TRPG第六弾「指輪に込められた願い 完結編」 第一話
6月6日――
この日の放課後、いつものように部室に集まってみると、その顔ぶれは去年のメンバーだけとなっていた。
ラムリーザとリゲル、ソニアとリリスとユコとロザリーンの六人だ。
「最近では珍しくなった、懐かしの顔ぶれだね」
「他のみんなはどうしたんだろうね?」
集まった六人は知らなかったが、ジャンは今日は店の方に集中したのと、レフトールは子分たちと出かけてしまった。下級生コンビは一年生だけで何かの集まりがあるらしい。
「え~と、それじゃあ今日は何をやろうか?」
「このメンバーだと休み時間と変わらないね」
「そうですわ!」
突然ユコは、何かを思い出したかのように鞄からなにやらノートを取り出した。
「楽譜作成?」
ラムリーザの問いにユコは「違いますの」と答えた。ユコの取り出したノートには、何やらキャラクターの設定だの、シナリオ案だと書かれていた。
「テーブルトークゲームですの」
「ああ、そういうのもあったねぇ」
数ヶ月前、リゲルやユコがゲームマスターを担当してテーブルトークゲームでいろいろと遊んできたものだ。ユコの転校と共に、「俺たちの冒険はまだ始まったばかり!」といった感じに終わらせてしまったものだが、その転校騒動も結局無かったことになり、そのゲーム自体忘れられた存在となっていた。
「どんなお話だったっけ?」
数ヶ月ぶりなので、ソニアはほとんど忘れているようだ。
「確か、指輪を探すというお話だったと思いますよ」
その一方で、ロザリーンは多少は覚えているようだ。
「そうですの。魔物たちが姿を偽ってサーカス団を経営していました。で、墓場荒らしにあって指輪を盗まれたので取り戻して欲しいという話になって、指輪自体は取り戻したんだけど、ロザリーンがドジ踏んで、指輪は排水溝へと消え去ったんですの。で、再び指輪探しってところから再開ね」
「よく覚えているなぁ」
「ストーリーはノートに纏めてありますし、気が向いたときにその先の展開も考えておきましたの」
それが、このノートだというわけだ。そういうわけで、ラムリーザは今日の目的を決めて言った。
「よし、今日は久しぶりにテーブルゲームをしよう。どんなキャラクターだったっけ?」
「テーブルトークゲームですの。それと、皆さんのキャラクターシートは預かっておきましたわ。確かノートに挟んで――」
そう言ってユコは、各メンバーに以前使っていたキャラクターシートを手渡した。
「何であたし蛮族なのよ!」
「私、悪党の生まれになったつもりないんですが?」
ソニアとリリスは不平をもらすが、そんなことにいちいちかまってられない。というわけでユコは二人の文句をスルーして、多少強引に物語を開始した。
「さて、指輪は非常にも下水に落ちていってしまいましたが、どうしますの?」
「家に帰ってご飯食べる」
「ソニアの尻を蹴っ飛ばす」
「なんなんですの、それは?!」
ユコはしばらく間が空いてすっかり忘れていた。ソニアとリリスの二人は真面目にロールプレイしてくれないことを。
「無理だろうな、この地下は網の目のように広がった下水道だ。もう見つかることはないだろうな」
リゲルもどちらかと言えば、設定に対する突っ込みでゲームマスターの邪魔をする。ソニアとリリスと違って主に理詰めで。
「そうね、見つかる確率はソニアの風船率より低いでしょうね」
リゲルの一言にリリスは乗っかってくる。風船率とは何か? まったく意味が分からない。
「何よ! リリスの吸血率よりはマシ!」
吸血率とは何か? 何をもってマシだというのか? ソニアの反論も謎に包まれていた。
「いいこと思いついた。ロザリーンに全て任せて見つけてもらいましょう」
「えっ? どうして私に白羽の矢が?」
突然リリスに丸投げされて、あっけにとられるロザリーン。
「だって元々ロザリーンがドジったからこうなったのでしょう?」
リリスは、ロザリーンに対して怪しげな笑みを浮かべてそう言った。リリスの笑みは、別に男を誘うものではないらしい。今更ながら、リリス自身の癖なのだろう。
