夜空に輝く色とりどりの花
8月30日――
今日は、第一回エルドラード帝国とユライカナンの共同作業によるイベント、打ち上げ花火大会である。
最初は「花火ではありません、大花火です!」というよく分からない意見も飛び出し、「それ打ち上げ花火だろ?」などと突っ込みを入れられたが、大花火派はそれにも負けずに押し通そうとした。しかし大花火大会とすると、大がしつこいというこれまたどうでもよい理由で、ただの打ち上げ花火大会となった。帝国側、フォレストピア住民のネーミングセンスの謎さが浮き彫りにされた事案である。
夜空に打ち上げた方が映える、日があるうちだと見づらいということで、大会の開催は日没後となった。これはあまり花火に馴染みのない帝国側が、最初昼間の開催を提案したからである。
もともと花火はユライカナンのお祭りで使用されていた、ユライカナン独特の文化であり帝国にはあまり馴染みが無かった。そんなわけで、マトゥール島でのキャンプで花火遊びをしたのが、ラムリーザたちにとっても初めての体験だったのだ。
帝国側はまだあまり開発が進んでおらず、会場となる国境を流れるミルキーウェイ川までのアクセスがいまいち確立されていない。そこで車で乗り合わせていくしかないわけで、帝国側の参加者は限られたものとなっていた。これが開発が進み、国境付近にも駅ができれば、また違った感じになっていただろう。しかし今現在では、ほぼフォレストピアの住民のみが参加という形になっていた。
そういうわけで、日没後に始まるということで、夕方頃にラムリーザの屋敷の前に集合して一緒に出かけるということになっていた。
リゲルの運転するいつものバンが到着し、最初から乗り合わせていたユグドラシル、ロザリーン、ミーシャにフォレストピア組が合流という形で出発。
レフトールは、子分たち全員を連れて行くのが難しいということで、今回は参加を見合わせた。マトゥール島に一番子分のマックスウェルだけを連れて行った事が、他の仲間たちには不評だったようだ。といってもレフトール組はわりと人数が多いので、ラムリーザはさすがに全員の面倒を見ることはできない、ということになったわけだ。
昨日通った線路沿いの道を、車で西へと進んでいく。
「今日の花火って、島でのキャンプでやったのとはまた違うのでしょうか?」
ロザリーンが、道すがら尋ねてくるので、ラムリーザは昨日見たものを話してやった。
「なんだか爆弾みたいな大きな玉を用意していたね」
「爆弾ですか……」
少しロザリーンは不安そうな顔をする。
「あの爆弾にリリスを縛り付けて打ち上げてみたら、面白いことになるかもしれないね!」
爆弾と聞いて、ソニアは要らん事を言ってくる。しかしリリスが反論する前に、ミーシャが不思議なことを言い返してきたのだ。
「ふえぇ姉ちゃんの頭をスキャンしたら、頭が爆発するよ」
「誰よそのふえぇ姉ちゃん!」
ソニアが怒鳴り返した瞬間、リリスはすばやくソニアの胸に手を伸ばして、その先端部分をつねり上げる。
「ふっ、ふえぇっ――」
以下省略――
騒々しかった車での移動を終えて、打ち上げ花火会場になっている国境の川、ミルキーウェイ川のほとりへと到着した。川岸から少し離れた場所には、屋台がいくつか並んでいる。
ソニアはさっそくいかめしを売っている店が無いかどうか探しに行き、ユコは射的屋を探している。射的屋のお目当ては、どうせココちゃんなのだろう。
リリスは既に綿菓子を手にしているし、ミーシャとソフィリータは林檎飴をなめている。
「全く、お祭りじゃあるまいし」
はしゃいで回る女性陣を尻目に、リゲルはやれやれといった感じである。唯一ロザリーンだけは、はしゃいで回らずにリゲルに寄り添っているようだ。
「まぁお祭りみたいなものだろうね、島のキャンプでやった花火大会の時もお祭り騒ぎだったし。今日はそれよりも規模が大きいのだよ」
ラムリーザは、昨日の準備時に商魂逞しい商人も居たものだと思ったが、フォレストピアから来た人もそれなりだし、わざわざ電車でフォレストピアまで来た人も居るらしく、割と人の数は多めだった。臨時に作られた駐車場には、大きなバスが数台並んで停まっているので、それなりに集まったということだろう。
