スターズ・クラブ・ショー

 
 8月23日――
 

 今日は、日暮れ頃からスターズ・クラブという名のクラブハウスでライブだ。

 スターズ・クラブとは、ジャンの店に似ている。さしずめ、ユライカナン・ナイトフィーバーといったところだ。どこで繋がったのかわからないが、同業者のジャンとのコネで成立したライブだった。どうやら時々バンドを交換交流させようとかいう話にもなっているらしい。

「ラムリーズは無理だよ、他なら大丈夫」

 一応そういう話にはなっているみたい。普段は学生として学校に通う身、おいそれと外国に行けるわけが無いのだ。

 まぁ帝国でもユライカナンでも、それなりに腕はあるのだが埋もれてしまっているグループも多い。そういうのを発掘する楽しさもあるようだ。

「ところでおい」

 スターズ・クラブへ向かう車の中、ジャンはラムリーザに尋ねた。

「なんでげしょ旦那?」

 ラムリーザは最近映画かどこかで聞いたような気がする返事をやってみた。

「その爆竹――じゃなくて、昨日一緒だった領主の娘はどうだった?」

「そうだね、おっとりとしていて癒される感じ?」

 ラムリーザは、別にやましい事は無いので素直に感想を述べる。しかしその一言が気に入らない者も居たようだ。

「何よラム! あたしもラムを癒す!」

「エルはどうやって癒すのかな?」

 寝取られることを心配するソニアに、ジャンは悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねた。ソニアは「うー」と唸りながら少し考えたようだが、結局よく分からないことを言うだけだった。

「ほうりきのアリで癒す。とけ゛そ゛はレンジャーだけど最初からアリが使える万能キャラ」

「ほーお、ちからときようさが低いから、打撃のダメージは出ないし攻撃は当たらんがいいのか?」

 何故かジャンは、ソニアの謎の理論に対して論議で返す技を取得しているようだ。

「メドラを使えば攻撃は当たる」

「それならレンジャーじゃなくてそうりょでいいよな。エルはラムリーザにパフパフでもして癒してやればいいんだよ」

「そうだおいお前っ」

 そこにリゲルが割り込んできた。別にソニアの謎理論に合わせるつもりはないはずだが。

「いい事を思いついたぞ。フォレストピアとユライカナンの交流強化の一環として、ここの地方を治める領主の娘イシュトと結婚しろ」

「なっ――?!」

 ラムリーザは、突然のリゲルの提案に思わずのけぞる。

「ちょっとふざけないでよなんでよっ!」

 当然の如く、ものすごい勢いで文句を言ってくるソニア。しかしリゲルの考えはそれだけではなかった。

「お前が文句を言ってくるのはわかっている。だからソニアとも結婚しろ」

「なっ――?!」

 ラムリーザは先ほどと全く同じ反応を示す。それほどリゲルの提案はぶっ飛んだものだった。

「あ、読めた」

 ジャンは小さくつぶやいたが、リゲルはそれを気にせずに持論を展開し続ける。

「ほら、ユライカナンの言い方だと側室。帝国風に言えば寵姫だ、皇帝陛下も複数の寵姫を持っているらしいぞ。それに地方領主の中にも、寵姫を持つものも居る。つまり領主となるお前も、寵姫の一人ぐらい作っても誰も文句は言わないだろう。こいつと結婚したいのならこいつとしたらいい。しかし寵姫イシュトも作ってしまうんだ」

「いやいやいや、いきなり何を言い出すんだ無理だって。向こうの気持ちもまだよく知らないのに、それにソニアも嫌だろ?」

「絶対嫌!」

「ふっふっ、政略結婚とは本人の意志など介入する余地は無いのだ」

「リゲル……、君はロザリーンとミーシャを二人娶るのを合法化させたいだけだろう?」

 ジャンは、身も蓋もない、ただしこの場合恐らく本質をつくようなツッコミを入れた。

「まぁそういう手もあるということだ」

「しかしこれをロザリーンやミーシャが聞いていたらどうするんだよ?」

 ラムリーザは、ちょっと呆れ気味に訪ねてみた。リゲルはいつも的確な判断で、いろいろとラムリーザの力となってくれる。しかしどうもミーシャが現れてから、ある一方面においてはなんだかよく分からない人になってしまっている所があった。

 現在車で移動中。バンではなく普通のタクシーのようなものなので、全員が一つの車に乗るのは無理である。だから二手に分かれて乗車しているわけだが、一号車に乗っているのはラムリーザとソニア、それとリゲルとソニアの四人だ。残りのメンバーは二号車に乗っている。もともとは男女に分かれる手はずだったが、ソニアがラムリーザに引っ付いてきてこういった分け方になっていた。

「聞こえる場所では言うわけがないだろう?」

 リゲルの言うことは、常に理に適っていた。

 

 スターズ・クラブに到着したところで、ラムリーザは店の入り口に昨日見た顔を発見。

「イシュトさん?」

「おまちしておりました、ラムリーザさん。わたくしも、クラブで演奏するところを見たいと思って待っておりました」

「ほう、イシュトか」

 ラムリーザとイシュトの会話に、リゲルがニヤリと笑って割って入った。

「いや待ってリゲル。さっきの話は無いからね」

 しかしラムリーザは、危険を感じてイシュトとの会話をさっさと切り上げると、ジャンについて店の中へと入っていった。

 スターズ・クラブでのライブは、ジャンの店でやっているのとほぼ変わらない。言葉の壁が無い世界というのは、こういった外交面で楽だったのだ。

 ラムリーズはいつもどおりにエロゲソングも披露したりもするのだが、ユライカナンでは馴染みの無い曲なので、普通のオリジナルソングだと思われている。ばれた時が怖いが、メンバーにそんな危機感は全く無かった。

