だんじょん
帝国歴78年 10月2日――
三日間の試験日が終わってその最終日、学校の終わった正午過ぎにラムリーザはジャンと二人で屋のごんにゃに来ていて、リョーメンを頂きながら雑談をしていた。ソニアやリリスは、試験が終わったとばかりに連れ立って繁華街であるエルム街へと赴いていた。まだまだ遊ぶ街としては、フォレストピアよりもエルム街の方が賑やかなのだ。
「リリスってやっぱわかんねーな」
ジャンは、小さく伸びをしてからそう言った。先日の勉強会の夜、ラムリーザの屋敷にある浴室での出来事は話していないが、その時のリリスの態度について語っているのだ。
「ひょっとしてさ、本命とかが別に居たりするんじゃないか? 結構大物な」
「そうかなぁ、でもリリスが知らない男と付き合っているそぶりも話も出てこないしな。ソニアやユコが誘いに来るまで、部屋に篭っている事がほとんどだし。でもやっぱあの美少女だし、俺の知らないところでひょっとしてなぁ」
「それはないと思うけど」
「とにかくリリスはつかみどころが無いよ。何を話しても思わせぶりな態度を取ったりするだけ」
「う~ん、ゲームみたいなドラマティックな展開を望んでいるのかもしれないぞ」
二人の会話は、普通にジャンの恋話であった。傍から見たらジャンとリリスは付き合っているのかもしれないって感じなのだが、どうやら言葉通りの付き合っているかもしれない止まりなのかもしれない。
「ゲームみたいな、か。ギャルゲーでもプレイして、そのイベントをなぞってみようかな?」
「いや、それはやめとけ。脈絡も無くイベントだけ模倣しても、意味不明だから」
ラムリーザは、高校入学直後のソニアの奇行を思い出していた。膝の裏を舐めさせられたり、雨の日に二人で電話ボックスに閉じこもったり。思い出しただけでも、意味不明で頭がおかしくなる。
「それじゃあ文化祭かな。後夜祭のフォークダンスでいっちょ決めてやろう。そして伝説を作ってやるぜ」
「なんだよ伝説って、観客席へダイブでもするのか?」
「そんな荒っぽいものじゃない。一緒にフォークダンスを踊りながら告白するとうまくいく、こういった類の言い伝えを作り上げてやる。実際俺は、去年の文化祭でリリスと踊っている。もう一年延長させるのさ」
「再来年は?」
「それを言ったらおしまいだ」
昼食時ということもあり、ごんにゃには他の客も結構集まっている。
ラムリーザとジャンの場所からも、すぐ隣のボックス席で会話をしている鉱夫風の人の話がちらほら聞こえていた。鉱夫の話を要約すると、「炭坑を掘り進んでいたら、遺跡らしきものが出現した」というものであった。
「炭坑? 石炭が必要なのか?」
ジャンは、夏休みにキャンプに行ったマトゥール島で、フォレスター家が管理する巨大な原油採掘場や精製施設を見たことがある。石油よりも燃焼効率の悪い石炭が必要だろうかと考えるのも無理は無い。
「エネルギー源分散だって。例えばフォレストピア東のアンテロック山脈には、風車が結構並んでいるだろう? 発電所は自然の力を使える部分は使おうってことになっているんだ。あとエルオアシスだったかな、ロブデオーン山脈の中央付近にある大きな湖をダムで囲んでもっと大きくして、水力発電所を作る計画も動いているよ」
「なるほど、先のことを考えているのだな。石油だけに頼っていたら消費速度が速いってことだろう」
「そういうこと。余裕のあるうちに、太陽光とか代替エネルギーをどんどん研究しているみたい」
「突然壁が崩れたと思ったら、ぽっかりと空いた空洞が現れたんだ」
「それで、石炭の使い道は?」
「製鉄とか?」
「俺は遺跡の入り口付近だけ見てみたんだ。奥が深いし、あきらかに人工的な感じだったぞ」
ラムリーザとジャンの会話と、鉱夫たちの対話が交錯している。客も多くてざわざわしている中での会話だ、珍しいことではない。
そうしているうちに、二人はスープまで飲みきって完食していた。ごんにゃのリョーメンは、スープまでうまいぶんだ。備え付けだったとりめしも食べ終わり、一杯水を飲んだ。そこにごんにゃ店主のヒミツが二人の前に立った。どうやら食べ終わるのを待っていたらしい。
「あっ、店主さん。いつもここのリョーメンはうまくてええですね」
