リレー物語
8月5日――
この日はとくに変わったことも無い平凡な日。日中は海水浴に、日光浴、釣りにビーチバレーなどで遊んでいた。
ビーチバレーをする際、ラムリーザの方からわざわざ「くれぐれもソニアの胸を狙うのは禁止」ということにして、普通に楽しませたのだった。
こうして夜まで特別な事はおきずに、平凡に一日が終わろうとしていた。
夜になると、宿泊しているコテージに戻って、広間で寝る時間まで適当に過ごすのが日課になっていた。
ラムリーザが「今週一杯で、南の島キャンプも終わりだね」などと言うと、少ししんみりして名残惜しくもなってくるものだ。
そこで思い出作りに、皆で何かをしましょうという話になった。
金塊集めとかいろいろと思い出に残る事は多かったが、まだ足りないと感じている人も居るようだ。
「そうですわ、リレー物語というものをやってみましょう」
ユコはノートを取り出しながら、今夜のイベントを提案した。
「リレー物語は良いけど、交換日記は誰が止めているのかしら?」
リリスはそう尋ねるが、止めている張本人のラムリーザさえ「そういえばそんなのもあったね」とすっかり忘れているから仕方が無い。
「それで、リレーモノガタリって何だ?」
あまり教養のないレフトールが尋ねてくる。
「一人ずつ交換しながら少しずつ物語を書いて、物語を作り上げる遊びですの」
そう言ってユコは、言いだしっぺが一番の法則というのは無いけど、ノートに物語を書き始めた。
特にやることが決まっていない暇な夜。今夜はリレー物語とやらに興じてみるか。
そこで一同は、テーブル席へと集まって、ユコの書く物語に注目し始めた。
――昔々、お爺さんとお爺さんが住んでいました。お爺さんが川へ洗濯に行くと、川の上流から大きな桃が流れてきませんでした。
「はい、出だしはこれでいいでしょう。次はラムリーザ様にお願いしますの」
ユコはそう言って、ノートをラムリーザへ回した。
いろいろと突っ込みどころがある。まずお爺さんとお爺さん、去年のキャンプで怪談をした時に、ユコが話した内容とそっくりだ。そんなにお爺さん二人ネタが好きか? それに、文章の最後を「流れてきませんでした」で締めくくられたら、話の広げようが無い。というより、書く必要があるかな?
ラムリーザは、この物語をどう続けるか少し悩んだ。お爺さん二人では話を膨らませにくいし、川に行った意味も無い。そこで川に行ったおじいさんは諦めて、もう一人のお爺さんに焦点をあてることにした。
――もう一人のお爺さんは、山へ行かずに町に行った。そこでお爺――
「――ってなんでお爺さんなんだよ、これじゃ話を盛り上がらせようにも盛り上がらせないよ。昔話じゃあるまいし」
「そこを考えるのが醍醐味なんですの。ラムリーザ様なりに捻った話を期待しますわ」
「くそっ、普通にお婆さんを出してやる。ってなんで爺婆なんだよ……」
――そこでお爺さんが町を歩いていると、向こうから可愛らしいお婆さんがやってきました。
「はい、僕の部分はこれでいい。次はレフトールね」
ラムリーザは適当にお婆さんを出して、さっさとレフトールへバトンタッチしてしまった。順番は特に決まっていない。たまたま目の合ったレフトールに押し付けただけだ。
レフトールは「俺?」などと言いながら、ノートとペンを受け取った。
「可愛らしいお婆さんって何かしら?」
リリスがいぶかしげな表情を見せる。
「ミーシャは、146歳になっても今と同じ可愛らしい見た目なのー」
自分で自分を可愛いと言うミーシャ。そして146歳まで生きるらしい。
リゲルは笑顔で「うんうん、ミーシャは何歳になっても可愛い可愛い」と言い、ソニアに「リゲルきもい」と言われるのであった。
そんな外野の雑談を他所に、レフトールは物語を書き上げていた。
――婆あの肩が爺いの肩に当たる。爺いは婆あに「どこに目を付けとんじゃこのクソ婆あ! いてこましたろか、オラァ!」と怒鳴りつけた。
「こんなので良いのか?」
レフトールは書き上げてから一同を見回した。
「いや、せっかく可愛らしいお婆さん出したのに話を荒っぽくするなよ」
