再び定期テストの時期がやってきました
6月27日――
今日もいつもの光景、いつもの雑談が教室の座席で繰り広げられている。リリスの提供するネタはまだまだ尽きないものだ。
「おしょっきんぐばーなーどって知っているかしら?」
リリスの問いにソニアは「知らない」と答える。リリスが博識なのか、ソニアが無知なのか、それは分からない。
「電球の色の種類の一つよ」
「ああ、あれね、私も聞いたことありますの。丸い赤色電球や、四角い黄色電球よりも重要らしいですわね」
「あの話では、緑が一番良いとかいってませんでしたか?」
ユコやロザリーンも聞いたことがあるようで、知らないのはソニアだけか?
「まるい色や、だしゅう色とかもあるらしいけど、やっぱりおしょっきんぐばーなーどが一番いいらしいわ」
「どんな色なの?」
ソニアの問いに、リリスは「知らないわ」と答えた。適当な名前付けか、それとも色とは別のものなのか?
「ソニアの頭ってさ、おしょっきんぐばーなーどだよね、くすっ」
「何それ! 意味わかんない!」
「そういえばユコ、新しい楽譜がまた完成したんだっけ?」
リリスはソニアを煽っておいて、すぐに何事も無かったかのように話題を他の物へと移した。ソニアにとっては振り上げたこぶしを落とす場所が急に無くなったようなものだ。
「ええできましたわ。メイド行進曲ですの」
ソニアたちの会話をソニアの隣で聞いていたラムリーザの耳元にリゲルが近づいて、「またエロゲソング」とぼそっとつぶやいてから、再び何事も無かったかのように引っ込んでいった。
そんなこととは知らずに、リリスは今回もリードボーカル争いのゲームを提案した。
「今から先にトイレでおしっこした方が負け」
「やめなさい――ってか、前もなんかそんなこと言ったよね?」
ラムリーザは速攻で否定した。大惨事になることが目に見えている。リリスはそんなに過去のトラウマを呼び覚ましたいのか? ちびりちゃん再びってか?
「そういえば、もうすぐテストですのね」
夏休みに入る前に試験がある。それは去年と変わっていなかった。
テストの話となると、とたんにソニアとリリスは黙り込んでしまった。逆にロザリーンは平常心のままで、「今年はしっかりやってくださいね」などと言っている。
去年の丁度この頃にあったテストは、高校初めての定期試験で、ソニアとリリスは赤点だらけという結果になってしまい補習の連発だった記憶がある。その後、勉強会を毎回テスト前に行うようになってからは二人の成績はギリギリもちなおし、無事に進級できている。
「リリスなんか留年しちゃえばよかったのに」
「私が留年なら、あなたは中三からやり直しになっていたわ」
ようやく口を開いたかと思えば、しょうもない罵りあいである。
「どっちでもいいよ。もしも留年するようになったら、ソニアはその時点から桃栗の里入りな」
ラムリーザは、ソニアを黙らせるためにいつもの常套句を述べた。ラムリーザと一緒に生活できなくなるとなると、ソニアにとっては個人的な死活問題なので従わざるをえない。
しかし今回は、別の方角から否定が入ってきた。
リゲルは、一言「違うな」と言った後、さらに言葉を続けた。
「あそこは留年するような不良学生は退寮となっていたはずだ。つまり、こいつは住処を失い女子高生ホームレスとなるわけだ、ふふっ」
ラムリーザとリゲルの言葉に、ソニアは何も言い返すことができない。ぐぬぬ……、とでもいった具合であろうか。
「それは厳しいね、ミーシャもがんばらないと大変だね」
ラムリーザは、ミーシャが桃栗の里に下宿していることを思い出して言った。さらに、ミーシャが泊まっているような所を、ソニアのお仕置き場所に据えるのも考え直さなければならないかな、とか考えていた。
「ふっ、ミーシャはお前が心配するような娘じゃない」
しかしリゲルは、さも自信ありげな感じで答えた。
「どう心配する必要が無いのですか?」
ラムリーザに代わってロザリーン問いに、リゲルは「うんまぁ、あれだ。ソニアもせいぜいがんばることだ」と曖昧な答えをして誤魔化していた。ミーシャは一体どんな娘なのだろう。
「とにかく今回も勉強会を開くから参加すること!」
「俺の上級コースと、お前の下級コースの二手に分かれて勉強会な」
ラムリーザの宣言に、リゲルは被せた。上級とか下級ってそれは……。
「いや待って、下級って何? せめて中級に――」
「リリスとソニアが足を引っ張って、残念ながらお前の方は下級だ」
去年もそうだった。リゲルはソニアたちと勉強をすることを避け、ロザリーンと二人で勉強していたようだ。この二人の面倒はラムリーザが見なければならない。ハーレムの問題は主が解決せよ、そう言ったのはリゲルだったか?
