クッパ国の滅亡
6月4日――
昼休み、特にこれと言ったやることも無く、ラムリーザたちは部室に集まってのんびりとしていた。
いつものソファーに陣取っているのは、ラムリーザとソニア、それにジャンとリリスとユコ、リゲルにロザリーンといつものメンバーだ。
ソファーの片側半分が男性陣、その反対側が女性陣となり、別々に雑談をしていた。
「人形村って知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答えたが、すぐに思い直したかのように訂正した。
「知ってる、ユコが住んでいる村、新開地のユコの家付近だね」
「なんですのそれは?!」
憤慨するユコに、ソニアは「呪いの人形が住んでるし」と答えてさらにひんしゅくを浴びてしまった。
「要らなくなった人形を捨てていたら、いつの間にかその人形が動き出して村を作ったとか言い出すのではないでしょうね?」
ロザリーンの案に、ソニアは「なにそれ怖い」と答えた。
「そういう島があるのよ」
リリスの答えを聞いて、ソニアは「村が島になった」と突っ込む。
「人形を捨てた島ですか?」
ロザリーンはそう尋ねるが、リリスの答えは全然違うものだった。
「子供たちが住み着いている島で、そこに行くと弱い者は捕まって監禁されるのよ」
「なにそれ、人形と何も関係ないじゃない! だいたい子供たちって何?」
「島の名前が人形村なだけ。何も村の話をしているんじゃないわ。子供たちは悪い子よ」
リリスの説明はこれである。事実なのか作り話なのか、おそらく後者であろうと思われるが。
「分かりにくい島名ですわね」
「シェイディンハル橋という名前の宿屋もあるのよ。ユニークな命名なんていくらでもあるわ」
「じゃあ魔女村でいい。魔女村って名前の島には夢魔が住み着いていて、そこに行くと男は捕まって精気を吸い取られるの」
ソニアの言うことは、ただリリスを攻撃したいだけであって作り話にすらなっていない。
「なんだかスパイスみたいな名前ですね、マジョラムみたい」
「何そのマジョラム、ラムが魔女になるの? 男版の魔女は科学者よ、魔女同様役立たず」
「ソニアっていっつもそのゲームの話ばかりするのね、よっぽど好きなのねそのゲーム」
「うるさい魔女っち!」
女性陣の雑談は、いつもどおりのたわいも無い内容だったが、男性陣の会話はフォレストピア開拓の話になっていた。
「そういえばさ、早めに言っておこうと思ってて忘れていたけどさ――」
ジャンは思い出したかのように言葉を続けた。
「憲兵隊を配備するための憲兵詰め所を早めに作ろうな。今は街の規模が小さいから、自警団みたいなのと市民のモラルによって秩序は守られているが、街が大きくなると市民レベルではどうしようもなくなるぞ」
もともと国レベルで作っている街で、住民はきっちり領主側で管理している。この管理は、現在はラムリーザの母親が取り仕切っているが、いずれはラムリーザ自身で取り仕切ることになっている。さらにユライカナンからの入国管理も、きちんと執り行っていた。そもそも管理されていない者は店を出すことができない。
エルドラード帝国の民もユライカナンの民も、元々モラルが高い方である。そういうこともあって今は特に問題は起きていないが、この先どうなるかはわからない。
現在は、悪事を働くほど街が発展していないのと、人が少ないからおかしな人が居るとすぐに目立ってしまうという点があった。だから悪さをしようと思う者が居ないのかもしれない。
「街の規模に合わせて、憲兵派出所を増やしていく必要はあるな、うむ」
リゲルもジャンの意見に賛同していた。
「それではまずは、メインストリートの一番街と二番街をカバーできる場所と規模の憲兵詰め所を作ることにしようかな。場所は、メインストリートの中間点辺りでいいと思うけど、どうだろうか?」
