島の洞窟探検 前編 ~現実の洞窟とは味気ないもの~
8月6日――
「この島に、まだ手をつけていない洞窟が一つあるのですが」
ラムリーザは、この日ソニアを伴って島民の居住区をぶらついていたところ、島の副管理人メナードからこういった情報を仕入れたのだった。
「調査とかしないのですか?」
「いやぁ、これまでも調べよう調べようと思っていたのだけど、どうも後回しにしてしまってね。そこに先日のフォースデビルズヘッドの金塊だ。それで、そういえば――って話になったのだよ」
「この島は、宝の隠し場所になっているみたいだからね」
「今日の昼過ぎから、調査隊を編制して洞窟探検をしてみることになったのだが、どうですか? 坊ちゃんも同行してみては?」
「それは面白そうですね、コテージに戻って他にも行ってみたい人が居るかどうか聞いてきます」
どうやら今日は、洞窟探検再びといった感じになりそうだ。しかし前回のような宝の地図とか無いので、それほど宝の期待はできないだろう。
ラムリーザとソニアがコテージ傍の海岸に戻ったとき、砂浜に集団が一つあった。
そこに言って、メナードから聞いたことを伝えると、あまり迷うことなく行ってみようという意見が挙がった。そろそろ海や砂浜に飽きてくる頃、新しい刺激を求めて洞窟探検再びというわけだ。
「全員でいくのかな?」
「リゲルとミーシャは釣りに行くと言って、離れた場所にある防波堤へ行ってしまいましたの」
「ジャンとリリスは、二人で島の繁華街――と言えるのかな、町の方に言ったよ」
ユコとユグドラシルの説明で、今ここに居るのは残りの六人だということがわかった。
「それじゃあここにいるメンバーだけで行くか」
こうして、先日のメンバーとは少し違う組み合わせで向かうことになったのである。
「八人パーティは賑やかだなー」
ソニアはなんだか楽しそうだ。
「洞窟探検なら六人パーティが普通ですの」
ユコの基準とする普通とは、いったい何のことだろうか?
「いや、パーティならやっぱり百八人だろう」
とつぜん十倍以上の数を示してくるレフトール。人海戦術で洞窟を攻略するつもりだろうか?
「今日は役立たずの魔女が居ないからベストメンバー」
ソニアのリリス下げをスルーして、ラムリーザは八人を率いて島の居住区へと戻った。
居住区の広場には、10人ぐらいの島民が集まっていた。メナードに聞くと、彼らは今回の洞窟探検に志願した――暇だった――メンバーだそうだ。
その中には、ラムリーザの私的警護役レイジィの姿もあった。メナードが今日の探検についてラムリーザの母親ソフィアに話を通したところ、前回同様レイジィの同行を義務付けたのだ。
「こちらはメンバーを二手に分け、先導隊と補助隊として動く。先に安全を確保してから進むことになるので、安心して付いてきてくれればいいよ」
メナードの指揮で、洞窟探検隊は動き出した。先導隊を先頭に、補助隊がラムリーザたちを保護する形で進んでいくといった形になるようだ。
洞窟の入り口は、島の居住区とラムリーザたちの泊まるコテージの中間あたりから少し南へ行った林の中にあった。
先導隊が早速入っていき、その後でラムリーザたちのグループが入っていった。
用意されたランタン3つを、それぞれラムリーザ、ユグドラシル、マックスウェルの三人が持って、陣形を組んで洞窟へと入っていった。
先頭にソフィリータ、次にラムリーザとレフトールが続き、その後ろにソニアとユコ。ユグドラシル、ロザリーンと続いて最後尾がマックスウェルとなった。
「俺が戦士で、ソフィリータは武闘家だろ? 先頭は俺じゃね?」
レフトールは少し不満そうに言っている。
「先頭は罠があったら素早く身をかわす必要があるからスピード重視です」
