島の洞窟探検 後編 ~夢見がちな赤水晶~
8月6日――
マトゥール島にあった未開の洞窟にて。現在ラムリーザたちは、地下三階らしき場所まで探索を進めていた。
再び八人パーティとなった一同が居るのは、少し広くなった空間である。
その広間からは、西へ続く通路、南へ続く通路、そして下り坂の三方向へと道は分かれていた。
「三手に別れて探索するか、一つずつ全員で見ていくかだね」
ラムリーザが二つの手段を提示すると、ソニアは「みんなで行こうよ」と答えた。
待機も退屈なので、全員で探索し続けようという話になり、この三本の分かれ道は全員で順に回ってみることになった。
そこで、どこから探索するかと全員に意見を聞いたところ、下が気になるという返答が多かったので、まずは下りられるだけ下りてみようという話になった。
広間にランタンを一つ目印に置いてから、全員で下りる道へと進んでいった。
小さな広間から下りた先は、広大な地底湖だった。縦長の島のようになっていて、周囲を地底湖で囲まれている感じだ。
地底湖は波打っているわけでなく、ただ黒く穏やかな水面が延々と続いている。ランタンで照らしても、地底湖の先の壁は見えないほどの広さだった。
周囲を見回すと、西の方向にも島のようなものが見えた。島は薄暗く遠くに少し見えるだけで、どのような島なのかまでは把握できない。
しかし陸続きになっていないので、そこへ行くにはこの黒い地底湖を泳いでいく必要がある。
この黒い湖を泳いでまでして島まで行ってみようという意見は無く、一同はそのまま来た道を通って上の階へと戻っていった。
次は西か南だ。
どちらに進むのかといった話になった時、ユコの意見でソニアとジャンケン三本勝負をやって、ユコが勝ったら南へ、ソニアが勝ったら西へという案が挙がった。
ラムリーザは少し意味がわからなかったが、ソニアもやる気みたいだし、次の道は二人に決めてもらうことにした。
「ジャンケンぽいぽいどっちだすの、こっち出すの、あんた馬鹿ね、グリーンピース!」
ソニアたちのローカルルールなのかどうか分からないが、流れるように三本勝負が進行していった。
最初のぽいぽいどっち出すのでで、両手でそれぞれジャンケンで出す手を二つ出し、こっち出すのでどちらかを選んで勝負をする。このルールでは、何故かソニアは両手とも同じものを出しがちで、今回も同じ手を出してしまい、結果ユコの勝ち。
続いて、最初にジャンケンで勝ったユコが親となり、あんた馬鹿ねの呼びかけであっち向いてほいの要領でゲームは続いた。ソニアは右を向きかけたが、ユコが下を指差すと、何故かそっちの方を釣られて見てしまった。ユコの二連勝。
最後のグリーンピースは、二人だけのルールみたいで、何やらお互いにポーズを取って勝負をしたようだ。ユコの合図で、二人とも腕を十字に組んだ同じポーズを取った。ポーズが同じだと親の勝ちだそうで、つまりユコの三連勝。
この手のゲームは、何故かソニアはやたらと弱い。
「えっと、ユコが勝ったから南だね」
ラムリーザは、ユコに三連敗して不満そうな顔をしているソニアを抱き寄せて一応慰めながら、ランタンをかざして南へと進んでいった。
素早くソフィリータはラムリーザの前に出て、護衛を気取る。すかさずレフトールが前に出て、それをソフィリータが抜き返して、さらにレフトールがエンドレス。
「お前は一応領主の妹様だろうが、大人しく守られてろよ!」
レフトールはソフィリータに憎まれ口を叩く。
「私は自分の身は自分で守れます。その余剰戦力で、リザ兄様を守っているのです」
「おいおい、それじゃあ僕は自分で自分を守られないみたいじゃないか」
ラムリーザは、困ったようにつぶやいた。だが実際にはレイジィに守られ続けていることは事実なので、あまり強くは否定しないでおく。
そして二人が次々に前に出たがるので、少しずつラムリーザとの距離が開きつつあるのだが、それはどうなのだろう。
南へ向かった道は、すぐに左右、東西に分岐していた。
「最初の頃はそうでもなかったけど、奥に来たら複雑になってきましたね」
ロザリーンは、東の通路と西の通路を交互に眺めながら言った。どちらもランタンで照らしてみても、奥までは見渡せない。
「リザ兄様、東へ向かいましょう。私が先導しますので、付いてきてください」
「いやいやラムさん、勝利は東ではなく西だぜ。こっちに来るんだ」
「ユグドラシルさんとロザリーン、東お願いします。ユコとマックスウェルは西をお願いね。僕とソニアはこの分岐点で待機」
ラムリーザは、不毛な争いに終止符を打つべく、自分は一歩引いて探索を残りのメンバーに委ねたのだった。
しかし二手に分かれたグループも、すぐに戻った。どうやら行き止まりで何も無かったようだ。
「私がゲームマスターをするなら、こういった行き止まりのどこかに宝箱を設置しますわ」
テーブルトークゲームでゲームマスターを何度も勤めているユコは、自分ならこうするとぼやいた。
