フォレストピア騎士団の始まり
11月4日――
この日の朝早く、ラムリーザは客を迎えることとなった。まだ寝ていたが、起きて対応することとなる。引っ付いて寝ているソニアを起こさないように引きはがしてベッドから出ると、制服に着替えて応接間へと向かった。
応接室で待っていたのは、母親のソフィアと三人の客。ラムリーザよりも少し上ぐらいの若い青年、壮年の落ち着いた人、その中間ぐらいの人の三人。みんな健康的な体格で、肉体派の人々だろうか。
「ラムリーザ、騎士団の話はどうなっていましたか?」
ラムリーザが応接室に入るや否や、ソフィアはそう尋ねた。そう言えばそんな話も必要だと挙げられていた。町の発展を重視していたので、こういった防衛面の強化を忘れていたのだ。
「ごめん、忘れていました」
だからラムリーザは、素直に謝っておく。夏休みに兄のラムリアースから助言を受けていたのにしっかりしなくては、などと考えながら。
「ずっと待ってましたがあなたが手を付けようとしないので、ラムリアースを頼って最初の人材を派遣してもらいました」
「あ、ありがとう」
ラムリーザはソフィアの隣に腰掛けながら、対面となった三人の様子を伺う。そしてその中で、一番若い青年の顔をどこかで見たような、誰かに似ているような気がするなどと考えていた。
「初めまして、ジェラルド・ペルモドフです」
「こちらこそ、ラムリーザです。――ん? ペルモドフ?」
「はい、姉のラキアがお世話になっております」
「ああ、そういうことですか」
そこでラムリーザは、先ほどの疑問が解消された。数回見たことのある、兄嫁のラキアにちょっと似た顔つきだったのだ。姉弟ならそれも当然とみるべきだろう。そういえば夏休みのラムリアースとの話では、「ラキアの弟を派遣してやろう」と言っていたような気がする。
「えっと、まだ若輩者故騎士団長などおこがましいものですが、いずれはあなたの、そしてこのフォレストピアの平和を護る者として――っ」
鼻息荒く語りだすジェラルドを、隣に居る壮年の男が抑える。その様子を見て、ラムリーザはピンと閃いた。ジェラルドは由緒正しきペルモドフ家の者だが、まだ若く血気盛んで落ち着きがない。それを抑えるのが、この壮年の男。いわゆるお目付け役、後見人みたいな者として傍に置かれたのだな、と。つまり将来的にはジェラルドが騎士団長になるとして、今はこのお目付け役に頼っておけばよいと。
こうして朝は、顔合わせだけに終わった。学校に行かなければならないし、いろいろ話があるなら帰ってきてからでもいいだろう。
ラムリーザが応接室から出ると、廊下でソニアと出くわした。
「なぁに?」
まだ少し寝ぼけているのか、ソニアの発した言葉は挨拶なのか何なのかよくわからない。
「騎士の話」
だからラムリーザも、簡潔に答えた。
「植木鉢足の騎士ね、魔女よりはかなり使える」
ソニアはそう言い残すと、ラムリーザとすれ違ってどこかへ向かって行ってしまった。
朝食時には、今朝だけ先ほどの三人も一緒することとなった。一緒に食事するメンバーが増えると、なんだかソニアはいつもながら上機嫌である。食事は大勢で食べるほうが美味しいと言われているが、ソニアもそんなところなのだろうか? しかし控えているソニアの母親、メイドのナンシーと目が合うと、突然姿勢を正す。これもいつものことである。
今日の登校は、車か汽車か。普通に汽車で向かうこととする。
学校でリゲルに会うと、真っ先に述べたのはウォンツコインのことであった。先日のパーティ会場でも言っていたが、全部換金して終わりにしろとのことだった。
「まだちょっとずつ増えているよー」
ソニアは携帯端末を覗いてそう言った。最初の頃に比べたらペースはかなり落ちているが、それでもたまに六百コイン増えている。
「恐らくここらが引き際。変に怪しまれる前に終わらすんだ」
「リゲルの作戦には従っておいた方がいいぞ」
