前途多難な金塊集めゲーム
6月13日――
この日の夕食後、ラムリーザとソニアはいつものように自室――ラムリーザの部屋――でソファーに腰掛けて、ゲームをするもの、見るものに分かれてのんびりとしていた。
ラムリーザは、ゲームをプレイしているソニアを抱き寄せて、頬ずりなどをしながらソニアで遊んでいた。ソニアもラムリーザのその行動を嫌がるわけでもなく、「ん~んっ」などと言いながらゲームのプレイを続けていた。
今日学校からの帰り道でゲームショップに寄って、金塊集めゲームなる新作ゲームを買ってきていたので、さっそく始めているのだ。なにやら敵のロボットを回避しつつ、レンガを掘りながら画面中の金塊を全て集めるとクリアとなるゲームだ。
「最近格闘ゲームで勝負を挑んでこんねぇ」
ラムリーザがそうつぶやいてみると、ソニアはむっとしたような声で言い返す。
「あんなクソゲーはもうやらない。古いバージョンのなら対戦する」
どうやら最新作で、ソニアの持ちキャラだったヴェガが弱体化されて以来、プレイすることはなくなっているようだ。
「いや、やるなら新しいのにしよう。せっかく新作出たのに何故買わないんだ?」
「ふんだ、おもしろくないゲームは買わない」
「それじゃあ今やっているゲームを、おっぱい揉まれるのを我慢しながらプレイしてみようか」
「絶対やだ!」
などと言い合いながらも、ソニアは画面に集中して金塊を集めていた。時折、部屋に持ち込んだポテチをつまんでいる。
「そのポテチ、僕にも頂戴よ」
ラムリーザはソニアの傍らに置いてある袋に手を伸ばしかけたところ、ソニアはゲームでポーズボタンを押して中断し、ポテチの袋をラムリーザから遠ざけた。
「あげない」
「なんで?」
ソニアは二度ほど視線をラムリーザの顔とポテチの袋を行き来させた後、不思議なことを言った。
「じゃあポテチを手に入れる呪文を言ったらあげる」
「呪文?」
「チップチャップパッパッポーの呪文を唱えるの!」
「チ、チップチャップ――?」
「パッパッポー」
「――パッパッポー?」
「はいどうぞ」
ソニアは、袋の中からポテチを一枚取り出してラムリーザに手渡すと、再び袋をラムリーザから届かない場所に動かしてゲームを再開した。
一枚だけもらったラムリーザは、すぐに食べ終えてしまいお代わりを要求しようと手を伸ばした。
「だめ! 呪文を唱えないとあげない!」
ソニアは、ゲーム機のコントローラーを持ったまま、ポテチの袋に伸びたラムリーザの手をブロックする。
「何、呪文? チップチャップパッパッポーだっけ?」
そう言うと、ソニアはゲームにポーズをかけると、袋からポテチを一枚だけ取り出して手渡した。
その一枚も食べ終わったラムリーザは、ソニアの方に手を伸ばして「おかわり」と言った。
「呪文」
しかしソニアは一言だけ返した。
「チップチャッ……」
ソニアの指定した呪文を言いかけてラムリーザはふと我に返り、そのままソニアから少し離れてソファーで大きく伸びをしながら「もういい」とつぶやいた。ソニアはレンガを掘って穴をつくり、ロボットを落としてその頭の上を通り過ぎていった。
その時、部屋の入り口からノックの音が聞こえて、すぐにドアが開きソフィリータが入ってきた。別に落ち着かないことをする予定が無いときは、鍵をかけずにオープンにしていた。
ソフィリータはそのままソファーの方へとやってきて、ラムリーザの足元の床へと座ると、そのままラムリーザの腰の辺りに寄りかかってくるのだった。そこがこれまではソフィリータの指定位置だった。
「ラムに引っ付くな!」
ソニアはゲームの画面を見つめたまま怒っていた。金塊集めは一面をクリアして二面に突入したようだ。
「ソニア姉様は二年前までは文句言わなかったのに、今はなんだかケチになりましたね」
「あの時はあたしとラムはただの幼馴染だったけど、今は恋人。だからそんなことするとソフィーちゃんがラムを寝取ろうとしているとみなす!」
「めんどくさいソニア姉様」
ソフィリータはソファーのラムリーザの隣の位置へと移動して、今度はラムリーザに寄りかかることも無く普通に座り直した。
「地味なゲームですね。最新の格闘ゲームはやらないのですか?」
ラムリーザと同じ事を、ソニアに尋ねてくるソフィリータ。別に不思議なことではなく、今ゲーム界で一番盛り上がっているのが、格闘ゲームのバージョンアップされた新作だ。ゲーム雑誌では毎週のように特集が組まれていた。
しかしソニアは、全く見向きもしない。
「やらない! あれはゲーセンでやってみたけどクソゲーだった!」
それどころかソフィリータにも怒っている。今日のソニアは怒ってばかりだ。
「ヴェガが弱体化したからですか?」
「うるっさいわねーっ」
まぁラムリーザにとっては、負け確定な対戦を挑まれないだけ、平和になったものだと考えていた。
「そういえば、リザ兄様とソニア姉様は、そこの大きなベッドで一緒に寝ているんですか?」
ソフィリータも、ソニアが自室に戻っていないことにうすうす感づいていたようだ。ということは、親にも気付かれている?
