お弁当タイム ~鶏と卵~
11月10日――
体育祭の休憩時間、昼食の時がやってきた。
この時は、いつもロザリーンが主導権を握る。みんなを手招きして、校庭の外れにある大きな樫の木の下に集めた。
「この樫の木の下に鎧が埋まっていないかなぁ」
ソニアは謎の希望を述べた。なぜ鎧が地面に埋められているのかは謎だ。
「ごーはんだごはんーだ、ごーはんだよー」などとミーシャは適当な歌を歌っている。
「お弁当はなぁに?」
食いしん坊のソニアは、待ちきれないといった感じでロザリーンに尋ねた。それを聞いたロザリーンは、大きなバスケットケースを取り出して、ソニアの前に置いた。
「バスケットケースを食べるの?」
「アホがおる」
ソニアは突然横から突っ込まれてむっとして振り返る。そこにはリゲルが居て、ソニアを見下したような瞳で見据えていた。まぁこの場合、確かにソニアはアホな事を言った。
「サンドイッチをいろいろとたくさん作ってきたのですけどね」
「なるほど。まともな奴はサンドイッチを食べて、そこに居るアホはバスケットを食べたらよかろう」
リゲルの攻撃は続いている。自分の蒔いた種とはいえ、ソニアは不満顔になってしまった。
「それじゃあ食べてやるからバスケットよこせー」
ソニアはヤケになってバスケットを要求した。どうやら本気で食べるらしい。
「これは私の大事なバスケットだから、食べさせるわけにはいきません」
しかしロザリーンにきっぱりと断られてしまう。
「じゃあサンドイッチ頂戴よ」
「お前には、パンとパンの間にパンを挟んだパンサンドで十分だ」
「そんなものありません」
「お前は上半身だけ切り離してバスケットケースの中に入って復讐でもしてろ」
「なんで切り離すのよ!」
「気味の悪いこと言わないで下さい!」
なんだか妙なやり取りが、ソニアとロザリーンとリゲルの間で展開されていた。
「ねぇねぇ、ミーシャお団子作ってきたよー」
主にソニアとリゲルによる無意味な会話を止めたのはミーシャであった。しかし団子と聞いて、ラムリーザは顔をしかめる。あれはソニアが食いしん坊と化したアイテムだ。
「だんごー」
ラムリーザの予想通り、ソニアはサンドイッチよりも団子に興味を示した。お供え物を食べるぐらいだから、食用に用意されたものは遠慮しないだろう。月見団子が美味しかったことを忘れられないソニアである。
ロザリーンは元々大所帯になることを見越していて、籐製の大きなバスケットケースに一杯のサンドイッチを用意していた。卵や野菜、肉など種類はいろいろと盛りだくさんだ。
一方のミーシャは、これまた大きめの重箱に団子を詰め込んできていたのだ。
「ほんじゃま、頂きまくり」
なんだか妙なことを言って、レフトールはサンドイッチへ手を伸ばす。するとすかさずリゲルは「こら待て」と止めるのである。
「なんだよ?」
「ラムリーザが先だろ?」
「踊り子ちゃんもう食ってるぞ」
「な?」
卵大好きミーシャは、既に卵サンドをパクついている。そして団子大好きソニアは、デザートであるはずの団子から手を付けて、これまた既に口に運んでいた。
「順番なんてどうでもいいよ」
ラムリーザは苦笑いを浮かべて言った。
「そうだぞ、むしろ俺が毒見役になってやる」
そう言って、改めてレフトールはハムサンドを手に取った。
「毒なんて入れません!」
毒入りサンドを用意したことにされてしまったロザリーンは、憤慨して不機嫌そうになる。
「団子は後にして、サンドイッチから食べなさい」
団子ばかり食べているソニアに、ラムリーザはサンドイッチを差しだして言った。しかしソニアは、
「卵要らない、こっちのカツサンド食べる」
と言って、ラムリーザが差し出したものとは別のサンドイッチに手を伸ばしていた。しかしカツサンドはリリスも狙っている。争奪戦になること必至である。
「卵が嫌だって? そんなのミーシャ許さないよ!」
卵好きミーシャが怒る。
「それじゃあ卵が先か、鶏が先か、ちゃんと説明してくれたら卵好きになる」
ソニアの問題に、ミーシャは「卵は玉後だから後、だから鶏が先」と答えた。それを聞いたソニアは、納得したように二つ目は卵サンドを手に取ってやるのであった。
「一が卵で二は鳥じゃないんですの?」
そこにユコが余計なことを言ってくる。確かに鶏、二は鳥だ。これでは卵が先で鶏が後になってしまう。
「どっちが正しいの?」
ソニアは、卵サンドを食べる口を止めて尋ねる。答えが出ないと卵は食べてやらない作戦か?
