やっぱりダメである
10月18日――
放課後――
今日も文化祭実行委員が軽音楽部の部室に集まって、会議を行っていた。
文化祭の準備期間に入ってから、この部室が久々に賑やかになっている。普段の部活動では、もうほとんど部室は使うことなく、ジャンの店にあるスタジオを使っているから仕方が無い。
現在部室に実行委員のうちラムリーザとソニアは居ない。居るのはレルフィーナ、クロトムガ、チロジャル、そしてフィルクルの四人だけだ。その四人で、打ち合わせの話は進められていた。
「去年は給仕さんに力を入れなかったので、今年はカラオケバンドだけで勝負せずに、喫茶店の方にも力を入れますよん」
まずはレルフィーナの提案が発布され、そこにメンバーがいろいろと意見を出し合っていく。
「んじゃメイド喫茶で」
クロトムガが、自分の趣味丸出しなのかどうかはわからないが、一部では定番と言われている案を出した。単純に給仕がメイドの格好をするだけ。もっと凝れば、「おかえりなさいませご主人様」などと出迎えてくれるのだろうが、そこはメイド役の人次第。
「メイド喫茶ですかー?」
クロトムガの幼馴染で彼女のチロジャルが復唱する。気が弱そうな雰囲気であり、実際に気が弱い。ソニアがちょっかいをだしてくると、いつもオドオドしている気の毒な娘だ。
「ベタだけど、ベタこそ真理、そして王道。優れていると認められているから、いろいろなところで模倣されるのだ」
レルフィーナも、この案に反対ではなさそうだ。カラオケバンドが独特すぎるので、メイドぐらい出してこないと対抗できないだろうといった考えだ。
「だったらさ、男子と女子の衣装を逆にしたら面白いと思うよ」
「なっ――」
この突拍子も無い意見を出したのはフィルクルだった。クロトムガも絶句したこの提案の意味するところは――
「男子がメイドで、女子が執事ですか?」
おそるおそるチロジャルは問いかけた。それを聞いてフィルクルは、「その通り」と答えた。
「面白い事を言うじゃないのー。それ採用! あちきフィルクルさん見直したよー」
レルフィーナも面白がって、すぐに採用を決めた。フィルクルも「ふふっ」と笑ってご満悦といった表情だ。ただ一人、クロトムガだけが難しい表情をしていた。面白いがメイドの格好をさせられるとなると、さすがに抵抗があるといったところだろう。
しかしフィルクルのこの心境の変化は何であろうか?
実は今日までに数回会議を行おうとしたが、毎回フィルクルは不満をぶちまけるだけで、結局グダグダになって終わってしまっていた。しかし今日は、これまでの態度が嘘のように、メンバーに好意的でにこやかだった。
「メイド執事喫茶、ただし男女逆。異議のある方ー」
「待てよ、俺女装するわけ?」
やはりクロトムガは、抵抗があるようだった。
「あたしは男装するのよ」
フィルクルはクロトムガを説得するように言った。
「いやいや、男装と女装の間には天地の差が……」
「あなたは調理場担当だから、メイドさんが似合っているじゃないのよ」
「待て、シェフは男が多いぞ」
クロトムガとフィルクルの応酬が続いている。それでもレルフィーナの考えは決まっていた。この会議、意見は聞くけど採決するのはレルフィーナの独断というところが強かった。リーダーシップが強すぎる委員会、それもそれで良いところはあるということで。
「いいじゃないのよ、採用だからね。カラオケ喫茶に執事メイド喫茶、ただし男子と女子の衣装は逆とする」
レルフィーナは、きっぱりと言い放った。フィルクルは得意げな表情を浮かべ、クロトムガはしかめっ面だ。
「執事ですかー」
チロジャルは、特に反対はしないようだ。ただし彼女の場合、周囲に流されてそのまま、といった面が強かった。
「それでね、暴君に対して反撃に出るような演出も取り入れようよ」
そこにフィルクルが、さらなる提案を挙げた。演劇の一面も表現するとでも言うのだろうか?