「恋人同士だから一緒に寝るのも当然」
「同衾がお母様にばれたらどうするのですか?」
「そんな言葉まで知っているんだな。まぁそこなんだよなぁ、ばれているような気もするけど、泳がされているようなスルーされているような」
ラムリーザは、再び家族で暮らすようになって二ヶ月も過ぎたのに、未だに何も言ってこないところが気になっていた。気にしなくてもいいのかもしれないが、それでも気になるものは気になる。
「リアス兄様は反対せずに好きにしたらいいとか言ってましたけどね」
「ソフィリータは?」
「私も大切にしてくだされば――」
「ふえぇっ!」
その時、楽しそうにゲームをプレイしていたはずのソニアの口から、お馴染みの困ったときに思わず発するフレーズが上がった。
画面を見ると、プレイキャラがレンガに埋まっている。どうやら自分の掘った穴に落ちてしまったらしい。
「何これ、最後の金塊が取れないようになってる。クソゲーつかまされた?」
「待て待てそう騒ぐな。ざっくり見た感じ、そんなに難しくないようだったけど、もう一度やってごらん」
ラムリーザに諭されてもう一度プレイをやりなおすソニア。問題の場所は、金塊がレンガで閉じ込められている場所みたいだ。
ソニアはレンガを掘って金塊を取りに行くが、金塊には届かずに閉じ込められてしまう。
「取れないよこれ」
「最初に二箇所穴を掘って降りたら、さらに穴が掘れて取れるのじゃないかな?」
ラムリーザのアドバイス通りにプレイすると、ようやく先へ進めるようになったのでソニアは再びゲームに熱中していった。
「――で、何の話だったっけ?」
ラムリーザは、再びソフィリータと向き合った。
「何でしたっけ」
ソフィリータも、少しゲームのほうに興味が向いたようで、チラチラとソニアのプレイしている画面を見始めていた。
しばらくの間、ラムリーザとソフィリータの二人はゲーム画面を眺めていた。
「そういえば、ソフィリータは学校は楽しいか?」
「うん、ミーシャも一緒だし、部活の先輩たちもみんないい人ですし」
「レフトールも?」
思わず聞いてしまってから、ラムリーザは地雷を踏みつけたか? と焦っていた。ソフィリータは去年の出来事が元でレフトールを憎んでおり、初めて顔を合わせた時は飛び蹴りを放っていた。
「いつまでも過去のことをぐちぐち蒸し返すのは根暗です。一発食らわせましたし、今はもう悪くはない人みたいなのでいいです」
よかった。ソフィリータの中でもレフトール問題は解決していたようだ。あの蹴り一発で水に流したのかどうかはわからないが、今はもう憎んでいないようだ。
「世の中には爺世代の出来事について、その子孫に謝罪を求めたり賠償を要求する国があるみたいだぞ」
「悪いことをやった世代が謝罪すればよいのではないですか? なんだか親の罪が子に及んでいるみたいで気持ち悪いです――って、そんな国があるのですか?」
「ユライカナンのさらに西側にある国が、ユライカナンになんだかぐちぐち昔のことを蒸し返しているらしいよ。少し前に、ごんにゃの店主と雑談したときに聞いた話だけど」
「関わらないほうがよさそうな国ですね」
「うん、それはヌマゼミって国だけど、なんかフォレストピアにもヌマゼミ産の玉入れゲーム施設を建てたいって要求があったけど、ジャンやリゲルと相談してそれは受け入れないことにしたよ」
「勝手に作られたらどうします?」
「ん、許可も無く事業を始めた物を強引に撤収させる権利は領主にあるから、強制的に解体だね。さらにその責任者は牢屋」
「それよりもリザ兄様――」
「ふっ、ふえぇっ!」
再びソニアの悲鳴というか呟きというか、困ったときのフレーズが飛び出した。画面を見ると、やられてはいないがどう考えても詰んだ状況になっているようだ。
「今度は何だ? って見たら分かるな。それはもう無理だね」
「ふえぇ……」
どうもパズルゲームのようなものは、ソニアには向いていないようだ。考え無しに動き回って、どうしようもなくなることが多いみたいだ。
「そういえばソニア姉様は、民衆虐殺して最後に暗殺されるバッドエンドとかやっていませんでしたっけ?」
「嫌なこと覚えているわね……」
去年、丁度帝都を離れる直前にプレイしていたゲームのことを、ソフィリータはしっかりと覚えていた。ソニアに制裁をッ! だったっけ?
