のだまリベンジ 後編 ~フルジャンプエラーの巻~
11月20日――
ソニアの持ち込んだ四国のだまというゲーム。以前ラムリーザにのだまでやられた事に対して、復讐戦いを挑んできたのだ。
七回表――
なぜか観客席から、細長い風船が大量に打ちあがる。
「風船だね」
「風船言うな!」
リリスのせいで、風船という言葉に敏感になっているソニアであった。
先頭打者がヒットで出塁。既にラムリーザは、完全に打つタイミングを見切っていた。
「おなかすいた」
「やかましい」
もうだまされない。ラムリーザはゲームに集中していた。ソニアの陽動作戦を見切って、二人目もヒット。
これでノーアウト一塁二塁、このゲームに関してはラムリーザの方が上達は早かった。
しかし三人目の打者は、二塁ゴロに打ち取られてしまった。しかもソニアは、二塁に投げてフォースアウトを取った後、一塁にも投げて一気に二つもアウトを取ってしまった。所謂ダブルプレーというやつだ。
しかしこの間に、二塁に居た走者は三塁に移動していた。
「どうだラム!」
「ふっ、二死三塁。走者が二塁に居るのと三塁に居るのとでは大違いだぞ」
「なんでよ」
「えっと……、なんだったっけな?」
要するにホームインのチャンスが増えるということなのだが、のだまにそれほど詳しくないラムリーザは、よく分かっていなかった。
そんなわけで、ソニアを焦らせることもなく、普通に外野フライでおしまい。
七回裏――
ふたたび大量の風船が舞い上がる。
「風船が、いっぱいあるのだー」
「うるさい!」
ラムリーザの挑発でソニアは怒り、そのまま怒りのヒットを炸裂!
「よーし、ここから逆転だぁ!」
三対一でラムリーザの二点リード、まだまだ勝負は分からない。
「ならばこっちも秘策を繰り出すか」
そこでラムリーザはタイムを掛けて、守備変更をする。すなわち、左翼手と右翼手を入れ替えたのだ。
「なにそれ? 何の意味があるのよ」
「ふっふっふっ、よく考えてみよう」
ソニアが首を傾げたところで、ラムリーザはいきなり投球してやった。
「あっ」
ソニアは慌てて振るが、かすった球は平凡な内野フライとなってしまった。
「どうだ、外野の守備位置を交代させたから、打球が外野に飛ばなくなっだろう」
「せこいぞそんな裏技を使うなんて!」
ラムリーザは再びタイムを掛けて、再び左翼手と右翼手を入れ替えた。
意味があるのかどうかわからないラムリーザの作戦にソニアは動揺し、次の打者も球をかするだけに終わってしまい、投手前のゴロとなった。
ラムリーザは二塁、一塁と投げて、先ほどのソニアの守備の時のように、一気に二つアウトを取って終わらせてしまったのだった。
八回表――
ラムリーザの攻撃、先頭打者はうまく凡打を打たされて球は一塁へと転がっていった。
ソニアは一塁手を操作して球を受ける。そしてそのまま一塁に送球――
「あっ!」
だが一塁のベースに野手は居なかった。これは失策か? よくわからない。
「一塁に投げるんじゃなくて、走ればよかったのに」
「むーっ……」
一応ヒット扱いとなったようだ。失策のようだが、ゲームのシステムはそこまで追いかけていないのか?
二人目の打者は、思いっきり振ることは無く、バットを途中で止めて球に当てることだけに集中していた。所謂送りバントというやつだ。
再び一塁側に球は転がるが、今度は投手が球を拾って一塁に投げる、アウト。一死二塁となった。
ソニアはタイムを掛けて、先ほどラムリーザがやった時と同じように、左翼手と右翼手を入れ替えた。
「これで外野に球はとばないよ」
「そうかもしれないねぇ」
三人目の打者は、思いっきり振ると見せかけて途中でスイングを止める。再びコツンと当てて、球は三塁線に転がる。
ソニアは急いで投手を動かして球を取りに向かうが――
「その線から外に出たらファールになるよ」
「そうなの?」
ラムリーザの一言で、ソニアは操作を止める。しかし球は線の外に出ることもなく、三塁手のところまで転がっていった。
「嘘つき!」
「嘘は言ってないさ、線から出たらファールになるのは本当さ」
「出なかったじゃないのよ!」
「球が線から出るとは言ってないよ」
「むーっ!」
どうやら心理戦には、ラムリーザの方が得意なようだ。
一死一三塁となった次の打者は、センター方向に大きなフライを打ち上げたのだった。
「ちょっと! 外野の守備位置変えたのに、なんて外野に飛ぶのよ!」
「知らんがな」
ラムリーザは、タッチアップを狙う。中堅手が捕球すると同時に、三塁走者を走らせた。バックホームは間に合わず、一点追加。四対二!
