エド・ゲインズショー
6月15日――
「全世界の報道陣が、この会場に集まっています!」
そんな大げさな、とラムリーザは思う。これも全部ジャンの書いた台本だということは分かっているが、流石に話を盛りすぎだ。
そもそも全世界の報道陣がってどこの世界から来ているんだろう。仮に来ていたとして、狂喜乱舞するソニアの不思議な踊りを全世界に報道されても困る。
ラムリーザは、少し高くなったドラムステージから見下ろしながら、すぐ正面で相変わらず形容し難い踊りを披露しているソニアを見つめながら、進行役の紹介を聞いていた。
「エルドラード帝国出身のバンド、ラムリーズでっす!」
そういえばまだ帝国で正式にオーディションに受かったわけでもなく、ただジャンの店で半分遊びで演奏しているだけだ。それなのに、こうして帝国代表みたいに紹介されて大丈夫だろうか?
ラムリーザはソニアを眺めながら、進行役の台詞に「これでいいのだろうか?」などと考えていた。よく見れば、ミーシャもソニアの踊りをコピーして真似し始めた。適当に踊っているように見えて、実は踊りのパターンがあったのか、などと再発見していた。
「では皆さん、ラムリーズです!」
ユライカナンの首都ランザンヌではなく、帝国側に一番近い地方都市サロレオームにある会場。それほど大きくは無いが、小綺麗に整頓されていて感じはよい場所だった。会場の正面からは、国境の川であるミルキーウェイ川が一望できていた。
今日は、ユライカナンでの初ライブ、というかコンサート。朝一番でフォレストピアの駅に皆で集まり、ステージ衣装として採用している学校の制服に身を包んだ集団は、まるで修学旅行の再現のように再びユライカナンへと向かっていった。
さすがにジャンの交渉力やごり押しでも首都で演奏というところまではこぎつけず、帝国に一番近い場所にある地方都市での開演となった。しかしその方が、移動時間が少なくて済むというのが楽だった。何しろ、一区間の駅移動で住むのだ。
フォレストピア側には、まだフォレストピアより西に駅は存在しない。アミューズメントパークであるポンダイ・パークのフォレストピア出張店が出来上がれば、それに合わせて駅を一つ増設する予定ではあるが、それはまだ先の話だ。
十人全員集合、最初はレフトールは参加しないと言っていたが、その後に皆に説得されたことによって参加することになった。ユコなどは、「サブパーカッションでコンガとかマラカスとかやってもらいます。というか、レフトールさんも込みで書いた楽譜とかあるので、居ないと困ります」と言って、レフトールの参加に積極的だった。
今ではラムリーザの周囲にいる人は、レフトールのことを「ポッターズ・ブラフ悪の双璧の片割れ」と思っているものは居ない。ソフィリータも含め、仲間だと認識していた。
「マラカスって、それ鳴らしながら踊って、チクチキブンチクチキブンってか?」
「それでもいいですの」
「いや、そんな歌レパートリーには無いぞ?」
「マラカスでレフトールさんが踊る歌に心当たりがあるので、今度楽譜にして見ますわ」
「いやいやいや、せんでええせんでええ」
レフトールは手と首を横に振りながら否定した。ステージの上で踊るのは、さすがにキャラが違うなどと言っている。
「じゃあミーシャが踊る。おらルンバのビート王っ、マラカス鳴らして吸盤のビート! 踊るぜ踊るぜチクチキブンチクチキブンッ」
「あ、それですの。今度作りますね」
「踊るのは踊り子ちゃんでたくさんだ、俺はラムさんの後ろでコンガでも叩いとく」
「後ろじゃなくて隣でね。というかミーシャちゃん、電車の中で踊らない」
などと話をしながら、電車は国境のミルキーウェイ川に架かる橋を渡っていった。
ユライカナンに入って最初の駅、サロレオームで降りてそのまま近くにあるコンサート会場へと案内された。会場の前には、「エルドラード帝国の友好親善大使、フォレストピア領主ラムリーザの率いるラムリーズ!」などと書かれている大きな立て看板が置いてあった。
「な、なんだこの謳い文句は?!」
「どうだ、すごくかっこいいだろう?」
ジャンが突然現れてそう言った。どうやら会場の前で待っていたようで、昨夜からここに泊り込んで準備をしていたみたいだ。
「ジャン、ちょっとやりすぎだって」
ラムリーザは立て看板を指差して、「友好親善大使って何?」と問いかけた。
「嘘ではないだろ、このコンサートも友好イベントの一環だ。ユライカナン出身のバンドもうちの店で演奏してもらっているから、そのお礼も兼ねているんだからな」
大きく持ち上げられすぎて、ラムリーザは赤面の至りだった。
「いよっ、ラムさん、世界一っ」などとレフトールはさらに煽り立てた。
「レフトール、君も友好親善大使の一員だからお行儀良く」
ラムリーザは、そう言い返すのが精一杯だった。お行儀良くできないメンバーは、他にいるものだから頭が痛い。
「ほら、この人がユライカナンのこの地方でテレビなどの司会者をやってくれているエド・ゲインズさんだ。今日の舞台は俺じゃなくて、この人の進行だからな」
「エド・ゲインズです」
「ラムリーザです、今日はよろしくお願いします」
ラムリーザは紹介されたエドと握手して挨拶を済ませた。
コンサートは昼の二時から始まる。休日というのもあって、昼からでも客の入りはそこそこ良いようであった。このコンサートは、司会者の名前を取って「エド・ゲインズショー」などと呼ばれているようだ。
そういえばデビューシングルが、ユライカナンのチャートで十七位だったっけ? そこそこ知名度はあるらしかった。主にジャンの宣伝効果によって。
「ジャン、この観衆の前でエロゲソングを披露するのな……」
ラムリーザは、ふと気になったことをジャンに聞いてみた。身内で演奏するぶんにはニヤニヤで済むけど、こういった外国でのコンサートで演奏するのは如何なものか? しかもテレビ司会者が進行をするということは、テレビ中継もされている?
