夏休みの予定は何ですか?
7月16日――
明日から夏休みを迎えた学校最終日。教室にて休み時間、いつもの光景。
「不人気ヒロインって知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。
「不人気ヒロインは、特定の属性を持ったヒロインのことを指すの。この属性を持つヒロインは、とにかく人気が出なくて作品の中では浮いた存在になるのよ」
リリスの説明に、ソニアは「根暗吸血鬼は不人気」と言い放った。
「それで、その属性は具体的に何ですの?」
ユコの問いにリリスはソニアの顔をがん見しながら答えた。まるでソニアに言って聞かせるように。
「まず一つ目の大きな要素は、緑髪ね。どうもこの属性をもつキャラクターに人気者は居ないみたいなの、くすっ」
「何それ?! あたし関係ない!」
「ソニアがメインヒロインの作品は、不人気待ったなしね」
「読者なんかどうでもいいもん。あたしはラムに愛されていたら、それ以外なんかどうでもいい!」
ソニアは、自分がまるで物語のメインヒロインになったかのような発言をする。しかしリリスは、さらに言葉を続けた。
「そしてメガネ。メガネキャラは不人気というわ」
「あらそうですか?」
その言葉にロザリーンが反応する。たしかに彼女はメガネをかけている。
「安心してロザリーン、単発では弱いから。緑髪とメガネが組み合わさったら最悪。ソニアも精々目は大切にね」
「根暗吸血鬼が人気者になるような世界観なら、そっちの方がおかしいから」
「安心して二人とも。ゲームの実況動画を挙げてみた結果、あなたたちの人気度は全然無いということがわかっていますのよ」
ユコはソニアとリリスの、最近作られた黒歴史を穿り返してくる。
「あれは視聴者がおかしいからあたし関係ない。あたしの動画を面白いと感じないような視聴者たちがはびこっているようなコンテンツが盛り上がっている方が異常なの!」
ものすごい早口でソニアは不満をまき散らした。
「そして、最後の属性は三つ編み。この三種の神器が揃うと、そのヒロインは闇に閉ざされるわ、くすっ」
「ちょっとソニアを三つ編みにしてみますの。そしてロザリーンにメガネを借りて――」
「触るな呪いの人形!」
ソニアはユコの手を振り払って逃げようとしたが、ラムリーザとロザリーンに挟まれていて逃げ場が無い。そこでラムリーザに後ろから抱きつく形で防御体勢を取った。
「相変わらず君たちの会話はぶっとんでるな」
そこにジャンが割り込んだ。リリスの傍に陣取っていつも会話を聞いていたり、時には加わったりしているのがいつものことである。
「ジャン、あなたの好みの属性は何かしら?」
「そうだなぁ、黒髪ロングかなぁ」
それを聞いて、リリスはくすっと笑う。しかしソニアは、それが気に入らない。
「さすが魔女好きの科学者、役立たずコンビ」などと、いつもの理論を展開した。
「おう、半分器用だからそれでいいさ。ところでさ、去年の夏休みはどんなことをしてたん?」
ソニアのいまいち意味の分からない嫌味をサラッと流して、ジャンは話題を変えた。ジャンは去年は帝都在住だったので、ラムリーザたちとはあまり行動を共にしていない。
「何したかしら? 確か海に行ってビーチバレーしてソニアのおっぱい攻めたわ」
「それと自動車運転免許を獲得するための合宿に行きましたの」
「あたしは帝都に帰省して、公園の汽車で遊んだよ」
「最後はリゲルさんの別荘、クリスタルレイクでしたっけ? 山間部の湖でキャンプしましたね」
「あとソニアのおっぱいが1メートルに到達して5kgもあったわ、くすっ」
「黙れちっぱい!」
ソニアたちは口々に去年の出来事を語った。それを聞いたジャンは、少し悔しそうだ。
「なんというか、去年から一緒に居るんだったなぁ。まぁ車の免許ぐらいはどこかで取っておこうか」
「そういえばラム、車買わないの? 車買って、車で通学しようよ、電車飽きた」
「あー、忘れていたな。いつも出かける時はリゲルが運転してくれるからすっかり忘れていたよ。どんな車がいいかな?」
「きしょしゃにしなさい」
そこにリリスが口を挟んだ。
「何それ?」
「きしょしゃ、気色悪い車を略してきしょしゃ。車のヘッドライトがにやけた目に見えて、バンパーとナンバープレートが笑った口と歯に見えていて、離れた場所からみたらいやらしい顔つきに見える車よ」
