儲かっているよ本当に
10月31日――
今日も部室で文化祭に向けて練習中である。
去年よりもさらにレパートリーが増えて、一通り全曲流すだけでもマンネリ化せずに楽しめる。そして曲が増えたことにより、去年よりもさらに楽しいカラオケ喫茶となるだろう。
「あの歌のドラムパターン、結構難しいかなと思ってましたけど、それなりに形になってますね。さすがラムリーザ様ですの」
ユコが言っていたのは、ソニアがマイコンのテープをステレオでかけた日から練習していたあの曲だ。
タイトルは確か「おお、快なり!」であった。歌の内容は、カップルがラブラブで気分がいいといった感じだ。
その歌は、ソニアとリリスがユニゾンで歌い上げ、ひとまずは形になるよう演奏はできた。
つまり、文化祭の当日は、これもカラオケのレパートリーとして加えられるのだ。
一時間ほど練習して、休憩時間となる。いつものように、部室にあるソファーに集まって輪になって雑談だ。
ソニアたちは、先日リゲルに指導されて開設したウォンツ・コインの口座を確認してみる。
ウォンツ・コインとは仮想通貨の一種で、ウォンツ・スマイル・カンパニーが作り上げたものだ。
今現在、新規顧客を集める名目でキャッシュバックを設定しているが、それを利用した小遣い稼ぎをリゲルが思い付き、それを実行している最中である。
「あっ、本当にコインが増えてる」
「リゲルの言う通り、増えるのね」
ソニアとリリスは、携帯端末を片手に少し感心したようにつぶやいている。
「えっと、いくら増えるのでしょうか? 六百コインが十二件入っているので、七千二百コイン増えたことになりますわね」
ユコがさっと計算してみる。最初の三千コインから七千二百コイン増えて一万二百コインとなっていた。
「あたし十四件も入っているよ。ユコに勝った、やったー」
「私は十五件入っているわ、くすっ」
ソニアとリリスの、またしても浅ましい戦いが始まりかけた。
「まぁまぁ、増えているのだからそれでいいじゃないか」
ラムリーザはすばやく間に入って、口論が始まろうとしていたところに牽制の一発を叩き込んだ。
「キャッシュバックの配分だから、元手がかからないから気楽に乗ってくる奴が多いわけだ」
リゲルはさも自信ありげな口調で述べた。確かにリゲルの理論では、口座を開設するだけでもらえる三千コインを、五人に六百コインずつ配分するだけ。元手はかからないが、配分された側は六百コインずつどんどん増えていく計算となるのだ。
「でも私、ちょっとこの理論を考察してみたのですが――」
ロザリーンが遠慮がちに口を開く。するとリゲルは鋭い視線をロザリーンに向け、その時モノクルがキラリと光ったように見えた。
「いいですか? 例えばソニアさんはレルフィーナさんに催促メールを送ったので、そこを起点に考えましょう。レルフィーナさんはここから新たに五人集めることになりますよね?」
そこで一旦言葉を切って、一同を見渡す。
ラムリーザとジャン、ユコはなんとなくわかっている感じ。逆にソニアとリリスはよくわからないのか興味なさげだ。
「さすがロザリーン、気がついたな」
リゲルはロザリーンに怪しげな笑みを向けたままそうつぶやいた。やはりリゲルの作戦には、またしても本人が熟知している欠陥があるのだろうか?
