第五回フォレストピア首脳陣パーティ
10月5日――
月初めの週末は、フォレストピア首脳陣パーティ。ラムリーザの屋敷に集まって、町の発展の進捗報告と計画発表の場は、すでに五回を迎えていた。
去年まで参加していたオーバールック・ホテルでの貴族の会合も、おそらく同じように続けられているだろう。貴族の集まりだったあちらと違って、こちらは労働側の管理人が多い。小さなところでは従業員の代表などが参加している。
それは目的が違うからだ。あちらは貴族の顔つなぎが目的の多数を占めているが、こちらはあくまで町の発展の管理目的なのだから。
そしてラムリーザの周りにも、去年のパーティには存在しなかった仲間が集まっている。ラムリーザとソフィリータは開催した家の者として参加。ジャンはフォレストピア唯一のナイトクラブオーナー。リゲルとロザリーンの二人はフォレストピアの住民ではないが、ラムリーザの参謀と言った感じの立場で参加。ここまでが正式な参加メンバーであると言えるだろう。
残りのメンバー、ユグドラシルはユライカナンの文化の調査という個人的欲望を満たす為に参加。ユコはフォレストピアの輸送関係を取りまとめる父に付き添って参加。ソニアはラムリーザのおまけ、リリスはジャンのおまけ、そんなものだ。そして最後の三人娘は、会議そっちのけでご馳走に群がっているのだ。
「このご馳走、用意したのはソニアママですのね」
「そうよ、すごいでしょー」
ユコに母親を持ち上げられて得意げになるソニア。いつも怒られてばかりのソニアも、母は自慢の種か。ただしごちそうを作ったのはソニアママだけではない、他の使用人も一緒だ。
「で、あそこで飲み物のグラスを運んでいるのはあなたのお父さんなのね」
「執事ってかっこいいと思いますの。あ、メイドも素敵ですわ」
「えっへん、どうだー」
ソニアは自分が褒められているわけでもないのに、一人有頂天になっていた。
「まぁ職業に貴賎はないですの」
「どういうことよ!」
ソニアにとってはなんだかよくわからないことを言われて、思わず騒ぎ出す。執事とメイド、貴賎有りだとしたら貴の方ではないだろうか? それも帝国宰相フォレスター家で働かせてもらっているのだから。しかしソニアには、そのありがたさがわかっていないようだ。
「お母さんの名は?」
「ナンシー」
「お父さんの名は?」
「ヴィクター」
そして、リリスはソニアに両親の名前を尋ねた。どういう意図があってかは、わからないる
「名前聞いてどうするのよ」
「ふ~ん、ヴィクターにナンシーね。なんか馴れ初めが、ネズミ駆除業者のサイコ野郎二人組みに追いかけられて、無茶苦茶にされた時みたいな名前ね」
「なにそれ! どういう意味よ!」
――とまぁ、このいつもの三人娘の雑談は、全く実りの無いものであった。
ラムリーザは、リゲルとロザリーンを率いて、まずは食糧生産の現状報告を受ける。そろそろ収穫の時期の物、取れ高はどのくらいになるか。そしてこれから種まきに入るものなどである。その報告は、リゲルやロザリーンの手によって、記録されてゆく。
その他こまごまとした現状報告を聞いて周り、改善点は会議に掛ける旨を伝達したり、新しい案を提案したりとやった後、会議で一番やっていて面白い今後の発展についての話し合いとなった。
まずごんにゃの店主が、ラムリーザたちの傍へやってくる。そして要望を述べた。
「そろそろフォレストピアで働き出して半年、店も順調で機動に乗り出したので家族を呼びたい」
「ええっ、おっちゃん結婚してたのですかい?」
何故だかジャンは驚いた様子を見せた。今ではごんにゃ店主は、おっちゃん呼ばわりが定着しつつあったが、それは店主自身の一人称がおっちゃんという所以が大きかった。
「馬鹿にすんねぇ、これでも女房子ども持ちだぜい! 思えば遠くへ来たもんだ」