「そんなきしょい車やだ!」
「絶対どこかで取ってやる。そうだな、ソフィリータやミーシャを誘って行ってもいいな」
ジャンは車の話になっても悔しそうだ。
「ところで明日から夏休みですのね。今年の夏休みは何をするんですの?」
「帰省はしなくてよくなったからずっとこっちに居るよ」
ラムリーザとソニアは、今年に入ってからフォレストピアに引越し、そこに母と妹も越してきたのでわざわざ帝都に行く必要が無くなったのだ。
「クリスタルレイクってところに行こうぜー」
「そこ去年行ったわ」
「くそっ」
ジャンの提案はリリスに却下されてしまった。
「そのリゲルの別荘は去年行ったから、今年はあたしの別荘に行こうよ」
そこにソニアが提案した。しかしいろいろと突っ込みどころがある提案だ。
「お前の別荘か? どうせラムリーザの別荘って言うのだろ?」
「違うよ、父の別荘だよ。まだ引き継いでないし、兄さんが引き継ぐと思うから僕には回ってこないよ」
ラムリーザはずっと話を聞きながら外の景色を見ていたのだが、会話の流れ的に説明しておいた方が良いと考えて言っておいた。
「あなたは何をもらえるのかしら?」
リリスはラムリーザにすっと近づいてきて尋ねた。
「あ、いや、フォレストピアが僕のものになるよ。というわけで、今年はマトゥール島に行くかぁ」
「またあの島だー」
ラムリーザの提案に、ソニアははしゃぐ。二人は昔から、夏になると何度か家族連れで泊まりに行ったものだった。
「どんな島なのかしら?」
リリスの問いにソニアは「遊園地みたいじゃないなぁ、ファンタジーアドベンチャーなところ」と答えた。その説明で分かるはずがない。
リリスは「何それ?」と眉をひそめる。
「いろいろ楽しい企画がある所なんだよー」
などとソニアはずっとうれしそうだ。
「俺もラムリーザからの話で聞いただけで、実際に行ったことはないからな。何とか俺も行けるようにしたいが、店も空けられないなぁ。なんとかしなければ、なんとかならんか、う~む……」
「店長代行、誰かに任せられないのか?」
ラムリーザの問いに「なんとかする」と答える。その後ジャンは、なんとかしようばかりつぶやいていた。
「私はついていけるわ、どうせ今もジャンのホテルに親元離れて一人暮らししているようなものだし」
「リリスが行くなら私も行きますの」
「リゲルさん、どうしますか?」
「ん、特に予定無いから付き合ってやろう」
ラムリーザの企画話はどんどん広がっていった。
「ああそうだ、ソフィリータやミーシャにも聞いてみるから、この話の続きは放課後部室でやろう」
丁度この時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったので、雑談は一旦お開きになったのである。
………
……
…
放課後、部室にて――
部員はいつの間にか十二人の大所帯になっていた。
ユグドラシルは仮入部という形にしておいて、普段は生徒会の仕事の方へ顔を出している。同じくジャンも、仮入部。普段は店の方が忙しくてあまり顔を出さない。
ソフィリータとミーシャは後輩として新入部員、レフトールも一応入部届けを出している。
ただし部長不在なこの部活では、入部届けが公式に受理されているかどうかは分からない。
「おい、マックスウェルも入部しろ、仮入部でいいから」
「やなこった、レフも居るだけだろ?」
「なにおぅ? 俺の上達したドラム演奏を聞いて見やがれ」
しかし残念ながら、楽器類は元々備品だったピアノを除いて全て持参品だったため、現在はジャンの店にあるスタジオへと移動していた。完全にここは雑談の場と化している。
以上の六人に、去年からの六人を加えた十二人。今日は大事な話し合いということで、ユグドラシルもやってきて勢揃いしていた。
ただし、新しい六人は全てまだ仮入部扱いだった。何しろ部長も決まっていないのだ。未だにソニアとリリスは、お互い譲らずに自分が部長と言い張っていた。
ロザリーンにピアノでゆったりとした曲を背景音楽として奏でてもらい、近くにあるテーブルに集合して話し合いを始めようとしていた。
「えーと、部活動恒例の、第二回夏休み合宿について話し合います」
ラムリーザの宣言で、話し合いが始まった。このような感じだと、部長はラムリーザで良いのではないか?