「クーデターか? それはそれでいいかもな。ケルムとか去年、チロジャルに酷いことしたからな」
クロトムガは、フィルクルの提案を聞いて去年の出来事を思い出していた。
「何かあったの?」
「ケルムって知っているかな? この地方の領主の娘なんだが、高慢ちきで我を押し通すことばかりやって来る。それだけなら相手にしなければよいので済むのだが、去年なんか偽の合成写真とか作ってきて、チロジャルが浮気をしているように仕立て上げようとしてきたんだ」
実際には、あの事件をケルムが仕込んだという証拠は無い。ただ、元々ケルムのことを気に入らないと思っていたクロトムガは、ケルムが仕掛けたことだと勝手に思い込んでいた。
「ああ、やっぱり貴族はダメだね。自分の目的の為には、平民なんて道具にしか思っていない」
「おっとここまで。ケルムさんは他所のクラスの人だからここに居ない居ない。居ない居ないばぁ」
話が脱線しかかるのを、レルフィーナはすかさず元の軌道へと戻す。フィルクルの貴族嫌いは相当な物で、何かといえば貴族に対する批判に話を持っていきたがるのだ。
「ところでラムリーザさんと、その、ソ、ソニアさんは?」
チロジャルはレルフィーナに尋ねる。ラムリーザの名前はすらすら言えるのに、ソニアの名前を挙げるときは遠慮がちにおどおどとしゃべるところに彼女のソニアをどう思っているかよく見える。
「持ち出した楽器を部室に戻すために取りに行ったんだよ」
元々この部室には、ピアノ以外にもドラムセットやギターなどが置いてあった。しかしジャンの店に施設の整ったスタジオができてからは、全て持ち出していてここでは活動していないのだ。それを今日、文化祭に向けて再び部室へともどすこととなった。
しばらくしてラムリーザとソニアが戻ってきた。二人だけでなく、レフトールやマックスウェルの姿もある。それ以外にも数人、ガラの悪そうな人が付き従っていた。
その手には、大きなバスドラムから普通のスネア、シンバルセットなどがそれぞれ持たれていた。
レフトールたちは、それぞれ持ってきたドラムセットを床に置くと、やれやれとばかりに一息ついた。
「ご苦労さん、ほら、お駄賃だよ」
ラムリーザは、持っていた硬貨入れから金貨を取り出そうとして、少し考えてから銀貨を取り出した。お駄賃に一万エルドは高すぎるだろう。千エルドが妥当として、人数分の千エルド銀貨を取り出した。
「いやいやラムさん、別に俺たちは金の為に手伝いしたわけじゃねーよ、なっ?」
レフトールは子分たちを見回すが、残念ながら子分たちは「えー?」と不満げだ。
「いんや、信賞必罰。功には報いないとね、報酬がお金では味気ないけど。まぁ要らないと言うなら、ボランティアやってくれてありがとうってことで」
ラムリーザは、手のひらの上で銀貨をお手玉する。チャリーンチャリーンと景気のよい音が鳴った。
「あいやいやいや、別に金が欲しいわけじゃないけど、貰えるものは貰うのが俺の主義でな、生活かかってっからネ」
レフトールは回りくどい言い訳をしながらも、しっかりと銀貨を受け取った。それを見て子分たちも、一斉にラムリーザに群がった。
「いやぁ、久々にこの部室にドラムセットが入ったか」
「おっ、おつかれー。あ、あちきも手伝うよ」
委員長のレルフィーナは、恐る恐る近寄った。やはりレフトール一味が居るのは、普通一般の学生にとっては怖いものだった。
クロトムガは、チロジャルが怯えているので傍を離れることができず、連れて行くなどという行為はむろんできなかった。
フィルクルは、ラムリーザが戻ってきてからは、顔を背けたまま見ようとしていなかった。
「えっと、これがここで、ああっ――」
レルフィーナの悲鳴と、その直後にバシャーンと激しい音が部室に響き渡った。シンバルを並べる手伝いをしようとしたものの、周囲にレフトールたちが居る状態で緊張してしまい、手を滑らせて倒してしまったのだ。
「うるっせーな、このアバズレ!」
「ごっ、ごめんなさーいっ!」
レフトールにすごまれて、縮こまってしまうレルフィーナ。
「こらこら威嚇しない」
ラムリーザにたしなめられて、レフトールはペロリと舌を出す。
しかしこの部屋の中に居る者の中で、今の音で一番驚いた者はレルフィーナでもラムリーザでもなかった。そしてその者は、ソニアにすぐに割り出されていた。
