夏休みの宿題やってねー

 
 8月28日――
 

 一週間にも渡るユライカナン・ツアーは終わった。

 夏休みもあとわずかとなった朝、ラムリーザは目覚めてから着替えながらぼんやりと部屋の中を歩いていた。ソニアはまだ寝ている、休日だしもう少し寝かせておいてあげよう。

 シャツを頭に被った状態で歩いていると、ラムリーザは何かを蹴飛ばした。着終えてから見てみると、それは学校に持っていっている何の変哲もないゴム鞄だった。

「そういえば交換日記か……」

 昨日ソニアとの会話の中で出てきた交換日記の話、最近全然回ってこなくて誰かが止めているのは確実だが、ひょっとして自分では? そう考えて、鞄を開いてみた。

 しかし鞄の中を漁っても、交換日記は出てこなかった。

「よかった、僕じゃない」

 ラムリーザは鞄を閉じようとした時、中にプリントの類がいくつか入っていることに気がついた。このプリントは何だ? と思って数枚取り出してみたところで顔色が変わる。

 次の瞬間、鞄をテーブルの上に持ち上げ、そのままソニアを起こしにベッドに駆け出していた。

「こらぁ! 起きんかぁ!」

「なぁにぃ? 知恵の輪カチャカチャー、カチャカチャー」

 ソニアはまだ寝ぼけていた。

「あれを見ろ!」

「んー? ゴム鞄?」

 ラムリーザはテーブルの上を指差したが、ソニアはまだ事態を把握していない。というよりも、この会話では何が起きているのかさっぱりわからない。

「いいから起きろよ! 宿題全然やってねー!」

「んー、んんんー、うーん……」

 そう、ラムリーザは夏休みの宿題に全く手をつけていなかった。むろんソニアも。

 今年の夏休みは、入ってすぐに南の島マトゥールにキャンプへ出かけ、三週間ほどずっとそこで遊んでいた。そこから数日間ほどのんびりできたが、すぐにユライカナンツアーが始まり、再び一週間ほど家に帰ってこなかった。そして気がついてみれば、夏休み終わりまであと数日といったところになっていた。

「早く起きろ、宿題に取り掛かるぞ!」

「やだー、チョコレートくれたらやる」

 しかし当然ながら、ソニアはめんどくさがってやろうとしない。そこでラムリーザは、いつもの脅し文句を述べる。

「宿題をやらないなら桃栗の里行きだぞ!」

「ラムもやってないから、一緒に行こうよ」

「だーっ、もー!」

 ラムリーザは掛け布団を剥ぎ飛ばし、ソニアの大きな胸を揉み拉きだした。

「ふっ、ふえぇっ?!」

 効果覿面、ソニアはパチクリと目を覚ました。

 ラムリーザは、テーブルの上に宿題を鞄の中から取り出しながら、念のためにジャンやリリスたちに連絡を取ってみることにした。

「おいっ、大魔道!」

 ラムリーザはまずはジャンに電話をかけた。

「なんだっ、大魔神!」

「宿題やっているのか? 終わっているのか?」

「なんだ宿題か、俺は宿題はやらんと決めている!」

「それでええんかい!」

「よくないわなぁ、どうしよう……」

 前半の自信たっぷりの声はどこへいったのか、途端に弱々しい声になる。

「僕も全然忘れていたからどうしようかと思っているんだよ、今ソニアを叩き起こして始めるところ」

「よし、今日一日は宿題大会にしよう。俺はリリスを誘ってみるから、他の奴等はそっちに任せた」

「わかった」

 ラムリーザはジャンとの通話を切り、すぐに次はユコへ電話をかけた。

「あっ、ラムリーザ様おはようございます。ちょぅど電話してくれたから、今日は私に付き合ってくれませんですの?」

「付き合ってやるから宿題を持って僕の部屋に集合!」

「あ……」

「どうした?」

「どうしましょう、私宿題のことすっかり忘れていましたわ!」

「だから今日やるんだよ、集合!」

「はっ、はいっ!」

 どうやら、ジャンもユコも、宿題のことをすっかり忘れていたようだ。この分だと、リリスもやっているわけは無さそうだな。

 さて、次はリゲルやロザリーンだ。ラムリーザはリゲルに電話をかけた。

「リゲル、宿題はどうなってる?」

「ん、もう終わったぞ」

「な……、いつの間に?」

「キャンプが終わってから数日間、ロザリーンとミーシャを連れて図書館に通って全部済ませた。ああ、ミーシャがお前の所の妹も連れてきていたから、そいつも終わっているはずだ」

