フォレストピアでの建国祭
5月25日――
さて、今日はエルドラード帝国建国記念日。毎年主要な都市では建国祭が行われている。
そして今年からは、フォレストピアでも建国祭を行うことになった。
ラムリーザとジャンは、朝から二人で会場の点検を行っていた。リゲルは智謀、ジャンは現場と役割分担できていて、今はジャンの力を借りる時だ。
建国祭は朝の九時から始まるが、現在時刻は七時。二時間前に最終確認を行っている。
ちなみに祭りの準備は、昨日一日をかけて住民たち主導で行った。ほとんど一日作業の突貫工事っぽくなってしまったが、軽食屋や出店、遊び場まで一気に作り上げていた。
この辺りは、新開地開拓メンバーが割りと揃っているという点に強みがあったようだ。
二時間で全てを確認できるかわからないが、二人は一つずつ店主に声かけをしていった。
最初の店は射的屋だ。おもちゃのクロスボウでゴム製の矢を飛ばして、景品に当てたら獲得できるという仕組みだ。
二人は店主からクロスボウを受け取って、矢を放ってみた。当たらない……。
しばらく打ち続けていて、ようやく景品の一つに当てることができるぐらいだった。
「難しいね、これ」
「おもちゃだからね。本物だったら命中精度が良くなるよう工夫して作ってあるが、おもちゃだからね」
店主は、おもちゃだから当てるのが難しいと説明する。かと言って、本物を使うわけにはいかないだろう。危険だし当たれば景品が壊れる。
次に訪れた店は、リョーメンの出店だった。ごんにゃの店主は、どさくさにまぎれて祭りに参加しているようだった。
「祭り用に新しいメニューを作ったんだ。ぜひ食べていってくれよ」
「なんだろう、新しいメニュー」
「ココちゃんぷにぷにリョーメン」
「…………」
要するに、カレーラーメンだった。
とりあえず二人は、カレーラーメンを作ってもらって朝食代わりに頂くことにした。そこでラムリーザは、少し不安になって尋ねてみた。
「マグマラーメンとか作りました?」
「おお、よく知っているね。辛いぞ? 食べてみるか?」
ラムリーザは「いや、いいです」と答えながら、今度は嫌な予感がしてさらに尋ねてみる。
「ココちゃんぷにぷにクッションを景品にしていますか?」
「いや、メニューを取り入れただけで、あの店のマスコットまでは手を伸ばしていないなぁ」
ごんにゃ店主のその言葉を聞いて、ラムリーザは安心した。これならソニアたちが無茶をすることはないだろう。
「しかし熱いのがいかんなぁ、冷たいカレーにしてよ」
「あいよっ」
ラムリーザはココちゃん冷え冷えリョーメンにしてもらった。ココちゃんとついているだけで、カレーとは名乗っていないのが不思議だ。
「そういえば熱いのダメだったね」
ジャンにそう言われ、ラムリーザは持論を述べた。
「こんなのが飲める方がおかしいんだよ。例えばスープ、それに指を突っ込んで平気か? 無理だろ? 僕は指を突っ込んでも平気な熱さのものしか食べないよ。いや、食べられない方が普通だと思うけどねぇ」
「うーむ、俺の口の中が鈍感なのか、ラムリーザが敏感すぎるのか。いやでも確かに指を突っ込めない物を口に入れることができるのも変な話だな」
そんな感じに、開幕前の見回りは続いていた。
「さて、もう少しで開幕だね」
あと数十分すれば開幕だ。ラムリーザとジャンの二人は、屋台の立ち並ぶ二番街ペニーレインの入り口で、後から合流することになっているソニアたちを待っていた。
「ちょうど一年かぁ。俺がリリスと出会って丁度一年。去年のちょうどこの日に、俺はリリスを初めて見た」
「リリスの本性知っているよね? ソニアと遊んでいる時だけに現れるけど」
「あれか、最初は驚いたけど慣れた。リリスもソニアも似たもの同士。俺とお前も似たもの同士。今度はダブルデートやろうぜ。段取りは、俺が全部やる」
ジャンが段取りを強調するのは、ラムリーザとソニアの遊園地デートが無茶苦茶だったからだ。
「いやもうデートはいいよ、僕とソニアは自然体で付き合うよ」
「ダメだ、デートの練習させてやる。一から手取り足取りな」
「そ、そこまで? 双子の兄妹みたいな関係が長かったから、今更変えられないよ」
「おはようございませんですの!」
そこにユコの、否定形挨拶がかぶさった。人も集まり、いよいよ建国祭の始まりだ。
フォレストピア組の、ソニア、リリス、ユコ、ソフィリータは集まったが、ポッターズ・ブラフ組が集まるかどうかは計画していなかった。
ソニアは早速いかめし屋へ向かい、好物を入手している。帝国産のいかめしは、中に小麦を練ったもの。ユライカナン産のいかめしは、中に米が入っている。ソニアの好みはどちらだろうか?