ラムリーザもリゲルに同調したので、ソニアは仕方がないなと言った感じで残っていたコインを全部換金してしまった。リリスとユコもそれに倣う。ついでに密かにジャンも。
結局ソニアたちは、二十万エルド近くを稼いだこととなった。理論上は二百万エルドぐらい入るということだが、崩壊する可能性があるものはさっさと切り離しておくべきだというのがリゲルの考えであった。元々小遣い稼ぎになるだけと思われていたが、結果的にはリゲルが予想よりも稼げたこととなった。最も後年、この方法は禁止されることとなるのだが……。
「ねぇちょっとソニア、これ大丈夫かな~? あんたに誘われて開設したウォンツコインっての、コインの価値がどんどん下がっていっているんだけど」
そこにレルフィーナがやってきてそう言った。大量にコインを持っていた四人がどんどん売って現金化させているので、コイン自体の価値が下がっていっているのだ。この損失は、後日ラムリーザが自腹で補填してやる羽目になったのはまた別の話。レルフィーナもソニアのメールで始めていたのだった。
「売れ、換金しろ」
答えたのはソニアでなくリゲル。レルフィーナは「えっ?」と不思議そうな顔をリゲルに向ける。
「なんだか危ない方法みたいだから、リゲルの指示に従っていた方がいいぞ」
「そうなの? まあいいか、これだけでも結構な小遣い稼ぎになったから」
ラムリーザにも言われて、レルフィーナも携帯端末を操作して換金してしまった。これでさらにコインの価値が下がってしまう。レルフィーナも仲間たちにメールを回していたようで、みんなに換金するよう言って回り始めた。
ここ数日間は、ウォンツコインを管理しているウォンツ・スマイル・カンパニーにとっては混乱の日となった。大量のコイン売りが発生してしまい、一気にコインの価値が下がってしまったのであった。
学校が終わって家に帰ると、玄関の前でラキアの弟ジェラルドが待っていた。
ジェラルドの話では、フォレスター邸の屋敷から一番近い高台の住宅街であるブルー・ジェイ・ウェイに住居を構えることとなったが、普段は屋敷で過ごすことになるようだ。国を護るための騎士団ではあるが、平時は周辺警備に当たることにしたようだ。
「やぁラムリーザ君、いや、ラムリーザ様かな? それとも領主様?」
「ただきちさんでいいですよ」
「えっ?」
「何でもない、ラムリーザ君でいいです」
ラムリーザは思わずジャン相手によくする対応をしてしまい、二人の間にぎこちない空気が一瞬漂ったが、すぐに軌道修正しておいた。年の近い人にラムリーザ様などと呼ばれたら、どうも金髪の美少女の姿が思い浮かんでしまう。
「領主様の方が……」
「じゃあ僕は君のことを騎士君って呼ぶよ?」
「ラムリーザ君、よろしく!」
「はいっ、ジェラルドさん。いや、騎士だからサー・ジェラルドかな? ジェラルド卿?」
「何でもいいですよ」
「ではただきちさんで」
「えっ?」
ラムリーザは最近なぜかジャンと初めて会ったころのことを思い出していた。それでこのような対応が、つい口を出てしまう。
あの日ジャンは「ラムリーザ君か、それじゃあラムリィって呼ぶよ」などと、ありがちなことを言った。それに対してラムリーザは先ほどのジェラルドのように「何でもいいですよ」と返したのだ。そしてジャンから返ってきた言葉が「ただきちさん」であった。
ただし、ただきちという人物が誰なのかわからない。いや、人なのかどうかもわからない。ジャンが昔飼っていたペットの名前かもね――とまぁそんな話はどうでもよい。
「ところでラムリーザ君、騎士団の作り方ってどうするんだい?」
「えっ? 君が作ってくれるのじゃないのか?」
「いやまぁ、そうなっているんだけど、俺初めてで……」
「えー? てっきり実績のある騎士が派遣されてくるのかと?」
「ごめん、俺まだ見習いなんだ。ちゃんとした騎士は、メトンのおっさんと、カリポスの旦那であって、俺はまだ……」
