夏の日の始まり
6月24日――
ラムリーザとソニアの住んでいる国、エルドラード帝国は南国で四季の変化があまりない。
夏はそれほど暑くならず、冬もそれほど寒くならない。年中あまり変わらない気候なのだ。
それでもこの時期になるとそれなりに暑いので、学校の制服も夏服に変わっていた。
ラムリーザたちの通う学校、帝立ソリチュード学院高等学校は、電車で山一つ越えた隣町のポッターズ・ブラフにある。
去年は学校の近くにある親戚の屋敷に泊まっていたが、今年の春からフォレストピアに住んでいるので学校には電車を使って登校している。
駅までは今住んでいる屋敷から歩いて二十分ほど、電車で十五分ほど移動して、そこから学校まで歩いて十分ほどの行程である。
今年からラムリーザの妹であるソフィリータも同じ学校に通うことになったので、朝は一緒に屋敷を出ることになった。
三人は庭園アンブロシアを横切って門を出て、山を下りていく。すぐにフォレストピアのメインストリートであるザ・ロング・ワイディングロード――住民投票で決まった名前――へたどり着き、駅までの一本道を進んでいく。途中でユコと合流し、すぐにリリスとジャンの二人と合流する。
ユコはこの春からラムリーザたちと同じようにフォレストピアに引っ越してきており、ジャンはここに、帝都にある一流クラブであるシャングリラ・ナイトフィーバーの二号店を出張させ、そこのオーナーを務めるために越してきていた。またリリスは、ジャンの強い希望でその店の上層部にあるホテルの一室を貸し出してもらい泊まっていた。
ひょっとしたらリリスはジャンと同棲しているのかもしれないが、ソニアと実際に同棲中であるラムリーザはあえて何も尋ねない。
リリスとジャンは付き合っているのか? しかし、今見る二人の様子からは、これまでと変わらない雰囲気だ。ジャンはお調子者だし、リリスは相手を誘惑して遊ぶから、お互いの気持ちは傍から見ている分にはあまり表には出てこない。ジャンも誘惑されているだけに見えるし、リリスもジャンをあしらっているようにも見える。
ここのところは、登校するのもほぼ同じ時間に決まってきていて、フォレストピアに住んでいるこの六人で行動することが多くなっていた。
六人は駅に到着し、そのまま電車に乗り込む。
基本的にこの時間にフォレストピアから出る電車に乗る人は、主にここに住んでいる学生が多い。
フォレストピア自体が、隣国ユライカナンとの交流を目的として作られた街なので、フォレストピアの住民は他所に働きに行く者がほとんど居ない。逆にフォレストピアへ働きにくる人はいくらか居るので、この時間は反対側の電車には人が多かった。
電車の中では、四人掛けのボックスシートに無理矢理六人で座るか、ロングシートに横並び、もしくはそれほど遠い距離でもないので入り口傍に立っているか、その日の気分で変わっていた。とにかく人が少ないので、いくらでもやりようがある。それにこの時間の電車は一両編成だが、それでも十分なスペースを確保できていた。
今日は、ボックスシートに無理矢理入り込む日であった。多少――というよりかなり強引に詰め込んでいるが、ソニアなどは「このぎゅうぎゅう感が楽しい」とか言っている。しかしそんなことを思うのはソニアだけで、たいていはソフィリータが音をあげて、シートから離れて立っていることが多い。
「ジャンもラムリーザも、車で通学とかしないのかしら? リゲルは車を乗りこなしているみたいだけど」
今日の会話は、リリスから始まった車についての話題だ。
「運転免許が必要だろ? 俺まだ持ってないし」
そう答えたのはジャンだ。
「去年の夏休みに合宿に参加して、みんなで一気に取っちゃったよ」
ラムリーザからそう聞いて、ジャンは「なにぃ、お前たちだけずるいぞ!」などと言ってくる。
去年はジャンはまだ帝都在住で一緒に居なかったので、まだ運転免許を取っていないのだ。
「私は今年どこかで取ろうかな」
そう言うソフィリータに、ジャンは同調する。
「そうだな、隙を見つけて一緒に取ろうぜ。リリスはともかく、ソニアが持っているのに俺が持っていないのはしゃくだ」