ソニアは、レルフィーナの倒したシンバルセットを拾い上げると、もう片方の手にスティックを持って動き始めた。
「なんだお前は?」
ソニアが傍に近づいたので、クロトムガは警戒の視線を向ける。だがソニアはお構いなし、傍に居るチロジャルのすぐ前にシンバルセットを置いた。そしてすかさずスティックを叩きつける。
再び部室に、バシャーンと破裂音が響き渡った。
「ひいーん!」
チロジャルは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。チロジャルは先程レルフィーナがシンバルセットを倒して大きな音を立てた時も、一人のけぞっていたのだ。それをソニアは見逃さなかったのだ。
「こらっ! またチロジャルにイタズラをする!」
「何をしているのよっ、遊んでないでセットして! ほら、クロトムガあんたも! フィルクルも来て!」
急にレルフィーナが元気になって、てきぱきと指示を飛ばし始めた。見るとレフトールたちは、仕事も終わってお金ももらったので、早速ゲームセンターにでも遊びに行ったのか? 不良たちは姿を消していた。
ソニアがシンバルセットをチロジャルに渡そうとすると怖がるので、クロトムガは素早く奪い取る。どうやらチロジャルは、大きな音が苦手のようだ。カラオケ喫茶はちょっと大変だろう。
一方フィルクルは、テーブル席から離れようとせず、顔を背けたままだ。
「フィルクル、こっち来て手伝って」
「やだね」
レルフィーナの呼びかけに応えようとしない。先程まで意見の討論をしていた時とは大違いだ。
「なっ?」
これにはレルフィーナも絶句する。態度を突然豹変させられて戸惑ってしまった。
「何あいつ、相変わらず感じ悪い」
ソニアが不満の声を漏らす。クロトムガが「お前も感じ悪い」などと突っ込むが、まぁそれはよい。チロジャルにいじわるをするソニアが悪いのだ。
「貴族の奴隷なんてやだね。貴族の犬のあんたたちだけでやってればいいのよ」
「なんでそんな態度に出るのよ」
フィルクルとレルフィーナの口論が始まった。
「あいつにいいように使われるのはやだねって言ってんの」
「違うでしょ? 文化祭の出し物の準備、協力ができないなら――」
そこまで言いかけて、レルフィーナは口をつぐむ。これまでの流れでは、帰れと言えばフィルクルは本当に帰ってしまう。それだけは避けなければならなかった。
「あー、レルフィーナ、ちょっといいかな」
部室の雰囲気が悪くなってしまったのを察したラムリーザは、レルフィーナを呼びつけた。そしてフィルクルに声が届かないように、テーブル席とは反対側の隅へと移動する。
「僕は実行委員を抜けるよ」
「えっ? なんで?」
「僕は居ない方が良いみたいだし、大丈夫、演奏の練習は独自にやっておくから」
「だめだよそれは、ラムリーザは必要」
「でも僕が居ると、フィルクルさんは不機嫌になって協力してくれないんじゃないかな? ここは僕が身を引くよ」
ラムリーザは、フィルクルが自分のことを嫌っているのはわかっている。それはラムリーザが何か悪さをしたからではなく、恐らくフィルクルが過去に貴族から酷い仕打ちを受けたために、貴族その物に対して非常に嫌悪感を持っているだけ。そしてラムリーザにはわかっていた。それを解決するのは自分ではない、と。
物語の主人公なら、ヒロインの誤解を解いていろいろと紆余曲折はあったものの最終的にはお互いに打ち解けて仲良くなりました、めでたしめでたし、という展開もありうる。
しかしラムリーザは別に物語の主人公をやるつもりはなかった。それにフィルクル一人の誤解を解くだけでは焼け石に水。
確かに平民を道具のように扱う悪辣な貴族も中には居る。そういった帝国の悪い面全てに対して対策を打たないと、フィルクルの悩みは解決できないし、それはラムリーザの仕事ではなかった。
フィルクルもラムリーザは悪い貴族じゃないとわかって、最終的に二人はお互いに――という話も物語の展開としてはありだ。だがそんな流れをソニアが認めるわけがない。
だからラムリーザは、フィルクルのことはレルフィーナたちに任せて、自分は近寄らないことにしたのだ。
人には好きな人もいれば嫌いな人も居る。無理に嫌いな人に合わせる必要も無いはずだ。
