ファルクリース学園にて リゲルの野望
11月3日――
ファルクリース学園――
ジャンの店でラムリーズと同じように演奏しているバンドグループ、ローリング・スターズのメンバーが通っている学校。そのリーダーであるレグルスは、中学時代のリゲルのツレでもあった。
そして今日は、その学校の文化祭の日。リゲルはロザリーンとミーシャの二人を連れて、遊びに行っていた。二人同時に連れ出す辺り、リゲルは既に開き直っている感があり、どちらかを選ぶという考えは放棄していると取れた。
ロザリーンは、帝国貴族の中に奥さんを二人以上作ったり文化があることや、ユライカナンの文化で正室、側室というものがあることを知っていた。
だからそれは文化として受け入れている面があり、リゲルが自分を大事にしてくれるのであればそれでよいと考えていた。
一方のミーシャは、自分の立場がやはり危ないのだということを理解していた。
あまり表立ってリゲルと親しくすれば、またリゲルの親に見つかって遠くに飛ばされかねない。だから、ロザリーンの陰に隠れるような感じでリゲルと接しようと考えていた。
また遠くに飛ばされるぐらいなら、ロザリーンと半分こでも全然問題がない。また、将来を見据えて、リゲルの親よりも力のあるフォレスター家、そこのソフィリータと親しくしておくことで、いざという時にはそちらに頼ろうとも考えているのだ。
この二つが微妙なバランスを持って、三人の一見奇妙に見える関係が続いていた。
リゲルもリゲルで、まるで測量機で計ったかのように二人と平等に接している。一夫多妻の鑑のような存在でもあった。
リゲルの望んでいることは、ラムリーザが重婚してフォレストピアにもその前例を作ることだった。そうなれば、リゲルも堂々と二人を迎えるつもりでいるのである。
「踊り子ちゃーん、久しぶりーじゃないけど久しぶりー」
リゲルはレグルスと校門前で待ち合わせをしていたが、出会って早々レグルスはこうである。
よくわからない微妙な言い方になっているのは、プライベートで会うのは久しぶりだが、ジャンの店のステージでは何度も顔を合わせているからだ。
ちなみにミーシャは、中学時代からリゲルと付き合っていたということもあり、レグルスからはリゲルの彼女の踊り子ちゃんという認識なのだ。
「ダメだなー、この学校にもあんまり良い男居ないのー」
レグルスとミーシャの挨拶は、どうもかみ合っていない。そもそもリゲルしか眼中に無し状態のミーシャが、本心から言っている台詞とは考えにくい。ただのジョークだろう。
「俺が居るじゃねーかっ! ――っとまぁ、リゲルも首長の娘と踊り子ちゃん二人、両手に花もリゲルらしいのぉ。うらやましいうらやましい」
「黙れ。うらやましいならお前も二人以上と付き合ってみろ」
リゲルは、勝ち誇った眼でレグルスを見やる。
「それじゃあ一人目を紹介しろ。一人も二人も変わらないが、一人とゼロの間には無限に近い差があるんだぞ」
「お前はムジョルを追いかけていたんじゃなかったか?」
「彼女はアエリンと引っ付いた、畜生! ――とまぁそれで、結局お前はどっちを選ぶんだ?」
「両方だ」
何も迷うことなくリゲルは言ってのける。それが許される土壌が帝国にはあった。帝国の中でも、上流階級に位置するもののみという限定的なものであったが。
去年の文化祭では、レグルスのバンドグループでドラムスのメンバーが病欠し、ラムリーザが代役で登場するといった話になった。
しかし今年は特に何の問題も起きなかったので、リゲルだけでロザリーンとミーシャを引き連れて訪れていた。
リゲルがレグルスとのウォンツ・コインを巡る会話が終わって振り返ると、ロザリーンとミーシャは二人連れ添って生徒たちが作っている屋台を見て回っていた。表面上は確執が起きるでもなく、この二人は仲良くしているようだ。
基本的に、二人とも優等生なのだ。相手の嫌がることを積極的にやろうという意思はあまり持ち合わせていない。リゲルという共通の相手で結ばれた二人は、わざわざいがみ合うことなく平穏に暮らしていた。
今年は普通に体育館でレグルスのバンドの公演が始まった。
ただのライブではない、文化祭ということで少し違った趣向を取り入れ、体育館はバンドの演奏に合わせたダンスパーティの場と化していた。レグルスたちの演奏するノリのいい音楽に合わせて、カップルや友達同士で踊っている。
――と言っても二人で組み合って踊るようなものではない。
二人はお互いに触れ合わない程度に離れて向き合い、両足を揃えて軸のようにして、肩や腰、膝をぐりぐり捻って踊っている。徐々に帝国で流行りつつあるダンス、ツイストというものだった。
リゲルとロザリーンはお互いに向き合って、このノリの良いダンスを周囲に混じって踊ってみていた。一方ミーシャは、このツイストのダンスであちこち縦横無尽に動き回り、踊り子ちゃんの本領発揮、周囲の注目の的となっていたのであった。
ただしリゲルたちにとってはこれも見慣れた光景。レグルスのグループ、ローリング・スターズはジャンの店でもこのノリのダンスで客と楽しんでいるのだ。
――空を飛んでいるのは、鳥でも飛空艇でもねぇ! ツイスト人間だ!