 そんな中、唐突にサプライズが発生する。

 ライブの合間の息抜きに、イシュトがステージに上がってきてラムリーザたちも知っている曲をリクエストした。そしてラムリーズをバックバンドに、イシュトが一曲披露したのだった。

 ラムリーザはそんなイシュトを見て、彼女のおっとりとした歌声も癒されるなと感じた。ソニアとはまた違った魅力のあるタイプで悪くないかも、とふと思ったりもしていた。もしもソニアと一緒じゃなければイシュトになびいていたかもしれない。その場合、その先は明らかな政略結婚となっていただろう。

 一方リリスは、このツアー中口数が少なかった。

「調子悪いのか?」

 すぐにジャンは察して、心配そうに語りかけてくる。

「やっぱり緊張するわ。身近な場所は慣れたけど、こんな異国で……」

 やはりリリスには、多少デリケートな部分がまだあるようだ。

「デリケート詐欺」

 そんなリリスに、ソニアははっきりと言ってやる。

「なっ、なんですって?!」

「人見知り魔女なんて流行らないからね」

 リリスが可愛いところを見せようとすると、ソニアはすぐに邪魔をしてくる。しかしソニアに言われたまま黙っているリリスではない。

「くっ、不用意にでかいおっぱいを晒しながらステージに立つなんて、デリケートな私にはできない芸当だわ」

「あらあらまあまあ……」

 その一言を聞いて、何故かイシュトが反応する。言われて見たら、イシュトもソニアほどではないが、リリス並み以上に胸が大きかった。

「いやイシュトさんのことでは――って、でかっ!」

 そこでリリスも気がつくことになるのであった。Jカップはあるのではないか? と。

 ちなみに現在のソニアは、ジャンにエルと呼ばれる所以であるLカップというから驚きの種は尽きない。

 その時、丁度演奏している別のグループが「Lのページあなたの声が聞きたくて消せない」などと歌っていて、リリスはクスッと笑うのだった。後で知ったのだが、世の中には「L」という歌が存在するようだ。恐らくラムリーズではカバーするのに反対意見が出て歌えないだろうけどね。

 さて、休憩を挟んで後半の部が始まった。この店もジャンの店と同じく複数のグループが参加していて、それぞれ交代で演奏するといった形式を取っていた。そのスケジュールの中に、特別にラムリーズを挟み込んだのが今日のイベントであった。

 

 演奏時間は夜の20時には終わり、まだ学生なのであまり遅くするのはよくないという配慮だった。これもジャンの店と同じ感じで、いつもなら店で食べて帰るところだ。しかし今日は、イシュトがまた別の店を案内してくれることになった。

 行き先はスシ屋となっていた。

「フォレストピアにもできていて、食べたことあるよ」

「あのお店は握りですね、では手巻きという物を扱っている店を紹介しましょう」

 そんなわけで、手巻き専門というまた違ったタイプのスシ屋に行くことになった。

 店では、大きな器に入ったスシメシ、手ごろな大きさにカットされた海苔、そして様々な具材が用意されていた。

「これをどうするのかな?」

 ラムリーザがイシュトに尋ねると、「わたくしが作って見せますから、見ていてくださいね」と言ってまずは海苔を手に取った。

 イシュトは海苔の上にサジでスシメシを薄く乗せると、適当に魚の切れ端、キュウリなどを選択して乗せて、サビの実を潰したものが入った壷から薄緑色のものを取り出して少し乗せ、仕上げに海苔をぐるりと巻いて「はい、これで完成ですわ」とラムリーザに手渡した。

「へー、なんだかおもしろそうですの」

 ユコは興味津々、早速自分も海苔を手に取って、先ほどイシュトがやってみせたのと同じように作り始めた。

「スシメシのレシピが分かれば、自宅でパーティもできますね」

 ロザリーンも気に入ったようで、ユコに続いて手巻きの作成を始めていた。

 ラムリーザはイシュトから受け取った手巻きを食べてみた。スシメシの独特な味と、生魚や野菜がうまく合っていて美味しいものだ。そして適度に入ったサビの実が、いい薬味になっている。

 そこでラムリーザはあることを思い出し、ソニアとリリスの座っているところの近くにあるサビの実を潰したものが入っている小さな壷を、気づかれないように二人の手の届かない場所へと移動させた。自分の目の前に並べておいて、二人が使いたいと言ったら、自分で適量を差し出すことにしたのだ。二度と同じ騒動を起こしてたまるものか、と。

 みんなの様子を見てみると、ミーシャは卵を必ず巻いている、卵好きか? その卵ばかり食べているミーシャに、リゲルはカニ巻きを作って手渡している。ソフィリータは毎回具をたくさん入れすぎて、太巻きになってしまい大口を開けている。リリスは普通に食べながらだが、時折ソニアの方をじっと見ている。何かイタズラでも考えているのか? そしてソニアは、時々具を入れずにスシメシだけを巻いたものを食べている。不思議なことをするものだ。ちなみにジャンは、クラブハウスの方でまだ打ち合わせがあるらしく、この会合には参加していない。

 サビの実を管理していたことで、特にトラブルは発生せず食事は終わり、イシュトと別れてホテルに戻った。

 みんなで泊まる大部屋で、ラムリーザは部屋の一角にあるソファーにソニアと並んで座っていた。

 ソニアを抱き寄せながらも、イシュトの事が少しちらついていたが、だめだよ、僕はソニアを幸せにしてやるんだ、と強く誓い直すのであった。

 さあ、一週間のツアーも明日で終わり。そして夏休みも残りわずかになっていた。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き