この世に善が栄えた試し無し?!
11月10日――
体育祭、そして騎馬戦の熱狂の渦も最高潮に達していた。
総当たり戦、勝ち抜き戦を一勝一敗で終わった今、勝負は最後の乱戦へともつれこんでいた。
ラムリーザは去年のことを思い返してみると、総当たり戦は勝った、勝ち抜き戦はどうだっただろうか? そして乱戦はレフトールの作戦の前に敗れ去っていた。
しかし今年は、そのレフトールが味方でしかも大将格だ。そのレフトールは、体育祭などずっとサボってばかりの不良君であったが、騎馬戦だけは気に入っているらしくきちんと出場する。
「ラムーっ、負けたらご飯抜きだからねーっ!」
応援している女子生徒。ソニアはなぜかラムリーザの食事に制限を掛けてくる。自分が作ったわけではないのに。
「ふはははは、今年もいただくぜ。てめーらは俺様の前に這いつくばるのさ」
今年もレフトールは、陣頭に立って相手の軍を威圧している。
「そうはいかんぞ。今年こそ悪を成敗してくれる!」
相手側の陣営の陣頭に立っているのは、プロレス同好会のベイオだ。夏休み明けにその同好会を立ち上げるためにラムリーザを頼った生徒だ。プロレスをやろうという意気込みがある分、レフトールの威圧にも負けていない。
レフトールが悪の覇王なら、ベイオは善の覇王。ここに善と悪がぶつかり合うこととなり、騎馬戦大会は盛り上がりの最高潮を見せていた。
「えーと、自分は総大将でいいのかな? レフトール君が大将で」
二年生陣に押されて全然目立っていない三年生を代表して、ユグドラシルが恐る恐る尋ねてくる。
「てめーだと勝てねーだろうが!」
レフトールは先輩にも容赦ない。総当たり戦で負けているユグドラシルは、肩をすくめて引っ込む。
「こらっ、先輩に何て口をきくんだ」
すかさずラムリーザが諭す。しかし騎馬戦という舞台では、レフトールは完全にお山の大将になっていた。
「ラムさんにもきっちり働いてもらうからな」
ラムリーザを守護する騎士とやらはどこへ行ってしまったものやら。
このように、陣営で見るとラムリーザは悪の陣営に属していた。プロレスで言えば、ベイオがベビーフェイスのヒーローだとしたら、レフトールはヒールの悪役だ。
去年はレフトールとは敵同士だったが、今年はクラスメートとなっており、ラムリーザはいやおうなく悪役商会の一員に組み込まれてしまっていた。
悪役商会二年の部隊に乗るのは、総当たり戦、勝ち抜き戦の時と同じくレフトールとラムリーザ、リゲル、ジャンの四隊だ。そこにユグドラシル率いる三年生四隊、あまり役に立ちそうにない一年生の四隊、合計十二隊が全軍だ。
そして相手側の陣営では、ベイオなどは「この戦いに勝って、プロレス同好会ここにありと示してやる」などと息まいている。
「ふっふっふっ、プロレスが何だ。まてよマック、お前埋伏の毒か?」
「んなわけねーだろ」
そういえば、マックスウェルはプロレス同好会に参加している。レフトールは、騎馬役の先頭を任されている彼を疑っていたが、流石に体育祭の競技で裏切り劇など発生することはないだろう。
こうして、乱戦が始まった。
レフトールは、まずはラムリーザを少し前進させる。それに対抗したのは、勝ち抜き戦の時は気にしていたが、よく見ればこの生徒も見たことある。
「やあやあ我こそは、プロレス同好会ヤンブットなり! いざ尋常に勝負いたせいっ!」
「ああそっか、彼か」
ラムリーザは自分に向かってくる相手を思い出した。ベイオと一緒にやってきた生徒だ。おそらく副将格なのだろう。彼を討ち取れば、レフトール側の士気も上がり、逆にベイオは困るわけだ。
ラムリーザとヤンブットは、がっちりと組み合って力比べを始める。他の者はラムリーザの力を恐れて近寄らないが、さすがはプロレスをやってみようと言う者。物怖じせずに正面決戦を挑んできた。
「よし、ジャンやれ」
「ほいきた」
両軍が固唾を飲んで見守っている一騎打ちの場にジャンがササッと寄ってくる。そしてそのまま、ラムリーザと組み合っているヤンブットのハチマキを奪ってしまった。