店主はそう言うが、フォレストピアから見てユライカナンの最東端、国境に面している町サロレオームならば、帝都の首都シャングリラへ行くよりははるかに近い。もっとも店主がサロレオーム出身とは限らないのだが。
「別に家族を呼び寄せることは悪くないよ。むしろ家族団らんは良いことだと思うね。ただし入国管理、居住管理はしっかりしてね」
フォレストピアに限っては、ユライカナンとの文化交流目的で作られた町なので、ユライカナンからの移民に対する敷居は低い。ただし、よくわからない人がよからぬ目的で侵入してくるのを防ぐため、住民の管理だけはしっかりとこなしていた。
「そりゃあもちろん。だがなぁ、こまったことにうちのボウズがそろそろ幼稚園に通う年頃になるんだわー」
「ボウズですか……」
ラムリーザはボウズという言葉を聞いて、最近自分の事をボウズと呼ばれるパターンが出ているが、やっぱり小さな子ども向けの呼び方だよなと改めて実感していた。
「そこでだ。フォレストピアに幼稚園とか保育園を作ってくれ」
これが、ごんにゃ店主ヒミツの要望だった。ある意味もっともな要望、これまで無かったのが不思議なぐらいだ。
「高校からは、たちまちはポッターズ・ブラフ地方にある学校に通ってもいいが、中学校までは地元にあった方が都合がいい。小さい子どもを一人で遠くに行かせるわけにもいかないし、送迎するとしても大変だ」
リゲルもこの意見には同意している。そこでラムリーザは、結論を出した。
「わかりました、さっそく建てることにします。遅くても次の春までには完成できるようにするから、安心して奥さんとボウズを呼んでください」
ラムリーザは、あえてボウズという言葉を使った。自分はボウズではないと言い聞かせるために――、というわけではないのだがなんとなく。
その後聞いた話では、小学生や中学生を抱えた家庭もあるらしいことがわかった。ユライカナン側だけでなく、帝国側からもフォレストピアに移動してきた家族もある。こうなると、幼稚園や保育園だけでなく、小学校、中学校にも取りかからなければならない。しかし高校は後回し。ポッターズ・ブラフ地方にはそれなりに質のよい高校が揃っているし、電車で通えばそれほど通学も大変ではない。例えばユコは、帝国側から引っ越してきた者だが、普通に電車通学をやっている。
その代わり、大学は別だった。ラムリーザたちが進学することに合わせて、フォレストピアに大学を作る計画は初期の頃から動いているのだ。
「それじゃあさっそく名前を決めよう!」
各種教育機関の建設予定が決定したとたん、ごんにゃ店主はすぐにネーミングについて語ってくる。
「そんな慌てなくても。別にフォレストピア幼稚園、フォレストピア小学校でいいと思いますよ、特に帝立校は。」
帝国の学校には、帝国が管理する帝立校と、民間人が管理する私立校の二種類がある。例えばポッターズ・ブラフ地方でラムリーザたちに深く関わりがあるのが、帝立ソリチュード学院と、私立ファルクリース学園だ。
「帝立はそれでいいよ。私立は我々で決めよう」
「そんな、まだそれほど人数が多いわけでもないのに、いきなり二校建てるのですか?」
「備えあれば憂いなし。それにさ、フォレストピア幼稚園とかひねりがないぞ」
「施設の名称にひねりなんかいらないよ」
「ああっ、領主さんの横暴だ」
ラムリーザとごんにゃ店主の攻防が続いていた。どうしても名前を決めたがる民衆側と、慌てなくてもよいという領主側の対立構造。これが後の革命の火種に――ならねーよ。
「じゃあ念のために幼稚園の名前を聞くよ。おっちゃんが投票に掛けようと思っている名前は何ですか?」
「そうだなぁ……、パンダさん幼稚園とか」
ラムリーザは、リゲルの方を振り返った。リゲルは首を横に振る。続いてジャンの方を振り返る。
「つおいぞつおいぞパンダさん」
ジャンは、ラムリーザと目が合うと、謎のフレーズを口ずさんだ。
「なんだか妙な元ネタがありそうだから却下」
ラムリーザは、少しだけ不安を感じて、店主の提案した名前を却下した。