「いや、あれはラムリーザさんが思いついたことですよ?」
「じゃあラムリーザとロザリーンの二人で探しに行けばいいと思う」
「待って! ラムとローザを二人きりにさせない! ラムが行くならあたしも行く!」
久々に出た、ソニアのラムリーザが行くなら行く理論。しかしリリスはすかさず突っ込みを入れてくる。
「あなたは家に帰ってご飯を食べるのではなくて?」
「リリスのおにぎりを奪って食べる!」
「ああもう、話が進みませんですの! 勝手に地下道を迷路にしないでください! あと全員で探しに行くんですの! というわけで、魔女のノクティルカがロケーションの魔法をかけてみるよ」
ゲームマスターのユコは、痺れを切らして雑談を断ち切り話を先に進めた。しかし、一言余計だった――
「魔女ならここにも居るよ。根暗魔女、いーっひっひっひっ」
「あなたは相変わらず魔女だの吸血鬼だのワンパターンね、もっと新しいこと言えないのかしら? ねぇ、破裂寸前の乳尻女」
「なっ、何が破裂寸前よ!」
「外野うるさいですの! ノクティルカは今日はそろそろ公演だから、場所がわかり次第連絡するよ、とみんなに言ってきました!」
「相変わらずの吟遊詩人だな」
リゲルの皮肉にユコは「あなたたちが真面目にやらないから!」と答える。これらのやり取りは、ちっともあの頃と変わっていない。
「というわけで、この場はいったん解散となりました。どうしますか? じゃなくて、ロザリーンは神殿に戻り、ラムリーザ様はお城へと戻っていった。ソニアとリリスとリゲルさんは酒場に戻っていきましたの」
各自好きにさせるとまたソニアとリリスがふざけだすので、ユコはそれぞれのキャラクターの行き先まで決めてしまった。しかしこれはこれで自由度が無いし、案の定ソニアは噛み付いた。
「なんでラムが城であたしが酒場なのよ! あたしも城に行く」
「蛮族が城に行ったら捕まるよ、くすっ」
リリスはからかうが、ソニアの生まれが蛮族なわけで、今現在蛮族なわけではない。しかも、ゲームの中で二人が付き合っている設定は無い、と思う。むろんソニアは認めないだろうが。
「何かやっておきたいことはありますか?」
それでもユコは、行き先を指定しただけで行動の自由は与えたようだ。
「ラムリーザは交際相手のカノコと二人で、貴族の地位をフル活用して人を活用しようと考えた」
ただしこれはラムリーザの台詞ではなく、リリスの言った言葉だ。
「カノコ……、いらんこと覚えているなぁ……」
ラムリーザは、リリスの余計な記憶力に困った表情を浮かべた。学校の勉強はできないくせに、どうでもよいことの記憶力はすごい。
「カノコなんかそんなの居ない!」
ソニアに存在を否定されてしまったカノコ。確かにこの場面には存在していないはずなので、あながち間違いではない。
「それよりも、ロケーションって何?」
ラムリーザは、話をまともな方向へ戻すために、ユコに尋ねた。
「特定の物体を指定し、それが今どの方向にあるかを特定する魔法ですの」
「へー、便利だね。物を無くしたときに使えたら助かるかも」
「お前はソーサラーだったから使えるだろ?」
「あ、そうだった」
ラムリーザはリゲルに言われて自分の職業を思い出していた。しかしユコは「この魔法はレベル4から使える魔法なので、ラムリーザ様にはまだ使えませんですの」と言った。残念だ。
「はい、それでは時間を進めるよ。公演が終わった真夜中に、皆の元に手紙を持った蝙蝠がやってきましたの」
自由行動をさせると結局話が逸れるので、ユコはさっさと時間を進めてしまった。
「蝙蝠ですか? 早速手紙を見てみます」
「ソニアは手紙を読まずに食べるのね、くすっ」
「むっ、リリスは手紙で尻を拭いた!」
「いや、いちいち突っかからんでええから。手紙には何が書いてあるんだい?」
ラムリーザは、歯をむき出しにしてリリスを睨むソニアと、その様子を笑みを浮かべながら見つめるリリスはさておいて、話を先に進めるよう促した。
