イシュトより
8月27日――
一週間にも渡るユライカナン・ツアーは終わった。
一昨日、ユライカナンを離れる前に大きな出来事もあったわけだが、それに対する喜びよりも、一刻も早く家に帰ってゆっくり休みたいという気分の方が強く、表面上はにこやかにイベントをこなしたが、内心は帰りたい帰りたいというのを表に出さないよう耐えていたというのもあった。
こうして一昨日ユライカナンを出発し、メンバーはそれぞれ自分たちの家に帰っていった。そしてラムリーザもソニアも昨日は一日中何もせずにごろごろと過ごし、そして今日である。
午前中のラムリーザの部屋、朝食が終わってからラムリーザは窓際のリクライニングチェアー、ソニアはテレビ前のソファーに横になってぼんやりと過ごしていた。南の島キャンプから戻ってきた時と同じような感じだ。今年の夏休みは、充実しすぎていて忙しいものだ。
二人とも疲れはほぼ取れていたが、大きなイベントが続いた後なので、燃え尽きた感じで何もやる気が起きずに過ごしていた。昨日今日と、ソニアは一度もゲーム機の電源を入れていない。
「ラムー、チョコレート持ってきてよー」
「そんなの無いよ、リゲルにもらってこいよ」
「リゲルやだ、なんかキモいしー」
リゲルは見た目は整っているのだが、その鋭利で精悍な雰囲気でいながら、ミーシャと一緒になると突然デレッとしてしまう。その豹変振りを、ソニアやリリスは「リゲルキモい」と評しているのだった。
「ゲームはやらないのか?」
「対戦する?」
「なんでもない、聞かなかったことにしてくれ」
ソニアとのゲーム対戦は、最初のころはそれなりに楽しめるのだが、ソニアが必勝法やセコ技を身につけるとそればかりになってしまうので、新作が出たときしかあまり対戦はしたくないものだ。今やっている飛空挺ゲームも、ラムリーザの飛空挺はソニア帝国に蹂躙されるだけなのでやらない。そして、必勝法やセコ技が確立されるまで、ソニアはあまり対戦を要求してこないというのもあるから困る。
そんな感じにぼーっと午前中を過ごしていた。
そろそろ昼食の時間かな? という時間に、ラムリーザの部屋にノックの音が響いた。今はやましいことはやろうとしていないので、鍵はかけていない。
「どうぞ」
だから、何のためらいもなくラムリーザは招き入れる。入ってきたのはメイドのナンシー、ソニアの母親だ。
「ラムリーザ様、あなた宛てに手紙が来ていますよ」
ナンシーはまっすぐに窓際のリクライニングチェアーに向かい、ラムリーザに一枚の手紙を手渡した。そして帰り際に、テレビの前のソファーにソニアが寝転がっているのを見て言った。
「ソニア、なぜあなたがここに居るの?」
ソニアの部屋は別に用意されているのだが、使用されていないと言っても過言ではない。ほぼ全ての時間をラムリーザの部屋で過ごしている。
「あたしの部屋つまんない。ラムの部屋の方が楽しいからここに居るの」
「つまるとかつまらないとかそういう問題じゃない。あまり入り浸るのはよくないですよ」
「だってココちゃんここにしか居ないし」
「持って帰ればよいでしょう、こんなにたくさんラムリーザ様の部屋に持ち込んで、あなたはいったい何を考えているの?」
最終的に、ラムリーザの部屋にはぬいぐるみ――いや、クッションのココちゃんが十八体転がっている。飾られているならともかく、床やソファーに無造作に転がっているのだ。ぬいぐるみを飾るのは普通だけど、クッションを飾るのは変、そう言ってソニアはラムリーザに整頓させない。
「あたしの部屋には悪魔が棲み付いているから戻りたくない。それにあたしはラムの恋人だから、ここに居る権利はある」
ソニアは、恋人主張を繰り出す。それを言われると、ナンシーもあまり強く戻れとは言う気にならなくなった。
「何が悪魔の棲む部屋ですか。ラムリーザ様にあまり迷惑かけないように」
いろいろとやる事があるのでナンシーはのんびりとしていられない。そう言うと、最後に「そろそろ昼食ですよ」と言って、部屋から出て行った。