「たぼうさん! たぼうさん!」
「なんね」
また意味不明の叫び声を上げて怒るソニア。
さらに次の打者もヒットを打って、二死一塁二塁。まだまだラムリーザの攻勢は続く。
――と思わせておいて、その次の打者は、平凡なレフトフライで終わったのであった。
八回の裏――
ソニアが攻撃できる回も、この回を入れてあと二回だけ。現在四対一、点差は三点、まだなんとかなる範囲内だ。
ソニアは前のめりになって、画面を凝視している。
「バッターびびってるっ」
「びびってないっ!」
少なくとも頭に血が上っていて、冷静でないことだけは間違いない。
ラムリーザとソニアのゲーム対戦では、基本的にソニアが勝つ。十回戦ったら、一回か二回ラムリーザが勝つ程度だ。そして今日ののだま対戦は、珍しくラムリーザが勝つ側となりそうであった。ソニアのほとんどやらないジャンル、二人とも初めてのプレイという要素が重なって、最初から互角の戦いとなっていたのだ。
もちろんソニアも、いつも勝っているからと言って今日は勝ちを譲ろうという感情は全くなかった。いつでも勝利を! というわけだ。
ラムリーザはなかなか投げない。ここに来ても心理戦を挑んでくる。勝っている余裕からくる行動だった。
「早く投げてよ!」
ソニアが文句を言うと同時に投球。「あっ」と言うが、ほぼ奇襲攻撃みたいなものに空振り。
そして再びじらし作戦。
「ラムのいじわる!」
文句を言うタイミングに合わせて投げる。そこが丁度ソニアがゲームから一瞬気を離す瞬間だ。空振りを誘いやすい。
三球目を投げようと思った時、ラムリーザは自分の鼻がムズムズするのを感じた。これも使わせてもらおうということで――
「ぶええっ、ほん!」
「うわっ」
くしゃみと同時に投げた。少しびっくりしたソニアは、またしても空振りしてしまい三振、アウト!
「さて、あと五人か」
「違う!」
ラムリーザはソニアの顔をじっと見つめる。じーっと見つめ続ける。
「ソニア、可愛いなぁ」
「何よ急に」
ソニアがこちらを向いたところで、投球する。投手は画面を見なくても、適当なタイミングでボタンを押して投げるだけでよい。
しかし打者は、球をよく見てタイミングよく打ち返さなければならない。つまり二人とも画面から目を離している時に投げられた球は、見逃しストライク。
「あっ、ずるいっ!」
「やっぱのだまゲームより、ソニアの可愛い顔を見ている方が楽しいなぁ」
「今そんなこと言うなっ」
といいつつも、可愛いと言われてソニアはラムリーザのことが気になりすぎてしまう。
「よし、この試合ソニアが勝ったら、好きなものを一つ買ってあげよう」
「ほんと?!」
ソニアがラムリーザの方を振り向くのに合わせて投球。再び見逃しストライク。
「なんかやっぱり今日のラムはずるい!」
などと、いつもずるいソニアが文句を言ってくる。
そこにラムリーザは大きな口を開けて――
「くしゃみすんな!」
とソニアが言った瞬間投げてくる。見逃し三振アウト! 球審がなんだか独特なポーズを取っている。上手く説明できないが、ざっくり言えば「卍」と表現できるか? こんな感じのポーズだ。
「よし、あと四人」
「ねぇ、チーム交代しようよ」
「なんやそれ?」
「あたしがそっちプレイする。コントローラー交換しようよ」
「なんでやねん」
ソニアの持ち出した無茶な取引を無視して、ラムリーザは投球を開始する。ソニアは画面をキッと睨んで、球をしっかり見極めて打とうとする。
「いかん!」
その時ラムリーザは、突然一言つぶやいた。ソニアはチラッとラムリーザを見る。その一瞬の視線移動が仇となり、打球はファールとなった。
「なにがいかんのよ!」
「外角を要求したのに、内角に来た」
「むー……」
続いて二球目を投げる。
「いかん!」
「うるさいっ」
今度は気を取られずに、しっかりとバットに当てたのだった。球は外野へと大きく打ちあがった。
「いかんっ!」
今度はソニアが同じことを言って邪魔をしてくる。しかしラムリーザは、最初から何か仕掛けてくると見破っていたので、ソニアのつぶやきは無視して球をノーバウンドで
捕球。外野フライでスリーアウト、チェンジ!
