花火大会準備
8月29日――
明日は花火大会の日だ。そこで今日は、その準備の日となった。
準備など住民の代表に任せていたらよいものだが、そこは好奇心旺盛なところもあり、開始前の様子を見てみたいというのもあったのだ。そのために昨日は、一日中かけて夏休みの宿題を終わらせていた。
その準備には、ラムリーザ、ジャン、ソニア、リリス、ユコ、ソフィリータのフォレストピア組が集まった。それ以外の仲間は今日はお休みするが、明日の本番には参加するとのことだった。
――と思ったら、現場へ向かう時間直前に、急いでやってきたといった感じにユグドラシルが現れた。
「ユグドラシル先輩だけですか? 珍しいですね、ロザリーンは?」
ラムリーザは、突然現れたユグドラシルに尋ねてみた。別に準備は、フォレストピアの住民以外には関係ない話のはずだった。
「ローザはリゲル君と出かけたよ。あさ、花火は花火でも、島でのキャンプでやったものとは違って規模が大きいと聞いたので、ちょっと見ておこうと思ってね」
「今日は準備だけですよ?」
「可能っぽかったら、学校のイベントでも花火大会をやってみようと思ってね。その下調べに来たわけさ」
生徒会長のユグドラシルは、学校行事の充実をいつも考えている。ユライカナンから伝わる文化は、珍しいもの好きな生徒たちにはうってつけで、七月のミルキーウェイ・フェスティバルなども学校で行ってみて大成功していた。そこで今度は、花火大会にも目を付けたわけだ。
「生徒会長もマメですなぁ」
ジャンは感心したように言っている。
準備のために集合した場所は、ごんにゃの店先。そこでラムリーザは、花火大会開催場所に向かうための車を出して欲しいと頼まれた。
「どれだけ必要かな? 一台だけでいいですか?」
「そうだなぁ、今回は一回目と言うことで、こちらから準備するのは三十発ぐらいでいいらしい。残りはユライカナン側で打ち上げてくれるのだとさ。好評だったら次からどんどん数を増やしてみるぞ」
「三十発ですか、少ないのか多いのかわからないですね。でも三十発なら車一台で十分じゃないかな?」
「一番大きい玉はこれだぞ」
ごんにゃの店主ヒミツが示した先には、直径1m弱の大きさをした玉が鎮座していた。
「でっ、でかっ。しかも丸っ?!」
ラムリーザが想像していたのは、島のキャンプで遊んだ時に見た、手で握れるぐらいの大きさの筒だった。しかしそこに転がっているのは、その馬鹿でかい玉が一つ、その半分ぐらいの大きさの玉が二つ、後は鞠つきに使うボールぐらいの大きさのものや、のだまで使うようなボールサイズのものが数十個あるのだった。
「こんな大きいもの打ち上げるのですか?」
「そうだ。幸いゴジリの旦那が花火打ち上げのための資格を持っているらしくて、話が早かったんだぞ」
ごんにゃ店主ヒミツの言うゴジリの旦那とは、フォレストピアに作ったバクシングジムのトレーナーだ。そこで今回は、ゴジリも実行委員として参加していた。
「しかしいつの間にこんな物を――って触るんじゃない」
ラムリーザは、打ち上げ花火という名前の大きなボールに手を触れようとしたソニアを引っ張って引き剥がしながら訪ねた。
「話は前から決まっていたんで、領主さんたちがユライカナンツアーに行っている間にこれだけ作っておいたものさ」
「そういえばそういった話でしたね。しかし思ったより大きいですね……」
「バンがあれば一度に全部運べるけど、用意できるかな?」
「バンかぁ」
バンと言えば、リゲルが皆を乗せて移動するときに使っていたものがある。しかし今日リゲルは参加していない。
「ちょっと聞いてみるね」
ラムリーザは、家に電話をかけて、バンを用意できるかどうか尋ねてみるのだった。
その結果、二台ほど運送用のバンの調達ができたのだ。一台はラムリーザの住む屋敷から、もう一つはフォレストピア駅備品の車だった。そこで、駅から持ってきたのを一号車にしてごんにゃ店主の運転で、屋敷から持ってきた二号車はラムリーザが運転しようとしたところ、危ないと言われてここまで運転してきたフォレスター家執事が運転することになった。
「あたしが運転する、お父さんは引っ込んでて!」
ソニアは運転席に割り込もうとするが、執事はびくとも動かない。仕方が無いのでラムリーザは、ソニアを抱えてさっさと後ろに乗り込んでしまった。
まるで爆弾のような花火を詰め込み、会場の予定地域まで移動を開始。二台のバンは、線路脇の道を西へと向かって進んでいった。