リリスとユコは、二人で射的屋で遊んでいる。あれはなかなか当たらないよ、とラムリーザは教えてやりたかったが、店の事情もあるしあえて黙っていた。むろん、二人は命中させるのに苦労しているようだ。
一方ソフィリータは、のんびりとカメをすくっている。カメに飽きたら今度はひよこを釣っている。ラムリーザの好きな色である緑色のひよこを、お土産にしようと狙っているようだ。
「集まったけど、なんかみんなバラバラだなぁ」
「俺たちは何をしようか?」
みんなで集まったものの、まとまって行動することはなく、みんな自分の好きなことを求めててんでばらばらな行動を始めてしまった一同。ラムリーザとジャンは、気がつくと取り残されてしまっていた。
「何をすると言われても、ほぼ全ての店を見回りで見たからなぁ」
それほど大きな規模の祭りってわけでもないので、とくにじっくり遊ぶことも無く回れば、一時間もすれば全てを見て回ることができる。
「仕方が無い、俺はリリスと行動――と言っても、リリスはいつもユコと一緒だからなぁ」
ジャンとリリスが二人きりで遊ぶには、リリスとユコを分断しなければならない。修学旅行では、ユコにレフトールをあてがって分断させようとしたが、それは失敗に終わっていた。
「ソニアは一人で買い食いばかりしている。ソニアと遊ぶ?」
「寝取られない自信があるところが気に入らんなぁ」
ジャンはジト目でラムリーザを睨みながら、言葉を続けた。
「ラムリーザお前がユコと遊べばいい。それでフリーになったリリスと俺が遊ぶ」
「そんなことをしたらソニアが騒ぎ出してめんどくさいことになるから嫌だ」
「ソニアに隠れてユコと遊ぶんだよ」
「こんな歩いて十分もしないうちに終わるような通りで、隠れることなんてできるわけがないよ」
「まったく……」
ジャンとリリスが二人で遊べる時は、なかなかやってこないようだ。
一時間弱過ぎた頃、屋台通りを一往復して戻ってきたラムリーザとジャンの所に、最初に戻ってきたのはソニアだ。
「もうおなかいっぱい~」
などと言っている。祭りが始まってから、ずっと食べ続けていたのだろう。しかしその手には、まだ焼きそばが残っている。
「またいっぱい食べる。そんなにいっぱい食べるから、おっぱいがいっぱい膨らむんだぞ」
「う~、だっておいしいんだもん」
「おっぱいいっぱいエル。エルは来年にはエムになるんじゃないかねぇ」
「うるさいっ、ドロヌリバチの巣にストローぶっ刺して蜜を飲むジャン!」
ソニアの反論は、いまいち意味がわからないことが時々ある。ドロヌリバチって何だろうね?
