勝ったり負けたり

 
 11月10日――
 

 昼食及び昼の休憩が終わり、午後の競技が始まった。

 まずは、ラムリーザとソニアの出場する大玉転がしが行われた。

 二人の転がす緑色の球は、ラムリーザの背よりも少し大きく、ソニアなどはすっぽりと隠れてしまうぐらいの大きさだ。

 ジャンが言うにはこの競技は遊びみたいなものだと。しかしラムリーザは、そのぐらいの競技が丁度いいと言う。運動が極めて得意ってわけでもないので、体育祭と言えどもそれほど気張って参加する必要はない。

 もっともレフトールは、騎馬戦だけ気張って参加して、古語の競技が始まると姿を消していた。

 ラムリーザとソニアは、一緒にスタート地点へと向かう。

「ねぇ、ラムが一人で押して、あたしは応援しているだけってのはどう?」

「世界征服ができるぐらいの才能があるのなら認めるよ。できなければ、そんな非協力な娘は桃栗の里に入って精神を鍛え直してもらう」

 またリゲルが怒りそうなことを言ってしまうラムリーザであった。

 対戦する相手は二人を除くと三組。一度に四つのチームが競争することとなっていた。そこでラムリーザは、残る三チームの敵情視察をやってみる。

 まず赤い大玉のチーム。女子がそれはもうふくよかな方で、ここは遅そうだ。もっともソニアも、一部が非常にふくよかだ。食いしん坊になってから、ますます膨らみ――

 次に青い大玉のチーム。こちらは男子がまるまると――、遅そうだ。

 最後に黄色の大玉チーム。二人ともスラッとした体格で、いかにもスポーツ選手と言えそうな雰囲気。ライバルになるとすれば、このチームだろう。

 ラムリーザが「黄色が強敵だろうね」と言うと、ソニアは二人の押す大玉を動かして、黄色の隣に付けてしまった。

「並んで飛ばすのか?」

「いい作戦があるの、あたしに任せて」

 ソニアが策を講じるとは珍しい。ラムリーザはそこまで勝負にこだわっていないが、ソニアがそう言うなら任せてみることにした。

 スタートの合図がかかる少し前に、ソニアは黄色チームの女子の太ももへと手を伸ばす。そしてそのまま、サイハイソックスに手をかけて足首までずり下ろしてしまった。

「なっ?」

 ラムリーザとその女子は、それぞれ別の理由で同時に驚く。

「ちょっ、ちょっと何あなた?!」

 突然妙なことをされて、その女子はソニアに文句を言ってくる。しかしソニアは聞き流して、もう片方の太ももへと手を伸ばす。結局ソニアの奇行によって、黄色チームの女子は両足ともサイハイソックスをずり下ろされてしまった。当然その女子は直そうとするが、ソニアはそれを邪魔する。

「なにこの娘、変な娘ね!」

 その台詞にかぶさるように、スタートの号令が鳴り響いた。

 ラムリーザとソニアの押す緑の大玉が勢いよく飛び出す。それに続いて赤と青の大玉がのそのそと動き出した。しかし黄色の大玉はスタートに遅れている。現在ソニアにイタズラされた女子が、靴下直し中。

「やったね、スタートダッシュ成功!」

 奇行を大衆の前で披露したソニアは、そんなことを気にする事もなく作戦成功を喜んでいる。

「妙な嫌がらせをしただけだろ」

 ラムリーザは冷静であった。そのうち黄色チームには追い付かれるだろうが、少しでもリードを保っていることができればあるいは――と考えていた。

 最初のコーナーに突入。ラムリーザとソニアは素早く場所を入れ替わって、ラムリーザが外側へと移動する。少しでも速い方が外側を押す方が曲がりやすい。ワンウェイホイールの要領――違うか。

 直線コースは主にラムリーザの力だけでまっすぐに動いていたが、カーブではそうはいかない。ソニアも片腕で自身の巨大な胸を抱え、もう片手で大玉をなんとか押している。走るには邪魔すぎる風船が、ソニアの行動を制限していた。

 しかしラムリーザの予測通り、赤チームと青チームはもたもたとしていて追い付かれる心配はなかった。ただし、スタートに大きく遅れた黄色チームがぐんぐんと追い上げてきている。