花火大会の場所は、エルドラード帝国とユライカナンの国境を流れるミルキーウェイ川。その中州に丁度良い場所があり、そこに打ち上げ花火の発射場を設置することになったのだ。この場所だと、丁度帝国からもユライカナンからも打ち上げられた花火が良く見えるというわけで、そこを選んだようなものだった。
姉妹都市締結後、初めてのイベントが早速行われようとしていた。
ミルキーウェイ川、国境の線になるぐらいの広い幅の川。向こう岸は霞んでいて見え辛い。
ラムリーザたちの乗ったバンが国境に到着した頃、すでに多くの車が停まっていて、川岸では屋台舟の建設が急がれていた。当日は、この船に乗って揺られながら花火を見物するといったコースも用意されていた。
バンを停め、花火の荷下ろしが始まった。次々に小舟へと運ばれ、中州を目指して舟は岸を離れていった。作業自体はごんにゃ店主ヒミツやバクシングジムのゴジリが先導し、ラムリーザたちはほとんど見ているだけである。
川の土手上には屋台が並び、まるでお祭りのようになっていた。どうやら花火大会でも商売をする、商魂魂たくましい商人も居るようだ。
「あっ、この場所あたし来たことある」
しばらく川岸をうろうろしていたところ、ソニアは駆け出してそう言った。
「私は記憶に無いわ」
しかしリリスには記憶が無かったようだ。どうやらラムリーザを除くソニア以外、この場所は初めてのようだ。
ここは昨年、リゲルの車でラムリーザとソニア三人で行った場所。川岸の草むらに半分埋まって顔を出している石。ソニアが躓いて転んだ石も、そのまま残っていた。
ソニアがその石へ向かって進んでいくので、ラムリーザはすばやくソニアの手をつかんで動きを止めた。
「なぁに?」
「そっちは危険だからやめとけ」
「なんで?」
「いいから」
足元が見えないから、飛び出ている石に躓くのだろ? とはとても言えない。なんともまあめんどくさい娘だ。
「でも、ソニアだけなんだかんだでイベントが多くてずるいですの」
ユコは、去年の夏ソニアから送られたグループメールを思い出したようだ。あの時は『ユライカナンとの国境付近なう』などとソニアは謎の自慢をしていたものだ。
「あたとしユコとでは、人間の格が全然違うから当然なの!」
「ふえぇちゃんの格なんてたかが知れてますの!」
また何かしょうもない諍いが始まったな、と思いながらもラムリーザはユグドラシルの姿が見えないことに気がついた。
「ソフィリータ、ユグドラシルさんはどこに行ったか知らない?」
ラムリーザは、ユグドラシルと清い交際中の妹に聞いてみた。ラムリーザとソニアと違い、ソフィリータは清い交際をしているはずである。もしも清くなかったとしても、ラムリーザにそれを咎める権利は無い。
「ユグドラシルさんなら、ヒミツさんたちと一緒に小舟に乗って中洲に行きましたよ」
「なんとまあ、打ち上げ花火のなんたるかを調査しに行ったなこれは」
川岸から眺めると、中洲がかすかに見える。帝国側とユライカナン側に小舟が泊まっている。空を眺めると、鳥が西へと飛んでいっているのが見えた。
「飛びゆく鳥は、自由の使者だよな」
ジャンはラムリーザの横に並び、同じように空を見上げながらつぶやいた。
「虹の雫を投げ込んで、歩いて川を渡れるようにしたらいいのに」
いつの間にかリリスも一緒に並んでいた。今日のソニアの口論相手はユコであり、リリスは参加しなかったようである。
少し離れた場所では、ソニアとリリスがなにやら言い合っている。これは三つの勢力が争っている場合として、必ず片方がソニアであることは間違いないようだ。
「けど、今年の夏休みもいろいろと濃かったわ」
リリスは大きく伸びをしながら言った。
「二つの大イベント、マトゥール島のキャンプと、ユライカナンツアーね。おかげで宿題をやりわすれていて大変だったけど」
リリスは、ラムリーザの話を聞いてくすっと笑う。そしてすぐに遠くへ目をやって、呟くように言った。
「ラムリーザと知り合えてよかった。もし知り合えてなかったと思ったらゾッとするわ……」
「大丈夫だよ。ラムリーザと知り合えていなくても、俺はリリスを探し出していただろう」
ジャンはそう言って元気付けるが、もしもラムリーザがフォレストピアを作るという話が無くてポッターズ・ブラフに来ていなかったら、当然ジャンの二号店も誕生しなかった。そもそもどこでジャンはリリスと知り合えていたのだろうか?
