザは、必要以上にソニアとの同棲状態は語らないようにしている。ここではソニアが毎日遊びに来ているという設定にしておいた。
「ゲームって何しているのかな、最近だと――、あれか? あの有名な格闘ゲームがバージョンアップしたって話しだし」
「格闘ゲーム? あれか、あれはなんかソニアの使っていたキャラが弱化したみたいで、クソゲーだって騒いでやってないし買ってないみたい。最近はなんか、画面の上の方にでっかい猿が居て、そいつが樽を転がしてくるんだ。で、坂になっている道を、樽をジャンプで飛び越えながら上まで登って行くってのをやってるね」
「あー、ドンコンキングか。ドンキンもゲーセンで流行っていたけど、ようやく家庭用のゲーム機に移植されたんだっけな」
「そこダメぇ……」
すぐ傍では、ソニアとチロジャルがきゃっきゃうふふと遊びまわっていた。ソニアはリリスによくやられるようにくすぐり攻撃をしていて、チロジャルは喘ぐような甘美な悲鳴をあげていた。
「チロジャルさん、ソニアのおっぱいを攻撃してみよう。で、格闘ゲームをやらなくなったから迂遠な対戦を求められなくなって助かっているよ」
ラムリーザは、チロジャルに反撃のヒントを与えながら雑談を続けていた。
「格闘ゲームと言えば対戦だろう、それが醍醐味だと思うぞ」
「それじゃあ一つ前のバージョンのやつで、今度ソニアと対戦してみろよ。全然面白くないから」
旧バージョンでソニアがやっていたせっこい攻撃が、新しいバージョンではできなくなっているのには、ラムリーザも感謝していた。数日前のゲームセンターで、その新バージョンでリリスにボコボコにされて以来、ソニアは格闘ゲームから離れていた。
「練習して強くなれば楽しめないか?」
クロトムガはそう言うが、ラムリーザと違ってやりこんでいるリリスでさえ喧嘩になるようなソニアのズルさなのだ。上手い下手言う前に、ゲームキャラ自体のバランスが取れていなかった。だからラムリーザはきっぱりと答えた。
「それは無い。それよりも、何かいい戦術シミュレーションゲーム知ってる?」
「んー、ランペルーリンゲリアとか?」
「ふえぇ……」
その時、ソニアの悲鳴があがった。ラムリーザとクロトムガが雑談しているうちに、ソニアとチロジャルの遊びはどんどん深みにはまっていって面白い感じになってきているようだ。
「さてと――」
「そろそろだな――」
二人は腰掛けていた大きな岩から立ち上がると、それぞれの相手を抱きしめて――