オリエンテーション?
7月19日――
マトゥール島での二日目の朝、ラムリーザはソニアと共にいつものように目を覚ました。隣のベッドでは、ミーシャが眠っている。リゲルは既に起きていて、窓のそばの椅子に座っていた。
「夕べはお楽しみでしたか?」
ラムリーザは冷やかし気味にリゲルに尋ねてみると、リゲルは一言「黙れ」とだけ答えた。
「うーん、……あれ? リゲルおにーやんが居ない」
そこでミーシャが目を覚ましたようだ。一緒に寝ているはずのリゲルの姿が無くて不安そうな声を出している。
「ダメじゃないか、起きるまで一緒にいてやらないと」
「そんなルールは無い」
「あ、リゲルおにーやん居たー」
ラムリーザとリゲルが話をしているのを聞いて、ミーシャは気がついて起きてきた。
「あーミーシャ、ソニアを起こしてくれ」
ラムリーザはミーシャに頼んでみる。別に深い意図は無い、なんとなくそうしただけだ。
ミーシャはベッドからのそのそと降りて、ソニアの寝ている隣のベッドに近寄った。そして掛け布団を剥ぎ取ってソニアをむき出しにする。
「あれ? エルおねーちゃん、プリーツスカート履いて寝てる」
「そこは気にしないでやってくれ」
ソニアは、寝巻き用のスカートを身につけるという、変わった趣向があった。わざわざ普段着と分けているのだから、その意図はよく分からない。
ミーシャはどう起こそうか思案した末、大抵の人ならばまぁそうするであろうという行動に出た。すなわち、風船へと手を伸ばしたのだ。手を広げても収まりきらない大きな風船を、ぎゅっと鷲掴みにする。
「ふっ、ううんっ」
すぐにソニアは反応するが、まだ目を覚まさない。
ミーシャはさらに、今度は両手を使って両方の風船をぐにぐにと揉みしだき始めた。
「ふっ、ふえぇっ!」
そこでソニアはパチッと目を開けた。おはようさん。
「あっ、起きたよー」
ミーシャはそう言うが、面白がってまだ手は止めない。
「ちょっ、やっ、なっ、なにすんのよっ!」
ソニアはミーシャの手を逃れて、そのままごろごろとベッドを転がって反対側へと落ちていった。
「やっぱりすごいなぁ。ミーシャもエルおねーちゃんぐらいの胸があったらなぁ」
「エル言うな! 媚々娘! あんたなんかちっぱいで十分!」
何が十分なのかよくわからないが、そこにユグドラシルが部屋に入ってきた。
「ラムリーザ君、君の母上様が呼んでるよ、電話がかかってきた」
「ほいほい、ありがとう」
ラムリーザは、急いで部屋を出て電話口へと向かった。電話の内容は、朝食とキャンプの説明会をするので本館の食堂へ集合との事だった。サメも無くなったし、朝はまだ釣りをやっていないので、用意されたもので朝食だ。
ラムリーザの家族が泊まっている本館は、コテージとは違い普通の大きな屋敷のようになっていた。そこの一階にある食堂は、ふだんラムリーザが住んでいる屋敷の食堂と同じようなつくりになっていた。
朝食が終わると、そのまま説明会と称されるものが始まった。
「昨日は初日ということで、お互いに愚かなミスも多いだろうと思って何も言わなかった。この島の名前はマトゥール島、本国から南に30kmほど離れた場所にある島で、広さは島の周囲を4時間もあれば車で回れるぐらいの広さだ。住んでいる人は、主にこの島の開発員や資源発掘員とその家族である」
正面に立って説明をしているのは、ラムリーザの父親ラムニアス・ミレニアム・フォレスター。まるで学校行事のキャンプでの、最初の説明会のような雰囲気だ。
「修学旅行みたいだな」
ひそひそ声でジャンは、ラムリーザにつぶやく。
「ここに来るたびにこれなんだよ」
ラムリーザも、やれやれといった感じで答えた。
「諸君らは、北地区にあるコテージに部屋割りをして過ごすように。諸君らはまだ学生、くれぐれも清い交際を心がけるように」
