ジャンとユコ ~リリスの実家~
11月23日――
週末のこの休日、ジャンとユコはフォレストピアの駅からポッターズ・ブラフに向かい、リリスの実家に行こうとしていた。
ユコの情報では、リリスは実家に籠っているらしい。もしそれが本当なら、実家に行けばリリスに会えるというものだ。
駅で待ち合わせた二人は、そろって中へと入って行く。
「二人で行くんですの?」
「大勢でゾロゾロ行っても、リリスが恐縮するだけだろ?」
「せめてラムリーザ様ぐらいは?」
ユコのその提案に、ジャンは首を横に振って答えた。
「ラムリィが行くと、彼が主役になるだろ? これは俺とリリスの問題だからな。それに加えて――」
「それに加えて?」
「ラムリィが行くとなると、あのエルもついてくるだろ? そうなったら、しっちゃかめっちゃかな展開になるのが目に見えているからな。今日はマジモードで行きたいと考えているから、本当なら俺一人が良いのだけどな」
「ああ、それは言えてますの」
ジャンのそんな思惑にユコも納得して、二人で汽車に乗り込んだ。
「ジャンさんは、リリスのどういった所が好きになったんですの?」
「それはいずれわかるさ。その前にリリスを表に出してこないとな」
「どうやって出しますの?」
「そうだなぁ、部屋の前で宴会でもするか?」
「それだと絶対に出てこないと思います」
そこでユコは、念のために携帯端末でリリスに連絡を取ってみた。どうやらリリスは、今日も部屋に籠ったままであるようだ。
文化祭が終わってからそろそろ一週間になる。しかしその間、リリスは一度も登校してくることは無かった。
「ところで、ラムリーザ様とソニアの二人、今週は変でしたね」
「引っ付いているけどソニアは顔を合わせようとしないだったな。ま、さしずめ喧嘩して顔も見たくないけど、身体はくっついていたいのだろう」
「変なの。あ、ソニアの方ね。ラムリーザ様はいつも通りでした、行動が妙なのはソニアの方」
「ま、さっき聞かれたリリスの好きなところは、ソニアと似ている所が、かな」
ソニアの話題になりかけていたので、ジャンは軌道修正してリリスの話をする。
「バストですの?」
「それもあるけど――、いやないけど」
「あるんだ」
リリスもソニアが居るからそれほど注目されないが、ソニア抜きだと爆乳の域に十分達しているはずだ。
などと話しているうちに、ポッターズ・ブラフに到着。
フォレストピアからは、山脈を一つ越えるだけなので、十数分で到着する。途中のオーバールック・ホテル前を無視するならトンネルもありなのだが、ホテルの所有者の意向、また山腹にあるホテルへの直行便ということで駅を廃止する予定は無い。
ホテルそのものが、ボイラーの爆発で吹っ飛んでしまえば話は別であるが……。
「そういえばユコは、アントニオ・ベイ出身なんだったな」
リリスの家までは駅からしばらく歩かなければならないので、その途中で再び雑談タイムとなる。
「そうですの。中学へ進学と同時にここに来たんですの」
「知っているか? ラムリィの一族も、元々アントニオ・ベイ地方に住んでいたって話だぞ」
「ええっ? 私とラムリーザ様は同郷ですの?」
「いや、ラムリィの代には既に帝都在住だけどな。元々あの地方と広大な海を支配していたらしいぜ」
「それが帝国に取り込まれたんですの?」
「ああ、そうだぜ。上手いもんだぜ、いろいろ褒賞は思いのままとか、皇帝陛下の一族を妻として迎えさせてもらったりしたりな。知ってるか? 今のラムリィの母さんは、現皇帝の妹だか姉だとか、兄妹か姉弟のどっちかなんだぞ」
「あの方ですか、パーティの時に姿を見ただけで、直接話したことは無いですの」
「俺もねーよ」
などと話しているうちに、リリスの家に到着。隣の家は、ユコにとっては懐かしい家でもあった。約半年前まで住んでいたのだから。
「まだ空き家なんですのね」
「空き家かぁ……、フォレストピアだったら俺が買い上げて社宅にしてもいいのだけどな」
「で、こっちがリリスの住んでいる家ですの」
「お隣さん同士ね、幼馴染みたいだな」
「どっちかと言えば、腐れ縁ですの」
「んじゃさっそく」
ジャンは、門の横についている呼び鈴を押す。十秒後ぐらい、家の扉が開いて女の人が姿を現した。出てきたのは、黒髪の美しい熟女――?