「花火大会かぁ。昨日中州まで行って見させてもらったけど、うまくやれば学校のイベントにできそうだよ」
ユグドラシルは、常にイベントの種を集めて回っている。今回も良い収穫になったということか。
「今日は店を臨時休業してこっちに来てやったぜ。常連客もほとんどこっちに来ているみたいだからな」
ジャンの言う事が本当なら、今現在フォレストピアはゴーストタウンのようになっているのかもしれない。
それにしてもここら辺は草原が広がっていて場所が良い。近くに邪魔になる山もないし、どこからでも花火の見物ができそうだ。
その時、遠くの空からドダダダダと大きな音が響いてきた。日が沈みかけの薄明るい東の空に飛空挺が現れて、そのまま花火大会会場から少し離れた場所の草原に降りてきた。
そして男と女が一人ずつ、あとは護衛らしき数人を降ろすと、飛空挺は再び空へと舞い上がった。
「あっ、ラム兄」
近づいてくる人を見て、ソニアはすぐにそれが誰だか気がついたようだ。
「よぉ、約束どおり、フォレストピアのイベント視察に来てやったぞ」
二人の男女は、ラムリーザの兄のラムリアース、そしてその妻であるラキアであった。
「そういえばそんなこと言ってたねー」
「騎士団はできたか? 例の組織はできたか?」
ラムリアースは、ラムリーザにいろいろと聞いてくる。それは全て、マトゥール島のキャンプで、二人で語り合ったことだった。
「キャンプから戻ってきてすぐにユライカナンツアー、ゆっくり考えている暇もなかったよ。組織にはアジトが必要だけど、どこにするか決めかねているし」
「ツアーが終わってからは?」
「夏休みの宿題やってた」
「お、おう。そんなのもあったなぁ」
ラムリアースは、数年前に自分が通り過ぎてきた道を思い出していた。
「ラム兄、お小遣い頂戴」
ソニアは二人に近づいたが、ラムリアースは「ラムリーザに貰え」と言って追い払うのだった。
そして二人は、他のメンバーから離れて川岸を散歩する。いつしか日も暮れて、空は深い青が広がっていた。歩きながら、ラムリアースは声を潜めて言う。
「ところでお前を襲ってきたテロリストだが――」
「テロリスト? 暴漢じゃなくて?」
「いや、暴漢などという生易しいものじゃない。尋問の結果、ユライカナンに潜入していたヌマゼミのテロリストだということが分かった」
「何でまた……」
「まぁこれはユライカナンとヌマゼミの歴史問題に関係するものだから、我が帝国では文字通り対岸の火事と言うことだったのだがな」
そう言いながら、ラムリアースは対岸を作り上げている国境の川へ小さな石を投げ込んだ。
「やっぱりあの国はあまり良くないみたいだね。クッパ国とどっちが酷いかな?」
「クッパ国? あれはただのアホな国王が居ただけだ。それは置いといて、今回の件で対岸の火事だと言い切ることはできなくなったので、我が帝国はユライカナンに一つの条件を出すことにした」
「なっ、何?」
ラムリーザは、ラムリアースの顔が険しいので、とんでもないことを要求したのでは? と思った。
「言うだけなら簡単だけどな。サロレオームだっけ? お前が姉妹都市を締結したのは」
「うん、そうだよ。ユライカナンで一番帝国に近い地方都市」
「その都市にヌマゼミ人を入れるな。そして既に住み着いている奴は、追放しろと。その作戦には、帝国も協力するとな」
「そんな無茶な……」
ラムリーザは、ラムリアースの言った作戦に驚いた。そこまで酷いことをヌマゼミ人は――、と思いかけて、――やったなと思うのだった。
「これまでヌマゼミはユライカナンとの確執だけで済んでいたが、今回の事件で我がフォレスター家に牙を向いた。そのことを後悔させてやるのだ」
ニヤリと笑う兄の顔を見て、ラムリーザはそれでも通常運転だなとだけ思った。
「まぁ危なかったけど、こうして無事なんだし」
「お前がやられたということでなく、襲い掛かってきたということに対しての報復だ。フォレスター家に歯向かった者はどうなるか、ということだな。次また襲われる様な事があったら、今度は報復戦争だな、ヌマゼミ本国に軍隊を差し向ける」