「テーブルトークゲームならあたしはファイターだから次は先頭を歩く!」
「ダメだ、足元が危ないからソニアは僕の後ろ!」
「なによー、俺より先に歩いてはダメだというの?」
「そうだ。僕より先に寝てもダメだぞ」
「後に起きるのは?」
「それもダメだ」
「じゃあラムは夜の8時ぐらいに寝て、朝の11時ぐらいに起きてきてね。それならあたしその言いつけ守れるよ」
いつの間にか実りの無い会話を交わしながら、ラムリーザとソニアは通路を北に戻って、最初の分岐点へと戻っていった。
そして次に全員で残る一本、西へと進んでいった。
西の道は、突き当りで左右、南北に分かれていた。
北の道は北西へと延びていて、その先はランタンで照らしても暗いままだ。そして南の道は、すぐに南と西へ分岐していた。
「ますます複雑になってきますね」
「よし、ここの拠点を築くぞ。ランタンを一つ置いて、テントとか無いから味気ないけど、拠点出来上がり」
「ランタン一つだけ、簡易拠点ですのね。キャンプにもなりませんわ」
「テント運ぶの大変だから、拠点はこれでいいの。さて、どのように探索を進めるか、先ほどの二グループでそれぞれ北と南を探索してもらおうか」
「それじゃあ俺は北を選ぼう」
レフトールは、ラムリーザの意見を聞いて、マックスウェルとユコを率いて北へ向かっていった。この三人は、何気にゲームセンタートリオだった。
残りの三人、ユグドラシルとロザリーンとソフィリータは南へと向かっていった。
そこでラムリーザは、拠点の位置を少し南へずらして、西へ向かう分岐点手前を拠点としたのだった。ランタンを動かしただけの、簡単な引越しである。
「ラム~、おなかすいた~」
二人きりになった時、ソニアは甘えたような声を出してラムリーザに引っ付いた。
「ん、ヒザラガイ食べる?」
「あれは見た目がやだ。――って持ってんの?」
「洞窟探検が終わったら、また岩場に取りに行こうか」
「やだっ、せっかくラム兄が居なくなって、変な物食べさせられなくなったのに」
「でもコリコリしていておいしかったじゃん」
「だから見た目がやなの。あっ、そんなことよりもチューしようよ」
「そんなことって、おなかがすいてきたのはそっちじゃないか。それに薄暗い洞窟でチューとは、情緒が無いなぁ」
「いいじゃないのよー、誰も見てないし」
「学校で見てても見なくてもやってただろ」
「今は他に誰も居ない!」
「居ますよ」
二人がいちゃいちゃしていると、突然傍に現れたソフィリータが声をかけた。しかしソフィリータ程度では何とも思わないソニアは、まだラムリーザから離れようとしない。
「南の通路は行き止まりだったのか?」
ラムリーザは、思ったよりも早く戻ってきたソフィリータに尋ねた。
「いえ、南に向かう途中で東に向かう分岐があり、さらに南の先も東に曲がっていました。奥の東道は行き止まりでしたが、手前の東道は、さらに地下へと下りて行く感じになっていました。そこで二人を待機させて、私が報告に戻ってきたわけです」
「単独行動は避けてもらいたかったけど、まぁ一本道なら壁から何かが湧き出てこない限り安全は確保できているか。よし、一旦待機。レフトールたちが戻ってきてからさらに地下へと向かおう」
しばらくの間、ソフィリータはラムリーザの傍を離れなかった。まるでソニアがよからぬことをしないように監視するかのように。
そして間もなくして、レフトールが西の通路から現れた。
「あれ、明かりが見えたから来てみたけど、北からの通路と繋がっていたみたいだな」
レフトールは三人の姿を確認してそう言った。
「これは拠点を作って正解だったね。気が付かなければ延々と同じところをぐるぐる回るところだったよ。それで、他に道はなかった?」
「ちょっと向こうに南へ向かう道があったから見てくる」
そう言ってレフトールは、再び西へと進んでいった。しかしすぐに行き止まりだったらしく、マックスウェルとユコを率いて戻ってきた。
これでいよいよ地下四階へと向かうことになった。
「カタコンベも地下四階だったね」
八人揃って地下四階へと向かう途中、ラムリーザはテーブルトークゲームのことを思い出していた。
「あの指輪は結局どうなったの?」
ソニアも思い出したようで、ユコに尋ねた。
「どうなったのでしょうねぇ」
しかしユコは、曖昧にしか答えない。あれ依頼続編も無いし、指輪を巡る物語はユコの中では完結しているのだろう。
下り坂が平坦な通路になった時、周囲の壁は完全に岩肌となっていた。空気はひんやりとしていて涼しい。そして通路は、北へと向かって続いていた。
その途中、ソニアとユコの二人はテーブルトークゲームっぽい話をしていた。
「敵が出ないね、ガーゴイルとかマーネイスとか」
「私がゲームマスターなら、ここらで一発モンスターを出しますわ。地下だから、ワンダリングアイズとか」