「おおっ、久しぶりっ。んん? なんだか大人っぽくなったような?」
「ジャンさん、この方はリリスのお母さんですの」
耳元でささやきながら、ユコはジャンの脇腹を肘で突く。
「げほっ、ごほっ」
思わずむせかえるジャン。
「あら、ユコちゃんじゃないの、久しぶりね」
「はい、お久しぶりです。リリスママ」
ジャンはここで一つ発見した。大人と接するときは、ユコは似非お嬢様言葉を使わないことを。明らかに普段は、なりきって演じているのだと。
「どう? 新天地の住み心地は?」
「隣のフォレストピアでした。新しいイベントがたくさんあって楽しいですのよ。あ――、楽しいです」
わざわざ言い換える辺りに、普段が演技だとよく伺える。
「そちらの方は?」
そこでリリスママは、ジャンの方へと興味を向ける。
「初めまして、クラスメイトのジャン・エプスタインです。リリスさんがずっと学校休んでいるので、心配してこちらのユコさんと一緒に様子を見に来ました」
社交辞令ならお手の物といったジャンである。リリスへの想いは伏せるとして、きちんとした要件を伝えられる辺りしっかりしたものだ。
「ああ、それ丁度良いところに。あの子ったらまた昔みたいに部屋に閉じこもって出てこなくなっちゃって」
困ったような顔をするリリスママ。しかしユコは
「またお任せください」
などと頼もしげだ。確かに、過去に一度リリスを表に出している。今回も同じようにすればよいだけだ。ユコはそう考えていた。
「そう? それならまたお願いしますわ」
そう言って、リリスママは二人を家へと招き入れてくれた。
「さて、リリスの部屋は二階ですの」
ユコはまた似非お嬢様言葉に戻っている。ジャンはあえてそこには突っ込まず、ユコに付いて階段を登っていった。
「ん? 壁は綺麗だな」
「なんですの?」
「いや、引き籠りって壁とかに穴をあけたりするイメージだったが……」
「リリスにそんな力はありません」
「――だな」
さて、リリスの部屋の前。いきなり入るか? それともノックしてみるか?