「その時は、僕も戦うよ」
ラムリーザは兄に同調しながら、よくレフトールは無事で居られたなと改めて思う。
「そのためには、早く騎士団を作れと」
「ラキアさんの弟君を司令官に派遣するって話は無かったっけ?」
「ある程度騎士団ができてからだ。そうだ、それともう一つ」
「何? まだ物騒なのがあるん?」
「いや、今度は文化的な――と言うのかな? 何か皇帝陛下が貴族の爵位なるものをお考えになられたようだ。貴族にも階級ができるとかなんとか……」
「何それ?」
ラムリーザは首をかしげる。
少しの間沈黙が流れたが、ラムリアースはフッと笑ってラムリーザの肩を叩いた。
「近日中に公表されることになっている。まぁ期待せずに待っていろ、というか今のお前には直接的には関係無さそうだけどな」
ラムリアースがそう言った時、ふいにパッと辺りが明るくなり、ドーンと音がなって地面が揺れる。何事かと思って空を見上げると、そこには一輪の大花が咲いていた。
周囲から、「おーっ」という歓声が上がる。どうやら打ち上げ花火大会が始まったようだ。
「こ、これはまた凄いな」
ラムリーザよりも、ラムリアースの方がより驚く。そういえば島でのキャンプ時、花火大会をした時は兄は既に本国へ帰った後だった。
「き、規模が違うなぁ」
それでも、ラムリーザも驚いたのも同じだった。これだとキャンプで遊んだ花火はおもちゃの様な物だ。そしてこの川を挟んだ対岸で、同じ光景をイシュトさんも見ているのかな、などと思っていた。
「ラムリーザ」
「なんでしょか?」
「仲間はお前の何よりも大事な財産だから大切にしろよ」
「分かってるよ」
再び夜空がパッと輝く。今度は光の塊が弾けた後に、垂れ下がるように筋が流れていった。
射的屋で、別にココちゃんの景品は無かったけどなんとなく遊んでいたユコは、打ち上げ花火が始まった途端に武器を持ったままぼんやりと空を眺めていた。屋台のおっちゃんも、それは同様であった。
林檎飴を片手に、あっちへうろうろこっちへうろうろしていたミーシャとソフィリータは、花火が始まると早速持ってきたビデオカメラを空に向けた。打ち上げ花火を撮影して、その動画を投稿するのであろう。
ジャンは、ユグドラシルから「そういえばプロレス同好会ができるかもしれない」という話を聞いて、プロレスに乗り気だったために何だ何だと聞いているうちにリリスを見失っていた。そこで二人で川岸をブラブラしながら話をしているうちに、ドーンと来たわけだ。
ユグドラシルは、光り輝く大きな輪に驚き、これは学校でもやってみたいと思うのであった。
リゲルとロザリーンは、川岸にある大きな岩の上に座って周囲のお祭り騒ぎを傍観したり、夜空の星を眺めていたりする時に、花火が打ち上がったのだ。そこでそのまま、まるで超新星爆発のように派手に輝く新たな星を見上げているのだった。
その一方でソニアとリリスは、二人は勝手に見物用の屋台舟にもぐりこんでいたのだ。ミルキーウェイ川を舟で揺られながら、空に登っていって破裂する光の筋を眺めていた。川の水面に花火の光が反射して、まるで宇宙空間を遊泳しているような錯覚をしているのだった。
様々な出来事が様々な思い出を生み出し、こうして夏休みは終わった――
「あれっ? そう言えばこれって絶好のシチュエーションじゃなかったのか?」
「ジャンにとって何が絶好の?」
「ほら、夜空に輝く色とりどりの花の下で愛の告白って舞台が整っていたじゃないか」
「そうねぇ、くすっ」
「また吸血鬼に求愛する変な人が居る!」
「黙れ、ふえぇ・エル・ソニア、大体見物の組み合わせも何の変哲もなかったじゃないか。精々リゲルとロザリーンが甘いムードを漂わせていただけでさっ」
「ほっとけ」
「ミーシャはソフィーと甘い林檎飴を漂わせていたよ」
「いやそれは意味が分からん。というよりもジャンとリリス、もう付き合っているようなものだろ?」
「いーや、ここはきっちりしておくべき所だ。次だ次! まだまだ終わらんぞ!」
「ベヤングか? もう夏休みは終わりだぞ」
「俺たちの戦いはこれからだ!」
「最終回、完」