「ぐぬぬ……」

 さすがリゲル、そして優等生のロザリーン。ソフィリータもその時言ってくれたらよかったのに、宿題の話はあまり興味がなかったらしい。

 その数日間、ソニアはへんこぶた探しに行ったり、ラムリーザはソニアとデートしたりで結局遊んでいた。後悔先に立たず、今日なんとかするしかない。明日は花火大会の準備なのだから。

 こうして今日の予定は、急遽宿題大会という謎のイベントとなったのである。

 

「それ写させて」

 ソニアは、ラムリーザが仕上げたプリントを要求する。今回は急いでいるので仕方ないということで、写して済ませることを許可したのだ。

 朝食が終わってすぐに、ラムリーザの部屋へジャンとリリスとユコの三人がやってきた。

 テーブル席から余計な物をどけて、さっそく五人は宿題に取り掛かった。テーブルの真ん中には、この手のイベントではいつも置いてあるつぶれたゴム鞠があり、いつも用意することにしていた。

 その前に、リリスがソニアの書きかけだった手紙を見つけたが、書いてあったものが『かしこ、イシュトは泥棒猫だから要注意、騙されてはいけない。』だけだったので、とくに何も追求されずに終わっていた。既にソニアは、文通のことを忘れているようだ。

「これさ、それぞれ同じものはやらずに分担してやって、後で写したほうが早くないか?」

 ジャンが提案する。確かにその方が効率は良さそうだ。

 そこで、ラムリーザとジャンとユコが、それぞれ別々の学問系のプリントや問題集に取り掛かった。ソニアは五枚の絵を描き始め、リリスは五つの工作を始めた。

 絵の出来は期待できそうもないし、リリスも木の板に割り箸を切ったものを貼り付けて迷路を作っている。まるで子供の作る絵や工作といった感じだが、時間が無いのでこの際贅沢は言ってられない。

 迷路を一つ仕上げて絵も一つ描き上げたところで、ソニアとリリスはお互いの役割を交代して今度はソニアが工作を、リリスが絵を描き始めた。リリスは宿題を進めている三人を描き始め、ソニアは小さな瓶を二つ用意して何かを作り始めた。

 ソニアの作り上げたものは、小さな瓶の口を合わせて貼り付けたようなもので、まるで砂時計のように見える。しかし瓶の中に入っているのは砂ではなくて液体が入っていた。水時計なのか?

 出来上がった水時計(?)をソニアはひっくり返す。下の瓶にたまっていた水が上に行き、上下反対になった元々空だったビンにポタポタと雫が落ちる。

 

 エンッ、エンッ、エンッ、エンッ――

 

 液体の正体は、ブタガエンだった。えんこぶたをブタノールに一晩漬けるとできあがるブタガエン。液体に衝撃が加わると「エンッ」と音がする、ただそれだけの意味の無い物質。

 ソニアは、その意味の無い液体を使って、意味の無い物を工作してしまったのだ。

 

 そうこうしているうちに、昼食の時間となっていた。今日はラムリーザの屋敷にある食堂へ、みんなを招待することにした。

 いつもと違って賑やかな食堂にソニアは妙にはしゃいでいる。

「仲間が増えたなー、ほんとだなー、ひゅー」などと言いながら、椅子に座ったまま不思議な踊りを上半身だけで踊っている。

 行儀良くしなさいと、後ろから母親であるメイドに頭を叩かれるところまでが、お約束。

 

 昼食が終わってから、後半戦に突入。花火大会の準備もあるので、なんとしても今日一日で夏休みの宿題を全て終わらせる勢いで進めていた。

 意外と苦労するのが工作だ。プリントや問題集の類は問題を解けばそれでOK。絵は適当にそこらへんの風景でも描いておけば、下手でも問題ない。しかし工作は、何を作るか考えなければならないし、意外と時間がかかる。

 今の所仕上がっているのは、リリスの作った迷路の小物、ソニアの作ったブタガエンを使った意味不明な砂時計風水時計もどき。しかしそうそうネタが転がっているわけではない。

 役目を交代して工作担当となったリリスは、今度はまずは台所を借りて寒天を持ってくる。それを大きめのプラスチック容器に流し込んで、大体八部目の所まで容器を寒天で満たした。そのまま庭へと出て行ってしまった。

