てんぷらソニア
10月20日――
今日は、ラムリーザたちは再び駅前の大倉庫に集まっていた。
フォレストピアでは、ユライカナンの食文化を積極的に取り入れる文化交流をやっている。そこで今日も、ユライカナンからやってきた新しい料理を堪能しようと、仮店舗が作られたのだ。さぁ、今日はどんな料理に出会えるかな?
いつものフォレストピア組のメンバーに、リゲル、ロザリーン、ユグドラシルといったポッターズ・ブラフ組。レフトールも暇だったのか、今日はラムリーザたちに同行していた。
「今日の店はなぁに?」
ソニアはラムリーザに問いかける。早くごちそうにありつけたいといった雰囲気満々である。
「カブトって名前の店らしいね。テンペラーがどうとか……」
「あたし今日の為に十日間断食してきたんだから早く食べたい」
無茶な嘘だ。つい先日ソニアはお供え物のだんごに手を出した分際で、断食してきたと抜かす。修行者に謝れ。
「テンペラーって何かしら?」
ソニアに代わって、リリスが尋ねてくる。
「さぁ、僕も始めて聞くからわからないんだ」
「てんぷらですよ」
そこにロザリーンが助け舟を出してくれた。テンペラーだとおもちゃの猿を引き連れてウルトラの星を――、なんでもない。
「てんぷら?」
「あの有名な天下統一したという将軍が食って死んだって奴?」
「えっ? どの国で?」
てんぷらと聞いて、なんだか物騒なひそひそ話が周囲に起きる。
「こらこら、怖い話をしているんじゃない。今日はこれからそのてんぷらを食べるのだぞ」
「そうですよ。それにその将軍はてんぷらの食あたりじゃなくて、胃の病気で亡くなったって話ですよ」
ラムリーザに同調するように現れたのは、てんぷら屋カブトの店主。どうやら仮店舗の前で不穏な話をしていたので、居ても立っても居られずになって出てきたようだ。
「ごめんなさい、変な話をして」
ラムリーザは一同を代表して素直に謝る。しかしカブトの店主はニヤリと笑って言った。
「単なる噂とは言えないかも知れんぞ」
「なっ、なんだって?!」
「てんぷらがあまりにも美味すぎて、食って食って止まらなくなり、腹が爆発して死ぬのだ」
店主のブラックジョークに、一部から笑いの声があがる。
「ソニアのおっぱいも爆発寸前」
リリスが要らん事を言って、つまらぬ口論が発生するのもお決まりのパターン。
こうして一同は、まだ見ぬてんぷらに楽しみや恐怖等ごちゃごちゃした感情を入り乱れさせて、仮店舗ののれんを潜ったのであった。
いつものようにカウンター席に男性陣が並び、女性陣はボックス席に群がった。ラムリーザは店主との会話をすることを目的としているが、ソニアたちは単純に食文化を楽しみに来ているのだ。
「それで、てんぷらとはどういったものですか?」
「あ、それは私も聞いておきたいです」
ラムリーザが店主に尋ねると、それを聞きつけたロザリーンがカウンター席へとやってきた。料理好きのロザリーンからすれば、新しいメニュー獲得の良い機会であった。
「これを見ろ、これが何かわかるかな?」
店主はザルから一匹何かを取り出して説明を開始した。
「エビ、ですか?」
「そうだ。てんぷらで一番メジャーな素材はこのエビと言ってもよいだろう。そして次はこれだ」
店主は、楕円形の食材を取り出した。
「卵だね」
「そうだ。こうして卵を割ってボールに入れる。次は水だ。そして小麦粉と片栗粉を入れてよく混ぜる」
店主の説明を、ロザリーンはメモ帳にメモをしている。ボックス席からは、コップを箸でチンチン鳴らしながら「まだ~?」などと言う声が聞こえるが、慌てない慌てない。
「おっとその前にこっちも大事だったな。油を熱したものを使うのだ。油は何でもいいが、ここではオリーブオイルを使っている」
店主が指差した場所には、煮えたぎる油が鍋いっぱいに用意されていた。
「そしてこのエビだ」
店主は、先程作った白い液体にエビを浸すと、すぐに油の鍋へと突っ込んだ。ジュワーッとした音が店内に響き、鍋の中のエビは泡で包まれている。そして一分ほどしてから、鍋からエビを取り出した。エビの周囲には、モコモコとしている物が付着している。
「あとは、このペーパーの上で余計な油を取り除いて、ほら出来上がりだ」
カウンター席に、皿に乗ったエビのてんぷらが登場した。
「熱そうだなぁ……、ロザリーン食べてごらん」
ラムリーザは、揚げたてのてんぷらは熱いとすぐに感づいたので、最初の味見は料理好きのロザリーンに譲った。おそらく彼女なら、一番理にかなった評価をしてくれるだろうという考えもある。
ロザリーンも「あ、おいしい」と言って、どうやらてんぷらも好評のようだ。しかしソニアなどが、「なんでローザが先に食べているの!」って怒ってくるので、ラムリーザは急いで話を先に進めることにした。