しかしラムリーザは、そのハーレムに食い込んできた人物を思い出して話を振ってみた。
「ジャンはどっちのコースに参加する? 下級? 上級?」
ラムリーザは、ジャンとあまり勉強の話をしていないので、ジャンができるのかできないのかわからない。そもそもソニア自体のできも知らなかったわけで、去年の夏休み前の試験でソニアの好きにさせてめんどくさいことになったわけだが。
「リリスは上級と下級どっち?」
「リリスが下級だ」
ラムリーザは、あえて「は」ではなく「が」で答えて、リリスのせいでリゲルに下級扱いされたことを強調した。
「ソニアが下級でしょう?」
そのわずかな違いをリリスは察してきて、訂正を求めてくる。訂正するも何も、その二人が下級である。
「リリスは下級? じゃあ俺も下級でよろしく」
ジャンは特に気にする様子も無く、下級コースに合流を希望した。
「いや、私は特級だから」
「何? 特級? じゃあそれで」
「嘘だ、下級だから。レフトールもやる?」
ラムリーザは、さらりと嘘を言ってくるリリスを押さえ込み、今度はレフトールに声をかけてみた。
座席の配置は、ラムリーザとソニアの前の席にユコとリリスが居る。そしてさらにその前に、リリスの前にジャン、ユコの前にレフトールという席順になっていた。
「俺はやらん」
「赤点取ったら補習だよ?」
「知らね」
レフトールは短く答えるだけで、勉強に興味は無いようだ。ラムリーザは、レフトールを無理に誘おうとはせずに、それ以上は声をかけなかった。
別の休み時間、ソニアはまたチロジャルにちょっかいを出していた。
「ねーチロジャル! チロジャルもあたしたちと一緒に勉強会をしようよ!」
「えっ? ええっ? 私は、その……」
気弱なチロジャルはソニアに押されてたじたじとしている。ソニアと同じクラスになってしまったのがチロジャルの運の尽き、気の毒なことだ。
「こらっ、またお前かっ! チロジャルは俺と二人で図書館に行って勉強するから、お前はシッシッ」
そこにチロジャルの彼氏クロトムガが現れてソニアを追い払ってしまった。
「なによー、あたしと勉強したほうが絶対成績上がるって」
まったく根拠の無いデタラメだ。むしろ下がる心配をしたほうがよいだろう。
「おーいソニア、ふざけている場合じゃないぞ。今年から成績はすぐに親に筒抜け、去年のようにダメな成績をとっても放置されるというわけにはいかないぞ」
ラムリーザは、またソニアがチロジャルにイタズラをしているので、それを諭す意味でも脅しをかけた。事実この春、ソニアは母親に成績表を見つかってしまい、怒られていた。
「ぐげごっ!」
なんだかカエルのつぶれたような悲鳴をあげて、ソニアは固まった。
試験で悪い点を取れば親にすぐばれて怒られる。それが事実なだけに、ソニアは今後の不安で胸が一杯になってしまった。胸はおっぱいでいっぱいで、それ以上入る余地が無いと言えばまたソニアは怒るので、何も言わないでおこう。
こうして来週から定期試験開始ということで、この週末は勉強会ということに決まった。
場所は下級コースがラムリーザの屋敷、上級コースがリゲルの屋敷と決まり、ぶっちゃけて言うと、リゲルとロザリーンが上級コース、それ以外のメンバーが下級コースとなった。
放課後、試験前ということで短縮授業となり早い時間に下校となり、そのまま部活も無しで帰ることになった。
その帰りの電車の中で、ソニアたちは雑談をしている。
「ソニアは最近どんなゲームをしているのかしら?」
「金塊集めとか爆弾男? 昨夜遅くまで対戦したじゃないの。リリスは?」
「ユライカナンから貰ったゲーム機だとナッピーとか? でいつもの最新ゲームならティル・ナ・ローグっていうロールプレイングゲームとかね」
ソニアとリリスは、最近のゲーム事情についての話題を繰り広げているようだ。