ラムリーザは突っ込む。レフトールらしいといえばそうなのだが、突然物語がバイオレンスな方向へと動き始めてしまった。さらに地の文での二人の呼び方が変わってしまっている。
「知らんわ。大体なんで爺いと婆あなんだよ、面白くねーよ」
「そこを面白くさせるのが腕の見せ所なんですの」
「ちっ、俺はもう書いたから、次はおっぱいちゃんな」
レフトールはユコにやりこまれて、ノートとペンをソニアに押し付けようとした。しかしソニアは、ミーシャを間に引っ張ってきて押し付ける。
「媚び媚びミーシャが御指名よ」
「はーい」
突然引っ張られて何が何だかわからないミーシャは、何の迷いも無くノートを受け取った。
「幼児体型じゃねーよ!」
レフトールは憤慨するが、ミーシャは気にせずに物語の続きを書き出した。バイオレンスを無くすか? それとも突き進むか?
ミーシャは少し小首をかしげて考えたあと、サラサラと書き始めた。
――お婆さんは、お爺さんに反撃した。しかしお爺さんはお婆さんの攻撃を受け止めると、攻勢に転じた。しかしお婆さんは、バク転でその凶暴な拳をかわした。
物語を見た皆は、そのシュールな光景を想像して悩んだ。突然老人が殴り合いを始めたかと思うと、バク転するような身軽さ。そんな老人がどこの国にあるか。
ラムリーザは「なんか、すっげーバイオレンス」と評し、ジャンは「もう一人のお爺さんは?」と尋ねる。それにはレフトールが「最初から二人で乱闘させていたらよかったんだよ」と答えた。
ミーシャはもう少しだけ二人の乱闘を書いた後、「はい次リゲルおにーやん」と言って物語をリレーさせた。
リゲルは「くだらぬな――」と言いながら、それでもペンを取って書き始めた。
――120億年以上前に生まれた宇宙は、今も膨張を続けている。もしも宇宙空間に物質の量が少なければ膨張は止まることが無い、これを開いた宇宙と呼ぶ。逆に物質の量が多ければ膨張は止まり、宇宙は一点に向かって収縮を始める。これを閉じた宇宙と言う。我々の宇宙空間が開いているか閉じているか、それはダークマターという物質が鍵を握っているのだ。そのような宇宙の理と比べたら、老人の暴力沙汰など取るに足らないどうでもよいことである。
なんだか小難しいことを書き並べていたが、リゲルはバイオレンスな展開を「どうでもよいこと」で片付けてしまった。
「壮大な物語なのか、どうでもよい話なのか、よくわからんな」
ジャンは首をかしげている。
「どうでもよい話だ」
リゲルはそう答えた。それから「次はロザリーン」と言って、ノートを回してしまった。
「では川に洗濯に行ったお爺さんの話で」
ロザリーンはそう言って、物語を作り始めた。
――その一方川へ洗濯に言ったお爺さんは、洗濯を終えて家に帰って昼御飯を作り始めました。まずは焼豚を1cmぐらいの大きさに切って整え、ねぎはみじん切りにしました。そして炊いておいたご飯に卵を混ぜておきます。次にフライパンに油を引いて、卵ご飯、焼き豚、ねぎを、塩や鶏がらで味をつけながら炒めます。炒め終わったら丼に移しましょう。下地のご飯ができたので、次は上に乗せるものです。豚肉に小麦粉をまぶしつけ、溶いた卵、パン粉の順番につけて油で揚げます。これを先ほど作った味付けご飯の上に乗せます。その時真ん中は開けておいてくださいね。最後に上からかけるソースを作ります。タマネギをみじん切りにして油と塩を少々加えて飴色になるまで炒めます。そこにニンニクとショウガを少し加え、さらにトマトを砕いて潰したものも加えます。最後にターメリック、レッドチリ、クミン、コリアンダーを加えてよく混ぜて、ソースの出来上がり。それを先ほどの丼にかけていきます。真ん中に隙間を作っていたので、そこを中心にかけて、出来上がり。お爺さんは、とんかつカレーかけ焼きめしを作って、もう一人のお爺さんを待っていました。
無茶苦茶長い文章を一気に書いたな、と思ったらよく見たらいつもの料理レシピまる写しであった。
「なんか歌詞作りと同じ展開になってきたな」
「交換日記と同じですの。止めている人は早く書いて回して下さいね」
ラムリーザとユコは、リゲルとロザリーンの書いた内容がいつもと変わらないことに気がついていた。
「次はそうね、マックスウェルさんお願いします」