「なんだか盛り上がっているじゃねーか」
そこに割り込んできたのが、バクシングジムのレサー・ワイルドの経営者ゴジリ。
「ゴジリ殿は幼稚園の名前どうすっか?」
ごんにゃ店主は、ゴジリを仲間に引き込もうとして問いかける。
「ん、幼稚園……。マジカル・ミステリー幼稚園」
どうしてフォレストピアの住民は、独特なネーミングセンスを持った人が集まっているのだろうか。ラムリーザは、こういった名称案が投票に掛けられる未来を想像して、ちょっとヤケを起こしかけた。仮にパンダさん幼稚園と命名されても、地図上では適当に東幼稚園と記入してやろうかなどと考える。呼称問題に発展したとしても知ったことか。やはりラムリーザはヤケを起こしていた。
結局の所では、帝立の施設は領主側が、私立の施設は民衆が決めるということでとりあえずは決着がついた。
次の議題は、新しい駅の名称。
ラムリーザの屋敷から南に行ってすぐの場所に、ほとんどラムリーザのための駅ができていた。そこの駅はまだ名前が決まっていないので、投票に掛けるべきという意見が挙がったのだ。
「駅といっても、この次の議題にする予定である、炭坑奥の遺跡にも近いので、そのことも考慮に入れて思案するように」
あまり効果があるとは思えないが、ラムリーザは一応釘を刺しておく。パンダさん幼稚園だのマジカル・ミステリー幼稚園だの言っている住民のセンスは警戒しておくべきだ。
「それならそうだな、つねきとかどうだろうか」
ごんにゃ店主は、自分の考えを述べる。しかし「つねき」とは何か? 独特すぎて意味が分からない。
店主が言うには、あまりにも人が利用しない駅なので、電車が退屈して居眠りしてしまいそうだから、などと言っている。納得できないこともないが、それが何故「つねき」なのかがわからない。ラムリーザはリゲルやロザリーン、ジャンに尋ねてみるが、明確な理由は返ってこなかった。
「領主様の屋敷にある庭園、アンブロシアが近いので、そのままアンブロシア前駅という名前でよくないでしょうか?」
これはユコの父親ボビーの意見。さすが帝国の臣民は、ある程度わかりやすい名称を選んでくれる。問題はユライカナンからやってきた人々だ。これは文化の違いと割り切るべきであろうか。
「駅の周囲の雰囲気を見てきたけど、神隠しが起きそうな神秘的な場所だったので、キサラギ駅というのはどうだろうか」
これはスシ屋のツォーバーの意見。何が「神隠しが起きそう」だ、物騒なことを考えるものではない。ラムリーザは、ほぼ毎日のように利用している駅をそんな場所に認定されてたまったものかと思っていた。そもそも「キサラギ」とは何か? ユライカナン特有の何かを指す言葉だろうか。
「エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー駅」
腕組みをしたまま険しい顔つきで一気に言ってのける、ジムトレーナーのゴジリ。そんな長すぎる名前は嫌だ、ラムリーザの率直な願いである。
その他もろもろの、何故そんな名称を? という案が提出され、適度なところで投票にかけられた。
その結果、フォレストピア第二の駅名は、「つねき」ということに決まったのである。
「つねき……、何なんだよそれは……」
「まぁ良いのではないでしょうか、ごちゃごちゃした名前よりは、なんだか自然な感じがします。駅も自然の中ですし、雰囲気的に合っているのではないですか?」
ロザリーンが、精一杯の慰めをしてくれる。
「いや別に反対しているわけじゃないんだよ。ただ名前の意味がわからなくて」
「気にするこたーない。世の中には、マルデアホとか、ボインシティという名称の町もある。そんなのと比べたら、つねきなど――なんだろうねぇ」
ジャンも最初は励ましと取れることを語っていたが、やはりよくわからないといった感じだ。
その一方で、当選したごんにゃ店主は張り切っている。
