定期テスト明けの集会 ~纏まらない話し合い~
帝国歴78年 7月3日――
今週の頭から始まった夏休み前の定期テストが終わり、いつものメンバーは部室へと集まっていた。明日から始まる試験明けの連休の計画を立てるためだ。
ちなみに部室という名前の部屋だが、ここの所は全く軽音楽部の部室としては機能していない。
フォレストピアのジャンの店に新設されたスタジオの設備がよいので、音楽活動についてはほぼそちらで行うようになっていた。だから部室はただの雑談の場と化していた。雑談部、懐かしい響きである。
去年の今頃のリゲルは、「雑談部なら帰る」などと言ってあまり交わろうとしていなかったが、今ではすっかり丸くなって、天文部よりも雑談部に参加していることの方が多い。
今日は去年までの六人に加えて、ジャンとレフトールの新規同級生、ソフィリータとミーシャの下級生コンビに上級生のユグドラシルと、よりにぎやかになっていた。
去年はソファー席に、一人用の椅子二つにリゲルとロザリーンが座り、長いソファーにラムリーザとソニア、リリスとユコという組み合わせだった。しかしほぼ二倍のメンバーとなっている今では、ソファー席もそれなりに窮屈だ。
少し座席位置を考え直し、まず一人用ソファーにラムリーザが座り、その膝の上にソニアが座ってラムリーザに引っ付く形となり、向かいの一人用ソファーにはユグドラシルがついた。
長いソファーの一つには、リリスとユコが座っていた場所にジャンが入り込む形で三人掛けとなる。
もう一つの長いソファーには、リゲルとロザリーンが並んで座った。
ソフィリータとミーシャは、演奏練習時に使っていた小さな丸椅子を持ってきて座っている。
レフトールはソファー周りの雑談には参加せず、子分たち数人と簡易ステージの上でなにやらカードゲームに興じていた。
「それでは、えっと――何回目だ?」
「虚数回目」
ラムリーザが言いかけて躓いたところへ、リリスが口を挟んできた。虚数が数学の授業で出てきてから、意味を理解しているのかしていないのかは分からないし、そのミステリアスさが気に入ったのかどうかはわからないが、リリスはやたらと虚数を使いたがる。
「それでいいや、虚数回目の部活レクリエーション企画決定会を開催します」
ジャンが「へーいへーい」などと言いながら盛り上げている。
「さて、去年は海へ行ったので、今年は別のことをやろう。それに海は、夏休みの企画でもっとすごいところに行くからね。はい、どんどん意見をだして頂戴な」
ラムリーザは司会進行を終え、一同を見渡した。
「遊園地!」
真っ先に意見を言ったのはミーシャだ。甘ったるい声で媚びたようにしゃべるが、これは意識しているのではなくてどうも地らしい。ソフィリータと二人で話をしている時も、その口調は変わらない。
「おっ、それいいねぇ」
答えたのはリゲルだ。笑顔でミーシャを見つめながらそう答えていた。そこにソニアの不満そうな声が続いた。
「ちょっと待ってよ! 去年あたしが遊園地って行ったら『一人で行ってこい』と答えたくせに、何その変わり様! リゲル変!」
「ミーシャは可愛いから遊園地と言っても似合う。変なエルは一人で勝手に温泉にでもつかって、その自慢の風船を浮かべてろ」
「なっだっ、誰がエルよ!」
ソニアはエルという名前が定着しつつある。別にリゲルは名前を挙げたわけでもないのに、思い当たる節があるのか一人で怒っている。
「あたしのことLって呼ぶのなら、リリスはAAAって呼ばなくちゃダメ!」
「いや、それはないだろう。小さく見積もってもGぐらい無いか?」
ソニアの意見に反論したのはジャンだ。視線はソニアとリリスの胸の間を行き来している。
「GもAAAもおなじちっぱい! あっ、Gでもいいよ、なんかゴキブリみたいな頭の色しているからね」
「あなた、頭に緑カビがびっしり生えているわ。ちゃんとお風呂に入っているのかしら?」
「頭に黒カビが生えてるゴキブリに言われたくない!」
「L、変な緑カビ風船」
「G、黒カビゴキブリ」
「やめい、もうお前らはいちいち。忘れていたけど、打ち上げみたいなのは今日だけで遊びに行くのは明日だけ。明後日からは今週末にフォレストピアで開かれる、ミルキーウェイ・フェスティバルの準備が始まるからね。僕はそっちの様子を見ておかなくちゃならないんだ」
