ハッキョイノコリッ! 前編 ~陰謀が仕組まれた試合表~
ハッキョイノコリッ! 前編 ~陰謀が仕組まれた試合表~
7月20日――
今日もよい天気、海は穏やか、日差しはキラキラ夏真っ盛り。
一週間で言えば週末、普段ならジャンの店でライブをやっているところだが、今日は店長のジャンも含めて南の島でバカンスだ。
ラムリーザグループの砂浜でのんびり組、リゲルグループのボートで船釣り組、ソニアグループの……何だろう? 同じく砂浜で何かを始めたみたいだ。
リリスの指示で、ソフィリータは砂浜に大きな円を描いていた。円の大きさは大体半径3mぐらいだろうか?
これから行うのは、ハッキョイという競技らしい。突いたり押したりして円から追い出したり、足を引っ掛けるなどして転ばせたら勝ちというルールのようだ。この競技は、一般的には男性しかやらないのだが、まあなんとなくの理由でやってみようという話になったらしい。
そこで女性陣六人、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーン、ソフィリータ、ミーシャのメンバーで総当りリーグ戦をすることになった。
最初はトーナメント戦にしようかという話になったのだが、ソニアがユコとミーシャと同じブロックに入れた人が有利で不公平などと言い出したので、総当たり戦となったのだ。むろん勝手に不公平扱いされたユコやミーシャは不満を言ったが、前者は運動が苦手、後者は小柄すぎるので、ソニアに勝手にそういうイメージを持たれているのであった。
「それじゃあ私が試合表を書いてくるから、戦いの場所を整地していてね」
リリスは一人、コテージへと戻っていった。
その様子を離れた位置からラムリーザたちは眺めていた。
「ハッキョイか、プロレスの方が面白そうだよな」
そう言ったのはジャンである。そして「あいつらの横でプロレスやってみるか?」と提案した。
「プロレス? 俺は蹴るだけだぞ、熱き蹴撃手とでも呼んでくれ」
レフトールは、勝手に自分の二つ名を設定している。
「鉄の爪ラムリーザはクローだけだな、捕まえたらラムリーザの勝ち、離れて戦えばレフトールの勝ちだな」
ジャンはそう評する。この二人は実際にガチで戦った事があるのだが。
「逃げてばかりいると塩扱いされるぞ?」
ラムリーザの言葉にレフトールは、「セメントでもええやん」とか言っている。
「プロレスは筋書きを作ってからやらないとな。俺の勝ちブックで」
「ラムさんにどうやって勝つん?」
レフトールは意地悪っぽい目つきでジャンを見据えながら、鼻で笑うように言った。
「油断したところを丸め込む」
「地味やのぉ」
「クローも地味だ」
「お前は食らったこと無いからそう言えるのだ」
ラムリーザの本気クローを食らったことのあるレフトールは、ジャンがラムリーザのクローを低評価しているのが気に入らなかった。
「それじゃあタッグマッチ、ラムリーザと俺が組むから、そっちはレフトール、マックスウェル組で」
「君とマックスウェルが負け役?」
ラムリーザの突っ込みに、ジャンは「負け役言うな」と反論する。
「プロレスやるなら、俺は蹴りでラリアットを撃ってやるぜ、まるで稲妻のように一蹴してやる」
「じゃあ僕は、アイアンクローとストマッククローを同時に仕掛けてあげよう」
「あれはもうごめんだ」
レフトールは、ラムリーザに掴まれる事だけはもうこりごりなようだった。
しばらくしてリリスはコテージから戻ってきた。手には一枚の紙切れとペンを持っている。どうやら試合表が完成したようだ。
ソニアたちはリリスの元に集まり、試合表を覗き込んだ。そしてすぐに、ソニアは不思議そうに尋ねた。
「なんであたしだけ試合数が少ないの?」
「プロのだまの日程表も、時々こうなっていることがあるわ」
なんだか細かいところまでリリスは知っている。しかしこのような試合表にした意図は一体?