「新たな五人は、さらにそこからそれぞれ五人ずつ相手を増やすわけです。つまり二十五人に膨れ上がるわけですね。つまりソニアさんを例にしてすべてがリゲルさんの想定通りに進んだら、五人、二十五人、百二十五人、六百二十五人、三千百二十五人で、えーと、んーと――」
そこでロザリーンも携帯端末キュリオを取り出して、ささっと計算する。
「――三千九百五人から六百コインもらえるわけで、これだと総計――二百三十四万三千コイン入ってくることになります」
「えっ? にひゃくさんじゅうよんまんさんぜんこいん?!」
ソニアとリリスは声を合わせてびっくりする。
リゲルの理論だと、キャッシュバックの三千コインが二百三十四万三千コイン、約八百倍に膨れ上がるという計算だったのだ。
「そんなにお金がもらえるんですの?」
ユコも驚いている。つまり二百万エルド手に入るということ、これは学生から見れば大金すぎる。あまりにも大金すぎる。
「そんな簡単な商売があるのか? なんだか嫌な予感がするのだが……」
このメンバーで唯一商売経営をやっているジャンは訝しむ。商売の難しさ、複雑さをある程度知っているジャンにとっては、この魔法の玉手箱のようなリゲルの理論は怪しく映ったのだ。
「リゲルさん――」
ロザリーンは、リゲルに難しそうな表情を向ける。ロザリーンは、この理論の欠陥に気がついたのだ。しかしリゲルは、当然といった顔をしてうなずいた。どうやらリゲルも、ロザリーンが辿りついた欠陥は、最初から知っていたようだ。
「何か問題があるのか?」
ラムリーザは、ソニアたちが喜んでいる一方で、ジャンやロザリーンが複雑な表情を浮かべているこのギャップに異様なものを感じて尋ねずにはいられなかった。
「えっとですね、ソニアさんが関わるのは六代目辺りまでなので三千百二十五人居れば成り立ちます。しかし次の世代はどうなりますか?」
「う~ん?」
急に聞かれても、すぐには思いつかない。
「三千百二十五人がそれぞれ五人ずつ相手を探すとなると、七代目は一万五千六百二十五人相手が必要となります」
ロザリーンは、携帯端末で計算しながら答えを述べた。
「そんなに? フォレストピアの人口はまだ二千人も行ってないのに?」
「ポッターズ・ブラフ地方の全人口でも、三万人程度の田舎町です」
「それだと十分成り立っているじゃないか――あっ!」
そこでラムリーザは気がついたのだ。
「気がついたようですね、八代目は七万八千百二十五人です。ポッターズ・ブラフの全人口を超えてしまいました」
ラムリーザは「でも帝国全土だと」と言って抵抗しようとしたが、無駄だと理解したので何も言わなかった。
「九代目は約四十万人、十代目は約二百万人、十一代目は約一千万人ですよ」
「う~む……」
ラムリーザはうめきながらリゲルの表情を伺ったが、彼はニヤニヤしているだけだった。
「まるで、ネズミだな……」
ジャンも小さくつぶやく。そう、まるでネズミのように、五倍、五倍と無限連鎖的に人が増えていくのだった。
「よく気がついたな」
リゲルは少し感心したような口調で語りだした。
「だから適当なところでさっさと抜け出すのだ。ま、あいつらはすぐにリストから消えるだろうから、一週間ぐらい様子を見てウォンツコインを全部売って撤退させたらいい」
「リゲル、その策をなぜ自分でやってみなかった?」
「俺は別に金に困っていない。それに非公式な方法だから実験がやりたかっただけだ。庶民のあいつらにやらせておけばいいんだ」
ラムリーザは、リゲルの実験にソニアが使われたことに少しだけ不快感を感じていた。
「それで何かソニアに危害が加わるようなことが起きたら許さないからな」
「いずれはこの策が公に出回るようになれば、何らかの規制が入るだろうな。だが今はそんなものは無いから責められても困るというものだ。別に詐欺行為ではないぞ、ゲーム機の本体を格安で、付属品を高額で売るようなちょっとした裏技だ」
リゲルのセリフを聞いて、ソニアがジロリとにらみつける。本体と付属品に分けての販売、リゲルの策に従ってソニアは動いたが、リゲルの手によってひどい目にあったという記憶がある。
「いずれ確実に崩壊しますよ」
ロザリーンの警告には、「どうせキャッシュバックが移動するだけだ。誰も損をしない」と平然としたものであった。
「あっ、また六百コイン入った~」
その一方でお気楽なソニアは、このシステムの無謀さを気にすることもなく、コインが増えていくのを喜んでいるのだった。
「まあいいや、休憩終わり。さ、練習に戻るぞ」
いろいろと不安要素は残るが、ラムリーザには対策とか思いつくものも無かったのでリゲルに任せるということにした。