またソニアとリリスの無駄な罵り合いが始まったので、ラムリーザは話を先に進めた。元々はリゲルがソニアをからかっただけなのに、何故気がついたらソニア対リリスの争いになっているのか、全く不思議な話だ。
「リリスが悪い」
「もういいから。それじゃあ改めて、明日の予定希望を一人ずつ挙げてもらおうかな」
ソニアは、リゲルが悪いはずなのにリリスが悪いことにしている。そんな些細なことはおいておき、ラムリーザは一同を見渡した。
「ミーシャさっき遊園地って言ったよ」
「一人で行ってこい」
この一言は、リゲルではなくてソニアである。去年リゲルに言われたことを、そっくりそのままミーシャに跳ね返してみたところだろう。
「お前は風船屋にでも行ってろ」
「こほん、次ソフィリータ。どこ行きたい?」
ラムリーザは、リゲルがまたソニアに余計な一言をかけたので、咳払いでごまかして話を進めた。ソニアがリゲルに言い返す、その言葉尻を取ってリリスが何かを言ってくる。ソニアとリリスの戦い勃発。この流れの未来が見えていた。
「そうですね、私はバクシングジムにまた行きたいかな」
「えっ? バクシング? あれか、拳で戦うスポーツジム」
「ええ、またいい汗流せたらいいかなぁと思いまして」
「あの時は風船技を使ってソニアはラムリーザに勝てたのよね、くすっ」
「何が風船技だ! リリスはゴキブリ殺法があるから怖い汚い! 荒汚! はなし!」
「話をループさせるな、まったく……。というわけで、次は先輩お願いします」
今日のソニアとリリスは、普段以上にぶつかり合っている。よっぽど定期テストが辛かったのだろうかね?
「自分もバクシングジムでいいよ」
ユグドラシルの希望した場所は、ソフィリータと同じ場所であった。
「あれ? 先輩もバクシングやりたいのですか?」
「いやね、なんか最近ソフィリータ君が親しくしてくれているから合わせてあげようと思ってね」
「え? ああ、そうか、なるほど」
ラムリーザは、ソフィリータにそんな話を聞いたような聞かなかったような、記憶が曖昧だがなんだかそんな気がしていた。思い出そうとすると、金塊集めゲームで苦戦するソニアの様子が浮かぶのが謎であったが。
ソフィリータも、ユグドラシルの言葉を聞いて顔を赤らめている。
「なんだソフィリータ? お前会長狙い――うぐっ!」
カードゲームに一区切りついたのか、後ろからレフトールが首を突っ込んできて何かを言いかけたが、ソフィリータの肘打ちが炸裂して言葉は止まった。
「はい暴力はよくない。ではソニアの行きたい場所を言ってみよう」
ラムリーザはソフィリータをたしなめて、今度はソニアに尋ねてみた。
「えっとね、テスト明けの打ち上げは、みんなそれぞれの自分の家でやるってのはどう?」
「それじゃあ集まった意味が無いだろ? 次リリス」
「みんなで集まって、マインビルダーズのマルチプレイをするってのはどうかしら?」
「まだやってたのかよ、ゲームは夜家に帰ってからネットでやろう。次ユコ」
あまり良質な案が挙がらないので、どんどん回していく。
「ココちゃんカレーで食事パーティとかどうですの?」
「食事会か、それもいいけどなんでカレー?」
「ぬいぐるみのココちゃんを集めますわ。ようやく二十体到達しているんですの」
「それがあったか……」
ユコの要望も、わざわざみんなで集まるようなものではなかった。そもそも同じぬいぐるみを二十体ってどこまでマニアなんだよ、と突っ込みたい気分で一杯のラムリーザであった。
「なんだと~、二十体? あたしまだ十四体なのに! あとココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション!」
ソニアは悔しがるが、十四体でも十分に多すぎる。だいたいなんで同じぬいぐるみをそんなに集めるのだ? ラムリーザは、自分の部屋に転がる大量のココちゃんにうんざりしており、それ以上に多いというユコの部屋を想像すると、思わずげっぷが出そうになる。
そもそもユコは、この約二ヶ月の間に二十回も激辛カレーを食べたことになる。ソニアの十四回もそうだが、味覚がおかしくならないのだろうか?