ソフィリータはゲーム的な理論で、レフトールの意見を跳ね返した。
「ソフィリータは盗賊の成分もあるのか。戦士っぽいけど、盗賊の性能も兼ね添えた――」
「山賊!」
レフトールの言葉に被せるように、ソニアは後ろから突っ込んできた。
「レンジャーと呼んでください」
ソフィリータは苦笑気味に答えてくるのだった。
一応先導隊が安全を確保しつつの行軍だが、ラムリーザたちは初めて入ったかのように探検を進めるのであった。
洞窟は岩と土が混ざったような壁になっていて、結構硬くて崩れる心配はなさそうだ。そして通路は洞窟に入ってからはまずは南へ向かって通路が進んでいる。
しばらく進むと、南に続く道と西へ伸びる通路へと別れていた。
まずは西の通路の調査、先頭組みと最後尾のマックスウェルとで西の通路を前後で挟み、中軸のユグドラシル、ロザリーン、ソニア、ユコの四人が西へと進んでいった。その間、残りの四人は通路の入り口で待機。
すぐに西へ向かった四人が戻ってきた。
「行き止まりだったよ」
「それじゃあ南に向かうか」
そこでラムリーザは、あることに気が付いて尋ねてみた。
「ユコは洞窟怖くなかったのか? 先日は入るのを避けていたし」
「あの崩れた顔をした岩の下に行きたくなかっただけですの。ここはそんなに怖くありませんわ、ラムリーザ様が居てくださる限り」
「お、俺は~?」
レフトールは少しがっかりしたように聞き返す。レフトールとユコはゲームセンター仲間で、ユコに変なのが寄ってこないようにレフトールが睨みを利かせているといった関係があった。
「ここはゲームセンターじゃありませんですの」
だからユコにこう言われると、レフトールも黙るしか無かった。
それからまた、しばらく南へと進んでいった。すると、またしても道は南と西へと分かれていた。
「どうしよっか、二手に分かれて探索する?」
「四人パーティか、そこまでなら大丈夫だな」
そこでメンバーを二分して、西へはラムリーザ、レフトール、ソニア、ユコの四人が進み、南へは残りのソフィリータ、ユグドラシル、ロザリーン、マックスウェルの四人が進んでいった。
西への道は、少し歩くと南へと曲がり、ランタンに照らされた奥には何かキラキラしたものが光っていた。
「おっ、いきなり当たりか?!」
レフトールは光に向かって早足で進む。
「あっ、金塊独り占めにさせるかっ」
ソニアが後を追い、ユコもその後に続いた。
「足元に気をつけろよー」
ラムリーザは最後尾となり、ソニアには難しい注文をしながらついていった。
通路の奥は行き止まりになっていて、壁から染み出している湧き水が地面に小さな泉を作っていた。
「なんだ、キラキラしていたのは水かぁ」
先に到着していたレフトールは、がっかりしたようにつぶやいた。
「まだ望みはあるっ、これは金の水かもしれないっ」
ソニアは諦めていないようだ。泉に手を突っ込んで水をすくう。しかし、ラムリーザの持ってきたランタンに照らされたその水は、ただの水で金色などしていなかった。
「そんなに黄金水が飲みたければ、俺のを飲むか? おっぱいちゃん」
「誰が番長のおしっこなんか飲むかっ!」
ソニアは怒って騒ぐが、レフトールはニヤニヤと笑いながらやり返す。
「おっぱいちゃんは何か勘違いをしているぞ? 黄金水は、金を水に溶かしたしたもので、万両水と呼ばれる薬だ――とユコが言っていたぞな、もし」
「番長はユコのおしっこ飲むの?」
「誰が飲むかっ! お前俺の話聞いてないだろ?!」
「くだらないこと言ってないで、元の道に戻るぞ」
「ほんと、二人とも馬鹿ですの」
ソニアとレフトールがつまらぬ諍いを始めるので、ラムリーザはユコを促してさっさと元へと戻っていった。