「とりあえず他のみんなを探そう」
ラムリーザは、ジャンとソニアの罵り合いを止めるという名目で、移動を始めることにした。
ソフィリータはすぐに見つかった。ウナギ釣りに夢中になっているようだ。手元には、カメの入った袋と、ヒヨコの入った籠。小さなカニの入った袋もぶら下げている。
どうやらずっと、生き物釣りをやっていたようだ。
「なんだその生き物だらけは、食べるのか?」
「あ、ジャンさん。食べませんよ、庭の池に放すのです」
「ヒヨコは育てて食べるのかな?」
「どうして食べることばかり考えるのですか、まるでソニア姉様みたいな――」
「ヒヨコ食べるからおよこし!」
何だその語尾は、と突っ込みそうになるのを飲み込んだラムリーザ。
「ヒヨコは食べるところが少ないよ」
代わりに、当て外れなことを言ってしまっていた。
「卵の中のアヒルを食べるようなものがあったような――、まいいか、リリスとユコを探すぞ」
ジャンは、何か思い当たる節があるようなことを言った。
「あ、先に行っててください。ウナギ釣ったら最後にしますので」
ソフィリータは、どうしてもウナギが釣りたいらしい。見ると、焼きそばを平らげたソニアまでウナギ釣りに参加していた。
仕方が無いので、二人を残してラムリーザとジャンは再び通りへと歩を進めた。
「さて、あの二人はどこで何をやっているのやら」
「なんとなくだけど、通りから少し離れたところでのんびりしてると思うぞ」
ジャンは、一つ一つ裏通りや路地裏を覗き込んでいるが、そこに二人は居なかった。
「どこかの屋台で食事中かな?」
ラムリーザは、飲食系の屋台を覗いてみたが、そこにも居なかった。
結局ラムリーザとジャンの二人は、そのまま屋台通りの端まで行ってしまった。
「あれ? 居なかったね?」
「先に二人で帰ったとか、それは無いだろうなぁ」
もう一度、屋台を観察しながら来た道を引き返してみた。これで居なかったら、携帯で電話をかけてみよう。
「あ、ウナギ釣れました」
先ほどのウナギ釣りの屋台に戻ってくると、ソフィリータは新しく増えた透明の袋を掲げて近づいた。袋の中には、長い体をした魚がウネウネとくねりながら泳いでいた。
「ちょっと待って、あたしまだ釣れてない!」
「あー、ゆっくりしてていいから、釣れたらそこで待ってろよ。リリスとユコを見つけたら戻ってくるから」
焦れば焦るほど釣れないので、ラムリーザはソニアを落ち着かせて通りの入り口へと歩を進めた。
「えっ?」
通りの入り口に近づいたところで、ラムリーザは驚きの声を上げた。そこには、大通りから入った二番街にある一番最初の屋台のある場所だ。そこは射的屋。一番手前にある店なので、祭り前の見回りで最初に訪れた場所だ。
リリスとユコの二人はそこに居た。いや、まだそこに居たと言うべきか、なんだか必死な形相で、ひたすらおもちゃのクロスボウを操っている。
「ななっ? 君たちはずっとここに居たのか?」
ジャンも驚いている。
「あっ、もうちょっと待ってくださいですの。ほら、また出てきた」
ユコが指差した場所には、ラムリーザにとって見慣れた、しかしその見慣れたものよりははるかに小さいものが置かれていた。
「くっ、これを景品に出したらいかんと言っていたのに」
むろんラムリーザはそんなことは言っていない。しかし、後付でもいいから引っ込めさせてやりたかった。
そこには、例のぬいぐ――クッションをミニチュアにした、ココちゃんミニチュアクッション、手のひらサイズの小さなぬいぐ――クッションが置かれていた。
ソニアも気がついたら取り合いになる可能性は十分ある。すでにユコは、手さげ袋の中に少なくとも十体以上はそれが入っていた。ほんとにユコのココちゃんフリークには驚かされる。
「それでリリスは何を狙っているんだ?」