フィルクルもラムリーザが居なければ、他の者と仲良くできるのであれば、ここはラムリーザが大人しく引き下がればよい。ラムリーザにはラムリーザのことを好意的に見てくれる仲間が既に居るのだから。
「じゃあしょうがないな、フィルクルアウト。別のメンバーインにする」
しかしレルフィーナは、あっさりとフィルクルを切り離してしまった。
「そんな急に代えていいのか? 大丈夫だよ、僕が居なかったら、フィルクルも積極的に活動してくれるはずだよ」
「そんな人は要らない。ラムリーザは悪い人じゃないのに、一人で勝手に他の悪い人と同じようにみなして、意図的に協調性を欠くような態度に出る人なんて不要。ラムリーザが悪い人だったらあなたに注意するとこだけど、あなたは悪くない。悪くない人が立ち去らなければならない状況になっているのなら、その状況を作り出している人が悪い人なの。あちきはそう思う」
「ちょっとま――」
ラムリーザは引きとめようとするが、レルフィーナはラムリーザの傍を離れて早足でフィルクルの方へと向かっていった。
「フィルクルさん、協力できないならそんな人は必要ないので、もうこの会合に参加しなくてもいいからね」
そしてフィルクルに絶縁状を叩きつけてしまった。そして部室の出口を指差して、出て行くように指示した。
それを受けてフィルクルは席を立ち、レルフィーナの方へ冷たい視線を向けて言い放った。
「結局みんな貴族のいいなりになるのね」
そして出口へ向かって足を進める。
「まあ別にあなたみたいなことを国レベルでやっている人たちが集まった国もあるみたいだから別に驚かないけどね。過去にごく一部の人が確かに酷いことやったけど、それを今の時代に全然関係ない人までに謝罪や賠償を要求したりね。過去に貴族から酷いことされたのは同情するけど、ラムリーザがあなたに何をやったと言うの? まあいいわ、ばいばい」
フィルクルはレルフィーナの台詞が聞こえていたのかどうかわからないが、そのまま部室から出て行ってしまった。
部室では、クロトムガの強力もあってドラムセットや他の楽器を簡易ステージ上に並べ終えたところだった。ソニアがシンバルを叩いてチロジャルを驚かせるので、スティックはクロトムガが持ったままだ。
「なんなんあいつ、ラムリーザが来たら不機嫌になって。よっぽど酷いことやらかしたんだな」
「いや、なにもやってな――、教室でぶつかりそうになっただけ――ってこれ前も言ったよね」
ソニアなどは「あいつ貴族に嫉妬しているだけ」と言っている。
クロトムガは、うーんと唸りながら腕を組んだ。
「これはメンバーの選出が悪かったな」
「そうよ、入れ替えるわ」
レルフィーナは、早速代わりの者を考え始めていた。
「いや、ああいう娘が居るのは仕方が無いんだ。でもこのメンバーだと彼女に積極的にかかわってあげられるのはレルフィーナだけじゃん」
「なにそれ?」
レルフィーナは眉をひそめるが、クロトムガは気にせずに話を続けた。
「ツンツンした奴は、それを受け入れてもらえる環境でないと浮いてしまうだけなのさ。ラムリーザも俺も、特定の彼女が居るからフィルクルにそれほど入れ込める立場ではない。相手が受け入れて、立ち向かってきてくれてこそツンデレが成り立つのだよ」
「じゃあクロトムガが受け止めたらよかったじゃないのよ」
そこにソニアが口を挟んできた。
「クロトムガがなんだとってフィルクルに立ち向かって、なんだかんだといい感じになってきて、幼馴染のチロジャルを振り切ってフィルクルとゴールイン!」
「何を言うか。それならラムリーザがあいつとの確執を乗り越えて信頼関係が生まれて、幼馴染のお前を振り切ってフィルクルとゴールイン」
「そんなことになったらフィルクルを刺す! 駅のホームで線路に突き飛ばす!」
「お前、猟奇的だなぁ」
確かにクロトムガの話も一理ある。リーダーのレルフィーナと、転校生のフィルクル以外は、二組とも幼馴染で今もがっちりと結びついているカップルだけ。ハーレムでも築いてやるかぐらいの意気込みを持ったお調子者でもない限り、ツンツンしたフィルクルに構ってやる者は居ないだろう。
「じゃあ今日はもうみんな帰っていいよ。新しいメンバー入れてから、仕切りなおすことにするから」