勉強会
6月29日――
さて、休み明けからいよいよ定期テストが始まるということで、今日も朝からテスト勉強会を開いていた。
ラムリーザが開催するほうは下級コース、成績優秀者のリゲルの上級コースとは別に設定されたものだ。リゲルにも勉強会参加を呼びかけたが、足を引っ張られるのはいやだと言われて、結局二手に分かれて勉強会は開催された。
ソニアなどは、再び親と同居することになり、成績不良がばれて睨まれているので、ある程度は真剣にならざるをえない。
リリスもお世辞にもあまり良いとは言えないので、がんばってもらわなければならない。
ジャンは未知数だが、ユコはラムリーザと平均点辺りで争いを繰り広げるぐらいなので、いつもどおりにやっておけば問題ないだろう。
そういうわけで、ラムリーザの部屋に今回は五人、ラムリーザとソニア、リリスとユコという去年までのメンバーにジャンが加わったものが集まっていた。実質的に、フォレストピア在住組だ。
テスト勉強会は、残念ながらすぐには始まらなかった。
「爆弾男の対戦しようよ」
「一人でやってろ。そして悪い点を取って怒られていたらいいよ」
ソニアはソファーに腰掛けたまま、皆が集まるとすぐに対戦ゲームを要求したのだ。成績が悪ければ親に怒られるのに、全然学習していないようである。ラムリーザはすぐに突っぱねたが、そこにリリスとユコの二人は集まっていった。
「新しい方の格闘ゲームなら対戦してあげるわ」
「あんなクソゲー買ってない!」
「はい、今日はゲームやってないでテスト勉強会だぞ」
ラムリーザは、テーブルの上にある物を置いてから、ソファーの前に集まってゲーム大会を始めようとしているメンバーに呼びかけた。
ソニアはそれほど反応を示さなかったが、リリスとユコはその物を見るやいなや顔を引きつらせてすぐにテーブルに集まった。
リリスとジャン、ソニアとユコが並んで向かい合って座り、ラムリーザは一人上座に席を取っていた。
「それ何?」
ジャンは、テーブルの上に置かれたつぶれたゴムの塊のようなものを指差して言った。リリスが嫌な顔をしてその物体を見つめていたので、どうやら気になったようだ。
「ゴムマリだよ」
「つぶれてるぞ?」
「うん、握りつぶした」
「相変わらずすんげー力してんな、握力なんぼだったっけ?」
ジャンはつぶれたゴムマリをつまんでぶらぶらさせながら、飽きれた様な声を出した。
「ラムリーザの握力と、ソニアのおっぱいの大きさは同じだったね。103kgと103cm、どっちも百越えってすごいよね、くすっ」
「だまれちっぱい! 胸が一メートルも無いなんてちっさ!」
「過ぎたるは及ばざるが如し。ユコのサイズだと少し足りない、ソニアのサイズだと過ぎる。私ぐらいが丁度いいの」
リリスの理論を聞いて、ソニアとユコは憤慨し、ジャンはうんうんと頷いている。なんだかんだいって、ちっともテスト勉強会は始まらない。
去年の秋、初めてテスト勉強会を開いたときに、ゲームで遊んでばかりで勉強しないソニアたちの前で炸裂させたゴムマリの破裂音は、リリスとユコからふざけようという気持ちをかなり減少させていた。
一方ソニアは、その馬鹿力のラムリーザと毎晩抱き合って寝ているようなものだから、今更その力を恐れたりはしない。
しかしリリスとユコが真面目にするものだから、ソニア一人遊んでいてもつまらないので、しかたなく勉強に付き合っていた。
あの時以来、テスト勉強会ではこのつぶれたゴムマリをテーブルの上に置いており、一種のお守りのようなものになっていた。
「そりゃあアキラも警戒するものだ」
ジャンの言うアキラとは、帝都に住んでいたときに多少は関わりのあったつっぱり集団のボスである。今で言えば、レフトールの帝都版といったところか。
雑談は終わり、ようやくテスト勉強会は始まった。まずは数学からの勉強、ラムリーザは例題をソニアに出してみる。
「さて、この三角形ABCの面積は12です。高さが8の時、底辺はなんぼになる?」
「なんぼ? えっと、さんぼ」
「お前はなんぼ? と聞かれたらさんぼとしか答えないのな」
ラムリーザは、開始早々脱力感を感じながらソニアに問う。しかしソニアも真顔で力強く返してくる。
「だって三角形だからさんぼ!」
「四角形だったら?」
「よんぼ。二角形だったらにぼ」
「意味分からんわ! だいたい二角形て何だよ、そこに書いてみろ」
ソニアはラムリーザに言われて二角形らしきものを書く。出来上がったものは、四角形から一本線を除いた物であり、図形になっていない。
「よしわかった、形はそれで百歩譲ってやるから、その二角形とやらの面積の出し方を言ってみろよ」
「底辺掛ける低さ割る3!」
「適当なこと言うな! だいたい低さって何だよ、高さじゃいかんのか?」
「底辺掛ける高さ割る3だったら、三角形と同じになっちゃうじゃないのよ」
「そこは3じゃねぇ、2だ!」
ラムリーザとソニアのやり取りを見て、ジャンは思わず吹き出す。
「お前ら勉強会ってそんなことやってんのな。まぁお前ららしいと言えばそうだけどな」
「笑いながら言うな。それじゃあジャン、さっきの問題で底辺はなんぼになるか答えてみい」