 コーナーを曲がり切り、再び直線コース。トラックを一周したらゴールなので、もう一度コーナーを曲がればその先がゴールだ。

 戦況は、ラムリーザたちの緑チームが先頭で、赤チームと青チームを少しずつ引き離している。そして黄色チームが少しずつ追い上げているといった具合だ。

 そして最終コーナーに突入。

 直線コースで赤チームと青チームを抜き去った黄色チームが二位に順位を上げ、先頭を転がっている緑チームに襲い掛かる。

 カーブの中頃で、ついに黄色チームは緑チームを捉えた。外側から抜きにかかる。

 その時、ソニアが転倒!

 ソニアはラムリーザに運よくぶつからずに、コーナーの外側へ向かって転がる。

 そのため、黄色の大玉はソニアにぶつかって方向を変え、観客席の方へと飛び込んでいってしまった。

 ラムリーザはちらりと転がったソニアを見たが、運動場で転んだぐらいで大騒ぎするようなものでもない。一人でなんとか大玉を転がしていったが、さすがに一人ではスピードダウンしてしまう。

 ソニアは急いで起き上がり、先へ行ってしまったラムリーザを追いかける。

 黄色チームはソニアにぶつかって観客席に飛び込んだ大玉をコースに押し戻して、再び追い上げ開始。

 そこでようやくソニアは大玉に追いつく。二人で大玉を転がして、懸命に逃げ切ろうとする。しかし黄色チームも再び追い上げてくる。ゴールまであと少し、黄色チームが追い付いてきた。

 しかしギリギリの差で、緑色の大玉がゴールラインを越えた。ラムリーザたちの勝利だ!

「やったー! 勝ったーっ!」

 ソニアは万歳して飛び上がる。

「邪魔ばっかりして、変態緑娘にやられたわ」

 黄色チームの女子が、ソニアを悔しそうに睨みつける。

「何が緑娘よ! ざっまーきゃっきゃっ! 黄天の世は終わり緑天の世が来るのよ!」

 なんだかよくわからない煽りをするソニア。しかしソニアの奇行が無ければ、普通に黄色チームがトップでゴールしていたことだろう。

 去年の二人三脚は地味な結果に終わったが、今年は堂々の――とは言い切れないが、とにかく一位。やったね、ラムちゃん! 家族は増えんよ!

 

 体育祭もスケジュール通りどんどんすすみ、終わりが近づいた。今年も毎年恒例の部活動対抗リレーの時間がやってきた。

 もっともラムリーザたちの所属する軽音楽部は、去年はリゲルの所属する天文部とビリ争いをしているだけに終わっていたのだが。

 今年はリゲルとロザリーンも天文部ではなく軽音楽部代表として出るようだ。天文部は新入部員が増えて、出場メンバーに余裕ができたそうだ。

 今年の軽音楽部メンバーは、ソフィリータ→ジャン→ミーシャ→リゲル→ロザリーン→ラムリーザの順番。

 部長がアンカーをすべきでは? という話になったが、そうなるとまたソニアとリリスが喧嘩するので、ここは大人しくラムリーザが引き受けておいた。

 レフトールは昼食が終わるとどこかに消えてしまったし、ユコはそもそも運動が苦手。ソニアはおっぱいがでかすぎて走るのが遅い、後はリリスとミーシャの二人の内どちらかを選ぶ。そこで走ってみた結果、ミーシャは格闘系はその軽量さ故に雑魚化していたが、その軽量さ故にスピードはそれなりにあったということで、リリスではなくミーシャを選択。

 ロザリーンとソフィリータは元々運動は得意な方で、ソフィリータはスピード、身軽さにおいてはかなりのものがある。後は残りの男子三人にがんばってもらいたいものだ。

 これが、現時点での軽音楽部ベストメンバーと言えるだろう。

 そもそもなぜ文化系が出ているのか、という話になるが、この部活動対抗リレーは体育祭の目玉競技の一つでもあり、人数さえ確保できればという条件で、ほぼ全ての部活が参加しているのだ。

 本命は陸上、のだま、チャッカーなど、あとは水泳、格闘部、スペランカー部などが続き、文化系からはラムリーザたちの軽音楽部、リゲルが掛け持ちしている天文部、そして文芸部やオカルト研究部なども参加している。