「ええと、蝙蝠の手紙には、『ロケーション終了。ちょっと気になることがあるので、下水とこの近辺の地図を持ってきてネ♪ ノク』と書いてありますわ」
「地図はあるのですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは「リゲルさんが偶然地図を持っていることにしますの」と答えた。
「ほう、そう都合よく行くものかな?」
リゲルの問いには、「リゲルさんならそのぐらいやってくれますの」と、何も根拠の無いことを言ってのけるのであった。
「気になることって何でしょうね?」
「まぁがんばって探そう。ランタン用意しといてね」
プレイヤーの状況は以前と同じで、ラムリーザとロザリーンが積極的に真面目に物語を進めようとして、リゲルは主に突っ込み役。ソニアとリリスはお互いに要らんことばかりいって、物語を妨害しているだけという構図になっていた。
「ランタンって、なんかラムたんみたいだね」
「変なこと言ってないで、松明でもいいから持ってきなさい」
ソニアの妙な指摘を、ラムリーザはスルーして話を進める。
「リリスは吸血鬼だから、夜目がききそう。でも魔女だから、初期ステータスでミーが使えないから明かり灯せない」
「いいから黙って僕についてこいっ!」
「はいっ!」
「さて、公演が終わったということで、テントに皆さんが集まったところですの。ノクティルカは、さて、早速なんだけど、下水の地図誰か持ってない? と聞いてきました」
「リゲルが持っているんだっけ?」
「いや、落としたみたいだ」
「リゲルさん!」
ユコに凄まれてリゲルは苦笑いしたが、「持ってきたということにしてやろう」と何故か上から目線。
「まったくもう……。えーと、反応があったのはこの辺でと言いながら、ノクティルカはリゲルさんから借りた地図を見ながらぶつぶつ言ってます」
「ソニアの尻には世にも奇怪なぶつぶつができているって本当かしら?」
「リリスの胸は小さいのにぶつぶつだらけで気色悪い!」
ゲームマスターが何か言えば、それに関連することで要らんことを言う二人。
「外野うるさい。ノクティルカが示した場所は明らかに下水通路ではない。反応はここで止まっているけどなぁ、と言っています」
「リリスは毎日樽一杯の下水を飲んでいるって本当なの?」
「樽一杯のワインにさじ一杯の下水を入れたらそれは下水になるが、樽一杯の下水にさじ一杯のワインを入れてもそれ樽一杯の下水なのである」
ソニアの余計な一言に、今度はリゲルが謎の理論を持ち出してくる。だから何だ? と言われても困るが、リゲルの一言でソニアとリリスの野次の飛ばしあいはこれ以上発展することはなかった。
「でもレフトールさんの集団にラムリーザさんが加わってもそれは不良集団でしょうが、ラムリーザさんの集団にレフトールさんが加わったら、不良集団ではなく普通にラムリーズでしたよ?」
ロザリーンの意見に、リゲルはうーんと唸った。レフトールは下水なのか? という突っ込みは置いといて、ラムリーザもその理論をいろいろと発展させてみたくなった。
「フォレストピアにユライカナンの人が来てもその人はユライカナン人だけど、ユライカナンにユライカナンの人が居てもその人は――、うーん、なんか違うな」
「それだったらあたしも言える。ぬいぐるみの集団にココちゃんを入れてもココちゃんはクッションだけど、ココちゃんの集団にぬいぐるみを入れてもココちゃんはクッション」
ソニアの理論も、少し違うような気がする。
「ソニアのおっぱいに風船を付け加えても風船おっぱいお化けだけど、ユコのおっぱいに風船を付け加えたら新たな風船おっぱいお化けができあがる」
リリスの理論は、また争いの火種になるようなものだし、リゲルが最初に言った理論からどんどん離れていく。
「話を逸らさない! とりあえず反応の止まった場所に行ってみましょう!」
どうもテーブルトークゲームは会話が主流となるので、どうしても話が脱線しがちだ。