いろいろと疑問の残る二人であった。
「ココちゃんは個人で行ってくれ。というわけで次はロザリーンね」
「そうですね、海――は同じでしたっけ。それでしたら、また中央公園で運動しませんか? のだまでもいいし、チャッカーでもいいですよ」
のだまはボールを棒で打つ遊び。リゲルとラムリーザのバッテリーが、ソニアに意地悪したのも記憶に新しい。チャッカーはボールを蹴ってゴールに入れて遊ぶスポーツだ。
「また走り回るの? めんどくさいわ」
リリスはスポーツにあまり乗り気ではないようだ。
「篭ってばかりだと、おばあちゃんになりますよ」
ロザリーンはリリスの痛いところを突いてくる。基本的にリリスは篭っていてあまり表には出てこない。出るのはユコが誘いに来たときぐらいだった。しかしリリスは、謎の理論を持ち出してロザリーンの攻撃を受け流した。
「若返りの石を使うから大丈夫」
「なんですかそれは……」
これにはロザリーンも閉口。リリス特有の謎アイテム理論か、何かのゲームに出てきたものだろう。
「リリスは吸血鬼だから、実際の年齢は20万歳以上なんだよね」
「リゲル、何をしようか?」
ソニアがまた要らんことを言うので、ラムリーザは二人の口論に発展する前にリゲルに話を振った。
「風船狩り――」
ラムリーザの驚く目、ソニアの攻撃的な目を同時に見たリゲルは、すぐに言い直した。
「――というのは冗談で、海釣りでいいけど海は後日行くのだってな。そうだな、山にでも上って星を見るか?」
「星を見る人かしら?」
リリスの問いに、リゲルは「そうだ」と答えた。
「でもあれクソゲーって噂じゃん」
ソニアは不満そうにつぶやいた。
「クソゲーはいいから、えーと、ここまでに挙がったのは遊園地、バクシングジム、公園でスポーツ、山に登って天体観測――ってこれも夜のイベントだね」
「ちょっと待って、ココちゃんカレーは?」
「ゲーム大会もスルーしないでくれる?」
「みんなそれぞれ家で大人しくしていようよ」
「それは個人でやってくれ。としいうわけで、ジャンの意見も聞いてみよう」
ソニアたち三人は不満そうな顔をするが、ラムリーザは気にせずに話を進めた。リリスやユコはともかく、何もしないことを否定されて不満げになるソニアは如何なるものか?
「そうだな、みんなで映画でも見に行くか?」
「今やっている映画は何だっけ?」
「なんだっけ、確かツェラデコプレの幽霊だっけ?」
「あっそれ、きんもい幽霊がでてくる奴だ、見に行こうよ!」
映画のタイトルを聞いた途端、ミーシャはものすごく乗り気になった様子を見せる。そういえば昨年の年末、ミーシャに誘われて行った映画館ではゾンビ映画のヨンゲリアをやっていたっけ。
「うむ、一度は見ておく必要がある。まず死んだはずの母親から電話がかかってくるという話があってだな――」
「それは見てのお楽しみと言うわけで、ん~、どうしたもんだろ。意見を挙げてもらったけど、これだと映画になってしまって、しかも恐怖映画というオチか」
「いいよそれで、ミーシャ映画館に行きたいなぁ」
ミーシャは、遊園地の持論をあっさりと引き下げて恐怖映画推しになってしまっている。
「そうだなぁ……」
悩むラムリーザにリゲルは「領主たるもの指導者として民を纏める局面も出てくる。それを考慮して今決めてみよう。ちなみに映画に三票入っていて一番お勧めになっているぞ」などと言ってくる。
「ちょっと待てリゲル、天体観測はどうなった?」
「あれは夜にやるものだ。昼間は映画館に行こう」
「ぐぬぬ……」
「カレー!」
「ゲーム!」
「引き篭もり!」
ソニアたちも自分の意見を推してくる。ソニアの推してくる引き篭もり、それでいいのか?