四人が早足で先ほどの分岐点に戻り、今度は南へ向かって進んでいったところ、通路はすぐに東に折れ曲がっていた。その先で南組と合流を果たしたのであった。
「あ、戻ってきた」
「ここで何をしているんだ?」
「いえ、道が北と南に分かれているので、どちらに進もうか話し合っていたのです」
ソフィリータとロザリーン、ユグドラシル、マックスウェルの四人をどう二手に分けるか。
「それじゃあ僕たちは待っているから、君たちで北の通路から確認してきてくれ。分岐点があれば、そこに二人待機、二人で僕たちを呼びに来るんだ。いいね、単独行動だけは避けること」
ラムリーザの指示で、四人は北の通路へと向かっていった。
待っている間、レフトールは待機組の四人以外に居るもう一人におそるおそる声をかけてみた。
「あんのぉ~、俺レフトールです。あの時はその~、ごめんちゃい」
お調子者のレフトールは、ラムリーザの兄ラムリアースの時と同じように、過去のことを詫びてくる。しかしもう一人の男は、レフトールの方には目もくれず、じっとラムリーザの周囲を監視しているのだ。
「こら番長、レイジィの仕事の邪魔をするな」
その様子を見ていたソニアは、文句を言ってくる。
「いやぁ、ラムさんのお兄さんは許してくれたから、一応この人にもな」
そこでラムリーザは、レフトールを手招きしてレイジィの傍から呼び寄せてから、小声で言い聞かせた。
「彼は過去にこだわったり、未来を考えたりしていないよ。今現在、この時に僕の身を護ることしか考えてないよ、それが仕事だからね。だから過去に何をしたかじゃなくて、今僕に危害を加えない限り、彼は何もしてこないよ」
「プ、プロやなぁ……」
またしてもレフトールは、自称ラムリーザの騎士と、プロのラムリーザ護衛との違いをまざまざと見せつけられたのであった。
そこに北へ向かった四人が戻ってきた。
「狭い空間があるだけでした」
「ほんまか? おいマック、宝箱があったのをちょろまかせてないよな?」
「何もねーよ、聖水とか288エルドが置かれていたとでも思っているのか?」
「なんか具体的なのが気になるが、それならいいか」
再び八人パーティとなり、南へと進んでいった。そこから先は、少し坂になっていてさらに地底へと下りていく感じになっている。
下りた先は広間になっていて、北側が小さな地底湖になっていた。その地底湖の中心には島のようなものがあり、中央へ向かって広間の壁沿いに螺旋状に道が繋がっているようだ。
この広間には、他には西へと通じている横穴があるだけだった。
「よし、今回は僕とソニアとソフィリータとユグドラシル先輩とで湖に浮かぶ島を見に行ってみる。残りのメンバーは西への横穴を探索。分かれ道がまたあったらそこで待機、湖の調査が終わったら後を追うので、合流してから次を考える」
ラムリーザの指示で、再び二手に分かれて探索が始まった。
湖岸沿いに進むと、同時に広間の壁沿いに進むことになった。広間に入ったところから、反時計回りにぐるりと湖を回っていく。そして丁度一週したところで、中央の島へと辿りついた。
島は周囲に四本の石柱が立っていて、何かを祀られた後のようにも見える。そして島の丁度中央には、そこだけ地面が土ではなく石畳のようになっていた。
「ここに何か置いてあったのかなぁ?」
「祭殿のようにも見えるね」
ユグドラシルは、石柱を撫でながら調べている。
「あたし上に乗ってみる」
その時唐突に、ソニアは石畳の上に飛び乗った。
光に包まれたソニアは、どこかへワープ――などとSFチックな事は起きずに、その場に沈黙だけが訪れた。
「えっと、ソニア姉様大丈夫ですか?」
おそるおそるソフィリータが声をかけた。
「HPとMPが回復したような気がする!」