「鶏は卵から生まれたのだろう? それなら自分は卵が先だと考えるね」
ユグドラシルは自信をもって答えた。
「待てよ、卵は鶏の卵とは限らず何の卵かわからないが、鶏は鶏であることが確定している。鶏が先で、その鶏が産んだ卵が後だ」
これはジャンの意見。
「もー、どっちが先なのよ!」
ソニアは卵サンドをバスケットケースに戻してしまった。
「ちょっと、食べかけを戻さないで下さい」
それにはロザリーンが怒る。
「じゃあどっちが先なのよ!」
ソニアは今度はロザリーンに食ってかかる。
「万物は、竜神テフラウィリスの産んだ卵から生まれたことになっています。だから鶏もその卵から生まれたということで、卵が先です」
ロザリーンは、帝国やこの周辺地域に広く伝わっている竜神伝説を元にして答えを出した。神学による答えとも言えるだろう。
ただし別の宗教では、万物は神が創造されたということになっているらしいので、その場合は鶏が先だとも言えてしまう。
しかし、信心深いものはここには居なかった。リリスなどは、「ソニアも卵から生まれた、卵王女、くすっ」とソニアを煽ることを忘れない。
「誰が卵王女よ! あたしはお父さんとお母さんから生まれた!」
「どっちが産んだのよ?」
リリスはさらに突っ込んでくる。
「むむむ……」
ソニアは唸る。そこは唸るところだろうか?
「卵王女? ミーシャが卵王女になるよ」
ここに卵王女がほんとうに誕生してしまった。
「それよりもソニアさん、この食べかけの卵サンド、最後まで食べなさい」
ロザリーンに促されて、仕方なくソニアは残った卵サンドを再び拾い上げてパクついた。
「で、リゲルはどちらだと思っているのだ?」
ラムリーザは女子たちの喧騒から少し身を離して、リゲルに聞いてみる。一応参謀としての意見は聞いておく。
「鶏は七面鳥を改良して作ったものだから、七面鳥の生んだ卵から鶏が誕生した。だから卵が先だ」
「それ本当か?」
「嘘だ。しかし進化論を考えると、鶏という種を決定するのは遺伝的形質であり、その遺伝的形質は交配によって生じる遺伝子によって決定される以上、卵が先だと言える」
「――?」
ラムリーザはレフトールと顔を見合わせる。しかしレフトールもリゲルの理論にはぽかあんとしているだけだ。
「ところでさ、レフトールって軍隊の司令官向きじゃないか?」
よくわからない話は、ジャンがぶった切る。ジャンは先ほどの騎馬戦でのレフトールの指揮ぶりを見て、そのように評した。
「ふっ、一個小隊を率いる小隊長ってところだな。一個連隊とかは指揮できないだろう」
しかしリゲルは、辛辣な意見を言った。
「なんでい、一個連隊だろうが一個師団だろうが指揮してやらぁ。でも俺はラムさんの騎士、ラムさんを守るボディガードを目指すさ。ライバルはあの――誰だっけ?」
レフトールは周囲を見渡すが、誰も見当たらない。しかしどこかで見張っているはずだ。
ラムリーザを護衛するのは今のところ二種類ある。一つはラムリーザ個人を護衛するボディガード、レイジィのような者がその任に就く。
もう一つはメトンが作り上げようとしている騎士団、これはラムリーザを含むフォレストピア全体を守る集団だ。こちらは将来的に、ラムリーザと同年代のジェラルドが騎士団長を目指している。
レフトールは、レイジィの後継者を目指しているのだろうか?