なんだかよくわからないうちに、メンバーに詰め寄られてラムリーザはだんだんめんどくさくなった。
「そうだ、打ち上げは無し。やっぱり僕は、明日から一日早くミルキーウェイ・フェスティバルの準備に取り掛かるので、各自それぞれ自由行動とする」
「あ、逃げたな?」
「恐怖映画、激辛カレー、夜にでもできること、意味の無いことから逃げて何が悪い?」
リゲルに糾弾され、ラムリーザは苦し紛れの反論をする。
「それならバクシングジムとか公園でスポーツはどうなのでしょうか?」
ロザリーンにそう言われると、うまく逃げられない。仕方が無いので、ラムリーザは多少強引に話を進めることにした。
「えーこほん。さて諸君、ミルキーウェイ・フェスティバルについてだが、ミルキーウェイとは何のことか知っているかな?」
ソニアは「ママの味!」と答える。
「おしい。いや、おしくないか」
ユコなどは、「調子に乗ってウェイウェイ言ってるけど、本質はママの味な人のことですの」と言っている。どういう本質なのか、いまいちよくわからない。
「ママの味から離れようね」
「おっぱいが大きすぎて、破裂寸前になってもまだ膨らみ足りなくて――」
「黙ろうね」
リリスが全く関係ないことを言って、平地に乱を起こそうとするので、ラムリーザは途中で口を挟んで止めさせた。意見を遮られたリリスは、怒るでもなく怪しげな笑みを浮かべて見つめてくるだけだった。
「ふっ、三馬鹿トリオだな。ミルキーウェイは天の川だろうが」
「そう、さすがリゲルだね。それが四日後の七日の夜に行われるんだ。それまで大人しく家で待機――」と言いかけて、これではソニアの案を取り入れたことになってしまうとラムリーザは感じたが、みんなの意見を公平に取り入れることはできないので、ここはソニアの案を採用することにした。
定期テスト明けの打ち上げ、それは各自家で待機すること。一人ならそれも仕方ないが、わざわざ大勢集まってそれは無いと思うが、この際やむを得ない。
「その祭りって、何をやるの?」
ソニアは打ち上げよりも祭りの方へ興味が向いたようなので、ラムリーザは今がチャンスとばかりに打ち上げ空気を消しにかかった。
「たぶん何かの伝承があるんだと思うよ、ユライカナンで昔からやっているお祭りみたいなものだし。だから明日から祭りの日まで、準備はもちろんだけど聞き込みとかもやってみよう」
「どこに聞き込みに行くの?」
「ごんにゃでもいいし、バクシングジムでもいい。そうだね、ジムにも行くからソフィリータはその時またやってみたらいいさ」
「ま、それでもいいか」
リゲルは大人しく納得してくれたようだ。リゲルを引き込むとロザリーンとミーシャもついてくる。ソニアは引き込んだようなもの。リリスとユコの意見は最初からなし。というわけで、この話が多数の賛同を得られたことになったのだ。
「よし、これでいいね。それじゃあ明日、フォレストピアの駅前に集合」
以上で、定期テスト明けの休日の予定は決まった。ここではバンドの練習はできないので、後は自由時間とする。
ジャンは店の仕事のために帰り、レフトール軍団もどこかに遊びに出かけていった。
残ったメンバーは、適当にのんびりとしていた。
「ねーねーあれ見てー」
ミーシャは窓の外を指差しながら、ソニアに促した。ソニアは「何々?」と窓の方へと視線を向けた。
「嘘だぴょ~ん」