「俺も書くのかよ」
マックスウェルはロザリーンからノートとペンを回され、めんどくさそうにつぶやくと物語の続きを書き始めた。
――おじんとおばんは、死闘の末に二人とも死んだ。
「殺すなよ!」
最初の一文に、いろいろな場所から突っ込みが上がる。内容もそうだが、登場人物の呼称もまた変わった。
「慌てるなってば」
マックスウェルは、批判を気にせずにさらに文章を続けた。
――その時天から一筋の光が降り注いできて、おじんとおばんを照らした。すると二人は若い肉体に生まれ変わったのだ。二人は息を吹き返しお互いを見つめあった。一瞬にして惚れた二人はその場で服を脱いで
「待て、そこから先は危険だから書くな」
ラムリーザは内容がアダルトな方向へ向かい始めたのを察して、マックスウェルの執筆を遮った。
「ここから面白いのだけどなー」
「官能小説を書くな」
リゲルも批判してくるが、目が笑っている。何を期待しているのやら。
「しゃーねーな、次は誰だ? 書いていない人」
「私が書くわ」
名乗りあげたのはリリスだ。
リリスはマックスウェルからノートとペンを受け取り、先ほどの続きをそのまま書き始めたのだった。
――お爺さんのそそり立ったグラス・タワーは、お婆さんの地獄の門に
「ちょっと待て」
ラムリーザはリリスの執筆を止めた。このままではマックスウェルが書きかけた内容がそのまま続いてしまうことになる。
「そうだぞ、二人は若返ったんだぞ」
リゲルもしっかりと、リリスの書く内容を批評してくる。
「いや、突っ込みどころはそこか?!」
ラムリーザの心配を他所に、リリスはリゲルに指摘された所を修正する。
――お兄さんのそそり立ったグラス・タワー138階は、お姉さんの地獄の門を激しく突き上げ
「いやだからダメだって――って、うわっ、何をする?!」
何かと妨害しようとするラムリーザを、ジャンとリゲルが二人がかりで押さえ込んで、リリスの執筆を促した。
邪魔者の居なくなったリリスは、とても文章では表せないような淫靡な内容を書き連ねるのであった。
「ほら、面白い展開になったわよ。次はまだ書いていない人、ソフィリータとかどうかしら?」
「私ですか? えーと……」
リリスの次にノートを受け取ったソフィリータは、直前の過激な展開にドギドキしながら続きを書き進めた。
――お兄さんがお姉さんを連れて家に帰ると、お爺さんがいたので追い出しました。お爺さんは、外から扉を叩きながら「入れてくれやぁ~」と言いましたが、二人は家の中で落ち着いて先ほどの続きをしました。
「お爺さんが可哀想!」
隣でノートを覗いていたソニアが、ソフィリータに非難を浴びせかける。
「いいのです。お爺さんとお爺さんが二人で暮らしているのがおかしいので、ここは軌道修正しました」
「でもお爺さんが可哀想!」
ソニアはまだ噛み付いている。
「それではこうしようか」
ユグドラシルは、ソフィリータからノートを受け取って続きを書き、ソニアからの攻撃から守ろうとした。
――外に追い出されたお爺さんは、まるで元から居なかったように、その姿が消えていきました。
「これで若者二人の物語に軌道修正できたかな?」
「既に最初の展開と、全然違う内容になってきたな」
ジャンはそう言うが、やっていることは官能小説紛いである。
「なんですの皆さん乱暴な話を書いたり、お爺さんじゃなくしたり」
「ユコは若者よりもお爺さんの方が好きなのか?」
「そういう意味じゃありません! ちゃんと二人のお爺さんを出してください!」
「どういうこだわりだよ……」
ジャンは、ユコのこだわりを反映させるために、二人目のお爺さんについて話を続けてやった。
――外に居たお爺さんが消えた後、空から一筋の光が降り注いだかと思えば、お爺さんは若返っていました。二人目の若者は、家の中に飛び込んで俺も混ぜろよ! と言いながら、お姉さんを無茶苦茶にしました。
「乱交パーティなんて止めてください!」
ユコは、自分の始めた物語がとんでもない方向へと進み、一人憤慨している。
「でもじじい二人の物語より、若者の男二人、女一人の三角関係が王道だろ?」
ジャンの言う王道とは何のことを指すのだろうか?