「カリポス? メトン?」
ラムリーザは新しく出てきた名前に首をかしげる。ジェラルドの話では、今朝一緒に現れた四十代後半ぐらいに見えた壮年の男性がメトンという熟練の騎士で、カリポスも一緒にいた三十代前半ぐらいの男性の事だった。
「えっと、騎士団長はそのメトンさんで、副長がカリポスさん?」
「今はそうなっているみたい。いずれは俺に任せるんだとさ、て言われているけど俺何もわからなくて」
「僕よりメトンさんに聞けば良いような?」
「俺あのおっさん堅物で苦手」
「いや苦手というかそういう問題じゃなくてですね」
どうも頼りない未来の騎士団長だ。ラムリーザはそう考えながら、自分も頼りない未来の領主だなと考えて苦笑いを浮かべる。
「――ちょっと待ってよ、ラキアさんの弟ってことは、今年いくつなのですか?」
それでもラムリーザは、あまりにも未熟すぎるというよりもちょっと子供じみたジェラルドの様子を見て、年齢を尋ねてみることにした。ジェラルドの姉ラキアはラムリーザの兄ラムリアースと同じく現在19歳で、つまり同い年同士で結婚したのだ。その弟ということは?
「今年16になりました」
「年下かよ! 何だか話が違うような気がする、ちょっと待ってて!」
ラムリーザは、ジェラルドを玄関前に置いたまま屋敷の中へと飛び込んだ。そして玄関ホールに備え付けられている電話を手に取った。
『ん、ラムリアースだ』
「兄さん!」
『お、ラムリーザか。めずらしいな、どうした?』
「なんだか話が違うんだけど!」
『ん? 話が見えんぞ?』
そこでラムリーザは一呼吸おいて気持ちを落ち着けると、思っていることを兄のラムリアースに告げた。
夏休みに南の島で話をした時には、有能な前線指揮官を付けてくれるとかそんな事を言っていたはずだ。それが蓋を開けてみたら、ラムリーザよりも一つ下のガキ。確かにラキアの弟を派遣すると言っていたが、彼が今すぐに役に立つと言えるのだろうか?
それともあれだろうか? これはジェラルドが十六歳になる誕生日の事であった――などと言って壮大な物語が始まるということか? 確かに十六歳で一人前だという節はある。しかし十六歳の騎士団長などは、アニメやゲームの話以外で聞いたことが無い。
『お前と一緒に育てるという話になったんだぞ。幸いフォレストピアは国外はユライカナンとしかほとんど接していない。だから突然外敵が攻めてきたということにはならないだろうということでな。で、だ。お前が領主になって、ラキアの弟、誰だっけ――ジェラルドだ。そいつが騎士団長になれば歳が近いもの同士仲良くやれるだろうと考えたのだ』
「そういうものかなぁ?」
『そういうものだ』
「でもあいつ、騎士団の作り方ってどうするんだい? などと聞いてくるんだよ?」
『ああ、そこはメトンに聞け。彼はそこそこ才能はあるのだが場所に恵まれなくてくすぶっていた所なのだよ。彼ならジェラルドを補佐して、行く行くはフォレストピアにしっかりとした騎士団を作ってくれることだろう』
「ラキアさんの兄とかいなかったっけ?」
『彼は親父の後を継いで帝国騎士団長を目指しているぞ』
「やっぱりそうなるかぁ……」
『未熟な領主と未熟な騎士団長、似たもの同士仲良くするんだな、はっはっはっ』
「…………」
兄との話が終わり、ラムリーザは少し叩きつけるように電話の受話器を置いた。要するにフォレストピア騎士団は、当面はあの壮年のおじさんメトンに任せることとなる。ジェラルドは今はお飾りの坊ちゃん。今は鍛えることに専念して、将来に期待といったところだ。
「どうかなされましたか、領主殿」
後ろから声を掛けられて、はっと振り向くとそこには壮年のおじさんメトンが立っていた。傍にはジェラルドも仏頂面で控えている。
「あ、いえ、メトンさん。騎士団のことよろしくお願いします」
「承知いたしました」
恭しく一礼して見せるメトン。さすがに礼儀作法は心得ているようだ。