何も起きなかったことを悟られたくないのか、ソニアは多少必死気味に報告する。
「そんなわけないだろ、ゲームじゃないのだからな。変な事言ってないで先に進むぞ」
「今だったら運が悪いよ、MPが回復したからね。特技ダクメンテとか使えるよ」
「特技はダクメンテ? ダクメンテとは何かな?」
相手にしなくてもいいのに、ユグドラシルはソニアの話に乗ってしまった。まずMPがあればなぜ運が悪いのか分からない。
「魔法だよ」
「え? 魔法」
「うん、多数の敵に大ダメージ与えるよ」
「人に危害を与えるのは犯罪。それ以前に村人の最大MPは0だから、回復しても0。残念だったな」
ラムリーザは、ソニアの作り話をさっさと終わらせてしまった。大体ダクメンテとは何か、聞いたことも無い単語だ。
とりあえずここの地底湖には何も無いようだ。
ラムリーザたちは、西側に通じている横穴へと入って行き、先行した四人の後を追った。
洞窟の壁は、土が減り岩が多くなっているようで、地底湖の影響かすこし湿っていて周囲はひんやりとしていて涼しい。
西への通路はすぐに北へと折れ曲がり、北へ進んだ先にはちょっとした広間になっていた。そしてその広間で、先行組の四人が待機していた。
その広間からは、北と西へ横穴が延びているようだ。
「僕たちがそのまま北へ向かうから、ロザリーンたちは西へ進んでみてくれ。分岐点があったらそこで待機ね」
再び二手に分かれて探索を進める。
用意されたランタンが3つなので、最大3つのグループにまでしか分かれられない。このためロザリーン組は、分岐点で待機という流れになるのだ。
北へ進んだラムリーザたちは、すぐに左右に分かれた分岐点にぶつかった。ランタンを持つラムリーザとユグドラシルが、それぞれ二手に分かれて調査する。
右側、東へ向かったラムリーザとソニアは、すぐに行き止まりへとぶつかる。多少部屋のように膨らんでいるように見えるが、狭くて特に何も無い。
「力の種とか置いていてくれたらいいのに」
「ここは自然にできた洞窟みたいだからね。ゲームとかだったらこういった行き止まりに宝箱とか置いてあったりするけど、現実はこう味気ないものなんだ」
「でも小島の洞窟には金塊があった」
「ここにもあるといいね」
少し残念そうなソニアを引っ張って、ラムリーザは元の分岐点へと戻った。そこには既に、ユグドラシルとソフィリータも戻ってきていたのだった。
「そっちも行き止まり?」
「うん、何も無かったよ」
やはり現実の洞窟は、味気ないものなのである。
四人は来た道を戻って先ほどのちょっとした広間へと戻る。そのままロザリーンたちが向かった西側へと進んでいった。
西への通路はすぐに南へと曲がり、そこからは軽い斜面になっていてさらに地下へと下りていく感じだった。
「ダンジョンだとしたら、ここから先は地下三階ということになるね」
先頭を歩くユグドラシルは、そう言った。
「この洞窟の名前はあるのでしょうか?」
ソフィリータが尋ねてくる。
「前言った金塊のあったところは黄金の洞窟。そしてここは、愚か者の洞窟!」
きっぱりと言い切るソニアであるが、金塊と黄金は結びつくが、なぜここが愚か者なのかわからない。
「なんでそんな名前なんだ?」
ユグドラシルの問いに、ソニアは「何も無いような所に入り込む愚か者が集まる洞窟だから」と言い切った。自分もその愚か者の一人に入ることは、考えていないようだ。
「でも何も無いと飽きてきますね」
ソフィリータは退屈そうだ。彼女的には、モンスターとバトルでもやりたいのだろうか?
「奥まで進むと、きっと何かかあるはずさ」
ラムリーザはメンバーを励ましながら、最後尾を進むのであった。
道が平坦っぽくなると、また西へ通路が延びていた。周囲はほとんど岩壁だ。