「おっしゃー! 駅の信号には、きつねのようなフサフサした尻尾をアクセサリーのようにつけてやるからな」
などと言っている。駅の名前が名前なら、装飾内容も意味不明であった。
それでもラムリーザは、意味が分からず独特ではあるが別に卑猥な名称でもないし、アクセサリーも邪魔になるようなものでなくファンタジックな雰囲気なのでそのまま認めることにした。
「あれだな、キツネが化けて創り上げた駅みたいになったな」
「そういうことかな、つねきってキツネのアナグラムだし」
「ユライカナンの昔話では、キツネだのタヌキが人を化かすといった伝承が残されているそうですよ」
リゲルやロザリーンの学びのあるところを見せられて、ラムリーザは少しずつこの謎の名称、謎のアクセサリーの意味が解け始めたような気がした。それなら駅の周囲の雰囲気から言って、そのような感じにさせられるのも間違いない。つねき駅の周りはあまり開拓せずに、自然を残しておこうかな、などと考えていた。
それに人に迷惑をかける動物と言えば、ラムリーザから見たらキツネやタヌキではなく、へンコブタであった。もっともその原因はブタガエンであり、それを周囲に振り撒くソニアなのであるが……。
続いて今回最後の議題、炭坑と遺跡の話だ。
名称は宿題ということにして、まずは早急に集めなければならない調査隊の募集と、その調査隊のための宿泊施設、休憩所を兼ねた酒場のようなもの、遺跡から出てきた遺物を調査する鑑定団のようなもの。これらのものをなるべく早く集めておきたかった。調査隊を冒険者に置き換えたら、ファンタジーの世界に早変わりといった具合だ。
それぞれの施設の管理人、酒場にはマスター、施設を建築する大工。こういった人材の募集が、帝国やユライカナン向けて求人募集することに決まった。
炭坑と遺跡は、駅からの距離で言えば今回決まったつねき駅から一番近い。駅の周りは開拓せずに自然を残して道だけを作り、炭坑周囲に炭坑町みたいな物を作るといった具合にしよう。ラムリーザは、そんな開発計画を考えていた。
「ちょいとちょいと、領主さん」
会議が終わり、後はパーティだけとなった時、ラムリーザの所へごんにゃ店主がやってきた。
「ところで今月の半ば、十五日頃だけど、ユライカナンで毎年やっているちょっとしたお祭りみたいなのがあるんだぞ。どうだ、やってみないか?」
「へー、秋にも祭りがあるのですね。どこでやるのですか?」
「簡単で小さなもの、家の中でできるちょっとしたお祭りだよ」
「家屋内の祭り、ソニアみたいだね」
ソニアのおかげで、ラムリーザの部屋はほぼ毎日がお祭り状態だ。先日も、奇妙なノイズ音を部屋から発する馬鹿騒ぎがあった。
「やり方を教えるから、十五日に店まで来てくれよなっ」
こうして、十五日にごんにゃへ行くことが決まった。別に決めなくても、小腹が空いたらリョーメンを食べにちょくちょく行っているので、さほど特別といったわけではない。
「ところでスワキはどうでしたか?」
店主は、今度はスワキについて尋ねた。たしかごんにゃとスワキの店主は、お互いにリョーメン学校の友人だったっけ。
「辛いのがよかったよ。こってりしたのが欲しかったら、スワキに行くことになるかなぁ」
「おおっ、やはり商売敵になってしまったかっ」
「当然そうなりますよ。まぁでも店を近くに並べるって愚挙はしませんよ。ごんにゃのある通りから見て町の反対側に建てます。それなら客の奪い合いにはならないでしょう。ただし――」
「ただし?」
「遠くでもそっちの方が好きだという人にはどうしようもありませんので、負けないように頑張ってくださいね」
「お、おう、あたりまえよっ」
元々ごんにゃ店主からも、友人のためにと思って新しいリョーメン屋を出店させることを提案したのだ。これからはお互いに負けないよう、腕を競い合って発展していくこととなるだろう。
「ところで領主さんは、うちのリョーメンとスワキのリョーメン、どっちが好みかな?」