「そしてジェラルド」
年下のボンボンを遠慮なく呼び捨てるラムリーザ。自分も似たような立場だが、もう彼に対する遠慮は無くなっていた。要するにただの後輩だ。
「何でしょうか、ラムリーザ、くん」
「くん? 先輩捉まえてくんですか?」
「ああっ、そ、そうだった! えっと、ラムリーザ先輩!」
「ん、それでよい」
温厚なラムリーザだから、年配の方にボウズ呼ばわりされても笑って返す心のゆとりはあったが、年下で世間知らずっぽいボンボンに「くん」呼ばわりは無い。ここは堅苦しい上下関係とまでは行かなくても、親しい先輩と後輩という立場としてしっかりとさせておくべきだろう。
「ところで領主殿にお届け物があります」
そう言ってメトンは、ラッパのようなものをラムリーザに差しだした。そう、見た目はラッパのような筒、先端が広がっている。しかし反対側は少し曲がっていて息を吹きこむ場所はついていないようだ。
「これは何ですか? ラッパみたいだけど、どこから吹きこむのかなぁ?」
「いえいえ、ラッパではありません。帝都の鍛冶屋でこの夏開発されていたブランダーバスというものです」
「ブランダー?」
ラムリーザにとって、初めて聞く名前であった。よく見ると、ラッパの反対側は握る場所のようになっていて、丁度指が届く場所に細めで少し曲がった金属が飛び出ている。指をひっかけて動かしてみると、手前に引けるようだ。引いてみるとカチリと音がして、筒の横側についている飾りのようなものが動いた。
「護身具になるでしょう。帝国では今それをどこまで普及させるか検討している最中です。広まれば騎士団の補助武器にでも、それか一部の者しか使わない特別なものにするか話し合っています。どうぞ、初めましての贈り物として差し上げます」
「ありがとう」
ラムリーザはとりあえず受け取っておくことにした。引き金を引けばカチリと飾りが動くだけ。これがどう護身してくれるのだろうと不思議がりながら、ブランダーバスと呼ばれるラッパのような道具を見つめていた。
「ところでジェラルド学校は?」
ラムリーザは、ふと思ったことを尋ねた。自分よりも一つ下なら、学校に通っていても不思議じゃない。
「前向きに検討しておりますっ」
「いや検討じゃなくて、行かんの?」
「行ってもいいし、剣術の訓練してもいいし」
どうも返答はあいまいである。
中学校までは義務教育とされて必須だが、それ以降は仕事をしようが学び続けようが自由である。
そして騎士となると専門的な学術は必要としないので高校には進まず、剣術、馬術など騎士としての戦いの訓練をする者も多い。
例えばY=2X+5などという数式を学んだところで、騎士団の任務には何の益も生み出さない。ただし基礎教養は向上する、学校の役目はその程度である。
例えばラムリーザの兄のラムリアースは、高校までは通ったが大学には進まずに父親の伝手を頼ってさっさと城勤めを始めている。
大学はより専門的な知識を学んで学者を目指す人のための場所となっていて、それが必要無い者は通わずにさっさと仕事に就くのが帝国では一般的だった。
「学校に行くなら同じところに行こうよ。こっちで手続きを進めてもいいし」
「そうですな、時間はたっぷりあることですし、ジェラルド殿は学校に通われるのがよかろう。何も一日中剣を振り回しておくわけにも行くまい。それに卿はまだ若い、というより子供だ」
壮年の騎士メトンも、ジェラルドに学校へ行くことを勧めた。
「めんどくさいなー」
「僕も通っているよ、先輩の言うことは聞こうね」
「わかった、行きます」
こうして、今は年配のメトンが指揮するフォレストピア騎士団のとっかかりのようなものが始まった。
そしてラムリーザよりも一つ若い、未来の騎士団長ジェラルドは、今はラムリーザと同じ学校へ通うことになったのである。
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