「大丈夫だって、この国では発売されていないゲームだ。みんな知らないからオリジナルソングだと思ってくれるさ」
「その歌が流れるゲームを、ユライカナンが輸入したらどうするんだ?」
「その時はその時だ、ほらっ始まるぞ相棒っ」
ジャンは、ラムリーザの肩を叩いてステージへと昇っていった。
こうしてラムリーザたちは、舞台袖からステージに上がり、まだ幕の上がっていないステージ内でそれぞれの位置について準備を始めた。
そして時間がやってきて、エド・ゲインズによってラムリーズは紹介され、いよいよ初の外国での演奏が始まった。
ラムリーザは演奏しながらいつものようにメンバーの様子を一人一人眺めていった。
まずは、もう心配しなくてもいいだろうが、一番最初に問題を引き起こしてくれたリリスからだ。
今回の演奏も、初めて演奏したときと同じ曲から入っていった。リリスの歌う歌だ。
リリスはもう視線恐怖症は克服しており、リードギターをかき鳴らしながら元気に歌っている。うん、大丈夫だ。
次に、自分から見て右後方でピアノを弾いているロザリーンを見る。小さい頃からピアノコンクールで演奏してきたというロザリーン。この大舞台――というまでは規模は大きくないが、ここでもいつもどおり平常運転だった。うん、大丈夫、というかロザリーンに関しては心配していない。
次は右隣でサブパーカッションとしてコンガをポコポコ叩いているはずのレフトールだ。
レフトールの方を見ると、彼もこちらを見ていたようでラムリーザと目が合う。ラムリーザが頷くと、レフトールも頷き返した。大丈夫、かな?
後で聞いた話では、「俺は観衆の方を見たら戸惑ってしまうので、ずっとラムさんを見て気を紛らわしていた」ということだった。意外なところでも、ラムリーザは心の支えになっていたようだ。
次に、レフトールの少し前でギターを弾いているソフィリータを見た。後姿しか確認できないが、普段は大人しいが根はしっかりしている彼女も、ロザリーンと同じく平常運転。もともとJ&Rの時からステージで演奏はしていたし、ラムリーザと離れていた去年一年間も、ミーシャと二人で公園でライブしていたぐらいなのだ。
そこに横から飛び込んできた姿が目に入る。今日はマラカスを持ってステージを右へ左へと跳ね回って踊っているミーシャだ。踊り子ちゃんと呼ばれていただけあって、どんな曲でもすぐにダンスにしてしまうという稀有な才能を持っている娘だ。
ミーシャを目で追っていると、ステージの左側へと移動し始めたときに、センターを任されているソニアと正面から目が合った。ラムリーザの丁度真正面で、ベースギターを弾いているソニアと正面から目が合った。ソニアはラムリーザの方を向いていた。
ラムリーザは慌てて首を振って前を向くよう促した。ソニアは歌っていない時は、気がついたら後ろを向いてラムリーザを見ながら演奏していることが度々あった。
現在歌っているのはリリスだけ、ソニアは前を向いて歌う必要が無いので後ろを向いてラムリーザを見ていたのだ。
ステージのセンターを任されているソニアが後ろを向いている。よく発生するこの事が、ソニアの問題点であった。ラムリーザは、その度に前を向くよう指示する必要に迫られていた。
そこで一曲目の演奏が終わり、次の曲へと移っていった。
今日はいつものようにラムリーザが一曲一曲紹介するのではなく、あらかじめ演奏曲リストを司会者のエド・ゲインズに渡しておき、彼がその順番に沿って紹介するという形をとっていた。
次はソニアの絶叫曲ルシアだ。
ラムリーザは、ソニアがちゃんと前を向いて歌っているのを確認してから、今度は自分の左隣へと視線を移した。
リゲルはいつも目立たないように、ドラムのラムリーザよりも後方に立って演奏することが多かった。今日も、若干後ろ気味に立っているので、ラムリーザの視界の端にしかリゲルを捕らえられなかった。
別に恥ずかしがっているわけではない。目立つのが嫌いなだけで、あくまで裏方に徹してギターでリズムを刻んでいるのだ。
というのも、歌うことになれば普通に歌う。別にあがって声が上ずることもなく、いつもどおりに淡々と歌う。ただし、リゲルの持ち歌になっている破戒僧グリゴリーは、リゲルの歌よりもその歌に合わせてステージを所狭しと踊って回る踊り子ちゃんミーシャが主役と言えるであろう。
リゲルの左隣、少し前に出たところでジャンがギターを弾いている。J&Rでは主役の彼も、ラムリーズでは裏方。あくまで主役はソニアとリリスにミーシャを加えた三本柱。普段も自分の店では進行役を務め、演奏に参加することはほとんど無いので今日もゲスト出演のようなものだ。
