ラムズハーレム崩壊の序曲?
6月17日――
学校の中庭。大きな木が一本だけ立っている。ただし、伝説の樹とは呼ばれていない。この木何の木、気になる木? どこにでも見たことのある、ありふれた木ではある。
ラムリーザは一人、この場所で横になってくつろいでいた。木陰に入ると夏の日差しは遮られ、風も気持ちよくて涼しい。そこで先日のライブの余韻に浸りながら、これまでのことを思い返していた。いつの間にか話が大きくなりすぎているが、これでめでたしめでたしだな、と。
ラムリーズのリーダーとしてグループをまとめて早一年。最近は時々ラムリーザの属していたグループの元リーダーであるジャンに出番を取られることもあったが、大分馴染んできたものだ、などとも考えていた。
しばらくの間一人で過ごしていたラムリーザは、誰かが近づいてくるのを感じた。
「今日はここだった、やっとみつけたっ」
相変わらず元気に響く声はソニアだ。
いつものようにソニアが横になっているラムリーザの右側に引っ付いてきたので、しっかりと抱き寄せる。傍から見たら添い寝しているように見えてしまうかもしれないが、もう一年以上もこうして過ごしてきたので二人はそこまで気は回らなかった。
「裏山って気分じゃなかったけど、どこかで涼みたかったから中庭の大きな木を選んだんだ」
「携帯に連絡しても出ないし、あたし裏山を探し回ったんだよ」
「あー、携帯は教室に置いてきているね」
あの日から一年と数ヶ月、ラムリーズを結成してからは一年と数か月。二人は成長していたり変わらなかったりいろいろであった。
「ソニアのベースもテクニカルになっているね」
「ラムのドラムもエキセントリック」
二人はお互いに褒めあっているようだが、ラムリーザは「ん?」と首をかしげて尋ねなおす。
「エキセントリックって意味知ってる? むしろソニアの普段の行動の方がエキセントリックな感じなんだけどな」
「じゃあエキゾチック」
「適当にそれっぽいことを言ってるだろ」
ラムリーザは軽くソニアを小突いた。
「なによ~、それならラムはエキサイトバイク」
「それは今度発売されるゲームだろ? すでに人の様子を表す言葉になっていない」
「いいの! バンドグループという家族では、ドラムは父、ベースは母と例えることができるんだからそれでいいの!」
話の前後が繋がっておらず、ラムリーザには何がいいのか分からなかった。しかしソニアから久しぶりに懐かしい台詞を聞くことができたのは、少し嬉しい気分にさせてくれる。
「父と母、夫婦ねぇ……。もう結婚するか?」
帝国では、男女共に十六歳から十七歳にかけて結婚してもよいことになっていた。気の早いところでは高校に行かずに結婚することも珍しくない。
「するの?」
ソニアは自分の顔をラムリーザの顔に近づけた。どさくさにまぎれてキスをねだってくるか?
「したら嫁、家族になって、恋人はおしまいだけどね」
「う~ん、学生時代は恋人を楽しみたいかも」
そう言ってソニアは近づけた顔を引っ込め、代わりにラムリーザの分厚い胸板に頬を埋めた。
「うん、それがいいかも。まだソニアが母親ってイメージが沸かないから、もっと成長してからでもいいか」
おっぱいは十分に成長している。ここで言う成長とは、精神的な成長のことだ。
「あたし、立派なママになるよ! 内助の功! さげまんになるよ!」
「さげてどうする、あげろよ……」
まだまだソニアの成長は足りていないようだ。
それでもラムリーザは、ソニアを抱き寄せる腕に、さらに力をこめる。そのまましばらく、二人の時を過ごしていた。
「探した、こんなところに居たのね」
次に現れたのは、紛うことなき美少女二人組み、リリスとユコだ。
ユコは今年の春からフォレストピアに引越ししており、リリスもついこの間からジャンのホテルの一室を借りて寝泊りしているのだ。
「えーと、昼間から同衾ですの?」
「あたしたち夫婦なんだから別に悪くないでしょ?」
「今さっき『学生時代は恋人を楽しみたい』って言ったじゃないか」
ラムリーザはソニアを懲らしめるために押しのけて引き剥がそうとしたが、ソニアはますますくっついて腕だけではなく足まで絡めた。
