いろいろなインスタントリョーメン
9月14日――
この日の昼過ぎ、ラムリーザはごんにゃ店主のヒミツからの電話での連絡を受け取った。何でも、店に来て欲しいとのことだった。何があるかは来てからのお楽しみということらしい。
そして今日は、珍しい客を部屋に招いていた。
リゲルは午前中早くから、フォレストピアを半包囲している山脈の西側に位置するロブデオーン山脈の最高峰、ロブデオーン山の頂上付近に建設中の天文台の視察に行っていた。ラムリーザの住む屋敷も、この西側の山脈裾付近にあるので、その帰りに立ち寄ったということだ。
住んでいる場所の近いリリスやユコがラムリーザの屋敷に遊びに来ることはよくあるが、ポッターズ・ブラフ地方に住んでいるリゲルが来ることは珍しい。ラムリーザはこの珍しい客と、自室にあるテーブルで昼食後のティータイムを楽しんでいた。
お茶と言っても、ここで出てくるのはキンキンに冷えた冷たい茶。でも今ではラムリーザが熱い飲み物や食べ物が苦手ということは周知の事実として知れ渡っているため、リゲルも今更気にしない。
ラムリーザは、リゲルから天文台の進捗状況を聞き、さらにリゲルの宇宙ウンチクを聞いていた。元々宇宙の話にはあまり触れることも無かったが、リゲルと話しをしているうちに、ラムリーザ自身も宇宙について少しずつ興味を持ち始めていた。
ラムリーザの部屋に居るのは二人だけではない。それが当然であるが如く同居しているソニアが、テレビ前のソファーに座って、またなにやら新しいゲームをプレイしていた。
以前プレイしていたが、ソニアは投げ出した金塊集めゲームに引き続き、こりもせずに今度は金塊探しと謳われているゲームを買ってきていた。球体の赤いキャラクターを操作して、直進したり格子状に並んだ棒状の物を掴んでクルクル回ったりしている。時々通路を通過後に金塊が出てくるみたいなので、それで金塊探しということなのだろう。時々果物が出現しているが、恐らくボーナスアイテムだろう。敵も居るようだが、衝撃波みたいなものを放って追っ払っている。
ソニアは、昼食が終わってから、ずっとそのゲームに熱中していた。
そこにごんにゃ店主からの電話である。急ぎの用事ではなかったので、冷たいお茶を飲み終わるまでのんびりしてから、ラムリーザとリゲルはテーブル席を立ち、出かける準備を始めた。
「どこか行くの?」
ゲームをポーズボタンで止めて、ソニアは振り返る。
「行かんぞ」
答えたのはリゲルだった。
ソニアは「きもい氷柱には聞いていない」とだけ言って、再びラムリーザに尋ねた。元々冷たい態度からソニアに「氷柱」と呼ばれていたリゲル。そこにミーシャ関連のニコニコと嬉しそうに対応する姿を見て、そのギャップから「きもい」が追加されて、今ではそう呼ばれている。ソニアだけがそう呼んでいる。
「ごんにゃに行く。何かあるみたいで、来てからのお楽しみと言っていたよ」
別にごまかす必要がある話題ではないので、ラムリーザはごんにゃ店主から聞いた内容をそのまま伝えた。
「あたしも行く!」
ソニアはゲームを切り上げて立ち上がった。基本的に部屋の中でゲームに熱中しているが、外に出るときは出る、それが彼女の日常だった。
屋敷を出て市街地へと向かうわけだが、今日は少し別のルートを通って向かうことにした。普段なら竜神殿経由で西側から市街地へ入るわけだが、今日は屋敷から南にある庭園を通過して、町の南側を通っている線路の方へと向かっていった。この庭園は、時々ラムリーザが昼寝をしている場所で、夏休み前にソニアに五花術の真似事をさせた場所だ。
右手側後方にロブデオーン山脈を見ながら、南へと向かう。庭園を通り過ぎると、周囲は林の中を通る未舗装の一本道となる。そしてしばらく進むと、フォレストピアからユライカナンへと通じる線路脇に出るはずだ。
「この辺りに、一つ駅を建てることになっている。さしずめフォレスター邸前とでもつけておく。お前らのためだけの駅だ、ありがたいと思え」
リゲルは妙に居丈高に説明した。視線はソニアに向けられているので、主に彼女を威圧していると思われる。とりあえずまぁ、権力者が居ると、駅が多くなるのはどの国でも同じ事なのかもしれない。