 その他もろもろも含めて、三つのブロックに分かれて六チームずつ戦い、上位二チームが決勝へ進むという流れとなっている。

 まぁラムリーザたちにとっては、決勝大会は縁のない物だろう。

 最初に戦うAブロックでは、のだま、チャッカー、水泳、スペランカーの体育系。そしてオカルト研究部の文科系。ラムリーザたちの所属する軽音楽部の六チームが登場することとなった。この内で二チームが決勝リーグに進むこととなる。

 本命はのだまとチャッカー、対抗が水泳とスペランカー。

 のだまはラムリーザたちも遊んだ、簡単に言えば棒で鞠をつつく球技、チャッカーはボールを蹴って相手のゴールに入れる球技である。

 水泳は文字通りプールで泳ぐ運動、スペランカー部とは山を登ったり洞窟を探検したり、そういったアウトドア・アドベンチャー系の部活だ。

 軽音楽部はギターやドラムなどでバンド活動をする部活、オカルト研究部は怪談や都市伝説の研究で、最近はソリチュード学院高校七不思議などというものの解明を進めているらしい。

 一番走者のソフィリータがトラックに進み、他の部活の出場者も続いた。よく見てみると、文化系の部活は人数の関係で男女混合なのに、のだまやチャッカーは元々部員が男子だけというのもあり、男子部員だけのガチ戦闘態勢だ。これでは最初から本命は決まっているようなもの。

「ファンタジーでは意外性が発揮されるものなのよ」

 これはリリスの一言。確かにバクシングの競技では、ソニアがラムリーザを圧倒――までは行かないが、一応勝利している。

 

 そして、銅鑼が打ち鳴らされて競技が始まった!

 

 ソフィリータが、のだまやチャッカー部員を大きく引き離し、単独トップに躍り出る。リリスの言ったことが本当になっているかのように、誰もが予想していなかった軽音楽部がトップに躍り出るといった大穴展開となっていた。

「ほら見てみなさい、私たちは主人公だからこういう展開になるのよ」

「確かにアニメや漫画では、あり得ない部活が体育系をぶっちぎって勝ったりしますわね」

 観客席では、参加していないリリスとソニア、ユコが雑談している。

「あたしも出たかったなぁ」

「あなたアンカーやって、最後にトップからビリまで転落したらいいのよ、くすっ」

「うるさい呼吸する吸血衝動!」

 とまぁ結果的にソフィリータは、二位以下にかなりの差をつけてトップで二番走者へと繋いだ。

 二番走者ジャンは、特別速いわけでも、特別遅いわけでもない。しかし他の部も二番手にはそれほど力を入れていない。そんな事情も関わって、差は縮まったもののジャンは一位のまま三番走者へとバトンを繋いだ。

 逆に言えば、スタートダッシュも考慮したであろうのだまやチャッカーの相手にも大差をつけたソフィリータが規格外の脚力だったわけだ。

 三番走者のミーシャは、ふわりといった感じに飛び出した。何気に速いじゃないか。

「あの媚び媚び娘、スピードだけはあるのね」

「でも捕まえたら弱いので、ハッキョイでは相手にならなかったわ」

 相手を押し出したり転がしたら勝ちとなる競技では、小柄で身軽なミーシャは白星配給係だった。しかし走るだけとなると、その身軽さとダンスで鍛えた脚力は、抜群のスピードを生み出す。

 その結果、ミーシャは一位の座を守ったまま四番走者へとバトンを繋いだのだ。

 文化部がここまで一位を維持しているということは、前代未聞のことであった。運動部の名折れとなってしまうが、ここから巻き返せるのであろうか?