「何よ! あたしが免許取ってたらおかしい?!」
何だか下に見られてソニアは憤慨するが、ジャンの「おかしくはないが、ソニアの運転する車に乗るのは不安だ」という発言には、皆が同意した。
「むっきーっ!」
怒髪天なソニアだが、いつものようにラムリーザに抱え込まれて「むーむーむー」と大人しくなる。
「リゲルさんもフォレストピアに引っ越してきたらいいのにね」
「いや、普通はそう簡単にいかないって。そもそもリリスが一人で引っ越してきているのも無理があると思うぞ」
ユコは願望を述べるが、ラムリーザはリリスの例が特別だと言った。
「うちは共働きだからどうせ一人。それに家よりもジャンの所の方が高級だからそっちの方がいいわ。ラムリーザはともかく、ソニアが屋敷に住んでいるのに私が一般住宅って言うのはしゃくだわ」
「なっ、何よ! あたしが屋敷に住むのはおかしい?!」
また下に見られたソニアは憤慨するが、リリスの「おかしくはないけど、玉の輿なのはしゃく」という発言には、ラムリーザとソフィリータ以外は同意したようなものだった。
「むっきーっ!」
またしても怒り狂うソニア。なんだかんだでジャンとリリスは良いコンビだ。二人がかりの「しゃく」攻撃でソニアをからかっている。
「実際に車で通学するとなると、去年まで住んでいた親戚の屋敷の駐車場に置かせてもらって、そこから歩きになるかな」
「あの屋敷ですか、最後に行ったのはバーベキュー大会の時ですわね」
「お前らそんなことまでやってたのか?! 今年もやるぞ、バーベキュー大会! ラムリーザの屋敷に大きな庭園があったよな? 住民がアンブロシアって名前をつけた、そこでやろう」
「夏休みも近いから、休みになったらまたやろうか」
「バーベキューをやったら、ソニアは邪魔ばかりしている、くすっ」
相変わらず、ちょっとしたネタでもソニアをからかうリリスであった。
その時、丁度電車はポッターズ・ブラフ駅に到着した。ここからは学校まで歩きだ。
「そう言えばグリーン・フェアリーって作者が書いている自作小説が『物語を作ろう』ってネットの小説投稿サイトにあったけど、あれはソニア?」
「なっ、何がっ?」
唐突な話題を振ってきたリリスに、ソニアはびっくりした。ラムリーザは、そういえばソニアが小説を書いているのを見かけたような気がしたなと思った。
「どんな内容だった?」
「なんだか城が襲撃されて、顔が大変な兵士が出てきて――」
「海賊が攻めてきたってやつ?」
「あーそうそう、それだわ。コーネリア・ガロン大戦の始まりであった、で終わっていてそれから先が無いけど、どうなっているのかしら?」
リリスの言う内容と、ラムリーザの記憶が一致した。そっか、第一話だけ書いてそれっきりになっているんだな、とラムリーザは思い返していた。
「なっ、何でそれ知ってんのよ!」
秘密にしていたかったのか、ソニアは顔を真っ赤にして文句を言っている。
「ん~、グリーン・フェアリーでネット検索してみたら、いろいろな物が出てきてねぇ」
リリスはニヤニヤしながらソニアの顔を見つめている。どうやらソニアは、いろいろな場所でグリーン・フェアリーというハンドルネームを使っているらしい。
「ソニア、リリスに全部ばれてるみたいだね」
ラムリーザがそう言うと、ソニアは「ふえぇ――」とつぶやいた。
「海賊船長エルリグと、オークションのやりとりしているのもあなたなのかしら?」
ソニアの顔は、さらに真っ赤になっていった。これ以上赤くなると、頭の天辺から火を吹き出しそうだ。
「ああ、あれか……」
ラムリーザも、嫌なことを思い出して頭をかきながらリリスから視線を外した。
「加害届け……」
ぼそっとリリスがつぶやくと――
「どんぎゃらとんからえーかっかってんじゃないわよ!!」
――意味不明な言葉を叫んでソニアが狂った。
叫びながらソニアはリリスに飛び掛っていった。体当たりでもするのかと思わせておいて、急に身体をかがめて腕をリリスの足へと伸ばしていく。タックルか?