「あたしは四試合しか無いのにリリスは六試合もするの変。なんで試合数をずらすの?」
ソニアは食って掛かるが、リリスは微笑を浮かべたまま何も答えない。
「ソニアさんが四勝ゼロ敗で、リリスさんが五勝一敗なら、勝った数が少なくてもソニアさんの方が勝率は高くなりますよ」
ロザリーンは、素早く計算してそのように説明した。
「それじゃあ負けなければあたしが有利なの?」
そこでようやくリリスが口を開いた。
「いいえ、勝率なんて知らないわ。単純に勝った数で勝負、勝ちが多い方が勝ちよ」
それにはソニアも納得できないのは当然だ。
「何よそれ! あたしだけ不利でリリスだけ有利、ずるい!」
「うるさいわね、実際にプロのだまの日程でこうなっていることもあるんだから文句言わない。ほら最初はソニア対ユコからスタート!」
リリスはソニアの不平には耳を貸さず、強引にリーグ戦を始めてしまった。
「むー……」
ソニアはまだ不満そうだが、リリスに押し切られる形で砂浜に描いた円の中に入った。ユコも続いて円に入る。
「殴ったり蹴ったりするのは反則、押し出すか転がすかどちらかで決着をつけるのよ、それでは試合開始! ハッキョイノコリッ!」
リリスの合図で、ソニアとユコは円の中でぶつかった。ユコはソニアの胸に手を伸ばすが、ソニアは素早く横にかわすと、そのままユコを横から強く押す。バランスを崩したユコは、フラフラと円の外に追いやられてから倒れてしまった。ソニアの勝ち。
「次は私ね、ミーシャおいで」
リリスはミーシャを怪しげな微笑で円に招き入れる。
ロザリーンの「ハッキョイノコリッ!」の合図で、リリス対ミーシャが始まった。この掛け声が、ハッキョイという競技で試合開始するときの掛け声となっていた。さらにそれが、競技名にも繋がっていた。
リリスは小柄なミーシャを、簡単に円の外へと突き出してしまった、リリスの勝ち。
次はロザリーン対ソフィリータだ。格闘技の心得のあるソフィリータだが、殴りや蹴りをルール違反にされたら手足を縛られた上で戦いを強いられるようなものだ。
そういうわけで、ソフィリータにもそれほど利点があるわけでなく、一進一退の押し合いの末ロザリーンの勝ち。
「では二試合目行くよ」
リリスは再びソニア対ユコを促した。今回は組み合った後でソニアが少し力を入れただけで、ユコは後ろに押し倒されてしまった。ソニアの予測どおり、ユコは運動が苦手で弱い。ソニアの二連勝。
リリス対ミーシャの二試合目も、体格差でリリスが押し切り、ミーシャを円の外へと押し出してしまった。
ロザリーン対ソフィリータの二試合目は、今度はソフィリータがロザリーンの一瞬の隙を突いて転がしてしまう。今度はソフィリータの勝ちだ。
「次は三試合目、ソニアとユコは移動日でお休みね」
「何それ! 移動日って何よ!」
「休ませてもらいますの」
試合を無しにされて憤慨するソニアと、これ幸いと休むユコであった。
三試合目も、リリスはミーシャを円の外へと突き出してしまう。技術がない分、体格差がそのまま勝負結果にでてしまうよい例である。
ロザリーン対ソフィリータの三試合目は、ソフィリータが体当たりを仕掛けたところをロザリーンは左にかわし、すかさず上から背中をはたいたのだ。その結果ソフィリータは、前のめりに倒れてしまった。ロザリーンの勝ち。
「どんどんいくよ、次は四試合目ね」
「あたし二試合しかしてない!」
ソニアは文句を言うが、リリスはそれを完全にスルーして競技を進めていった。
「えーと、ソニアは移動日。ユコ勝負よ、いらっしゃい」
リリスはユコを、砂浜に書いた円の中に招き入れる。
「ちょっと待ってよ! なんであたしまた移動日なのよ! 二日も連続で移動日なんて要らない!」
「うるさいわね。ロザリーン、合図お願い」
そういうわけで、リリス対ユコの試合が始まった。
リリスは、ユコの腰を持って担ぎ上げると、そのまま円の外へと運び出してしまった。リリスの勝ち。
「えっと、ミーシャ対ソフィリータも移動日ね。それじゃあ五試合目始めるわ、ソニアあなたの相手はロザリーンよ。ハッキョイノコリッ!」