「なっ?!」「なっ?!」
その行動に、ヤンブットだけでなくラムリーザも驚く。
「こらっ、卑怯だぞお前らーっ!」
ベイオはレフトールに抗議の声を上げる。しかしレフトールは、
「全軍突撃! ただし常に一騎に対して二騎で当たれ。一騎ずつ確実に潰していくのだ」
これはラムリーザも去年やられた策だ。ラムリーザを討ち取った去年と同じ手で、今度はラムリーザを囮にして相手の主力をやつけてしまっていた。
ラムリーザの属する陣営、レフトール軍団は、一対一を避けて一人が相手の動きを制して、もう一人がハチマキを奪う作戦で次々に戦果を上げていた。
その間にレフトールは、ユグドラシルを総大将に見せかけるように彼自身を動かしたり、その周囲に数騎置いて相手の動きをそこへ誘導していた。
実際に、相手側で手の空いている者はユグドラシルの方へと突撃を仕掛けてきている。その突撃から、まるで逃げるようにユグドラシルは動いていた。
表面上の総大将ユグドラシルは、実質的囮になっているのだ。
この辺りの騎馬隊の動かし方は、妙にレフトールは手慣れたものだった。内政担当のリゲルが参謀だとすれば、レフトールはさしずめ軍師と言ったところか。
そのレフトールにラムリーザは去年はあっさりと敗れ去ったわけだが、今年は彼の指揮のもと、ジャンと組んで戦場を駆け回っていた。ラムリーザが相手を捕まえる役、ジャンが捕まえた相手のハチマキを奪う役。適所適材で向かうところ敵なしである。
気がつけば、相手側の騎数はかなり少なくなっていた。
「味方は何騎残っているか?」
「お前と俺だけだ……」
ベイオはかろうじて残っていたが、他に一騎を残して全て討ち取られていた。
「そうか……」
そうつぶやいた後、ベイオはレフトールをギロリとにらみつける。レフトールもベイオの視線に気がついて、負けじとガン飛ばしを返す。
「レフトール貴様! 一騎打ちだ!」
「おう、ラムさん相手してやれや」
「お前随分と偉そうなラムリーザの騎士だな」
すかさずリゲルは突っ込みの言葉を入れた。レフトールは完全に総大将気取り、ラムリーザも含めて全て子分にしてしまっていた。
「よっしゃ、俺が行くぜ!」
突撃を仕掛けたのはジャンであった。二騎だけ残っている相手に向かってゆく。
「バカが! 単騎で突入するやつがあるか!」
レフトールは最後まで統率の取れた動きを期待していたようで、ジャンの勝手な突撃に腹を立てる。
ジャンの相手になったのは、ベイオではなくもう一人残っていた方。ベイオは二人に一騎打ちをさせたまま、単騎レフトールの方へと騎馬役を進める。ラムリーザはその間に割って入り、ベイオの進行を妨げる。
「どっちが主君なのかわからんな」
その様子を見て、リゲルは笑いかけながらつぶやいた。
「邪魔をする気か? まあいいだろう、君には先ほどの勝ち抜き戦で引き分けになってしまった。今度こそ決着をつけてやろう」
「ん、僕もそのつもりで出てみた」
こうして、八騎程残っているレフトール軍に囲まれた状態で、ラムリーザとベイオの一騎打ちが始まった。
レフトールたちが見守る中、ラムリーザとベイオは円の中央でがっちりと組み合った。プロレスで言うところの力比べから入るのは常套手段か。
「押し出されそうになったら、中央に押し戻してやれ」
レフトールは、周囲にそう伝える。
「ふっ、ランバージャック・デスマッチか」
リゲルはすぐにその意図に気がついて、にやりと笑う。
「そういうこと。負けた方をゴンドラに放りこんだら勝ちだ」
「なんだそれは?」
「ランバージャック・ゴンドラ・デスマッチだ」
真顔で答えるレフトール。ぽかーんとしているリゲル。
しかし外野の茶番は置いといて、リング上、いや円の中央では力比べが続いていた。その内ベイオが苦悶の表情を浮かべる。
「くっ、やはり君の力は尋常じゃないな……」
「まだすごいことできるぞ。アイアンクロー――じゃなくて、ドラゴンクローとか」
「ラムリーザくん、プロレスやろうよ。ひょっとしたらバンドより楽しいかもしれないぞ」