だがラムリーザは町の方に集中するということで、学校生活においてはソニアとリリスの好きにやらせることにしていた。今回も部活動というよりはむしろ、ラムリーズとしての会談だ。それならリーダーはラムリーザだ。
「まずは今日の休み時間に聞いた人は分かっていると思うけど、今年はマトゥール島という南の島でキャンプします。無人島ではなくて、フォレスター家が管理する島で、住んでいる人もある程度居るし施設も揃っているから安心してね」
「南の島すげーっ」
「島ではあたしの言うことに従うことっ!」
「なんだとぅ?」
はしゃいでいるレフトールとソニア。レフトールはマックスウェルに入部届けの用紙を突き出しながら勧誘している。
「ほら署名しろよ、入部しないと行けないという、選ばれし者のみが参加できる宴なのだ」
「う~、夏休みの間だけ仮入部してやる」
「よく言った」
「休みが終われば退部するけどな」
「退部届けは受理しない」
「なんでレフトールが仕切ってるのよ、部長はあたし!」
「勝手に決めないでくれないかしら? あなたが部長なら今日からデカパイ部になってしまうわ」
「こほん、話を進めるよ」
雑談部の面目躍如、どうでもいい会話が続いてしまうのをラムリーザは制した。
「島に行くと、三週間ぐらいは泊まるからね。だから今日帰ってからしっかりと準備するんだ。まぁ忘れ物があったとしても、日用品なら島にある町で十分買えるから問題ないけどね」
その後、島周辺の地図などのコピーが配布されたり、要る物リストをみんなで意見を出し合ったりして決めて、この日の部活は終わった。半分以上は実りの無い雑談であったが、一応話し合いはまとまったのであった。
ラムリーザは一人残り、話し合って決めたことを書類にまとめた後、最後の戸締りをして部室を出た。普段はソニアと一緒なのだが、ユコが「美味しいお店ができたんですの」と言って、女性陣を引き連れてどこかに行ってしまったので、今日は一人だった。
一人で廊下を歩いていると、目の前に見知った顔が現れて呼び止められた。
「あらラムリーザ、今日は一人なのね」
相手の姿を確認して、ラムリーザは緊張して対峙した。
「ケルムさん……」
ラムリーザは、彼女を苦手だと思うだけではなく、今では少しばかり後ろめたいところもあった。
今期の生徒会会長を選出するとき、ユグドラシルの対立候補として立候補していた相手だ。
ラムリーザはユグドラシルを全力で応援していたので、そのことで相手が怒ってないか不安でもあったし、結果ユグドラシルが勝ったので、多少の後ろめたさを感じていたのだ。
だがケルムは、そのことは気にしていないのか考えていないのか、普通にラムリーザに誘いをかけた。
「この夏、私の別荘で一緒に過ごさなくて?」
だがラムリーザは断るときはしっかりと断る。
「いや、ごめん。この夏は南の島に行くんだ。それにケルムさんの別荘で過ごすとなっても、ソニアは連れて行くよ」
「ソニアは関係ありません。あなたは付き合う相手を選ぶべきです」
ちょっと口調を強くして、ケルムはラムリーザに迫った。しかしラムリーザもひるんでいない。リリスと違って毅然とした相手には毅然と向かえるといった感じか? リリスほど動揺しない。
「大丈夫、しっかりと選んでいるからケルムさんは心配せずに任せていてくれ。僕は僕なりに考えて、ソニアと付き合っているから。だから大丈夫、何も問題無いよ」
しかしケルムはきっぱりと言い放った。
「いいえ、あなたは私と付き合うべきです」
そう言われてラムリーザは一瞬唖然となった。この娘は何を根拠にそんなことを言うのだろうか?
そしてケルムは話を続けた。
「二人で協力して、新開地とポッターズ・ブラフ地方にまたがる大都市を作りましょう」
なんてことはない、権力の拡大を狙っての事らしかった。ケルムはラムリーザを利用して、お互いの権力を増大させようとしているようだ。
「その場合、ソニアはどうなるんだ?」
ラムリーザは、あくまでソニアの事を気にかけている。
「彼女は知りません、どこか適当な場所で平穏に暮らしてもらいます」
「それは断る、できない。それではキャンプの準備があるので僕はもう帰るよ。また休み明けに会おう。クラス違うけど――」
ラムリーザは、さっさと話を切り上げてその場を立ち去った。今更ソニア以外の相手を選ぶことなど、全く考えていないのだ。
一人残されたケルムはうまくいかなかったことに舌打ちし、ラムリーザが立ち去っていった方を見つめていた。
これがケルムからラムリーザへ、将来を見据えた展望を初めて語った日であった。だがこの時ラムリーザは、まだ本気で相手にはしていなかったのである。
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