九回表――
「さて、とどめを刺しにいきますかな!」
「んーっ!」
ソニアは鼻を鳴らして不満そうだが、今日は勝つと決めたラムリーザはゲームに集中していた。
先頭打者は、初球ボール球には釣られず、ファールが二回続き、四球目を一塁と二塁の間に打ち込んだ。ギリギリのところで二塁手は球に届かず外野に転がっていき、ライト前ヒットとなったのである。
二番目の打者、初球は高めの球を無理やり打ちに行ってファール。二球目、三球目とボール球を見送る。
「振ってよ!」
「なんでやねん」
ソニアは相変わらず怒っているが、知ったことではない。
四球目、ソニアがストライクを取りに来たところを、今度はレフト前にクリーンヒットを放ってやった。当たりが良すぎて先頭打者は二塁止まり。
「もーっ!」
「さて、ここは送りバントでチャンスを広げてだな」
勝っているけど、慎重に攻めるラムリーザ。ソニアをとことん追いつめて完勝するつもりでいた。今の打者は足は早いが力は無い。ここで攻めるよりも、次の強打者に任せた方が良い。
ソニア、一球目を投球。ラムリーザ、初球からバント狙い。
「あっ!」
しかし当て方を失敗したのか、バットに当たった球は打ち上ってしまったのだった。
「やった、取っちゃえ!」
ソニアは、一塁手を猛然とダッシュさせて、ふわりと飛んでいる球に飛び掛かっていった。
「あっ!」
今度はソニアが声を上げる番。無理やり突っ込んだためか、一塁手は球を捕球できなかったのである。球はファール地域に飛んでいたが、一塁手が触れたためにフェアとなっていた。
「おおっ、フルジャンプエラーだね」
「ふじこ! ふじこ!」
エラーで無死満塁となり、またしてもソニアは意味不明な言葉を発して悶えている。
「さて、次は強打者のヤニキだぞ」
「もうやだ!」
「まだ試合は終わってないぞ」
「こんなの聖戦じゃない!」
「なんやそれ……」
よくわからないが、ソニアはラムリーザとのこの戦いを聖戦だと思っていたようだ。
戦とは煩わしいものだが、聖という言葉を添えるだけで甘美に響くとでも思っているのだろうか。
四番目の打者ヤニキに対して、ソニアは一球目はぶつけようとしたのか内角にクソボール。
「ぶつけたら一点入るよ」
「むーっ!」
二球目はど真ん中に直球を投げ込んできた。ソニアは荒れ球と直球を混ぜこんで、打たせないようにしているのだろう。
三球目は外角高め、四球目は内角低めに外してくる。
「もう一球ボール球を投げてごらん」
「うるさいっ!」
五球目、低めだがストライクの球をラムリーザは逃さなかった。うまく流してレフト前にヒット。その間に、二塁と三塁の走者がホームインして二点追加。六対一と、点差を五つに増やしたのであった。
「なんなんなん!」
「勝負あったかな?」
「んんーっ!」
なんだかソニアは、怒りながらも泣きそうになっている。
しかし今日のラムリーザは、冷徹な勝負師だ。再び一塁二塁になったので、次の打者も送りバントを仕掛けようとした。何しろ次の打者は、先ほどホームランを打ったブンシューである。ここはチャンスを広げておく方が良いだろう。
半泣きのソニアが投げた一球目、うまくバントで当てられずにストライク。二球目もバントを狙うが、後方に打ち上げてしまってファール。三球目は外角高めに大きく外れるボール球。四球目はもうバントせずにヒットを狙ったが、一塁側に切れるファールとなった。ツーナッシングという状態だが、粘る粘る。
「ぐすっ」
なんだかソニアが鼻をすする。泣いたか? 復讐に来たが、返り討ちに合うのか?
