第六回フォレストピア首脳陣パーティ
帝国歴78年 11月2日――
月の最初の週末は、フォレスター邸の広間にてフォレストピア首脳陣パーティを行っている。事業の進捗報告や、新しい事業の提案などを話し合う場である。
今回は時期的に、主に農作物の収穫についての報告が多いようだ。ラムリーザとリゲルが聞いて回り、ロザリーンが逐次帳面に記録している。
ラムリーザが参謀として重用している二人が、フォレストピアの住民ではなくただの友人なのは気にしてはいけない。二人はラムリーザのために、毎月わざわざ車でやってきてくれているのだ。そこは素直に感謝しよう。
そこはフォレストピア組のソニアたちに頑張ってもらいたいものだが、彼女たちはご馳走にしか興味がないみたいだから困る。
現在フォレストピアでは耕種農業しか行っていない。準備が出来次第畜産農業も開始しようという話になっていた。土地は十分にあるので、広大な牧場が作れるだろう。
現在は足りない分は帝国の他の地域やユライカナンからの輸入に頼っている。行く行くは自給自足を目指したいものである。
次の報告として挙がったのは、先月の始め辺りに見つかった遺跡、洞窟についてだ。
元々炭鉱として掘っていたところ、地下に埋もれていた遺跡にぶつかったので、冒険野郎を募集して探索チームを作り、いろいろと調査させていたのだ。
遺跡の規模は結構大きく、地下五層まで調査完了。しかしまだ奥の層が続いているという報告だった。
「遺跡から宝は出たりしましたか?」
このパーティに参加しているチグワカ探検隊のリーダーにラムリーザは尋ねてみた。この手の遺跡には、古代の宝が埋もれているはずだ。
リーダーのチグワカ・シギュウロは、まだ奥に続いているので宝があるとしたら一番奥にあるでしょうと答えた。
今のところ見つかっているのは、居住区として使われていたと思われる場所にあった、古くなった食器のようなものぐらいである。
モンスターを退治して武器や防具、お金が手に入るのはゲームの世界ぐらいだ。現実の遺跡探検とは、地味な調査の積み重ねでしかないものである。
次は幼稚園の話だ。ほぼ準備は完了したので、来週のどこかから開園できるだろう。この後は順次小学校、中学校と作っていく予定だ。
そこで挙がった話題が、遺跡と幼稚園の名前を決めようというものだった。
「遺跡の名前はトゥモロー・ネバー・ノウズじゃなかったですか?」
ラムリーザは聞き返してみたが、それは炭鉱の名前。遺跡はまだ別のものだということらしい。最も炭鉱の名前がトゥモロー・ネバー・ノウズというのも妙なものだが。
住民の話では元々最初に見つけた炭鉱ということで「マーク1」と呼んでいたが、それが発展して今の名前になったのだと言う。どう発展したらそうなるのかはさっぱりわからない。
さらに深く問い詰めてみようとしたが、お経の大合唱を意図したなどとよくわからないことを言い出したので、この話は切り上げることにした。
住民はいつも通り、施設名称を決めるときとなるとものすごく盛り上がる。そして毎度ながら、対外的に困るような内容の名前ではないが、脈絡を考えさせられる名称を付けてくるから困る。名前自体は困ったものではないが、ラムリーザだけが困っていた。
そしてお気楽なパーティ参加者のソニア、リリス、ユコの三人は、今回も例に漏れずご馳走に群がっている。
ただしいつもと違うのは、携帯端末キュリオを手放さずにというところだ。時折「入ったー」などと喜んでいるのは、例のウォンツ・コイン、仮想通貨のコインが増えたということだろう。
事情を知らないソフィリータなどは、「あれは何ですか?」とラムリーザに尋ねてくる。
「仮想通貨で小遣い稼ぎをしているんだとさ」
「仮想通貨ですか」