次の瞬間、ソニアはリリスの履いているサイハイソックスの際へ手をかけて掴むと、一気に足首の辺りまでずり下げた。
「ちょっと何すんのよこの変態乳牛!」
リリスに対してだけたまに見せるソニアの謎攻撃。頻繁に見せるわけではないので、リリスも対処に遅れてしまい食らってしまう。
そのまま逃げるようにソニアはその場を立ち去ってしまった。リリスはその後姿を呆然と見つめるしかできない。
「なんなのよあいつは……」
リリスはぶつぶつつぶやきながら、ずらされた靴下を元に戻すのだった。
教室に入った時、リゲルとロザリーンはいつものように早くから登校していた。今日はソニアも少しだけ早く来ている。先ほど走り去ったからだ。
「いちいち変なことしないでよ、この加害届け女」
「ぶふぉっ」
席に着くや否や、リリスは後ろを振り返ってソニアに非難の言葉を投げかけたが、意外なところから反応が上がった。後ろの席でいつものように天文学の雑誌をぱらぱらとめくっていたリゲルが、リリスの台詞を聞いて吹き出したのだ。
ソニアはリリスとリゲルを交互に睨みつけている。
「なんでリゲルが反応するのかしら? あなたも加害届けを知っているのかしら?」
「ふはははっ――、こほん」
リゲルは今度は普通に笑った後、顔を赤くしてごまかしている。
「なんかリゲルさん、去年より表情豊かになりましたのね」
その様子を見て、ユコはそうつぶやいた。確かにリゲルは雰囲気が変わった。
その理由をラムリーザはなんとなくわかっていた。今年に入ってから、二年前までリゲルが付き合っていたミーシャが戻ってきた。それ以降、リゲルは以前よりも笑うようになっていた。
リゲルにとって、今はもうロザリーンという新しい彼女と付き合い、ミーシャは過去の人になってしまった。
しかし、共に過ごした日々が無くなるわけではない。
リゲルにとって、ミーシャが今も元気で過ごしているということが近くで知れただけでも、十分に満足できる結果になっていた。
もしもこれを放置して二股を良しとしていたら、ラムズハーレムが崩壊したと同時に、リゲルズハーレムが誕生していた結果になっていただろう。これは、ラムズハーレムという言葉を作ったリゲルに対して、かなり皮肉な運命となったかもしれない。
「リゲルも知っているのね、くすっ」
リリスは鼻を鳴らして笑うが、ソニアは逆に怒りの表情を浮かべている。
実際のところ、リゲルは加害届けを知っているというか、ネットオークションでそのやり取りをソニアと行った当事者であったのだ。それは今年の一月下旬の出来事だった。
「あたしが加害届け女だったら、リリスはナリオカレー女だ」
「くっがっ、貴様っ」
ナリオカレーと言えば、リリスがネットオークションで大損したアイテムだ。この二人、ネットオークションの話となると、よい歴史を持たない。
ソニアは自分の携帯端末を操作して、動画投稿サイトを覗き込んだ。そしてリリスを攻撃するネタを仕入れたのだ。
「あたしの投稿した動画は、あれから四ヶ月ぐらいで六十八回再生されているけど、リリスの投稿した動画は四十二回しか再生されていない」
そういえばそんなこともあった。
以前唐突にゲーム実況をやろうと言って始めたのだが、ソニアはやあ、とう、などと言っているだけで実況になっていない。リリスは元気なくぼそぼそとしゃべるだけで内容が暗い。そんな動画を投稿していて大ヒットするわけがない。
「くっ……、あれは再生数が少ない方が勝ちっていうルールだったから、あなたの負けよ。ってか、あんな黒歴史、消そう」
リリスは、自分の携帯端末を操作する。
「あっ、リリスのチャンネルが消えた。ずるい、あたしも消そう」
こうして、二人は黒歴史を作っては消してを繰り返すのだった。
さて、この夏にはいったいどのような黒歴史を作り上げてくれるかな?
ただし、二人の黒歴史は自分たちがダメージを受けるだけで、他人に迷惑をかけないところが救いだった。間接的に迷惑を受けた人は居るのだが……
前の話へ/目次に戻る/次の話へ