迷惑か……。
ラムリーザは、ゲームの対戦で迷惑かけられまくっているな、と思いくすっと笑った。
対戦の無いパズルゲームの金塊探しゲームもあったが、ソニアは早い段階で難しすぎると諦めて別のゲームに移っていた。
それでもソニアが居ると、迷惑以上の楽しさがあるのも間違いないので、ラムリーザ的には全然邪魔だとは思っていなかった。
昼食後、ラムリーザは改めて手紙を拝見することにした。まず問題は、誰からかである。
「誰からの手紙よ、リリスからのラブレターだったら読まずに食べて! 返事はあたしが書いてあげるから」
「なんで手紙を食べなくちゃならんのだ。それに内容も読まずに返事書けるのか?」
「さっきの手紙の用事は何? この根暗吸血鬼! と書いて送り返すから。だからその手紙渡して!」
「えーと、リリスじゃない。安心しろ、イシュトさんだ」
イシュトと言えば、ユライカナンツアーで出会った、そこの領主の娘だった。
「イシュト? イシュト――、あっ、思い出した。あの『あらあらまあまあ』だ。手紙まで送ってきてイシュトもラムを寝取るつもりだな?!」
「それは無い無い。僕に近寄ってくる女の子全員が全員寝取ろうとしていると考えないほうがいいぞ」
「じゃあ何が理由で近づくのよ」
「そんなのいろいろあるじゃないか」
ラムリーザはめんどくさくなって、ソニアとの対応を無視する形で中断すると、封筒の封を破って中身の手紙を取り出した。
「あっ、カミソリの歯が入っているかもしれないよ!」
ラムリーザは無視して手紙に目を通した。だが、ソニアを無視していて気がつかなかったが、視界から外している隙にソニアはラムリーザに接近し、手紙を奪ってしまった。
ソニアはそのまま手紙をビリビリに引き裂――くことはしなかったが、ラムリーザの手が届かないところに下がると声を出して手紙を読みはじめた。
「ラムリーザ様、そしてラムリーズの皆様へ。ツアーお疲れ様でした。ラムリーザ様の活躍に敬意を表します、再見の日まで壮健をお保ちください。わたくしはラムリーザ様のドラム捌きに見とれていました。ツアーは大変でしょうが、また単発のライブでよろしいので、こちらにいらしてラムリーザ様の雄姿を見せてください。逆にわたくしの方から、フォレストピアのライブを見に行ってもよろしいかと考えております――って何よこれラムリーザ様ラムリーザ様って、呪いの人形じゃないのよ!」
「いや、手紙で丁寧な書き方をすると、相手を様付けするのは普通だから。んでもって文句言ってないで、続きも読んでくれ」
ラムリーザは、わざわざ手紙を取り返そうとして追いかけっこになるのもめんどくさいので、読みたいなら読ませてやろう作戦に出ることにした。
それを聞いてソニアは、少し怒ったような声で続きを読み始めた。
「姉妹都市の締結おめでとうございます。そして応じていただきありがとうございました――って何よ姉妹都市って、イシュトと姉妹になったの?」
「違うよ。姉妹都市というのは、文化交流や親善を目的とした地方同士の関係を指すものだよ。有効都市とも、親善都市とも呼ばれるもので、今回フォレストピアと、ユライカナンのサロレオーム等を含むシロヴィーリ地方とで、これからのお互いの発展を祈って姉妹都市を締結したんだ」
今回ツアーを行った地方は、その地の領主であるシロヴィーリ卿の名を取ってシロヴィーリ地方と呼ばれているのだ。
また、ラムリーズのシングルレコードを出して十七位まで上り詰めたのも、そのシロヴィーリ地方でのランキングであった。
「まあいいわ。えーと、お互いの領主の子息であるわたくしたちも、兄妹みたいなものなのでしょうか? ちょっとやっぱりイシュトと兄妹締結しているじやないのよ!」
「し、知らないよ! 勝手にイシュトさんがそう書いているだけであって、別に養子縁組したわけじゃないぞ?!」
「やっぱり寝取ろうとしてる!」
「妹になることは寝取ることにならないぞ。――ってだから文句言ってないで最後まで読んでくれよ」