ファルクリース学園のライブも盛り上がりは最高潮。カラオケ喫茶とはまた違った楽しい時間となった。
文化祭ライブは終わり、再びロザリーンとミーシャは二人一緒に各教室で展示されている出し物を見物に出かけた。一方リゲルは、レグルスと二人で休憩室と書かれた教室で文字通り休憩していた。
「ツイスト人間って何だよ」
「踊っている奴らのことだよ」
二人はレグルスが歌の途中で叫んでいた言葉について話していた。ライブでは、レグルスが「ツイスト人間だ!」と叫んだ後、観客が一斉に「イエーッ!」と叫ぶのが定番となっている。
演奏の上手さなどではなく、勢いとノリを優先しているローリング・スターズならではのナンバーであった。
「ところでさ、小遣い稼ぎのメール、お前もやっているのか?」
レグルスの問いかけに、リゲルの瞳がギラリと怪しく輝いた。
「ひょっとして仮想通貨のやつか?」
「ああそうだ。でもあれ、キャッシュバックキャンペーンが突然終わったけど続くのか? ――とまぁ、ウォンツコインのメールが回ってきたから参加してみたけど、三万コインを増えたあたりからほとんど増えなくなったんだよなぁ……。リゲル、あれ知ってるか?」
「さっさと換金しとけ」
「は?」
「あれは俺が考えて流させたメールだ。そろそろ破綻しているはずだからな。というかキャッシュバックキャンペーン終わらせたのならもう終焉を迎えたようなものだ」
「お、おう……」
ここにもリゲルの考案した小遣い稼ぎを実践していた者が居たのであった。
実験のつもりで身近なソニアたちから始めたものが、こうしてレグルスにまで広がっていることにリゲルは我ながら感心してしまう。
ただし、末端に行くほど稼ぎは悪くなるのは自明の理で、ソニアたちと違ってレグルスの稼ぎは三万程だった。そしてもっと末端は、一コインも稼げないだろう。そこがこのシステムの欠点だ。
「まるでネズミだな」
最初にそう評したのはジャンだっただろうか? リゲルも同じことをつぶやくのであった。
夕暮れになると、定番のフォークダンスが始まる。どこの学校も、運動場の真ん中にキャンプファイヤーを焚き上げて、その周囲で踊るというのは同じようだ。
そういうことに興味のないリゲルは、一緒に踊る相手の居ないレグルスと二人で、運動場を見下ろせる土手に腰掛けて、リゲル曰くバカ騒ぎを眺めていた。
「しかしホント、今年に入ってからリゲル変わったな」
「何だと?」
「いや違うな、二年前に戻ったというのが正しいかな」
「下らん詮索はそのぐらいにしておけ」
「ははっ」
ラムリーザとジャンの関係に近いものが、リゲルとレグルスの間にはあった。二人ともかなり昔からの仲なのだ。
二年前の秋、それから少し経った頃、リゲルの父親の手によってミーシャは一家丸ごとポッターズ・ブラフ地方から飛ばされた。飛ばされた先が帝都となっており、一見栄転に見える措置。しかしそれは、ミーシャの両親を納得させるためのものであり、この流れの裏にはリゲルから、何の価値もない――リゲルの父親から見て――娘を遠ざけるものであった。
それ以降リゲルは心を閉じたような感じとなり、人を寄せ付けないような雰囲気。実際に寄せ付けず、庶民を見下すようになっていた。
そこにラムリーザが現れ、彼がリゲルの唯一の人との繋がりとなったのは去年の話。高校の天文学部で知り合った首長の娘のロザリーンは認めたが、ただのメイドと執事の娘であるソニアにはずいぶんと冷たく接したものだ。
その裏には、ラムリーザといちゃいちゃできているソニアの姿に、かつてのミーシャの姿が重なって見えてしまい、それだけの理由でリゲルはソニアに対しては嫌悪感すら覚えていた。
その後ロザリーンと付き合うようになって、リゲルも丸くなるのかと思われたがそうはならなかった。
リゲルからソニアに対する嫌悪感を払拭するには、ミーシャが必要だった。それは、ロザリーンが相手では、結局良家のお嬢様が相手だから父親に認められただけで、平民なのに領主といちゃいちゃしているソニアに対しての嫌悪感は変わらない。
そして今年の春、ミーシャが戻ってきた。リゲルは、本来のリゲルに戻った。
ソニアやリリスの評する「リゲルきもい」が、リゲルの本来の姿だったのだ。元々はミーシャのような天真爛漫なタイプの娘のパートナーとして、ニヤニヤやっている。それがミーシャを失い沈み込んでいただけなのだ。
ただし、二年前と変わったこともある。ロザリーンとの関係だ。
ミーシャと元さや、というわけにはいかない。ミーシャとの関係が表向きになれば、再び父親の手によってミーシャは飛ばされるかもしれない。ここは表面上ロザリーンとだけ交際しているように見せかけ、実態は二股という手段を取るのがリゲルの作戦だった。
最終的には、ラムリーザを重婚させるのが目的、というものまで加わった。帝国貴族が複数の嫁を持つのは別に珍しいことではない。つまり重婚が世間体に影響することは無いのだ。
問題は、ラムズハーレムが崩壊しつつあること。例えばリリスは、ジャンが本気で狙っているようだ。そこでなんとしても、ラムリーザとユコの関係も密なものに仕立て上げなければ。
リゲルはそう持っていくよう、作戦を考えるのだった。
ラムリーザがソニアと誰かの二人を幸せにしてあげようと考えるように仕向けて、それに合わせて自分もロザリーンとミーシャの二人を幸せにしてやろうと。
「どうした? なんかすげー不埒なことを考えているような顔しているぞ」
レグルスの言葉に、リゲルはハッと我に返った。少しの間リゲルはレグルスの顔を見つめ、
「踊るか?」
などと思わず口にしていた。
「何が悲しくて野郎なんかと」
「まったくだ」
リゲルとレグルスは、土手に仰向けに寝転がった。