 四番走者はリゲル、根っからの文化系だ。参謀長が前線に駆り出された時点で負け戦濃厚――のようで、残念ながらリゲルはそれほど走るのが早くない。みるみるうちにチャッカー部とのだま部の四番走者が追い付いてくる。

「あー、これはダメね。夢もここまで、この世界は現実だわ」

 リリスはここまでのめりこむようにレースを見ていたが、リゲルが追い付かれて三位に転落した時点で興味を失ったようである。

「リリスってね、時々天に向かってそびえる階段が見えるんだ」

「なんですのそれは?」

 観客席のござの上で仰向けに転がったリリスを、ソニアはフンと鼻をならして嫌そうな視線を向ける。

「ラムが最後にまくってくれるよ、ラムなら大丈夫」

「夢見がちのソニア」

「戦争の加速についていけないリリスは黙って寝てろ!」

 外野の言い合いは置いといて、リゲルは三位でなんとか第五走者へと繋いだ。文化系としてはまだ健闘している方であろう。

 そして第五走者のロザリーンは、普通に速かった。元々万能って感じのロザリーン、三位まで落ちた順位だが、少しずつトップ争いをしているチャッカー部ののだま部に追い付いていった。

「見てよまだだ、まだあたしたちは負けたわけじゃないっ」

 ソニアは、リリスを引き起こしながら言い切る。

「期待するだけ無駄だわ」

「なにこの根暗吸血鬼、ユコあんたもなんとか言ってよ」

「いや、流石に無理だと思いますの」

「いつもラムリーザ様ラムリーザ様言ってるくせに」

「別に私はラムリーザ様の足の速さを称えているわけではないですの」

「なによこいつら! ラム! 負けたら晩御飯抜きだからね!」

 騎馬戦の時と同じように、食料配給権を掴んでいるわけでもないソニアが、ラムリーザの食事を制限してしまった。

 騒いでいるのは外野だけ、ロザリーンは想像以上の走りを見せて、二位を走っていたのだま部の走者と横一列になって同時にアンカーへとバトンを繋いだ。

 一位はチャッカー部、少し前を走っている。そして二位争いを、ラムリーザとのだま部とで争っている。

 最初のコーナーまでは、ラムリーザはのだま部といい勝負をしていた。しかし残念ながら、ラムリーザの健闘もそこまでだった。コーナーを曲がり終えるころには、のだま部に二位の座を譲り渡してしまっていた。

 そこにスペランカー部のエースが、ものすごい追い上げを見せて、一気にラムリーザとのだま部を抜き去って二位へと躍り出た。

「あーもう、ラムがどんどん落ちてる!」

 ソニアはものすごく不満そうだ。

「だったらあなたが代わりに出たらよかったじゃないのよ」

 うるさいなぁ、とばかりにリリスはぼやく。

 動きがあったのはここまでだった。ラムリーザは四位というものすごく地味な順位でゴールしたのであった。

 一位は最後まで逃げ切ったチャッカー部、二位はアンカーが猛追したスペランカー部、そしてのだま部、軽音楽部と続き、やはり陸上では地味か――の水泳部と続いた。そして最下位はオカルト研究部。まぁここが勝ってしまったら、それこそオカルトである。

 こうしてラムリーザたち軽音楽部は、文化部としては健闘したという結果に終わった。

「私がアンカーを走れば、リザ兄様も抜かれることなく派手に立ち回れたと思うのに……」

 ソフィリータは、すまなさそうにラムリーザに謝った。

「別にこれでいいんだよ。ソフィリータは僕と違ってスピードが得意なのだから活躍できた。僕はそうじゃないので、チャッカーやのだまを引き立て役に回るので十分さ。逆に自分たちが一位なんて取ってみろよ、空気読めってことになるぞ」

「人はそれを負け惜しみと言う」

 ラムリーザの持論に、ジャンは茶々を入れた。

「いいんだよ。こんな文化部に負けるチャッカー部とか、立場がないだろ? なんでもかんでも自分が一番である必要はないのだよ。要は、一番を取れる人材を集めることさ。適所適材、全て自分で背負い込むことないさ」

「滅びの美学って、この世で一番美しいと思わないかしら?」

 今度はリリスが――、擁護しているのか?

「リリスが滅びたらいいんだ」

「リレーの勝敗ごときで滅びるとか栄えるとかあるものか」

 リゲルも突っ込みを入れる。

「ソニアは何でも勝たないと気が済まない、勝ち勝ち病にかかっているから、二位だとダメで憤死するのよ、くすっ」

 以下ソニアとリリスの口論は省略――

 

 こうして今年の体育祭は終わった。

 ラムリーザにとっては、騎馬戦や大玉転がしで勝てて、部活動対抗リレーでも文化部にしては健闘したという結果に終わり、満足なものだったのである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き