「ここは一つ、お金の歌行きますの!」
お金稼ぎ――というよりコイン稼ぎがうまくいっているので、ユコは歌にまでお金を持ち込んできた。曲のタイトルはそのまんまズバリ「金」である。
ラムリーザの鳴らすスティックが四回続いた後、まずはピアノとギターから入っていく。基本的に同じようなフレーズを繰り返す、ギターリフのような感じになっている。続いてベースが加わり、前奏は同じフレーズの繰り返しだ。
ラムリーザのドラムパターンも少し変わっている。基本的には8ビートと同じリズムなのだが、ハイハットの代わりにひたすらフロアタムを叩き続けている。
そしてリリスの歌が始まり、ひたすら「金くれ金くれ」と叫んでいて、ソニアとユコも合いの手で「あたしたちそれが欲しいの!」と同じく叫び続けている。どこまでも拝金主義者的な歌なのだ。そんな彼女らに、リゲルは冷ややかな視線を向けながら演奏をしていた。
前奏から同じフレーズが続く間奏を挟み、曲は後半へと移っていく。
曲も盛り上がりを見せてきて、ラムリーザもフロアタムを中心としたパターンに時折クラッシュシンバルを混ぜて、曲は徐々に騒々しくなってくる。そしてリリスたちは、相変わらずひたすら「金くれ」である。
そこで唐突にラムリーザのドラムパターンが変更。フロアタム基準だったのを最後の追い込みに入ったところでライドシンバルに切り替える。曲はさらに騒々しくなり、それでもリリスは「金くれ!」、ソニアとユコは「それが欲しいの!」そればかりである。
最後の節に入ると、ライドシンバルに合わせてバスドラムも連打。リリスは声の限り「金くれ」と叫び、ソニアとユコも以下同文――
結局金が欲しいと叫んでいるだけの歌でした。
ラムリーザのドラムパターンがどんどん騒々しくなっている半面、ギター関連は基本的に同じ演奏の繰り返し。リリスたちはギターよりも叫び声重視で、演奏したというより叫んだと表現すべきだろう。特にリードボーカルで叫び続けたリリスなどは、汗びっしょりになっている。
これがカラオケとなると、演奏するだけでは物足りないものとなる。しかし歌う人は、最高のストレス発散となるだろう。
「ふっ、金の亡者め」
演奏が終わると、リゲルは小さくつぶやいた。
練習の合間にソニアたちは携帯端末を覗き込んでいる。そして一人増えた、二人増えただの小銭稼ぎに夢中になっていた。
「次の曲に行くよ」
結局ラムリーザが指示するまで、ソニアたちは携帯端末を手放そうとしなかった。
「よしロザリーン、あれを歌うぞ」
リゲルは何を思ったか、珍しくロザリーンにリードボーカルをさせようとする。
「なんでローザが?!」
当然のごとくソニアは文句を言った。しかしリゲルは、そんなこと気にしない。
「今のお前らに捧げる歌を演奏しよう。それじゃあラムリーザ、行ってくれ」
「わかったよ、行くぞ。愛は買うことができない、スタート!」
ラムリーザの合図で、ロザリーンの歌う歌が始まった。
――愛はお金じゃ買えないよ。君が望むならダイヤの指輪でも買ってやるさ。それで満足してくれるならね。でも私は金なんてどうでもいいわ。だって愛はお金じゃ買えないからね。
ロザリーンの歌う歌は、先ほどリリスが熱唱した歌とは正反対の歌だった。
歌が進むにつれて、ソニアやリリスの表情が不満そうになっていくのがわかる。つまり、自分たちが金の亡者であったという自覚があったということだろう。
そんな様子を見て、リゲルは一人ほくそ笑むのであった。
「まったくリゲルさんも人が悪い」
歌い終わってからのロザリーンの一言はそれであった。
「まあそういうことだ。お前らも意地汚いことやってないで清く正しくだな」
リゲルらしくないセリフで、ソニアたちを結局からかっている。
「なんでよ! あたしお金があるからラムの愛が手に入った」
「あなたにあるのはお金じゃなくておっぱいでしょう?」
いろいろ突っ込みどころのあるソニアの発言だったが、真っ先に突っ込んできたのはリリスだった。リリスらしい切り口で。
「金ない、ラムリーザはソニアの金を愛してない、むしろラムリーザがソニアに金を与えている、ソニアにあるのは金じゃなくておっぱい――」
その隣でジャンは、指折り数えながらソニアの発言の問題点を挙げている。
「おっぱい関係ないからね」
ラムリーザは、めんどくさいのでそこだけ否定しておいた。
それはさておき、リゲルの作戦は本物であったらしい。金の亡者とかは置いておくとしても、実際にソニアたちのコインは増え続けている。どこまで稼ぐことができるのかを楽しみにしている三人であった。
ただし、もう一人の参加者ジャンは、この仕組みの不気味さからあまり携帯端末を見ないようにしているのだが……