「でもマックスウェルのパクりだね」
ラムリーザの指摘に、ジャンは「むっ」と呻いて、書いた部分を修正し始めるのであった。
――まず骨が生成されて骨格が完成する。そして筋肉とか血管等が絡みつき、人間の形を作り上げていく。最後に皮膚が出来上がって、お爺さんは若者の体に変貌を遂げた。
「いや、ホラーチックにしなくていいから」
「そっちの方が視覚的によいぞ」
ジャンの文章に突っ込みを入れるラムリーザと、肯定的に捕らえるリゲルが対照的だ。
「よし、乱交パーティの続きはソニアに書いてもらおう。これで一巡するかな?」
「一巡で終わりでいいよ。ソニアにはしっかりとしたエンディングを迎えてもらおう」
こうして一同の期待を背に受けて、ソニアは物語の締めくくりに入った。
――三人の若者には吸血狼男を退治するという使命があったので、そいつが住み着いている呪われた墓へと向かった。吸血狼男は、烏のような漆黒な長髪を振り乱し、赤々と輝く瞳で睨みつけてくる。呪われた墓で壮絶なバトルが始まった。しかし三人の正義の力は、根暗な吸血狼男の力を凌駕していた。吸血狼男は、まるで魔女のように中途半端なきようさと、中途半端なほうりきを使って襲い掛かってきたが、所詮役立たず。魔女みたいな吸血狼男は、退治されてしまいました。最後に三人は、吸血狼男に何故こんな事をやったのか? と問いかける。吸血狼男は、懸賞のナリオカレーが当籤しなかったからむしゃくしゃしてやったと答えた。こうして吸血狼男の恐怖は消え去り、世界に平和が戻ったのである。おしまい!
何だか知らないが、ここまでの話の流れを全く無視した展開だ。それでも一応ハッピーエンドを迎えたのだから、よしとするべきか。
「うん、めでたしめでたしだいいね!」
ラムリーザは、この後に来るであろう騒動の予感を覚えて、リレー物語が終わったということにしようとした。
「ちょっと待って」
リリスの言葉を聞いて、ラムリーザは「やはりな……」と思い諦めた。結局ソニアの書いた事は、物語の大詰めに見えるが、「吸血狼男」「根暗」「魔女」にあるようにただのリリス攻めだ。吸血狼男の見た目からして否定できない。
これにリリスが黙っているはずが無い。
「二順目に突入するわ。この続きをユコ書きなさい」
「二順目ですか? わかりましたの」
こうして二順目が始まった。
ラムリーザは、ユコが続きを書き出すのを見ながら、二周目には絶対に「風船おっぱいお化け」が出てくると予想し、仕方なく最後まで付き合うのだった。
――三人の若者の前に現れたお爺さんとお爺さんは言いました。
結局お爺さんが増えるだけだった。しかも二人。
もう知らん。