リリスを見ると、手当たり次第にクロスボウを発射している。景品を狙うというより、クロスボウを撃つことにはまってしまったようだ。
「そろそろ終わりにして、他のところにも行こうよ」
ラムリーザはリリスとユコの二人を射的屋から連れ出そうとしたが、ユコは「他のところを見てきてもいいですわ。私はもうしばらくココちゃん狙いますの」と答えて動こうとしない。
「リリスもちょっと出歩かないか?」
ジャンはユコではなくリリス一人にターゲットを絞って誘いかけていた。
この二人の熱中度を、ラムリーザは再び思い知らされた。丁度一年前のこの頃、ソニアを加えたこの三人は、ネットゲームに全ての時間を惜しんで集中していたのだ。一つのことに熱中するすさまじさは、何も今始まったことではなかった。
「ええ、いいわ」
しかし、目的も無くただ撃ち続けていたリリスは、ジャンの誘いに乗ってクロスボウを手放した。
「よかった、いくらぐらい投入したんだ?」
「ん~、一万エルドぐらい?」
やりすぎだ。しかし、ジャンの店でライブをしてバイト代をもらって約一年。リリスもユコも、遊ぶ資金面に不自由はしていなかった。
「私のことは気にしないで、ココちゃん無くなったら一人で帰りますので、ラムリーザ様も私に構わないでくださいの」
ユコも同じくらい投入しているだろうし、まだまだ手のひらサイズのココちゃんミニチュアクッションを狙い続けるようだ。
ラムリーザはため息をついて、射的屋から離れた。見るとジャンとリリスは、連れ添って屋台通りを進んでいっている。
「リザ兄様、もうソニア姉様も呼んで帰りますか?」
「しょうがない、そうしよう」
「やったー、ウナギ釣れたよーっ」
そこに、うれしそうな歓声を上げながらソニアが戻ってきた。ソニアの持つ袋の中には、ウネウネが泳いでいた。
「よし、帰るぞ」
ラムリーザは、ソニアの意識が射的屋に向かないようにして、さっさと祭り場から帰ろうとした。
「あ、ユコだ。何か撃ってる」
「いやいやいやちょっと待て、そっちに行っては――」
「あっ、ココちゃん!」
遅かった……。
ユコの後姿に引き寄せられて射的屋に近づいたソニアは、ユコがターゲッティングしている物に気がついてしまった。
無論ソニアはすぐにクロスボウを手に取り、ユコに負けじと同じ景品を狙い始めてしまった。
「……ソフィリータ、先に帰ってもいいよ」
ラムリーザは、ソフィリータを先に帰らすと、射的屋の裏側に回って屋台の主に会いに向かった。
「おお領主様、祭りは楽しんでいるかい?」
威勢よく語りかけてくる店主に、ラムリーザは力の無い声で尋ねた。
「あの白くて小さなぬいぐるみは、あとどのくらいありますか?」
「おお、あれはカレー屋から分けてもらったものだ。えーと、これだけあるね」
店主が見せたものは、大きな箱に入ったココちゃんの群れだった。少なくとも百体以上はある。
「あぐぐ……」
うめくラムリーザの目の前で、店主は「おっ、また当てたな」と言いながら、小さなココちゃんを並べていくのだった。
結局この日ラムリーザは、昼過ぎになってリゲルとミーシャの二人が祭りを見に来たのと、同じ頃に、ソフィリータとミーシャが合流して祭りの喧騒の中に消えていくのを確認して、さらに日が暮れる寸前に景品のココちゃんが無くなったところでようやく祭りから帰れることになった。
全然数えていないが、少なくともラムリーザはその間、屋台通りを一人で十往復はするハメになってしまった。
ソニアとユコのココちゃん獲得に向けた執念を目の当たりにしたラムリーザは、ウナギの入った袋と、ココちゃんが少なくとも三十体は入った袋を持って満足そうな顔をしているソニアの横で、くたびれた顔をして帰途につくことになったのであった。
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