「そりゃあえーぶんとうまいぶんをそろえているからな。ところで領主さん、こちらの話に加わってもらえますかな? 結構興味深い話だと思いますよ」
店主が指したのは隣のボックス席、鉱夫二人が話をしている席だ。
「遺跡の話ですか?」
「そう、これは歴史的発見かも知れないぞ」
そこで二人は、席を移って鉱夫たちの隣へ並んだ。店主も小さな丸椅子を用意して、五人はテーブルを囲むように座った。
鉱夫たちの話は、先程からちらちら耳に入ってきたとおり、炭坑の奥から遺跡らしき場所に繋がったというものだった。今日の午前中に石炭の層を掘り進めていたら、横の壁が突然崩れて空洞が姿を現したとのこと。よく見ると人工的に掘られた感じになっていたので、埋もれた遺跡ではないか? という話が、鉱夫の間では持ちきりなのだそうだ。
「金は出る?」
ジャンは、遺跡よりも金に興味があるようだ。
「残念ながら、今掘っているところは石炭の層、金は出てこないねぇ」
「いやいや、遺跡の奥には金銀財宝が眠っているかもしれないぞ」
鉱夫二人は、それぞれ現実的な答えと夢一杯の答えを持ってきた。ジャンの飛びついた方は、言うまでもないことだろう。
そんなわけで、昼食後はその現場に行ってみて、遺跡がどういったものか確認するということになったのだ。
問題の炭坑は、ロブデオーン山脈の西側に存在していた。ラムリーザの住む屋敷と、山脈を挟んで裏側といったところだ。
ごんにゃ店主も遺跡に興味があるらしく、昼食時の混雑が終わり客も少なくなってきたところで一旦ラストオーダーを取ることにして表には準備中の看板を立ててしまった。
こうしてごんにゃ店主の所有するバンに乗って、炭坑まで向かう。鉱夫二人は、歩く距離が減って助かったなどと言っている。
炭坑は先述の通りロブデオーン山脈の西側だ。車で行くか、新しく解説されたアンブロシア前の駅で下りて歩いていくしかなかった。ラムリーザたちのためにしか使い道が無いとされていた屋敷の近くに追加された駅が、意外なところで役に立っているのだ。
「そういえば炭坑の名前はある?」
「別に決めてないぞ。俺たちの間では、最初に発見した炭坑ということで、『マーク1』と呼んでいるけどな」
「味気ないね、また月一の会議で名前を募集してみようか。念のために聞いてみるけど、どんなのつけたいかな?」
ラムリーザは鉱夫と雑談をしながら、ごんにゃ店主の運転するバンに乗って西へと向かっている。
「トゥモロー・ネバー・ノウズ」
鉱夫は、よくぞ聞いてくれたとばかりに、大きくうなづきながら答えた。
「なんで?!」
炭坑には結びつかない荒唐無稽な名前が飛び出して、ラムリーザは思わずのけぞる。
「俺たちは明日を知らないのさ」
「いや、希望を持とうよ!」
フォレストピアの住民は、会議に出席するような首脳陣から末端の鉱夫まで、ネーミングセンスがよくわからない人であふれかえっていた。この鉱夫は、炭坑責任者を通じて会議に出席する資源管理委員に名前の案として提出するらしい。住民に任せていたら、よくわからない名前であふれかえった町になってしまうことだろう。
「ひょっとして――、炭坑で働くのに抵抗ある? 他の働き口を紹介してもいいけど……」
「いや、俺は昔からブランチマイニングとか好きだったんだ。だから大人になったら同じような仕事をしたいと思っていたから鉱夫であることに不満は無いよ」
「じゃあなぜ明日を知らないなんて?」
「掘っている先は見えないだろう?」
「――なるほどね」
そんな話をしているうちに、バンは炭坑の近くに到着した。ちょっとした小屋が立っていて、そこが鉱夫たちの休憩場や着替え場となっているようだ。また、炭坑責任者もそこに待機していた。
「これはこれは領主様、わざわざこんな薄汚い場所へご足労いただきまして――」
「いや、堅苦しい挨拶は抜きでいいよ。まだ正式な領主じゃないし――」
「ボウズか?」
余計な茶々を入れるジャンの尻を蹴飛ばしながら、ラムリーザは炭坑責任者のエコムスと握手をしていた。
「えっと、連れの方は? ってナイトクラブの管理人じゃないですかっ」
「やー、どーも」
ある程度、ジャンもフォレストピアでは顔を知られているようだ。