「それ名前違う。ビホルダーでいいじやなのよ」
「その名前使っちゃダメらしいですの」
「なんで?」
「わからないけど、君子危うきに近寄らずですの。だから私が目玉のモンスターを出すときは、いつもワンダリングアイズ」
「じゃあ今度あたしがゲームマスターやってビホルダー出してやる。それで文句言いに来る人が居たら、どんな人かしっかりと確認してやるんだ」
そんな雑談を聞きながら北へと向かって進んでいくと、道は東へと曲がっていた。その先には――
「ここは昔誰かが来たことあるみたいだね。これは人が作ったものだよ」
ユグドラシルの説明する物は、明らかに人工物である石でできた橋であった。
東の通路はすぐに大広間へとなっていて、そこには広大な地底湖が広がっていた。その橋は、地底湖に浮かぶ島へ向かってかけられていたのだ。
この島は、先ほど地底湖に降りた時に、遠くに見えた島なのだろう。
橋の先の小島には、八本の石柱が円形に並べられていて、その中央に祭壇の様な物があった。そして祭壇の上には、何やら赤く光るものが置かれていた。
「あれはお宝か?!」
レフトールの一言を合図に、ソニアとユコが駆け出し、レフトールも後を追っていった。
一番に辿りついたソニアは、赤く光るものを手に取って眺め、そしてうっとりとした表情で固まった。
ぱっと見た感じ、赤いクリスタルのようなものでできた手のひらよりも少し大きめの六角柱。その柱の中に小さな何かが埋め込まれているような形をしていた。
ぼーっとしているソニアから、ユコは赤いクリスタルを奪って覗き込む。すぐにユコも、うっとりとした表情で固まった。
次にソフィリータがユコから取り上げて眺めるが、見つめたまま動かなくなってしまった。
「なんだ? このクリスタルを見た者は、ぼんやりさんになってしまうのか?」
今度はレフトールが奪い取って見つめてみるが、同じように固まってしまった。
「これは、奉られていることに意味があるのかも。持ち帰るのは危険かもしれないね」
ユグドラシルの判断が正しいと考えたラムリーザは、レフトールからクリスタルを奪い、覗き込まないようにして祭壇へと戻した。
クリスタルを見つめた四人は、そのままぼんやりとしている。
ラムリーザは、「おいっ」と言いながらソニアの肩をゆすった。するとソニアはハッと我に帰ったような感じで、ラムリーザの方を見つめた。
「何を見たんだ? どんな感じだった?」
「わかんない……。赤い光を見ていたら、何だか夢心地になってきて、その後はわかんなくなっちゃった。夢見がち、戦争の加速についていけない……」
ラムリーザの問いに、ソニアはしどろもどろに答える。一部要領を得ない。
「なんだか危ないね、赤魔石――夢見るレッドクリスタルってところかな?」
「何か意味があって祭壇にして置いてあるんだよ。盗掘避けの魔法でも込められているんじゃないかな」
ユグドラシルは、ソフィリータの身体をゆすりながら仮説を述べた。魔法とはあまり現実的ではないが、四人の症状を見る限り、何かの力が働いているのは明確だ。
ロザリーンがユコを揺すって気付けさせ、ラムリーザはレフトールに脳天唐竹割り。
「何か石碑みたいなの無いかな、この宝の意味とか経緯とか書かれていればいいけど。いつから置かれているのかとかね」
ラムリーザの問いに答えるべく、一同は島の周囲を探索し始めた。しかし島はそれほど大きくなく、数分もしないうちに全て見終えてしまうのだった。
「何も無かったか」
「でも石柱に何か記号が掘られているみたい」
「どれどれ?」
ラムリーザはソニアの見つけた石柱に掘られた記号を見てみた。そこには、「somnium」と掘られていた。見たことも無い記号なので、何と書いているかは分からない。
隣の石柱には、「crystallum」と掘られている。他にも「liber」、「rubrum」、「creatio」、「diva quaedam」、「lacus」、「rerum omnium」などと八本の石柱それぞれに掘られているが、意味はさっぱりであった。
「これはまた解読かな」
ラムリーザは、一応掘られていた記号を手帳に書き記しておいた。新しい宝の手がかりになるのか、この赤いクリスタルの意味になるのかわからないが、リゲルならなんとかしてくれる、そんなことを考えていた。
そして魔力のこもった赤い石、赤魔石――正式名称はわからないので夢見るレッドクリスタルとしておくが、持ち出すのは危険と考えてそのままにしておいた。
洞窟はこれで終わり。これ以上の探索は、地底湖の探索となり、それは流石に危険なので今回はここで引き上げることにした。
この祭壇の意味がわかるのは、ずっと先の話であり、今のラムリーザたちには何を意味するものかわからないままであったのである。
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