ソニアはラムリーザから手紙へと視線を戻すと、再び続きを読み始めた。
「今後とも、仲良くしていきましょう――ってやっぱりラムのこと狙っている!」
「いいから読めよ」
ラムリーザは、いちいち反論しているのもめんどくさくなり、ただ先へ促すだけにした。
「三十日の花火大会、楽しみに待っております。一緒に見ることはできませんが、わたくしもユライカナン側から見ています。花火大会って何? そんなことやるの?」
「ああ、ユライカナン側でけっこう規模の大きな打ち上げ花火大会やるみたいなんだ。今年は国境を流れるミルキーウェイ川の中州から打ち上げるらしく、こっちからも川の近くまで行けば見物できるみたいなんだ。それに誘われたんだから、またみんなで花火見に行こう」
「ふ~ん」
「それで、手紙の続きは?」
「えーと、最後にもう一度ありがとうございました。――ラムリーザ様、皆様もお元気で。かしこ。何これ? 最後かしこで終わってる、意味わかんない」
「ん、音読ご苦労。やれやれ、返事書かないとなぁ」
ラムリーザは、飛び飛びに聞いたことをもう一度後で確認するとして、折角手紙を頂いたのだから、返事を書くのが筋だと考えていた。
しかしソニアは思いっきり反対してくる。
「それダメ! ラムとイシュトの文通になる! 文通するならあたしともしようよ!」
「意味わからんわ! なんで同じ部屋で暮らしている相手とわざわざ文通しないといけないんだよ……」
「イシュトとやってあたしとやらないのは不公平! むしろイシュトとなんかやらないで、あたしとやって!」
「交換日記しているじゃないか、最近誰が止めているのか知らんが回ってこないけど」
「とにかくあたしと文通やってくれないと、この手紙返さないからね」
「じゃあ早速僕宛ての手紙を書いてみろよ」
ラムリーザは、イシュトへの返事は後にまわすことにした。別に急いで書く必要も無いだろう。ソニアが手紙のことを忘れるまではのんびりと待とう。
一方のソニアは、引き出しから紙を一枚取り出すと、ペンを持ってテーブル席へと向かうのであった。
昼食の時間となり、ソニアは一旦手紙を書くのを中断した。
そして昼食が終わってから、ラムリーザは再びリクライニングチェアーへ、ソニアはテーブル席に向かい手紙と向き合った。
そこにラムリーザの携帯端末が、電話の着信を告げる音を発した。ディスプレイを見ると、ジャンが相手だった。
「はい、こちら大魔神でございます」
ラムリーザは、通話ボタンを押してふざけた対応をする。
「ん、こちら魔界童子だ」
ノリの良いジャンも、妙な名前で応対した。
「なんだ?」
「私はマリオです」
「誰だよ! 名前をいきなり変えるなよ!」
二人は時々こうやって電話でふざけた対応をする。ラムリーザは時々リゲルにも同じように接してみるのだが、残念ながら毎回リゲルは華麗にスルーしていた。
「明後日の予定だが、花火大会についてこちらも準備を半分手伝うことになった。ユライカナンとの合同作業だ」
「へー、どんな準備をするのだろうね」
「とにかく、キャンプでやった時のとは規模が違う、大きな花火になるらしい。というわけで、明日はゆっくり休んでいいから明後日はよろしくな」
ラムリーザは、わざわざ自分が準備に参加する必要は無いのでは? と思ったが、大きな花火というのにも興味があったので、とりあえず見物ついでに行ってみることにした。
他のメンバーはお疲れモードだろうから特に連絡することはなかった。
そこでラムリーザは、手紙の返事は花火大会の後にその感想も踏まえて書こうと思った。
ふとテーブル席を見ると、ソニアはペンを持ったままテーブルに突っ伏して眠っている。ラムリーザはやれやれとばかりに立ち上がり、タオルケットをソニアの肩からかけてやった。その時、ソニアの頭からはみ出している手紙の冒頭部分だけが見えている。
かしこ、イシュトは泥棒猫だから要注意、騙されてはいけない。
ラムリーザは、小さくため息を吐いてリクライニングチェアーへと戻っていった。