「ところで、このてんぷらを食べる店かな?」
「いやいや領主さん、てんぷらだけでも食べる定食のテンテイが基本だが、ここではてんぷらをご飯に乗せたてんぷら丼、略してテンドン。またテンソバ、てんぷら蕎麦な。そしてテンムス、てんぷらのおむすび、極めつけはアイスクリームのてんぷらもあるぞ」
店主は嬉しそうにメニューをいろいろと挙げてくる。どうやらカブトという店は、てんぷら専門店のようであった。
「それじゃあみんな、何にする?」
ラムリーザは一同を振り返って、注文を聞く。
「あたしテンソバ」とソニア。
「それじゃ私もそうするわ」とリリス。
「私はテンムスでいいですの」とユコ。
「それじゃあ俺はテンドンで」とレフトール。
ラムリーザは、一番オーソドックスなテンテイにしておいた。ご飯とてんぷらが分かれていれば、少し置いていたら冷めるだろうと期待しての注文だ。
そんな感じに、各自好きなように注文をしていった。それを聞いて店主は、ソバを温めたりてんぷらを揚げたりとせわしなく動き始めた。
その時ラムリーザは、ソバの形状がリョーメンそっくりなのに気がついた。どちらも細長いものがたくさん入っているようなものだ。
「ソバですか? リョーメンではなくて?」
そこで思わず問いかけていた。
「ん~、特に違いはないなぁ。時代と呼び方の問題かな」
「そんなものですかぁ」
「昔から元々全てこういった麺類はソバだったんだよ。でも三十年ほど前かな、リョウって人がソバ屋をメジャーにしようとチェーン店を展開しようとしたんだ。その時に、名称も創立者の名前を取ってリョーメンと名付けられたのが始まり。それ以降新しい物好きな人はリョーメンと、昔気質な人はソバと呼ぶようになったんだ」
「なるほど、ごんにゃは今風で、あなたは昔気質な職人なのですね」
「はっはっはっ」
とまぁ、ソバとリョーメンの違いは、店主の言うとおり名前が違うだけであって中身は同じだったのである。
「あっ、それとソニアとリリス。早食いや大食いの勝負は禁止ね」
念のために釘を刺しておく。ちょうどこの時期は、文化祭に向けたカラオケの準備がメインなので、新しい曲――ただしオリジナルではない――の楽譜作成スピードが速く、一曲を巡ってリードボーカル争奪戦をやる必要はなかった。
しばらく経った後、全員の前に注文の品が届いた。
ラムリーザの前には、茶碗に入ったご飯、お椀に入ったせそ汁、そして別皿にエビなどのてんぷらが盛り付けられていた。カブトのメインメニューであるてんぷら定食だ。
「定食は、そのつゆにてんぷらを浸してから食べるといいよ」
店主の説明に、ラムリーザはつゆの中に氷を入れてもらうよう頼み込んだ。つゆが冷たければ、出来立ての熱々てんぷらも冷えてくれることだろう。
てんぷらはさくさくしていて歯ざわりがよく、ネタと油の組み合わせだが、油ってこんなにおいしかったんだ、などと気づかされていた。
「うん、うん、うめーや。ギュードンもよかったが、テンドンもいいじゃんか」
ジャンは、テンドンをもりもり食っている。牛肉が乗っているか、てんぷらが乗っているかの違いで、あとはつゆかけご飯、似たようなものと言えるだろう。
「油が多いから、食べ過ぎると胸焼けしそうだな」
一方リゲルは冷静だ。しかし店主は、「ここで使っているのはオリーブオイルだから体に良いぞ」と援護しているみたいだった。
そこに背後のテーブル席からソニアの「お代わり」の声が上がった。テンソバが美味かったので、ソニアは二杯目のお代わりを注文することにしたのだ。
続いてリリスも同じテンソバをお代わりする。
「大食い競争やっているんじゃないだろうな?」
ラムリーザはちょっと強い口調で問い詰めてみる。二人は声を揃えて「違う」と返答した。油断はできないので、警戒しておくことに越したことはないだろう。
テンムスを注文したユコなどは、「油っこいのでもうお腹一杯ですの」と言って、六個入りのてんぷら入りおむすびを完食したところでもう食べるのはやめている。
別のテーブルでは、レフトールがテンドンのお代わりを注文していた。
「全く、ラムリーザの金だからってどいつもこいつも遠慮なく」
リゲルが嫌味っぽいことを言ってくるが、この食事会自体ラムリーザがスポンサーのようなものなので、ラムリーザ的には気にしていなかった。ただしソニアたちが、それを良いことに暴食するのだけは防ぐつもりではいる。
「たまごのてんぷらがおいしいなー」
ミーシャは相変わらずの、たまご好きだ。
「ソバも食べてみようか、つゆは冷たくしたもので」
「あいよっ」