リゲルの言ったとおり、ほぼ完成している駅が目に入った。駅から左右に道が分かれていて、東に向かえば市街地、西へ向かえば主に農場が広げられている未開地へと続いている。その先には、遊園地のポンダイパーク、フォレストピア支店が建設中だった。
「この駅の方が、屋敷から近いね」
「そうだ。東へ向かう電車は、ここが始発駅になるように変わる。フォレストピア側の車両基地は、この西側に建設中だ」
「あたし電車より車がいい」
「車は向こうに置き忘れてくることがあるからなぁ」
車通学に慣れていないので、行きは車で行ってそのまま忘れ去られ、帰りは電車で帰ってしまったことが記憶に新しい。
今日はここから東へ進み、市街地を目指す。二本の複線となっている線路を右手にしばらく進み、市街地に差し掛かったところで散歩中のジャンと遭遇した。
「こんにちはドロヌリバチ」
これはソニアの挨拶だ、最初から煽る煽る。しかし煽りになっているのかどうかが不明なのが困る。
「良い天気だな、エル」
それに対してジャンも煽ってきた。最近この二人は、お互いを本名で呼び合っていないような気がする。
ラムリーザはジャンにごんにゃの話をすると、ジャンはすぐにリリスを電話で呼び出そうとした。すぐにリリスはユコを連れて現れた。まだリリスはジャンと二人になろうという意識は浸透していないようだ。
そして六人に増えた軍勢は、ごんにゃの入り口にあるのれんをくぐった。
「おおっ、よく来てくれたな」
昼食時間から少しずれているので、店内に居る他の客はぽつぽつと疎らだ。
ごんにゃ店主ヒミツは、ラムリーザたちを一ヶ所に集めると、得意そうに四つのカップを取り出してテーブルに並べた。
「何ですか? インスタントリョーメンですよね? もう雑貨屋で販売が始まっていますよ」
「ふっふっふっ、ラベルをよく見てごらんよ」
そこで一同は、店主の用意したカップを手に取って確認する。
ラムリーザが手に取ったカップには、「クッパタ」と書かれている。このクッパタが、既に雑貨屋で販売が始まり、先日学校帰りに買い食いしたものだ。
「メットゲ?」
ユコが首をかしげてカップを見つめる。ユコの手にしたカップは、大きさはクッパタと同じだが、書かれているものが違っていた。そこにはメットゲと書かれていた。
「こっちはクリジュゲだよ」
「これはゲップクね」
ソニアとリリスも、それぞれ自分が手に取った物をみんなに見せている。
「どうだ、すごいだろう。クッパタは一番有名なものだが、わが国のインスタントリョーメンは、クッパタだけではないのだ」
店主は、不思議がる一同を前に、ますます得意気になっていた。どうやらインスタントリョーメンが好評だったのを受けて、他のシリーズも取り寄せたようだ。
しかしリゲルだけは落ち着いた感じで、それらの品物を見つめながら言った。
「この名前は聞いたことがある。確かクッパ国発祥の物だったはずだ」
「ほう、よく勉強しているな。あの国が滅亡した後にあやふやになっていた物を、ユライカナンで復刻させてみたものだ」
「ユライカナンとクッパ国は何か関係があったのですか?」
少し気になったラムリーザは、店主に尋ねてみた。
「クッパ国滅亡に向かっている混乱のさなか、逃げ出してきた人がユライカナン北部に住み着いたのだよ」
噂のクッパ国のあったとされる位置は、ユライカナンの北側だと言われている。
「歴史や地理の話はまた後にして、これらを食べてみてくれよ」
店主はカップを開けると、用意していたお湯を注いで回った。三分後、四種類のインスタントリョーメンを食べる準備が完了していた。六人来ていたので、それに合わせてメットゲとゲップクを二つ用意して、六つ用意した。
「さてと、僕はクッパタは食べた事があるからゲップクを貰おうか。リゲルはクッパタまだだったね」
「そうだな、俺はそれを貰うか」
「あたしクリジュゲ」
ソニアは、新製品の中で一つだけの物を素早く選んだ。
「私はラムリーザ様と同じゲップク貰いますの」
「じゃあ俺とリリスはメットゲな」
こうして、各々自分の物を選んで試食を始めた。
「ん~、これはクッパタと比べて、ちょっとしょっぱい?」
「しょっぱいリョーメンですいません! まぁこれは塩リョーメンだからね、せそリョーメンのクッパタよりもしょっぱいのさ」