エド・ゲインズが居なければ、今日の司会者はジャンになっていたかもしれない。
そのジャンの左隣には、これまたゲスト出演に近い形で参加しているユグドラシルが、バイオリンで優雅なメロディーを披露していた。彼は学校の生徒会長として表に立つような人物。コンサートのステージでも動じることはないだろう。
ラムリーザは、そこで最後のメンバーを見つめた。ラムリーザから見てステージの左端で、ソニアの歌うロックンロールに気持ちよさそうに体を縦ノリさせながらキーボードを演奏する美少女ユコ。
メンバーが増えたら増えた分だけ、アレンジを加えた楽譜を作成するのだから恐れ入る。
レフトールのサブパーカッションや、ユグドラシルのバイオリン。二人増えたギターのソフィリータとジャン。この増えた分だけ既存の楽譜に新しい楽器を追加できるのだからすごい。つくづく作詞能力を持ったメンバーが居ないのが残念なほどだ。
ラムリーズの演奏の根底を支えているのはユコかもしれない。彼女が関与していないのは、自由に踊りまわるミーシャぐらいであった。
三曲目は、ソニアとリリスが二人でメインボーカルを分け合う歌。本当なら全員が一曲ずつ担当するつもりだったのだが、まだデビューシングルが知られているだけということもあり、今日の歌はソニアとリリスがメインで担当することになっていた。
全員が歌うのは、アルバムを発表してからでもいいだろうと、事前の話し合いで決まっていた。むろん、アルバムもジャンが、帝国よりも先にユライカナンで販売するつもりでいた。
帝国で出せないのは、オーディションを通っていない非正規バンドだからだ。
しかしユライカナンなら外国だし、フォレストピアはユライカナンとの文化交流のために作られた街。だからユライカナンでフォレストピアの音楽を披露するのも、文化交流の一環だというジャンの妙な理屈を持って推し進められていた。
だから、ラムリーザをより強烈に知らしめるというわけで、それが冒頭のあおりである。
演奏している曲の大半は、ゲームの主題歌だったりエロゲソングだったわけだが、まだユライカナンでは発売されていないゲームなので知る人もほとんど居なく、みな普通に聞いているようだ。
そして定番のラストソング、ソニアの歌うきーらきーらで締めくくり、この日のコンサートは大盛況のうちに終了したのであった。
メンバー全員で一礼している間に幕が下り、客席がざわざわとし始め帰路に付く人が現れ始めた頃、ようやくみんな一息ついた。
「あつかれい」
ラムリーザの一言に、ソニアは「ナリオカレイ」と答えてリリスににらみつけられる。
「ありがとう、良い視聴率が取れるかもしれない」
司会進行のエド・ゲインズも、幕の下りたステージにやってきてお礼を述べる。
「マジで国内よりも外国で先に有名になってしまう、これでいいのかなぁ?」
「ま、いいんじゃね? 帝国の今最も成長著しい地域の領主の戯れとなれば、表立って文句を言える奴も少ないだろう。文句いう奴は縛り首だ! とかやればいいのさ」
ジャンはニヤリと笑ってそう言いのけた。
「ふっ、ラムリーズは横暴だな」
自分もそのメンバーの一員だということを棚に上げて、リゲルは皮肉を言う。
「よかったらまた今度、そうだねぇ、時期的に夏休みに合わせてまたやらないかい?」
エドは次回についての予定を提案した。夏休みなら自由な時間が多いから、どうとでもなるだろう。
「その時はね、皆で歌って驚かせてやろう。それまでにアルバムを出すからな」
ジャンも乗り気なようだ。
「ミーシャも次はメインで歌ってみたーい」
「あなたはステージの後ろで踊っていればいいのよ」
ちょっと欲求不満の残ったミーシャと、妙な煽りを入れてくるリリス。
「それまでに、新曲の楽譜を五本は仕上げてみせますわ」
ユコも次回に向けてやる気満々だが、あくまでコピー。作詞ができないので新曲はラムリーズには今の所無理だった。
こうして、ラムリーズによる初めてのユライカナンコンサートは終わった。この後日が暮れるまで、この街を見物した後で帰っていくのだった。
余談だが、ラムリーズが演奏している番組がテレビ放送されている間はユライカナンでの青少年犯罪件数がゼロだったという逸話が後に誕生したとか。しかしそんなのは嘘っぱちで、ジャンが流布した単なる噂だという話になったとか――
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