「次にやり直すときは、そこにロボットが居ないことを確認してから降りていくんだぞ。――で、言いかけたことは何だって?」
ソニアが同じ面をリプレイし始めたのを見て、ラムリーザは再びソフィリータの方へ話しかけた。
「あ、そのことですか……」
ソフィリータは、言いかけたところをソニアに邪魔されて言い出しにくくなっているようだ。ソニアのプレイしている画面を見つめながら、何かを考えているそぶりを見せる。
ソニアは、先ほど詰まった場所を今度はロボットが来る前に片付けたようだ。これなら後は、普通にクリアできるだろう。
「……私、学校に気になる人が」
ソニアが先ほど詰まった面をクリアした時、ソフィリータはようやく口を開いた。
「ほー、ソフィリータもそんな年頃だしな。誰だい? 僕の知っている人かな? よく会う人?」
「リザ兄様、あまり突っ込まれると話し難いです」
ソフィリータはぷうと膨れてしまった。ソニアもこちらの話が気になるらしく、ちらちらと振り返っている。
「ごめんごめん、でも僕に教えてくれたらなんとか取り計らってみるよ。まぁ親しくない人だったら難しいけど。それで誰だい? 学校の人? 街の人? ごんにゃの店主さん?」
「リザ兄様落ち着いてください。というか、私学校で気になる人と言いました」
「こほん、そうだったねぇ」
「それは、えーとね……」
ソフィリータは、少しの間顔を背けて恥ずかしそうな表情を浮かべた後、ラムリーザの目を見つめて言った。
「学校の生徒会長さん――」
「ふえぇっ!」
「なっ、何だっ?!」
ソフィリータが何かを言いかけたのに被せるように、再びソニアは悲鳴をあげた。
見ると、ソニアの操るキャラクターが穴にはまっている。どうしてそうなったのやら……?
「金塊取ったら身動き取れなくなった」
「その状況じゃわからん、やりなおしてみろ」
ソニアはもう一度やりなおしてみるが、金塊を取るために穴に飛び込んだみたいだ。そのまま身動きが取れないでいる。
「それ、横のレンガを壊してから取ったらいいんじゃないか?」
「難しいなー、これ……」
「そもそもなんてそんなパズルゲームを選んだんだよ。格闘ゲームの方がよかったんじゃないか?」
「だって金塊集めだよ、金塊だよ、すごいじゃない、夢が詰まっているよ!」
「それで穴にはまっていたのでは夢もクソも無いけどね」
「ふえぇ……」
それでもソニアはもう一度やり直して、今度は穴にはまることなく金塊を回収するのだった。
「で、誰だっけ?」
騒動が終わった後、ラムリーザは再びソフィリータに向き合ってみた。
「……今日は、いいです」
そういい残してソフィリータはラムリーザの部屋から立ち去ってしまった。まぁ傍でソニアがゲームをしていて、トラブルが発生するたびに何度も悲鳴をあげられるようでは話をやり辛かろう。
そんな感じに、夜の時間は過ぎていった。
寝る前の時間までに、ソニアはさらに三度ほど悲鳴をあげたのであった。このゲームの完全クリアへの道のりは長そうだ。むしろラムリーザの方が興味を持ち、ソニアがプレイしていない時はラムリーザがプレイして結構はまっているのだった。
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