すぐさま「ブフォッ」と妙な音がしたと思えば、咳き込む音も聞こえた。ラムリーザとソニアとミーシャは何事もなかったかのようだが、それ以外のメンバーは、紅茶を吹き出すリゲルに不審な視線を向けるのだった。
ラムニアスの話はまだ続いていた。
「食事はこの本館にある食堂で行う。ただし、自然で取れたものでバーベキューなどをするのは自由。この島には、半年分の食料は常に備蓄している状態だから、気にしなくて良い。それに滞在期間は長くても三週間ほどだ。怪我とか病気は、屋敷の二階にある医務室で。フォレスター家お抱えの医師や看護師も待機しているので、よほどの事故が無い限り気にしなくて良い」
「これ、いつまで続くん?」
再びひそひそ話でジャンはラムリーザに尋ねる。
「どれぐらいだったっけ、いちいち覚えてないよ。一通り演説が終われば開放だから、大人しく待とうよ」
そう答えるしかないラムリーザであった。
「諸君らの安全は、私設軍隊が警護に当たっている。来るときに同行した戦艦を加え、三隻の戦艦が島の周囲を巡回しているから、島の内部は安全である。ただし、この辺りの海はサメが出るので、沖に出るときは気をつけるように。一応監視船やボートで、北地区の海は監視しているから大丈夫だと思われる」
「ラムー、お話が長いよー」
「いつものことだから我慢しろ」
「むー」
ソニアが愚痴ったので、ラムリーザは抱き寄せて黙らせる。
「島の内部には、未開の地が多いので迷いやすい。はぐれたら探しにくいので、単独行動は避けて最低でも二人で行動すること。また、資源発掘場所は危ないので、島の開発員の許可無く近寄らない事」
「ラムリーザ君の父親は、生活指導とかの教師が向いているのではないかな?」
今度はこれまで黙って聞いていたユグドラシルがラムリーザに語りかけた。
「父は、城勤めが決まる前は、教師になろうかと考えていたという噂なんだ」
ラムリーザは実際に父親の口から聞いたわけではないが、母親などの話からそう推測しているのだった。
「それでは管理側の自己紹介、私が総責任者ラムニアス・ミレニアム・フォレスターである」
とうとう自己紹介まで始まってしまった。説明会としては本格的過ぎる。
「マジで学校の行事イベントだな」
「部屋割り決めるか?」
「昨日は船旅で疲れていて適当に流したけど、個室がたくさんあることを思い出したよ。コテージが四軒あって、一つのコテージに六部屋ある。一人一部屋十分当てられるよ。だから組み合わせも自由、個室がいい人は一人部屋もOK。これでいこう」
どのように部屋分けしても、ラムリーザのところにソニアはやって来る。最初からラムリーザとソニアを一緒にするとリリスなどが余計な事を言ってくる。そこでもうめんどくさいので、このように処置する事にしたのだった。
「そこ、聞いているのかな?」
ラムリーザたちがぼそぼそ話し合いをしている所に、ラムニアスの声が飛んできた。
「聞きまくっています」
すかさず答えたのはジャンだ。
「それでは今説明した内容を話してもらおうかな?」
ジャンは堂々と立ち上がって宣言した。
「風船は水に浮くが、水から上がると酷い錘になるから気をつけよう」
一同はきょとんとしている、注意したラムニアスや該当者のソニアを含めて。
ジャンは「以上」と言って、元の場所に腰掛けた。
ラムニアスの説明会は、その後三十分ほどダラダラと続いて終了した。まるで校長先生の挨拶だ。
説明会が終わると自由時間、今日も海岸で遊び始めるのだった。
「海だーっ」
ソニアは今日も通常運転、毎日が新鮮さで溢れているなんて幸せな人生だな。
「ねー、ラムも来てよー」
ソニアに呼ばれたので、ラムリーザは今日は海に入る事にした。砂浜で寝転がっているのがお気に入りだが、たまには運動しよう。
そこにリリスとユコも集まってきた。
「いかんな、まだリリスとユコはラムリーザを優先する」
その様子を見てジャンはぼやき、すぐにその輪に加わっていった。