五球目、上手く当てそこなった球は、一塁側へと大きくバウンドして転がった。ソニアは一塁手を操作して捕球、今度は誰も居ない一塁には投げずに、走っている所にタッチしてアウト。しかしその間に他の走者は進塁して、一死二三塁となった。
「まあいいや、同じ結果だね」
ラムリーザにすれば、送りバントが成功したような物。次のブンシューで勝負に出られるのだ。
しかしソニアは、一度ホームランを打たれている打者とは勝負しなかった。最初から敬遠してくるのだ。
「満塁になっちゃうよ」
ラムリーザの一言に、ソニアは答えない。かなり追い込まれているようだ。
結局敬遠成立、一死満塁となった。
次の打者は、リシュクという者。あまり知らない、どうでもいい選手だろう。ソニアも強打者ブンシューよりも、この地味なのと勝負した方がよいというものだ。
そしてソニア、地味なリシュクに対して第一球――
「あっ!」
ソニアの玉投げた瞬間投手が「!」マーク、失投だ。ど真ん中に棒玉がやってくる。フルスイング! ぐんぐん伸びていく、入った入ったホームラーン!
ここに来て満塁ホームランが飛び出来て、一気に十対一と点差を広げてしまった。
「むぎゃおーっ!」
ソニアは妙な叫び声を上げ、コントローラーを投げ出して立ち上がる。
「なんだよ、これはゲームだからどっちかが負ける。僕はゲームに勝っちゃいけないかい?」
「うるさい! ラムの馬鹿!」
転がっているココちゃんを三体ほどラムリーザに投げつけた後、そのままふえ~んと泣きながら部屋から飛び出していった。
「まったくなんだよ……」
ソニアはゲームに負けた腹いせに、相手の腕を引っこ抜くことはやらないだろうが、プレイを放棄して逃げ出してしまった。
一人取り残されたラムリーザは、ゲーム画面を見る。そこには連打を浴びてパニックを起こしている投手が、プレイヤーを失って棒立ちとなっている。
「しょうがないな」
ラムリーザはソニアが使っていたコントローラーを拾い上げて、投手を操作し始めた。
三人の打者に対して九球投げて連続三振で終わらせた。
九回裏――
泣きながら逃げ出したソニアはもうおらず、棒立ちの打者に対してラムリーザは真ん中に九球投げるだけの作業。ゲームセット。
こうして、ソニアの復讐は返り討ちとなり大失敗に終わったのである。
終わってみれば、ラムリーザ側に二本のホームランと十三本ヒットがでる猛攻撃、対するソニアは最初の方にずるい方法で取った一点だけ。ヒットも二本だけに終わり、ソニアの完敗であった。
ソニアは部屋から飛び出していったきり戻ってこない。いつも主にずるい手を使ってラムリーザをこてんぱんに叩きのめしているソニア。たまにこうして反撃を食らうと大騒ぎ。
だからと言って、勝負の手を抜いたら怒る。困った娘だ。
ラムリーザは寝るまでの少しの時間、この四国のだまをプレイしてみることにした。どうやら対戦モード以外に、シナリオモードというものがあるらしい。
主人公を選んで物語を楽しめるようだが、ソニアが見ていると怒るだろう。というより、このゲームはすでにソニアの中で黒歴史になっているに違いない。
購入初日に投げ捨てられる、可哀想なゲーム。
そんなゲームをラムリーザは一人でプレイしているのだった。
夜寝る時間になって、何も言わずにソニアはラムリーザの部屋に戻ってきた。
そしてそのまま何も言わずに、ラムリーザの寝ているベッドにもぐりこむ。怒っているのか顔は合わせずに背中を向けて布団に入ってきて、その背中をラムリーザに押し付けて寝るのであった。
ラムリーザのことを怒っているけど、一人では寝たくない。ラムリーザのことが嫌いだから顔は見たくないけど身体は引っ付いていたい。そんなところか?