ラムリーザもまだ腹に余裕があったので、別のメニューを試してみる。
そこにソニアの「お代わり」の声が響く。
「大食い競争か?」
ラムリーザは振り返ったが、リリスは二杯目を食べ終わった時点で満足したのか、大きく伸びをしてそれ以上は食べていない。ソニアだけが個人的に三杯目を注文したようだ。
「まあいいか、食べすぎでリバースしたらその時点で桃栗の里行き決定だからな」
「こらっ」
ラムリーザがいつものように桃栗の里をソニアに対するペナルティのように扱うので、リゲルが怒る。今年リゲルに会いに来たミーシャは、学生寮である桃栗の里に住んで、そこから学校に通っていた。そこをラムリーザがまるでソニアに対する刑務所のように扱うので、それだけはリゲルは納得していなかったのだ。
「てんぷらか、これはいいね。ローザのメモした作り方をコピーして学食に持っていって取り入れよう」
ユグドラシルは、さっそくこのてんぷらも学食メニューに加えようとしていた。こういったことが目的で、ユグドラシルはラムリーザたちに同行しているのだ。
「お代わり」
「えっ?」
ラムリーザは驚いて振り返った。ソニア一人だけ、四杯目のテンソバに突入したのだ。
「こらこら、食べすぎだろう?」
ラムリーザはソニアを嗜める。しかしソニアはラムリーザの注意などどこ吹く風だ。
「別に、あと一杯ぐらいは食べられるかなぁ」
「この食いしんぼめ、ちっとも治っていないじゃないか」
先日お月様に、「ソニアの食いしん坊が治りますように」とお願いしたのに、ちっとも願い事は叶っていない。
ひょっとしてソニアがお供え物に手を出したのがまずかったのだろうか?
あの時ソニアは、願いである「ラムがいじわるなこと言わなくなりますように」が逆流して、ラムリーザにベッドでいじわるなことをされる結果となった。
そして今日、ラムリーザの願い事も逆流して、ソニアの食いしん坊はより重症化したのではないだろうか?
「てんぷらソニア」
四杯目を美味そうに食べるソニアを見て、リリスはくすっと笑って言った。
「なっ、何よそれっ、てんぷらを食っちゃおかしいの?! リリスも食べたくせに」
「でも四杯は過ぎるわ」
確かにそれは一理ある。いくら美味かったからと言え、四杯も食べるとはどうだろうか? ソニアの食いしん坊は確かに悪化している。
「うるっさいわね! 四杯でも五杯でも、あたしの金で食べるのに文句を言うな!」
「全部ラムリーザのおごりの癖に」
確かに今日は、ラムリーザがスポンサーとしてついている。ソニアは食べ放題なのを良いことに、遠慮なく五杯目に――突入しなかった。
「あーおいしかった。リリスは減らず口なんか叩いてないで、トーガラシでも舐めてろ!」
「一つてんぷら四杯なり、ただし笑うべからず」
「何よ!」
早食い大食い対決が実施されなくとも、ソニアとリリスの舌戦は結局実施されるようだ。どちらかと言えば、リリスが煽っているだけにも見えるが、その挑発にソニアは簡単に乗ってくるから収支がつかなくなる。
「てんぷらを食べると減らず口が効きたくなるってほんとうなのかしら?」
「魔女吸血鬼はてんぷら食って、その根暗に磨きがかかったねーっ!」
「てんぷらを食べるとおっぱいが膨らむそうよ。ソニアあなた、またおっぱい膨らんだんじゃないかしら?」
「膨らんでいない!」
ラムリーザは、後ろのテーブル席でソニアが騒ぎ出したのを聞いて、「またか」とため息をつく。
「店主さん、何かデザートないですか?」
ソニアたちを黙らせるにはこれしかない。スイーツとやらを与えて、そちらに意識を持っていくしかないのだ。
「デザート? このカブトではデザートといえばこれだ」
店主がささっと作り上げた物は、アイスクリームのてんぷらだった。
「アイスのてんぷら? よく解けませんね」
「事前にアイスを凍らせておくのがポイントだ。あとはアイスと油の温度差とかいろいろあるが、まあ食ってみてくれ」
「先にあっちのテーブル席へ、人数分お願いします」
「はいよっ」
これでデザートを与えられたソニアたちは、大人しくなってアイスクリームのてんぷらを堪能してくれることだろう。しかし――
「ソニアてんぷら五つ目、くすっ」
――だめだった。
こうしてフォレストピアに、てんぷら専門店のカブトという店が誕生したのであった。
ギュードンやリョーメンと比べて、てんぷら定食の上等などは値が張るが、その量は満腹になれるという意味では十分に役に立ってくれるだろう。
大食いしたくない人は、普通にテンソバなどを注文すれば良い。しかし四杯も五杯もお代わりしているのでは意味が無いが……
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