ラムリーザの意見にジャンは、「まずはそれでいいんじゃないかな」と答えた。
「憲兵詰め所だけで処理しきれなくなったら、刑務所を建てればいい」
「うーん、刑務所か、フォレストピアに作りたくないけどそうも言ってられないね。まぁ必要になったら西のはずれ、国境付近に建ててしまおう」
「酷いのは国外追放でもいいけどな。ヌマゼミにでも放り込んでやれ」
リゲルは怖いことを言っている。国外追放とは物騒な話だ。ヌマゼミというのも、あまり良い話を聞かない国で、ユライカナンを挟んでエルドラード帝国と反対側にある国のことだった。
「どうせ悪党の生まれで根暗吸血鬼なリリスが犯人に決まっているよ。何か事件が起きたらリリスを逮捕したらいいんだ」
そこにソニアが男性陣の会話に加わった。ラムリーザたちは真面目な話しをしているのに、ソニアは冗談としか言いようの無いことを言ってくる。
そもそもリリスが悪党の生まれというのはテーブルトークゲームのキャラ設定での話であって、実際の生まれとは全然関係が無い。それを言うなら、ソニアの生まれは蛮族ということになってしまう。
「なに? 新開地の犯罪は、強盗も殺人も放火もレ○プも何もかも私が犯人だと言うのかしら?」
リリスはジト目でソニアをにらみつけながらそう言ってくる。
「そうに決まっている! リリスを捕まえて全部賠償させればいいんだ!」
ソニアの理論も無茶苦茶だ。そもそもリリスを最初から犯人だと決め付けている時点で言語道断である。
「まぁリリスにだったらレ○プされてもいいけどな」
ジャンの感想も、少しズレていた。
「あほな奴だ、何をクッパ国の滅亡に倣うようなことを言っているんだ」
リゲルは腕を組んで、ソニアを飽きれた目で見つめながら言った。追放とか滅亡とか、今日のリゲルは物騒なことをよく口に出す。
「クッパ国の滅亡?」
ラムリーザは、リゲルが冗談を言うような人物でないことを知っていたので、聞き直してみる。もっともミーシャ絡みのリゲルは、冗談にまみれているような気もするが。
「知らんのか? 犯罪歴史学では有名な話だぞ」
そう前置きをしてから、リゲルはクッパ国という国の歴史について語り始めた。
クッパ国では、犯罪を撲滅するためにとある強引な手段を用いた。それは、クッパ国の国王に一番嫌われていた者、クリボーという男を絶対悪に仕立て上げることで、犯罪を全て解決することにしたのだった。
つまり、クッパ国で発生した犯罪を、全てクリボーの責任として取り扱ったのだった。
「クリボーも災難だな」
ラムリーザはそう相槌を打ちながら、先ほどソニアがリリスに対して言った嫌味と同じ内容じゃないか、と思った。ソニアの理性レベルの事を国レベルでやった所があったとは、と少し驚いていた。
「さっきそこのあほが言ったのと同じように、クッパ王は謝罪や賠償を全てクリボーという男に押し付けたのだ」
「それ、意味があるのか?」
「一応表向きには被害は補償されたし、犯人も捕まったわけだ。クリボーを犯人に仕立て上げることでな」
そしてクリボーは、無実の罪で強引に牢屋に入れられてしまったのである。
しかし、話はそこで終わりではなかった。
この処置に味を占めた国王は、嫌いなクリボーに次から次へと以後発生した事件に対して全て責任を押し付けて罪を負わせたのだ。
「無茶苦茶な話だな」
ジャンも飽きれている。
「しかし、表向きには犯罪検挙率が100%だ。その保障も100%完璧となっているのだぞ」
「何も解決されてないじゃないか」
ラムリーザも、リゲルの話に反論する。
「俺に言われても知らん。さらに酷い話は、そのクリボーが服役中に起きた事件もクリボーの責任にして刑期を増やしたこともあるって話だ」
「そんな無茶苦茶な国、どうなったんだ?」
「最後まで聞け」
リゲルは、ラムリーザの質問を制して話を続けた。