「リリスはラムと知り合えてなかったら、今頃魔女裁判でこの川底に沈められていたに違いない!」
いつの間にかユコとの口論は終わったのか、ソニアはラムリーザたちの傍にやってきていてリリスに要らんことを言う。
「あなたが帝国に残っていたら、今頃おっぱい膨張罪で牢屋入りになってたわ。帝国では不自然なおっぱいはご法度らしいから、正常な大きさにしぼむまで独房に監禁、くすっ」
「知らなかったの? 帝国では赤い目は禁止されているのよ。攻撃的で他者に威圧感を与えるから、脅迫罪が成り立つの! 水に沈める刑執行!」
「緑色の髪は剃って丸坊主にすることが義務付けられているわ。頭から緑カビが生えているみたいで見ていて不愉快だわ、わいせつ物陳列罪で牢屋行き!」
「何よ! リリスという存在自体が罪! この世で起きる泥棒や強盗、強姦とか全部リリスの責任! リリスなんか煮て焼いて食って――、むーっ! むーっ!」
ラムリーザは、うるさいソニアを後ろから抱きかかえて口を塞ぐ。まったくこの娘はなぜこうどうでも良いことをギャーギャー騒いで周囲に迷惑をかけるのだ。
「騒乱罪――」
何か以前もこんなことがあったような気がする。そんな既視感を感じながら、ラムリーザは小さくつぶやいた。
「さて、視察に来たものの、とくに見るべきものは無かったなこれは」
騒ぎが落ち着いた頃に、ジャンは頭をかきながらそう言った。
確かに花火の設置とか、屋台の組み立てとか準備は進んでいるが、ラムリーザたちにやることは無いといっても間違いではない。せいぜい川岸に並んで、何かを組み立てている中州を眺めているぐらいだった。
「ユグドラシルさんにとっては、いろいろと収穫あるみたいだけどね」
「あの生徒会長は、ほんとにいろいろとやる気満々だねぇ」
「あ、ふと思ったけど、この会場までのアクセスはどうしようかな?」
「そういえば、この付近には電車も停まらないし、何か建物とかあるわけではないからなぁ」
フォレストピアの開拓は、この平野の東側付近に留まっており、電車で国境まで20分ぐらいはかかるが、そこまではまだ何も無い草原が広がっていた。今の所あるのは、線路を敷く為に作った道路ぐらいで、これは今日ここまで来るのに車で通った道だ。
「リゲルに頼めば、貸し出しバスとか用意できるかもしれないけどね。一応フォレストピアでのイベントということになっているので、他の地方からはあま人は来ないかもしれないけど……」
「俺が思うに、この国境付近にも小さな町を作って橋の手前に駅を作るべきだと思う」
ラムリーザとジャンは、いろいろと先の事について話し合っていた。
おそらく明日の花火大会は、大きな花火は打ち上げるが、祭りの規模としては小さなものになるだろう。二人の会話に出てきたように、国境付近はまだ未開拓過ぎてあまり人が来るような場所ではない。それに、移動手段も限られたものしかなかった。精々車に乗り合わせて来るのが精一杯だろう。
時期尚早のような気もしたが、第一回ということで試験的にやってみましたでもよいだろう。
フォレストピアの開拓も、ユライカナンとの交流も、駆け足でやる必要は全く無い。ラムリーザにとっては一生の仕事として、じっくりとのんびりとやっていってよいはずだ。楽しんでやっていけば、それでいいじゃないか。
ラムリーザたちは、夕方近くまで国境付近をブラブラと散歩して時間を潰し、暗くなる前に町の方へと帰ったのであった。
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