リリスはそんな二人を見て、くすっと笑ってラムリーザの左側に膝をついて座った。そしてユコも、「しょうがないですわね」と言って並んで座る。
あれ? どこかで感じた光景だな。ラムリーザは、妙な既視感を感じていた。
「大きなライブの後でこうして集まって引っ付いてみると、去年の今頃を思い出しますわね」
ユコは、左隣からラムリーザの胸板を突きながらそう言った。
確かに、帝都シャングリラにあるジャンの店が隣国ユライカナンにあるエド・ゲインズショーに置き換わっただけで似たような流れだった。
ラムリーザの右隣にソニアが引っ付いている。左隣にはユコが座っている。そして転がっているラムリーザの上にリリスが乗りかかってきて、同じように仰向けに寝転がる。
去年何度かあった、別名ラムズハーレムのお馴染みのポジションだ。
そして去年の同じような日、リリスはラムリーザのことが好きだと告白した。しかしその時ラムリーザは、「本当に申し訳ない、僕はソニアが一番なんだ」と答えていた。
それでもリリスは、「今はソニアの次でいい。私が本当に一番愛せる人が現れるまで、あなたを頼らせて」と言って、これまでずっと慕ってくれていた。ラムリーザも、そんなリリスにいろいろと頼らせてやった。
「なんというか、去年から変わってないな」
ラムリーザは、相変わらずなおいしいポジションに苦笑いを浮かべてそうつぶやいた。しかしリリスは、余計な反論をしてくる。
「ソニアのおっぱいは5cmほど成長しているわ」
「うるささ!」
ソニアはラムリーザの上にいるリリスを突き飛ばそうと手を伸ばすが、リリスはその手を下からすくうようにいなしてしまった。
おっぱいだけじゃない、リリスもいろいろと成長したのだ。去年の今頃は、まだ過去を引きずってぎこちない態度を取っていたリリス。しかしその後の出来事のおかげで過去と決別したリリスは、次第に本性を取り戻していった。
妖艶な雰囲気を放つ黒髪の美少女は、ソニアと同レベルな幼稚さを持つ美少女へと――
「相変わらずのラムズハーレムだな」
低く、そして聞く人によっては冷たさを感じる声。次に現れたのはリゲル、ここまでは去年と同じだが、今年はちょっと人員構成が違う。
リゲルの後ろにはロザリーンだけではなく、ミーシャとソフィリータが控えていた。新入り二人は今年の新入生であるラムリーザの妹とその友人だ。そしてその友人は、リゲルの昔の――。
「リゲルもハーレムを築いているね。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ、うんうん」
ラムリーザは、自分と同じように三人の女の子を率いている友人をからかった。
「何を馬鹿な……」
過去を断ち切って不敵な笑みを浮かべるリゲルと、少しムスッとするロザリーン。
新しい環境にも慣れたミーシャは、不思議そうな顔をソフィリータの方へと向けた。
「なぁに? ソフィーたんもリゲルおにーやん狙い?」
「ちっ、違うわ、私は……」
ソフィリータは慌ててリゲルの側から数歩離れた。
「あっ、リゲルおにーやん、ソフイーたんに嫌われた」
「違うだろ」
リゲルは、軽く笑いながら短く答えた。
「ああ、ソフィリータは気になる人が居るって言っていたから、あまりからかうなよ」
先日ソニアの金塊集めゲーム騒ぎでうやむやになってしまったが、ラムリーザはソフィリータと会話した一部を覚えていた。
「ほう、フォレスター家の将来の婿か、いい身分だなそいつは」
「やあラムリーザ君、やっぱりコンサートっていいものがあるよねぇ」
そこに現れたのは、生徒会長ユグドラシル。ロザリーンの兄であり、去年参加していた毎月最初の週末に開かれていたパーティで知り合っていた。
「参加するって聞いたから一緒に行きましたが、先輩も正式にラムリーズに参加ということでいいのですね?」
「うんうん、これからは時間の空いているときはライブに参加させてもらうよ」
「バイオリンのパートが加えられるなら、曲のアレンジの幅が広がりまくりんぐ」
ユグドラシルの参加を快く思っている、曲のコピー楽譜作成やアレンジの名人ユコだ。