ラムリーザは残りの二人をエコムスに紹介する。ごんにゃ店主のヒミツと、ラムリーザの周辺警護のレイジィだ。レイジィは普段はラムリーザの生活に干渉しない形を取っているが、常に何かがあればすぐに駆けつける位置に存在していた。
「ごんにゃ? リョーメンかぁ」
「まだ来たことが無いのならば、ぜひとも今夜の食事にでも」
早速客引きをする店主。
「う~ん、ナイトフィーバーの料理か、スシが好みなのだが、今度行ってみるよ」
責任者ともなると、大衆食堂よりもジャンの店やちょっと高価なスシを好むようだった。
改めて炭坑を見ると、その入り口は太い木材で補強されたトンネルのようで、炭坑の入り口のお手本といった感じの、ありきたりなものだった。通路には小さな線路が奥へ向かって伸びている。これを使ってトロッコを走らせて、採掘した石炭を運ぶのだろう。
「もしも落盤の事故に領主――あいや、ボウズ――?」
「もうそれでいいです」
ラムリーザ的には、ボウズと呼ばれることに抵抗は無い。ただ、十七になってボウズはどうなのだ? という感じがするだけで、呼ぶだけなら別に蔑称ってわけでもないので自由にさせている。
「採掘現場までは頑丈に補強してあるから安全だと思われますが、万一にそなえてこれを」
エコムスが手渡したのは、ライト付きのヘルメットであった。
「いるよな、ノーヘルチャリ通していて、通学路で見張っていた生徒指導に捕まって怒られるやつ」
「それじゃあジャンは、ノーヘル炭坑探索しようね」
「いや俺優等生だから」
ラムリーザの「優等生? 誰が?」と言いたげな表情を他所に、ジャンもヘルメットを着用するのだった。
「ヘルメットをかぶると、わちゃわちゃした動きで歩きたくなるよな?」
「いや、ならんよ」
ジャンはヘルメットをかぶりながら妙なことを言った。ラムリーザとしては、なぜヘルメットをかぶるだけで、そんな騒々しくて忙しない動きをしなければならないのかよくわからない。
「それじゃあちょっと行ってみるか」
エコムスの操作するトロッコに乗って、ラムリーザたちは炭坑の奥へと進んでいった。
しばらくは石炭を掘りつくして補強されたトンネルが続いていた。その内ちょっとした広間に到着して、エコムスは「ここからは坑道から離れます」と言ってトロッコから降りた。ラムリーザとジャン、ごんにゃ店主、レイジィがトロッコから降りると、残った鉱夫たちはエコムスと操作を代わって炭坑の奥へとトロッコを進ませていった。
ラムリーザたちは、エコムスの案内で線路から離れていく。そしてすぐに、広間の壁が崩れているように見える場所に辿りついた。壁に開いた穴は、そこも木材で補強されている。
「この穴の先が、どうも遺跡になっているっぽいのよね。壁に明らかに手が加えられた跡があるし、石質も違うんだ」
先頭のエコムスが穴を潜り、ラムリーザもそれに続く。
その先は白っぽい石、閃緑岩だろうか? そんな石でできた通路にも見えた。人が余裕を持って三人ほど並んで通れるほどの幅、そして高さは幅と同じぐらい。それぞれ2.5メートルぐらいであろうか? 天井も同じく白い石。恐らく白い岩をくりぬいて造られた通路なのだろう。そして、その通路は、炭坑から繋がった穴の位置から北と東に向かって伸びていた。
「どっちに向かう?」
「ん~、入り口から見ると東に向いているから東から見てみよう」
ラムリーザの提案で、一同は東の通路を進んでいった。白っぽい石の壁がずっと続いている。そしてしばらく進むと正面は行き止まりとなり、少し手前に左側に進む道ができていた。左の通路の先は、小部屋のようになっている。
「最初に入った時は、ネズミが出てきたらしいぞ」
エコムスはそう説明する。残念ながら小部屋には何も無く、ゲームのように宝箱が都合よく置いているわけではない。
東の通路の先にあったものは、それだけであった。一同は来た道を戻り、今度は北へと向かう。
北の通路はしばらく進むと右へと直角に曲がり、東へ向かう通路となっていた。曲がり角には、小さなかがり火が置かれている。これは目印にと、調査した鉱夫が置いた物だった。
すぐに分かれ道が出現。正面に伸びている東の通路と、南に直角に曲がる通路だ。
「この辺りのまでは調査済みで、南側には先程のと同じような小部屋がありましたよ」