リゲルは今日も釣り、しばらくは釣りで過ごしそうだ。その傍らにはロザリーンが居る。リゲルの二股もなかなかのものだ。
ソフィリータとミーシャは、なにやらビデオカメラを持って海岸をうろうろしている。動画作成のネタ探しでもやっているのだろう。ユグドラシルは二人に付き添っているようだ。
レフトールとマックスウェルの二人は、町の方へ行ってみると言って海岸を離れたきりだ。
昨日は気づかなかったが、海岸には所々高台があって、監視員が待機している。沖ではボートが巡回していて、サメの動向をうかがっている。彼らはフォレスター家にこの休暇の間だけ臨時に雇われている監視員で、南の島キャンプへ同行しているメンバーだ。
「あー、胸が楽~」
相変わらずソニアは、海に胸を浮かべて楽をしている。
「まるで風船浮き袋おっぱいね、くすっ」
そこでリリスはまたしても要らん事を言う。いつもの光景、でも見飽きない光景。
「魔女ってね、水に沈めても死なないのよね。だからリリスは自分が魔女って言われたくなかったら沈んでみて証明して見せたら良いの。沈んで死んで浮かんでこなかったら人間、浮かび上がったり生きたままだったら魔女。やってみてよ」
「まずあなたがやりなさいよ。あなたも魔女の疑いがあるわ、いろいろ中途半端だし」
「なっ、まっ、なっ、なんであたしが中途半端なのよ!」
「まずおっぱいの大きさが中途半端、巨乳を名乗りたければバスト145cmは無いと小さい。貧乳を名乗りたければ、バストは56cmぐらいが妥当。103cmってどっちつかずの中途半端なのよ」
「何がバスト56cmよ、それじゃあ円錐じゃないの!」
「おっ、円錐って言葉よく知っていたな」
そこにジャンがリリスに加勢する。もともとジャンも、ソニアからかいの急先鋒だったわけだが。
一方ラムリーザは、ゴムボートを浮かべてその上に乗って寝転がり空を眺めていた。流されないように錨のようなものを沈めているが、これでは砂浜で寝ているのとほとんど変わらない。波に揺れる感触を楽しめるのが加わったぐらいか?
青い空がどこまでも広がっていて、所々に白い雲が浮かんでいる。
「空は青~いの~に、の~に。雲は白いの~に、の~に」
ラムリーザはぼんやりと空を眺めながら、適当に歌を歌っていた。
昼食は再びリゲルたちの釣った魚に、それだけでは足りないので本館の屋敷にある食堂からいくらか追加していた。
「リゲルおに~やんの釣った魚はおいしいな~」
ミーシャは嬉しそうに魚をほおばるのだった。幸せそうな表情で焼き魚にかじりつくミーシャを見て、リゲルはラムリーザに言った。
「どうだ? 美味しそうに食べるミーシャは可愛いだろう?」
それは去年、ラムリーザがリゲルに言った「美味しそうに食べるソニア」うんぬんの内容を、そのままミーシャに置き換えたものだ。
幸せそうに食べるミーシャ。リゲルは、幸せをミーシャに与えてやれなかったと悔やんだ去年を振り返り、今度は何が起きても絶対に手放さないと心に誓うのだった。
ラムリーザもソニアを幸せにしてやりたいと考えている。だからリゲルのミーシャに対する持ち上げも理解できた。そして、リゲルが去年ソニアを見てイライラしていたのもここに来てようやくわかったのだった。
「見てみろよ、ソニアのあの笑顔」
ラムリーザはリゲルに、ソニアを持ち上げることを言ってみた。今のリゲルは、去年のように冷たく鼻で笑うのではなく、普通に笑顔で答えてくれるようになっていたのだった。
「楽しそうにしているミーシャって、可愛いだろ?」
リゲルがうれしそうに言う台詞。それは、ラムリーザもよく言っていた、「楽しそうにしているソニアって、可愛いだろ?」と対になる台詞であった。
そこにラムリアースが現れた。両手で抱えるような大きさで、緑色の球体に黒っぽい筋が何本か入った果物を持っている。
「おい、食後はこれだぞ」