「それは考え中。勝手にバンド脱退したらソニア怒るだろうし、ドラム叩いているのも楽しいからね」
「ドラムだったら俺の知り合いにアンディ・ブラックって上手なの居るから、彼にスタジオ収録の時は任せたらいいんじゃないかな?」
「あ、待って。考えてみたら僕はラムリーズのリーダーだったわ。僕が抜けたら解散になってしまう、それ絶対みんな怒るから無理」
そこでラムリーザは次の行動に出た。組み合っている両手の内、左手を右手の方に近づける。そして、右手でベイオの左手を掴んだまま、親指と人差し指だけ外してベイオの右手を掴んだ。勝ち抜き戦で相手の馬役の押し出しを止めるために使った、片手で相手の両手を掴む作戦だ。
「くっ、なんて力だ――、離れない……」
ラムリーザに動きを封じられたベイオは何とか逃れようとするが、ラムリーザは片手だというのにビクともしなかった。そしてラムリーザの空いた左手がベイオの顔に近づき――
「無念――、ぬおっ?」
ラムリーザはベイオのハチマキは奪わずに、そのまま顔面を鷲掴みにした。
「これがドラゴンクロー、竜の爪。君の言う通り、プロレスをやってみたよ」
「なっ、なんてことだ……」
ベイオは完全にラムリーザに捕まってしまった。万事休す、手も足も出ないとはこのことだ。元々片手で顔を掴んだままレフトールを持ち上げたこともある。ベイオの動きを封じるぐらい、たやすいことだった。
二人の動きが完全に止まったのを見て、レフトールはゆっくりと戦場へと近づいて行った。そして、二人の様子を近くから観察しながら周囲をぐるりと回る。
ベイオはレフトールの動きに気がついていない。ラムリーザに顔面を掴まれて視界を奪われているためだ。
その時、レフトールはおもむろに手を伸ばすと、ベイオからハチマキを奪い取ってしまった。
「あ……」「あ……」
ラムリーザとベイオは、同時に声を漏らす。
「せっかくうまくいっていたのにー」
「プロレスじゃねーんだ、騎馬戦やれっ!」
「ぬぅ……」
ラムリーザはお楽しみ中に乱入されたようなもの、しかし確かにレフトールの言う通り、ダラダラやっていると見られても仕方がない。
敗れ去ったベイオは悔しそうにレフトールを睨みつけながら「くっ、悪に屈してしまうのか……」とつぶやいている。
「はぁっはっはっ! この世に善が栄えた試し無し! この世に善がある限り、悪の怒りが俺を呼ぶ!」
レフトールは声高らかに勝ち名乗りを上げる。
「えっ、終わったん?」
しかしジャンはまだ交戦中だった。相手との力比べが延々と続いている。というか、誰も注目していなかった。
「なんだ? まだやってたのか? 全軍かかれ!」
レフトールは興味なさそうに言った後、総攻撃の指令を飛ばした。
残る八騎が一斉になだれ込み、それに驚いた相手の残り一人は、ジャンとの戦いを放棄して騎馬役の肩から飛び降りて逃げ出してしまった。最後の一人は戦闘放棄により、勝負はおしまい。
こうして乱戦は、ラムリーザの属する陣営が勝利を収めたのであった。銅鑼が打ち鳴らされ、戦いは終わった。
「よっしゃー! 去年に続いて二連覇!」
去年ラムリーザに勝利していたレフトールは、これで二年連続の勝利となる。
「くっ、来年覚えてろ」
敗れたベイオは大人しく引き下がっていく。正義が敗れ、悪が勝利した瞬間であった。
どっちにせよラムリーザは、レフトール軍の一員として騎馬戦の勝利を初めて体験できたのであった。
控え席に戻ると、「やったね!」とソニアが迎えてくれる。
「去年は敵だったのにね」
くすりと笑いながら、リリスはレフトールを見つめて言った。
「俺も最後まで活躍したぞ」
そのリリスに、ジャンはアピールをかます。確かに最後までという意味では間違っていない。
「レフトールさんを味方にして、今年はどうでしたか?」
ロザリーンが尋ねてきて、レフトールは俺を褒めろとばかりにふんぞり返っている。
「うっとうしいだけですの」
しかし答えたユコは、全然褒めていない。
「なんでやねーん! 誠に遺憾に存じます!」