エコムスの説明を聞いて、その小部屋を見に行くことにした。確かに似たような小部屋がある。しかし何かが置かれていたわけではない。
「ひょっとして居住区みたいなものかな?」
「誰が住むのだ? 地底人?」
「ソニアやリリスが好きそうな設定だね」
ラムリーザとジャンは、好き勝手に想像してみる。自然にできたとするには、床や壁、天井の造りが整い過ぎている。地下に埋もれた遺跡といった表現が、今の所は一番しっくりする考えだ。
来た道を戻り、さらに東へと進む。するとまたしても現れる、同じように正面と南に向かう分かれ道。そして南側には同じような小部屋。
「しっかし洞窟探検は、夏休みの金塊探し以来だね」
「この洞窟――遺跡にも金塊があるかもしれないぞ」
「遺跡の規模にもよるけど、正式に調査隊を送り込むのがいいかもしれないかな」
「冒険者ってやつだな」
ラムリーザはジャンと話をしながら、まるで時々遊んでいるテーブルトークゲームみたいな雰囲気だなと感じていた。ユコがゲームマスターをした遺跡探検を思い出す。あの時は、カノコの依頼で地下迷宮に隠されていた霊薬エリクシャーを探しに行ったっけ。
東の通路の先は少し北に曲がっていて、そこもちょっとした小部屋のような場所になっていた。違うのはその小部屋から北、東、西と通路が三方向に枝分かれしていることだ。そして小部屋の隅には、キャンプ用のテントが設営されていた。
「このテントは?」
ラムリーザは、エコムスに尋ねてみる。
「ここが分かれ道の分岐点だから、一旦ここにベースキャンプを設置したのです。でもこの先は複雑になっていて、鉱夫の手に負えず放置している感じですかねぇ」
ラムリーザは改めてそれぞれの通路の先を覗いてみた。
特徴的なのは北の通路。小部屋のような場所から出ると、すぐに壁の質が変わっている。ここまでの白い壁ではなくて、黒っぽい壁でやたらと暗い。石炭か? 黒曜石か?
東の通路はこれまでと同じ白い石でできた通路。小部屋に置かれたかがり火の光では奥まで見渡すことはできない。だが、少し進んだ所に北に曲がる道と分岐しているようだ。
西の通路は小部屋からの光では、一直線に伸びている所までしか見えない。
「西の通路の先には、さらに地下に降りるような感じに坂になっていました」
今現在わかっているのはここまでだ。
「調査隊を結成するとして、誰に任せるか」
「最初のうちは私が炭坑の監督と兼任してもよいですよ」
「ではエコムスさんお願いします。でも何が出るかわからないから、戦いに慣れた人も集めた方が良いかな?」
ラムリーザはそう語ってから、まるでゲームじゃないかと自分に心の中で突っ込みを入れる。
「まるでゲームだな」
心を見透かされたようにジャンから突っ込みを受けて、びっくりするのだった。ジャンは、良い方法があるぞと述べてから話を続ける。
「冒険者募集とか掲げるんだよ。そうしたら夢見がちな命知らずが集まって、こんな遺跡ぐらいあっという間に調査が完了するさ」
「それだと彼らのための宿泊施設が、この近辺に必要だね」
「そうだな。人によったら遺跡の中でキャンプする奴も出てくるだろうが、さしずめ冒険者の宿といったものが必要になるかもしれない」
「ゲームだね」
ラムリーザは、ジャンの提案に思わずくすっと笑う。それならこの遺跡の奥には、スケルトンやドラゴンなどが潜んでいるとでも言うのだろうか。
「あー、暇だったら俺がその冒険者の酒場のマスターになりてー」
ジャンは完全にゲームの世界に行ってしまったようだ。これだとユコがテーブルトークゲームで出した「魅惑の壷」といった冒険者の集まる場所と何の変わりも無い。だがゲームと違って、ラムリーザはソーサラーではないし、ソニアやユコもファイターではない。ゲーム的に言えば、村人Aと同じような能力だ。
「それではあまり長居すると危険ですので、領主様には地上に戻ってもらいましょう」
「わかりました」
こうして、ささやかな遺跡探検は終わった。
フォレストピアに冒険者のような者が活躍しそうな場所が生まれたかもしれない瞬間である。しかし、冒険者なる者が現実に存在するのか。存在したとしてもゲームのように派手にはいかないだろう。普通の学者メインの調査隊ってところが現実的ということだ。
遺跡の名前は――