ソフィリータはソニアの傍に行き、携帯端末を見せてもらう。しかし見ただけでは何だか詳しくはよくわからないようだ。
「どのくらいコインが増えたか?」
そこにリゲルがやってきてソニアに問いかけた。
「えーと――、十八万コインぐらい?」
ソニアだけでなく、リリスとユコも同じぐらいだった。ジャンは全然見ていないが、おそらく彼も同じぐらいだろう。三千コインほど勝ってるだの負けてるだの騒ぎ出した三人を尻目に、リゲルはつぶやく。
「十八万ということは六百で割って三百、つまり一人当たり三百人程参加したわけか。まだまだ増えるだろうな、こいつらが金をもらえる対象は四千人ぐらいまでだから」
「本気で最後まで増やさせるのですか?」
ロザリーンは心配そうに聞いてくる。破綻することが確定しているので不安なのだ。
「適当なところで身を引く方が賢明だろうな。おい三馬鹿トリオ」
突如リゲルは不思議な名称を使う。すぐには浸透しなかったが、リゲルの視線がソニアたち三人の方を向いているのに気がついた三人は、「三馬鹿とは何だ」などと不満の声をあげてくる。
「そんなどうでもいいところなど気にしてないで、適度に換金しておけよ」
三馬鹿トリオをどうでもいいところにされてしまった三人は、それでもリゲルの言いつけを守ってコインを現金化していった。手数料などを引かれたが、それでも十七万エルドぐらいの資金が三人の銀行口座に振り込まれたのであった。
「ジャンはやらないのかしら?」
リリスに促されて、ジャンも資金化しておく。ジャンはリゲルの考えたこのシステムが不穏な物だと感づいていたので、すでに乗り気ではなくなっていたのだ。
「やったー、お金が増えたー」
ソニアたちは喜んでいるが、彼女たちはどれだけ儲けてもラムリーザにたかってくるから困ったものである。
事実、ソニアの銀行口座には、去年リリスとやったオークション勝負で稼いだお金が、手を付けられないまま残っている。それは眠っていると言っても過言ではないかもしれない。
ソニアたちのそんなお祭り騒ぎとは別に、報告会の方では遺跡洞窟の名前が決まりつつあった。いつものようにいくつか候補があがり、その中から投票で決めるという形で進んでいる。
一つ目は「愚か者の洞窟」というもの。何が愚か者なのかさっぱりわからないし、縁起の悪い名前だ。
二つ目は「ほんやら洞」というもの。一つ目とは違って穏やかな雰囲気だ。どうでもいいが、これは探検隊のメンバーであるベンという人が発案したそうだ。ほんやら洞のベン――、とくに意味はない。
三つ目は「つねき遺跡」というもの。単純に近くの駅の名前から引っ張っただけ。しかしつねきという謎の名称が発展していくかもしれない。しかしこの発展には、何の意味もない。
四つ目は「ポンタカミンパーオニバロム」というもの。なんだかひらめきをそのまま持ってきたようで、特に意味のない造語だそうだ。しかし名前から感じる雰囲気がなんだか馬鹿っぽい。
五つ目は「タコさんの庭」というもの。なぜタコなのかわからない、別に海底遺跡でもないというのに。
以上、五つの名前がノミネートされていた。
「ラムリィはどの名前を推す?」
ジャンの問いかけに、ラムリーザは悩む。とりあえず一番目は絶対に無し。四番目は避けたい。それ以外はどれもこれも似たようなもの。
「つねき遺跡が一番納得のいく名前かなぁ?」
「つねきって何だ?」
「知らんよ」
そんな会話をしながらも、命名は住民に任せている。今回は、一と四を選択された場合のみ、ラムリーザは介入することと決めていた。
投票の結果は、ラムリーザの願いがかなったのか三番目にエントリーされた「つねき遺跡」と決まったようだ。これで炭鉱や遺跡のある一帯は、つねき地区、つねき地方と呼ばれる未来が確定したかもしれない。つねきって何だろうね?