「面積が12で高さが8? 3じゃないか」
「お前も『さん』かよ!」
「いや、そこでキレられても意味わからんし」
ラムリーザは、もう何が何だかわからなくなっていた。
「ラムリーザ様、その答えは3で合ってますわ」
ユコにたしなめられて、ラムリーザは自分の額をコツコツと拳で突きながら心を落ち着かせる。よく考えてみたら、確かに答えは3で合っていた。
「なによ~、さんぼで合っていたのにラムは怒ったの? 意味わかんないよ~」
「うるさいな。そんなにさんぼが好きなら木の周りをグルグル回ってバターになってしまえばいいんだ」
「ラムリーザ様、それはさんぼの方じゃなくて虎の方ですわ」
「何が虎だ、ああもう三角形はいい。じゃあ次の問題、√2が無理数であることを証明せよ」
ラムリーザは別の問題を投げかける。
「わかんないよ~、無理! 無理数だから無理!」
しかしソニアは、妙なこじ付けをしながらすぐに投げ出してしまう。そこにジャンは救いの手を差し伸べた。
「√2が有理数だと仮定して、背理法を使って証明したらいいんだよ」
「いや、それを思いつくところから答えだからね」
ラムリーザはそう突っ込むが、ソニアは証明するどころか不思議な歌を歌い始めてしまった。
「背理法? ハイリハイリフレハイリホー、ハイリハイリフレッホッホー、大きくなれよーダイマルハンバーグ!」
「なんやそれ!」
ラムリーザはいい加減腹が立って、懐から新しいゴムマリを取り出してソニアの目の前で力強く握ってやった。ゴムマリが不自然な形にひしゃげていく。
「やっ、やめてくださいですの!」
しかし悲鳴は別の方角から上がった。ユコはラムリーザの拳を包み込むように両手で押さえて落ち着かせようとした。
「もっと簡単なのにして! 無理な問題は嫌!」
ソニアは真顔で訴えかけてくる。無理な問題を解けるようにならないと、テストで点数は取れないのだが大丈夫だろうか?
それにラムリーザはそれほど難しい例題は出していないつもりだったのだが、ソニアにとっては難しすぎるのだろうか。
それならばと、単純な例題を出してみる。
「だったら、3+3=7にならないことを証明せよ」
「解無し」
「黙れ」
ジャンがぽつりと答えるのをラムリーザは被せるようにかき消した。そこにソニアは、目をキラキラと輝かせながら、ラムリーザを正面から見据えたままベラベラと語り始めた。
「えっとね! 普通に考えたら3+3=6である。でも今は6月だからこの値は月である。さらに今日は29日である。この2と9をばらばらにして9と2、9から2を引くと7。そこでさらに6月を半分個したら3と3。つまり3+3=7となる。あれ? 7になったよ?! 証明できた! 3+3=7である!」
次の瞬間、ゴムマリの破裂音と、ユコの悲鳴が部屋に響き渡った。
………
……
…
しばらくの間、皆静かに教科書の例題を解き続けていた。テーブルの上にはつぶれたゴムマリが二つ、悲惨な状態で転がっていた。
「そういえば、夏に入ったらまた私の誕生日が来るわ」
一時間程黙々と勉強を続けた頃、リリスがぽつりとつぶやいた。
「ああ、去年はうちの店で祝ってやったあれだな。なんか無茶苦茶になった記憶があるけどな」
「あの頃のリリスは人の視線が集まると硬直していたもんね。お、あ、お、お、あ、お……」
「うるさいわね、昔のことは忘れたわ」
ソニアは茶化して、去年ジャンの店で開催されたリリスの誕生パーティでのリリスの反応を再現させて見せる。そんなソニアを見てリリスは舌打ちして短く答えた。昔のことと言っても、一年前の話でありそれほど昔ではない。
あの頃と比べたらリリスは変わったものだ。
ソニアの影響が大きいが、根暗吸血鬼時代のリリスがあったからこそ、手付かずでジャンはリリスを手に入れられるかもしれないのだ。
ラムリーザにとっては話だけでしか聞いたことは無いが、数年前のリリスだと、果たしてジャンは興味を示しただろうか?
「リリスの生年月日から年齢を計算したらなんぼになる?」
「さんぼ」
ソニアが口を挟んでくる。なんぼと聞くと、必ずさんぼと答える娘だ。だがそれを気にせずに、リリスは何やら自分のノート上で計算を始めた。そこまで細かく計算するようなものでもなかろうに。
「あら? おかしいわ?」
「何? リリスは実は留年していたとか? 実はあたしたちよりも数歳年上とか? 五年ぐらい留年したけど、卒業式の歌の映像に使われたの?」
ソニアはニヤニヤしながら尋ねるが、リリスの答えは違うものであった。
「生年月日から逆算して年齢をはじき出してみたら、虚数になったわ……」
「そんなわけないだろが……。もういい、ユコを見習って静かに勉強するぞ」
「ユコはなんか楽譜書いてるよ」
「コラ!」
今回もダメだろうなぁ。ラムリーザはそう思いながら、半分諦めの境地で勉強を再開し始めた。
とりあえず、赤点だけは回避できれば補習勉強は無い。今回もそこを目指そうか、などと考えるのだった。
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