今度はリリスの合図で、ソニア対ロザリーンが始まった。
二人は円の中央部分でがっちりと組み合った。力は拮抗しているようだ。しかし徐々にソニアが押していく。ロザリーンはジリジリと円のふちまで追いやられ、そのまま外に押し出されてしまうかに見えた。しかし円のふちギリギリで、ロザリーンは腰を落とし、ばねを利かせてソニアの身体を少し浮かせると、そのままロザリーンは右に身体を捻った。ソニアは突然のロザリーンの動きに対応できず、円の外へと転がり出てしまった。ロザリーンの勝ち。
次はソフィリータ対ミーシャだ。
ミーシャは「やあ、とお」と手を振り回すが、ソフィリータは素早くその間にもぐりこんでミーシャの身体を捕まえてしまった。こうなったら小柄なミーシャは円の外へと運び出されるしかない。ソフィリータの勝ち。
そしてリリス対ユコ再び。
おろおろするユコを、そのまま円の外に押し出してリリスの勝ち。
「さてソニアは移動日よ」
「また?! なんでよ!」
「冗談よ、ロザリーンと二戦目どうぞ」
リリスの書いた試合表では、一人の相手と二~三試合する事になっていた。リリスは三試合全部やるが、ソニアは全部二試合なのだが……。
ソニア対ロザリーンの二試合目。
今度は最初からソニアは全力でロザリーンを押し出しにかかる。ロザリーンは再び身体を捻ってソニアを転ばそうとしたが、今度はソニアも逃がさないようにロザリーンをしっかりと捕まえていた。ロザリーンは足をもつれさせ、ソニアに押し倒される形で仰向けにひっくり返ってしまった。ソニアの勝ち。
「5kgの差がそのまま出たわね、くすっ」
「何が5kgよ!」
「あ、103のLだから、今は6kgぐらいあるかしら? ソニアはおっぱいだけで四階級ぐらい飛び越えるからね」
「リリスは胸が無いからまるでまな板みたい」
リリスの言い分は見たままのことを言っているが、ソニアの言い分はただの感情論である。リリスの胸は全然まな板ではない。
ソニアとリリスが実りの無い言い合いをしている中、ソフィリータ対ミーシャの二試合目が始まっていた。
ミーシャは最初から組み合うことは避けて、円の中を逃げ回る。結果的にそれは、ソフィリータの周囲をぐるぐると回る行動に繋がっていた。
「ルパインアタックとはやるじゃないの」
ソフィリータは、冷静にミーシャの動きに注目する。無論ミーシャにそんな必殺技は無い。捕まったら負けるので動き回っているだけだ。無駄に動き回っていると言っても過言ではないだろう。
走り回るミーシャだが、ソフィリータには近寄ってこない。ソフィリータは、タイミングを見計らって足をミーシャの走っている場所へと伸ばしてみた。ミーシャは足を引っ掛けられて転倒。ころころと円の外まで転がっていき、ソフィリータの勝ち。
「リリス、私の不戦勝で良いんですの?」
次に試合をするユコは、ソニアと言い合いをしているリリスに声をかける。
リリスは「あ、とんでもない」と言って、ソニアの前からさっさと立ち去って円の中へと入っていった。
リリス対ユコの三試合目は、今度は組み合うことになったが、ユコはそのまま円の外へと寄り切られてしまった。リリスの勝ち。
「これで一節目が終わったわけね、おつかれさん」
リリスは、現地点での勝敗表を試合表の隅に書き始めた。
「面白くないですの」
五連敗のユコは、砂浜に座り込んで足を投げ出して言い捨てた。
「ミーシャ疲れたの」
同じく五連敗のミーシャもぼやく。先ほどのソフィリータ戦で無駄に走り回ったので、少し息が上がっているようだ。
「白星配給係は必要よ。さて、一節目の結果、ソニアは三勝一敗、ロザリーンとソフィリータは三勝二敗、ユコとミーシャは五連敗、そして私は六連勝ね、くすっ」
リリスは、ユコとミーシャを白星配給係に仕立て上げ、現在の勝敗表を伝えた。
「私とソニアさんとソフィリータさんが三勝で並び、リリスさん一人がぶっちぎりですか……」
その結果を聞いて、ロザリーンはそう答えた。
「何よそれ! リリスずるい!」
「まだ始まったばかりよ」
ソニアは憤慨するが、リリスはサラッと受け流してリーグ戦の続きを進めるように促したのである。