こんな無茶苦茶な仕打ちも、そのうちできなくなる。そう、クリボーの財産が全て無くなった時、保障面では取り繕うことができなくなるわけだ。
しかし国王は、さらなる嫌がらせをクリボーに対して行った。クリボーの財産が無くなると、今度はクリボーに無理矢理借金をさせることで、犯罪に対する保障を行い始めたのだ。
「絶対それ、破綻するだろ?」
「あたりまえだろが。しかし、表向きにはクッパ国は、犯罪が絶対に解決する立派な国だと見られていたんだぞ」
リゲルは何を当然なことを聞いてくるのだ、といった表情を浮かべて話を続けた。
「いや、それおかしいって」
「他の国からは内情まではわからんかったんだろうな。まさかたった一人に全ての責任を押し付けているとは気がつかない――、いや、普通は気がつくか。まあでもそんな国だったのだ」
その内、クッパ国の民衆は調子に乗り始めた。何しろ犯罪を犯しても、全てクリボーが罪を被ってくれるのだ。民衆は、我先にと犯罪を犯して私服を肥やし始めたのだった。
「そりゃあまぁそうなるわな。俺もそうする、そんな無茶苦茶がまかり通る国だったらな」
「とにかくそのクッパ国は、犯罪検挙率100%のまま、犯罪発生率はどんどん増加していったのだ。そして崩壊はあっという間だったな、まずは金貸しがつぶれた。クリボーに貸す金が底をつき、取り立てようにもクリボーは牢屋の中、どうしようもない」
「いや、あほだろうその国。返済能力が無いのが分かっているのに貸す金貸しもあほだしな」
ジャンは、クッパ国が気味が悪いといった感じに嫌悪感を表している。他のメンバーは黙ったまま、リゲルの話を聞いていた。
「国王が無理矢理クリボーに借金させたのだ。国王命令だから金貸しも逆らえない。そうして次々と金貸しがつぶれていった。もはやどうやっても、クリボーに賠償させることは不可能になってしまったのだ」
「そのクリボーは、なんで逃げ出さなかったのかな?」
「クリボーは、国王様を愛していたのだそうだ。クリボー作の国王を愛する歌まで残っている」
「気色悪すぎるだろう、それ!」
リゲルはラムリーザの問いに答えたが、ますますジャンは嫌悪感を増してしまったようだ。
「愛されているのになんで国王はそんな仕打ちを?」
「簡単なことだ。国王はクリボーが嫌いだったのさ」
「好き嫌いで国政を行う国王ねぇ……」
「お前はそうなるなよ」
リゲルはラムリーザに教訓みたいなことを言って、クッパ国滅亡の最終幕を語り始めた。
クリボーが賠償能力を無くした時、クッパ国滅亡のカウントダウンが始まった。
犯罪は次から次へと発生するが、クリボーの責任にすることしかできなかった国王や治安維持機関は、すでに犯人を検挙する能力は失っていた。
賠償は不可能だが、最後の最後までクリボーの責任にしていたが、当然ながらまともな人間はどんどん逃げ出すように国を離れていった。
そしてついに国家を維持することすら不可能になり、とうとうクッパ国は歴史からその姿を消すことになったのだ。
「国王最後の言葉、『クッパ国が滅亡したのは、クリボーという者に責任がある』だ。以上、これが犯罪歴史学では有名な話、クッパ国の滅亡だ」
「あほな国王と、あほな国民と、ただの不幸な人の話じゃないか。こんなあほな話が犯罪歴史学で有名なのか?」
「調べてみたら分かる」
「で、どうしたらいいのかな?」
ラムリーザは、その話を受けてどうすべきかを尋ねた。
「早めに憲兵詰め所を建てて、治安維持をしっかりしろってことだ」
当たり前の話のような、ありえない話のような、そんないろいろな物が混じったリゲルの講義であった。
その時、昼休みの終了を示す予鈴が鳴り響き、一同は部室を後にして教室へと戻っていったのだった。
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