「生徒会はどうするんですか?」
ラムリーザの問いに、ユグドラシルは「掛け持ちでやるよ。去年の部長も生徒会とかけもちだっただろ?」と答えた。
ラムリーザはあまり印象に残っていないので忘れかけていたが、そういえばそうだった。
そこにユグドラシルが爆弾発言を放り込んできた。
「そうだ、セディーナ先輩の後を引き継いで、自分が軽音楽部の部長を引き受けるよ」
「「だめ!!」」
ソニアとリリスは口をそろえて否定した。どうでもいいが、まだ二人のうちどちらが部長をやるのか決まっていないようだった。
一方ソフィリータは、顔を赤くしてユグドラシルの方へと嬉しそうな表情を浮かべて見つめているのだった。
そこに続いて現れたのは、ジャンとレフトール。珍しいと言えば珍しい組み合わせだ。
ジャンは、目の前で繰り広げられているラムズハーレムの光景を見てがっかりしたような声を漏らした。
「ああ、リリス……、やっぱりラムリーザがいいのか? ラムリーザはソニア一筋だから無理だぞ?」
リリスはジャンの姿を見ると、ぴょんと跳ね起きて言った。
「懐かしがっていただけだわ」
そう言ってジャンの側へと近寄ると、頬を突きながら怪しげな笑みを浮かべてからかうのだった。
ラムリーザは、上にいたりリスが居なくなって身軽になったなと思っていると、今度はソニアが「上にはあたしが乗る~」などと言いながら、右隣からもぞもぞと動いてラムリーザの上へと登ってきた。リリスと違って、うつ伏せになって抱きつくように乗り上がってくる。
そして次に声をかけたのはレフトール。
「おいユコ、ゲーセン行こうぜ。ピートの話では、なんか新しいゲームが今日入ったらしいぜ」
レフトールの言うゲーセンは、フォレストピアのものではなくて繁華街のエルム街のものだった。
「あっそれ、私も気になっていたんですの。丁度いいですわ、行きましょう」
そう言いながらユコは立ち上がると、レフトールと連れ立ってエルム街へと出かけていってしまった。
「おろろ?」
あっという間にソニアだけになったラムリーザは、思わずそうつぶやいていた。
「なぁに? あたしがいるだけじゃ物足りないの?」
「んーや、それは無いね。むしろ今の方が身軽で安心できるよ。変な気を回さなくて自然体でいられるから楽でいい」
「うん、あたしはラムとずっと一緒」
そう言ってソニアは、より強くラムリーザに抱きついた。ラムリーザも、ソニアの頭を軽くなでてやる。
「やれやれ、ラムズハーレムは一年で崩壊か」
その様子を見たリゲルは、少し面白く無さそうにつぶやいた。
「いいんだ、僕はソニアと二人で我が道を行く」
「二人で我が道というのも変な話だけどな」
リゲルはふふんと笑って突っ込んできた。だからラムリーザも言い返す。
「むしろ今では、リゲルズハ――」
と言いかけてやめることにした。
お互いに拳を交えてまで乗り越えたリゲルを、わざわざ煽るのも大人げないというものだ。
キラキラと木漏れ日の中、ラムリーザとソニアは二人の時を見せ付けるようにいちゃついているのだった。既に当たり前の光景と化してはいるのであったが。
「しょうがないな、この二人は。まぁこれがこの二人らしいけどな」
そう言いながら、ジャンはラムリーザの右隣へと腰掛けた。そうするとリリスは、ジャンとラムリーザの間に入り込んでくるのだった。やはりラムリーザの側にも居たいようだ。
再び側に来たリリスをにらみつけるソニア。何も気にしていないように見つめ返すリリス。
次にラムリーザの左側にソフィリータが座り、ユグドラシルはラムリーザの後ろにある巨木にもたれかかるように座った。続いてリゲル、ロザリーン、ミーシャの三人も集まってくる。
そこに出来上がったのは、ハーレムではなく男女入り乱れてのごちゃごちゃゾーンであった。
時は移り変わり、人間関係もいろいろと変わっていく。
こうしてラムリーザの新天地における二年目の春は終わり、いよいよ夏が始まろうとしていた。
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