「ティル・ナ・ローグって、あの自動シナリオ生成ゲームの?」
「ええ、私もやってますの。でもリリスのとシナリオが全然違うから情報交換できなくて大変ですのよ」
「わー、あたしもやる。さっそく今日ゲームショップに――って、フォレストピアに帰ったらゲームショップ無いじゃないのっ、あたし戻る!」
ラムリーザは、席を立ち上がってドアのほうへ向かうソニアの腕を掴んで座らせなおした。途中のオーバールック・ホテル前で降りて引き返すつもりだったのだろう。
「待て、新しいゲームは試験が終わってから。今日からゲームは禁止だ、一緒に試験勉強するぞ」
「む~……」
「試験結果が悪かったら母に怒られるぞ」
そう言われると、ソニアは黙るしかなかった。
「なんかソニアだけ先に勉強会みたいなの始めるのはずるいですわ。今日から私もラムリーザ様の屋敷に通います、このまま」
ユコは帰宅せずにそのままラムリーザの屋敷に来るつもりみたいだ。それにリリスも同調した。
「む、なんか今日から勉強会始まるみたいだけど、ジャンはどうする?」
「ん~、仕事があるしなぁ。一旦帰って代行を頼んでから行くことにする」
「わかった、待ってる」
フォレストピアの駅に着き、一旦ジャンと別れて四人になった。
ラムリーザの屋敷までの帰り道、ラムリーザはあえて晩御飯について尋ねなかった。どうせココちゃんカレーになるに決まっている。これから勉強だというのに、余計なところで精神力を使わせたくないという配慮である。
「テストが終わったら夏休み。二度目の夏休みは去年よりも素晴らしいものにしましょう」
ココちゃんカレーに寄ることを忘れたユコは、調子のよいことを言った。
「素晴らしい夏休みの前にテ――」とラムリーザは言いかけて、テストの話に戻してわざわざテンションを下げる必要もないかと思い直して、「――ミルキーウェイ・フェスティバルってのが七月に入ったらあるからね。ユライカナンのお祭りを体験してみようということだよ」と言い変えた。
「お祭りと言えば、また射的があるのかな?」
「メインストリートでお祭りかな、別に曲がりくねっていないのに、なんでワイデングロードなんだろうね!」
ソニアがココちゃんに関連付けるようなことを言うので、ラムリーザは少々早口で話題を転換させるのであった。
「でもソニアは補習でお祭りに参加できないのであった、くすっ」
「何よ、リリスはお祭りアレルギーだから参加したら蕁麻疹が出るから引きこもっていないとダメなの!」
そろそろココちゃんカレーに行くにはかなり引き返す必要が出てくるところまで来たので、ラムリーザは二人の口論はそのまま放っておくことにした。
「そうだわ、みんなで赤点取れば、仲良くみんなで補習になるから寂しくないわ」
「何を言い出すのだ」
リリスはものすごく後ろ向きなことを言った。
「ラムが赤点取ったらどうなるの?」
ソニアも便乗して聞いてくる。ラムリーザは「取らんって」と答えたが、ソニアは「もしも取ったら!」と引き下がらない。
「ん~、補習だから、お祭りの開催はお流れになるか、領主不在で勝手にやるか、どっちかになるだろうね」
「補習でお祭り中止? 面白そう!」
なんだかソニアはうれしそうだ。
「それって面白いのか?」
ラムリーザは真顔で答えるが、今度はリリスがトンデモ理論を展開した。
「テストの影響で、街の開発に悪影響が出るのなら、試験のあり方を見直す必要があるわ。いっそ試験を中止にしたら全て丸く収まるのにね、くすっ」
「あっ、それいい! 予想外にいい! むしろそのほうがいい!」
ソニアも調子に乗っていい、いいと連呼する。
「ならねーよ!」
ラムリーザは、しょうもない会話を繰り広げる面々を放り出して、一人で先にさっさと進んでいってしまった。