 絵描き担当となったソニアは、なにやら部屋に置いてあるドラムセットの絵を描いているようだ。

 しばらくしてから、外からリリスが戻ってきた。先ほどの容器の中に、黒い粒々が動いている。よく見るとアリだった。寒天にアリの巣を作らせて、それを観察するものを工作したということか、考えたな。

 しかしリリスは、さすがにめんどくさくなったようだ。

「別に夏休みの宿題なんてやらなくてもいいわ。怒られるかもしれないけど、そこを耐え切ったら後はどうでもいいわ」

 なんともまぁ投げやりな意見だ。それにソニアも続く。

「めんどくさいから、夏休みの宿題は老後の楽しみに置いておこうよ」

「何を言っているんだ、ダメだやるぞ」

 ラムリーザは二人を促して、四つ目の工作と絵に取り掛からせるのであった。

 

 十五時、一旦休憩となった。

「珍しいものを紹介しよう」

 ラムリーザは、メイドを呼んで大きなポットに入ったお湯を用意してもらった。その時、ついでに氷も持ってきてもらう。

 その間に、部屋の収納場所にしまっていたダンボールの箱を取り出した。その箱の中には、なにやら片手で持てるぐらいの容器が並んで詰まっていた。

「珍しくない、知ってる」

 ソニアはそう言うが、ラムリーザはそんなソニアを無視して話を続けた。

「これはね、即席リョーメンと言って、お湯を入れるだけですぐにリョーメンを頂けるんだよ」

 ユライカナンツアーの前に、リョーメン屋ごんにゃで紹介してもらったものだ。クッパタという名前だっただろうか? それを折角だからリリスたちにも体験してもらおうというわけだ。現在はまだ正規販売の準備中で、一般量販店には並んでいない。

 テーブルの上にあるプリント類を一箇所にまとめて片付け、即席リョーメンのカップを五つ並べる。ジャンは少し持ち上げて「軽いな」と言った。中に入っているのは、乾燥させた麺と具材、粉末スープだけだ。そこにお湯を入れると数分で麺や具材が柔らかくなって頂けるといった感じになる。

 ラムリーザは、五つの容器にポットからお湯を入れて回った。

 数分、正確に言えば三分経過後、ラムリーザは「もう食べてもいいぞ」と言って、自分は容器の中に氷を追加してお湯をぬるくさせた。

「あら? これリョーメンと同じじゃないの?」

 リリスは一口食べて、少し驚いたように言った。

「そうだよ、これで好きなときにリョーメンを頂けるわけだ」

「あんなにカチコチだったのに、不思議な物もあるんですのね」

 ユコは、麺をかき混ぜながら不思議がっている。

「初めて見るな、どこに売っていたんだ?」

 ジャンも食べながら尋ねた。

「まだ一般店には売ってないかな。ごんにゃの店主に頼めば売ってくれるぞ。準備が出来次第、雑貨屋やマーケットでも購入可能になる予定ね」

「ところでクッパタって何かしら?」

「そうね、変わった名前、何か由来でもあるのかな?」

 リリスとユコは、今度は名前について考え出した。

「リゲルの言っていたクッパ国に何か関係があるらしいことをごんにゃの店主が言っていたような……」

「クッパ国、不思議な国ですのね」

「一度行ってみたいなぁ」

 ソニアは、そのクッパ国に行ってみたいとか言い出した。しかし現在、クッパ国は滅亡して無くなっているはずだ。

「クッパタって名前より、カップに入ったリョーメンだから、カップリョーメンでいいんじゃないか?」

 ジャンはそう言うが、元々クッパタという名前なのだから仕方ない。

 ラムリーザは、一度クッパ国について詳しく調べてみる必要があるのではないかな? などと思うのであった。

 

 休憩後、宿題を再開した。

 その後、晩御飯前にプリントや問題集の類の宿題は一通り終わった。ソニアとリリスも残りの工作と絵を二つ完成させて、そちらの作業も終わっていた。

 そして晩飯後は、それぞれ一人で担当して終わらせたプリントや問題集を見ながら、それぞれ自分の物に写し書きをする作業を黙々と行っていた。

 こうして五人組み態勢で、夏休みの宿題を一日で全て終わらせたのであった。

 全て終わった頃には、夜の10時を回っていた。

 泊まるか? という話になったが、ラムリーザは執事に車を出させてジャンたちをそれぞれの家に帰すのであった。

 以上、宿題大会はおしまい。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き