ラムリーザの指摘に、何故か謝りながら説明する店主。
「それじゃあこのメットゲは?」
ジャンの問いに、それは「そょうゆリョーメンだ」と答えた。リョーメンにもいろいろ製法があって、塩リョーメン、せそリョーメン、そょうゆリョーメンとあるようだ。
「あたしのリョーメン、なんか甘いのが入ってる」
「クリジュゲ、それはせそリョーメンをベースに、栗が入っている物だぞ。いろいろと曰く付きのリョーメンで、一部ではカルト的人気があるのだよ」
「なによそれ、カルト的って」
「噂のクリボーが、後々まで共同経営者のジュゲと権利を争ったという曰く付だな。そうじゃなくて、ジュゲはクリボーと組んでいないと反論して、販売停止を求めていたという説もある。どっちみち、噂のクリボーが絡んでいるという点で、他の物よりは話題に上がる」
店主の言う噂のクリボーとは、以前リゲルに聞いたことのある「クッパ国の滅亡」に深く関わりのある人物だった。
「でもこれ、リョーメンに栗って合ってない。なんか中途半端に甘くて美味しくない」
ソニアは不満を漏らすが、店主はわかっていたとでも言うかのごとく、頷きながら「味の保障はいまいちだ」とだけ短く答えた。どうやらソニアは外れを引いたようだ。
「でもまだマシだぞ。ハンブロという物に関しては、今では伝説だがありえないリョーメンだ」
「どんなのよ?」
「それは聞かないほうが良いぞ」
店主は、自分の名前の如く、ヒミツにしてしまった。
「栗なんか入れるリョーメンがあるのなら、他にもっと美味しいもの入れたらいいのに」
「それは何かしら?」
食べ終わったソニアとリリスは、リョーメン談義を始めていた。
「例えばイチゴとか?」
「それまずそう」
あまり実りは無いようだ。
「そうだ、リゲルにチョコレート仕入れてきてもらって、チョコリョーメン作ろうよ」
ソニアに嬉しそうな視線を向けられ、リゲルは渋い顔をして一言「気持ち悪いリョーメンだな」と述べた。
ラムリーザは、いろいろ種類があるのが面白くて「せそ、そょうゆ、塩以外にもあるのですか?」と尋ねてみた。スープだけ全種類味わってみたが、どれも独特な味で興味深かった。
「そうだなぁ、豚の骨とか鶏の骨からもダシを作ったりするね。トンコツとかトリガラとか言われている」
「豚の卵は?」
ソニアが横から口を挟んでくる。まだそんなことを言っていたようだ。
「そんなものは存在しない」と、普通に答える店主。
「へんこぶたからダシを取ったら面白そうだよ」
ソニアはさらに妙な案を出してくる。ブタガエンリョーメンか? すすればエンエン音がする? ありえない、ありえない。
「捕まえたへんこぶた、まだ元気ですの?」
ユコの問いに、ソニアは「ずっと檻の中でえんえん鳴いているよ」と答えた。
ソニアは気が向いたらブタガエンを製造するから困ったものだ。もっともその液体は、えんえん音がするだけで無害なのが救いと言えるか。
「ところでレジスタンスの件だが――」
店主が言いかけた言葉を、ラムリーザは「それはオフレコで」と制して話を終わらせた。これはラムリーザ以外の者が居るときにする話ではない。それに他の一般客も居る。
「こほん。そういえばおっちゃんの友人が、別のリョーメン屋を出したいと言っているんだ。スワキリョーメンって店なのだが」
「ああそれなら夏休みのユライカナンツアーで体験しましたよ」
「そろそろフォレストピアのリョーメン屋第二号として出したいと言っているんだ。また駅前倉庫の仮店舗、お願いできないかな」
「いいですよ」
ラムリーザは、店主の願望を聞き入れてやった。ユライカナンで食べたときに美味しかったし、町に一軒だけでなくいろいろな種類のリョーメン屋がある方が面白い。それに競争相手が居たほうが、お互いに切磋琢磨してより美味しいものを作れるだろう。もっとも友人同士と言っているから、潰し合いにまでは発展しないだろうというのもあった。
それに、ごんにゃ店主は、次の手も考えているようだった。
「近いうちに、コラボをやることになったんだぞ。楽しみにしていてくれ」
ラムリーザは、何故かその時嫌な予感を感じた。それが何だかわからないが、何だかめんどうなことが起こりそうな気がしてならなかった。