「実際戦争になったら、騎士団が動くことになるぞ」
「ちゃんと騎士団の話も進んでいるよ」
リゲルに指摘されたので、ラムリーザはちゃんと答えておく。
「しかしよ、敵がラムさんの所まで攻め込んできたら、最後に守るのはこの俺様だぜ」
レフトールは自分をアピールする。自分はラムリーザを守る最後の砦だと。
「司令官――というか領主の所まで敵に侵入を許したら、それはもうほぼ負け戦だけどな」
相変わらずリゲルはレフトールに批判的。しかしリゲルの言うことも正しい。それはもう、街が陥落して領主の館を敵軍が包囲しているような状況だ。
「そうならないために、騎士団にはがんばってもらわなければなー」
少し他人事のようにジャンは言い放った。
「ジャンてめーは気楽そうだな」
「俺は店の人だから、一般市民。民衆は守ってくれよ、騎士さんよ」
「知らねーよ」
ジャンとレフトールは何やら言い合っている。
「お前んところ、男爵号頂いたくせに」
「なんだてめぇ貴族かよ。リゲルもだよなぁ?」
「うちの親は子爵号頂いていたな」
「くそっ、俺だけ平民か。待てよ、おっぱいちゃんとかアレ平民だろ?」
レフトールは、卵! 鶏! と言い合っているソニアたちを振り返って言った。
「いやあいつ女爵だから、貴族だぞ」
ジャンが言うには、ソニアが自称している女爵という爵位はまだ有効なのであった。
バスケットケース一杯にあったサンドイッチは綺麗さっぱりと無くなり、団子のデザートタイムがやってきた。
ソニアは早速両手に持った二つをパクついてる。
「ミーシャの団子は、二つで七エルドだよ」
「何よ! 金取るの?!」
すでに二つ食べてしまったソニアは文句を言う。サンドイッチを食べる前にも何個か食べていたようだが。
「二皿七エルドですのよ」
「ミーシャの団子、うまいうまい」
リリスとユコは、早速ソニアをからかいだす。
「いちいちうるさいわね! 団子を食っちゃおかしい?!」
「ソニアって食いしん坊ね、てんぷらとか団子とか」
「まだ言うかっ!」
ソニアは怒って懐に手を突っ込む。しかし今日は、ブタガエンの入った小瓶は持ってきていなかった。本来ならこの辺りで、リリスたちはブタガエンまみれにされてエンエン言っている頃だ。
「ちょっと何すんのよこの変態乳牛!」
そうなるとその代わりの攻撃が、リリスのサイハイソックスへと向かうわけで――
男子のグループと女子のグループでは騒がしさが全然違う。主にソニアがうるさいだけだが。
「レフトール、他の仲間は?」
「んん? あいつら体育祭などかったるくてやってられねーってどっかにしけこんでいるぞ」
「サボリか、お前は?」
「俺も昼食終わったら帰るかな、騎馬戦終わったし」
やはりレフトールは、レフトールであった。仲間になっているように見えて、実はアウトロー。ラムリーザとレフトールは、お互いにお互いを利用しているだけなのかもしれない。
「でもよ、いつかは本物の馬に乗って戦場を駆け巡ってみたいものだぜ」
「その時はハチマキ取るだけでは勝負はつかないぞ。槍で刺すか、刺されるかだ」
レフトールは理想めいたものを語り、リゲルは現実を告げる。
「それは帝国騎士団の務めだね」
「ああ、そうなるか」
レフトールは軍を率いるというものに興味があった。しかしそれ以上に目指したいものは、
「俺はやっぱりラムさん個人のガードになりたいかな」
「じゃあレイジィだね」
騎士になりたいなら、メトンのおじさんに教えを乞えばよいし、個人的なガードを目指すのであれば、レイジィに弟子入りでもすればよい。それはレフトールが決めることだ。
しかしレフトールは考えた。レイジィのような存在では、普段は我を殺してじっと闇に潜んでいなければならない。それだと表向きの交流は皆無になってしまうようなものだ。
それでは寂しい。
ラムリーザを守りつつ、平時は一緒にわいわいできるような関係。そういう都合がよいものは無いだろうか?
しかし残念ながら今のレフトールには、漠然とした未来すら浮かばないものであった。
「卵!」
「鶏!」
一方ソニアたちは、再び卵と鶏論争に戻っていた。
「卵はミーシャが好きだから強制的に後ろ。チキンの丸焼きはおいしいから鶏は強制的に前!」
「卵は『た』! 鶏は『に』! どっちが前かは明白!」
「鶏は朝うるさいから後ね。卵は静かだから前にしてあげる」
「ソニアが口から産んだ卵から鶏が生まれた」
「なによそれ!」
「あなた緑色が多いから口から卵産めて、身体がちぎれても再生してきそう」
「どういう意味よ!」
――とまぁ、理論ではなく感情論で卵と鶏の順番を決めるようになっていて、まぁはっきりと言ってしまえば何の実りのない雑談となっているわけで……
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