「よかったな、と。あいつら結構儲けているみたいだな」
ジャンは、ご馳走に群がっている三人を見つめながら言った。
「ジャンもやっていただろ? 見ないのか?」
「ん~、収支計算がややこしくなるから、解約しようかなと思ってる。小銭稼ぎ程度かと最初は思っていたけど、ここまでコインが集まるとなぁ」
「現金化してリリスに何かプレゼント買えばいいのに」
「その手があったかぁ! なぜそれに気がつかなかった俺!」
なんだかよくわからないが、ジャンも携帯端末を取り出して操作し始めた。十七万エルドもあれば、相当なプレゼントができることだろう。
報告会の話し合いは、続いて幼稚園の名前を決める話へと移行していった。
以前聞いた「パンダさん幼稚園」という謎の名称も、しっかりとノミネートされていてラムリーザを困らせる。なぜかフォレストピア幼稚園ではひねりが無いと判断されて、候補にすら挙がらない。
そして「タコさんの庭」というものが再びノミネートされた。多分同じ人が挙げたのだろうが、選ばれなければ他の施設に付けてしまえ。施設に合った名前かどうかは二の次、とにかく自分の思いついた名前を定着させたい、そんな考えなのだろう。困った人も居たものだ。
続いて「ハニーパイ」という名前が挙がった。ラムリーザはどこかで聞いた名前だな? と思ったが、よく思い出してみると以前ロブデオーン山脈の中央付近にある、大きな湖の名前を決めるときに挙がった名前だった。住宅街の名前候補にも挙がっていたような気がする。その湖は、今はエルオアシスと命名されていて、住宅街はブルー・ジェイ・ウェイだ。
そして「ブルー・サンシャイン」が挙がる。どうやら採用されなかった名前を再投票にかけだしたようだ。自分の思いついた名前を定着させたい人が多いのだろう。そもそもサンシャインとは竜語で太陽の光という意味だが、それが何故青いのだ? というところが疑問の集まるところである。
その流れで行くと、いずれ最初にできたデパートの名前を決めるときに、「パンダさん幼稚園」を挙げる奴が出てくるのでは? とラムリーザは不安になるのであった。
それでもラムリーザの不安はさておき、幼稚園の名前は無事に「ハニーパイ幼稚園」と決まったようだ。甘くておいしそうな名前が子供たちにぴったりだという意見が多かったらしい。
「割とまともに決まったな」
「そのうち妙なのしか挙がらなくなってくると思う……」
リゲルはそう言うが、ラムリーザはやはり不安を隠せないでいるのであった。
「ところでだが、俺の予想通りというか、これも起きるだろうなと思っていたが、ウォンツコインが少し混乱しているようだな」
「どうして? あのメール以外にまた何か仕掛けたのか?」
「大金――というより多量のコインか。それを獲得している者が次々に換金して現金化しているからな。例えばあいつらとかが」
「それが何故混乱に?」
「もともとキャッシュバックは客引きに用意されたものだが、それをあいつらがかき集めて現金化しているので、ウォンツコインからしたら現金をそのままあいつらに支払っているだけだからな」
「なんだか無茶な作戦だな……。それでそのウォンツコインの経営がおかしくなったらどうするんだ? 君の責任になるんだぞ?」
「俺は用意されたシステムを利用して、新たなシステムを作っただけ。確かに無茶で問題の多い策だったが、一部では小遣い稼ぎできると考えただけだが――」
「だが?」
「想像以上に乗ってくる奴が多かったということだ」
元々リゲルの策はキャッシュバックを使うものなので、口座を開設するだけで元手はかからない。それなら俺も小遣い稼ぎに乗ってみようと考えたものが多かったということだろう。
「だがそろそろ終わりが近いようだな」
リゲルが言うように、このシステムは世代を重ねるごとに必要な人数が膨大になってしまう。ロザリーンの計算では、十一代目で約一千万人を突破してしまうのだ。
リゲルはそれを確かめるために、この大倉庫の一部屋を住所にして口座を作って同じことを試してみたが、知り合い全てを当たっても既にやった人ばかりになっていた。
「意外と早く終わったね」
「ああ、終わりだ。俺からしたら、意外と集まったなと言ったところだがな」
こうしてリゲルの考えた小遣い稼ぎは、あっさりと、しかし十分な成果を得て終わったのであった。
余談になるが、この流れにおいてウォンツコインはキャッシュバックを大量に放出する結果となり経営が傾きかけてしまった。
それはそれで迷惑を掛けてしまったことになると判断したラムリーザが私財を投入して立て直してやることとなった。
結局のところ、ソニアたちの稼いだ小遣いは、ラムリーザからもらったようなものとなったのだ。
そしてさらに余談。これからずっと後の話となるが、このリゲルの思いついた小遣い稼ぎを、今度は現金で始めた者が現れたのだ。
その結果、当然のごとくシステムは破綻し、末端では現金を得られなかった者が続出したのだ。
ただし今回のようにキャッシュバック分ではなく、現金を利用したものだったのでトラブルが表面化してしまった。
大きな騒動へと発展し、その小遣い稼ぎを始めた者は逮捕される結果となった。その者が作った物は、天下統一の会という名前だったとかそうでなかったとか――、まぁそれはどうでもいい。
さらに後年、帝国では「無限連鎖講」の防止に関する法律が施行され、リゲルの思いついた策は禁止されることとなったのである。
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