「そうですの、リリスを驚かせてあげましょう」
そう言って、ユコはジャンを扉から離れさせる。そして扉の傍に顔を近づけて、
「いや、いやですのっ! ちょっとジャンさん、そこはダメです! あっ、やめてーっ!」
突然悲鳴に近い声を上げ始める。
「なっ?!」
それにはジャンも驚きだ。
しかしすぐに、ユコの目の前の扉が開いた。どうやら驚いたのは、ジャンだけではなかったようだ。
「あっ、リリス。久しぶりですの」
リリスはユコが扉の前にいるのにまた驚き、そして少し離れたところにジャンの存在を見つけると、さらに驚いたような顔をして扉を閉めようとした。
しかしその前に素早くユコが扉の前に身を投げ出して、閉めさせないようにする。
「久しぶりっ」
ジャンは、リリスの姿を見ると先ほどのユコの演技に驚いたのは嘘のように、笑顔を浮かべて挨拶をした。
「あっ、ひさっ、しぶ……り……」
ぎこちなく返事をしたリリスの様子は、ユコにとっては懐かしい数年前の物であった。リリスが去年吹っ切れる前ならば、大勢の人の視線に晒された時の状況そのものだ。
「何引き籠っているんですの?」
ユコは、強引に部屋の中に転がり込んでから尋ねた。ジャンも続いて部屋に入り、三人が入ったところで扉は再び閉められた。
「あの、えーと……」
リリスはユコから視線を外し、右上の方を見ながら口ごもっている。動揺している、動揺している。
「リリス、今日は新しい話を持ってきたんだよ」
ぎこちないリリスを気にかけていないように、ジャンは普通に話しかける。
「えっ、そっ? それって……?」
リリスの表情が少し強張る。ジャンとの文化祭での出来事を、思い出していた。
あの日の続きをするかのように、ジャンはリリスに対して、
「二人で降竜祭の実行委員に立候補しようよ」
別に告白の続きをする様ではなかった。
リリスは「えっ?」と一言答えただけで、ジャンの言っていることをすぐには理解できないようであった。
リリス的には、ジャンが後夜祭の出来事の続きをやってくるものだと思っていたのに、言った言葉はコウリュウサイという初耳の言葉。
いや、以前ユグドラシルが言っていたような気がするが、リリス自身ははっきりと聞いたわけではなかった。
「リリスが立候補するって決めてくれたら、俺も立候補するからさ」
「えっ――、えー、うん」
なんだかよくわからないまま、リリスはジャンの勢いに押されて返事してしまう。それでも、ジャンがあの日の事を誤魔化しているとしか考えられなかったので、すぐに尋ねてみた。
「あの、コウリュウサイではなくて、こっ、後夜祭ではないの――ですか?」
ジャンは、いろいろと新しい発見をしまくりの一日だなと感じた。大人の人相手では標準語で話すユコ、そしてうろたえると丁寧語になるリリス。
この場合、ジャンの知っているリリスだと「後夜祭ではないのかしら?」となるはずであった。
「そんなにうろたえなくていいから。後夜祭は失敗だ、無かったことにしよう。それにあの夜のことは、俺はもう気にしていないよ。リリスにもいろいろ事情があったわけだからね。それよりもさ、一緒に降竜祭を盛り上げてみないかい?」
「考えておくわ」
ジャンがいろいろとフォローしてくれたので、リリスも少しは落ち着いてきたようだ。
「それよりも、コウリュウサイって何かしら?」
「興味を持ってくれたか? 週明けにユグドラシル先輩から話があるはずだ。だから来週からは学校に出てくれよ」
「う、うん――」
多少戸惑いのようなものを見せていたが、リリスは明後日からは登校することを約束してくれた。
「まぁ居る場所がわかっているのだから、次から登校中にここに立ち寄って起こして引っ張ってでも連れていけばいいんですの」
「おー、毎朝幼馴染が起こしてくれる普通の高校生を俺に演じさせてもらうわけか」
勝手にリリスの幼馴染の設定になるジャンであった。
「幼馴染と言えば、ラムリーザ様も毎日ソニアに起こしてもらっているのかな?」
「いや違うなユコ。ラムリィがソニアを起こしているという話だぞ」
「全く、どうして私の周りの女の子はだらしない娘ばかりですの?」
「うるっさいわね」
顔をしかめて言い放つユコに、リリスは不満そうに吐き捨てた。
「それで、そのコウリュウサイに立候補したら、あなたは何をしてくれるのかしら?」
いつも通りの二人を見て、リリスもいつも通りを取り戻した。
「そうだな、俺の全てをお前に分けてやろう」
「ばっ――」
しかし再び後夜祭の時の雰囲気っぽくなり、リリスは顔を赤くする。
「――というのはまだ早いか。そうだな、俺はリリスと一緒に降竜祭の実行委員をやってみたいだけだよ。ただそれだけなんだ」
「それだけなのかしら?」
「そう、それだけ。他にもメンバー集まるだろうが、俺たち二人の力を合わせて降竜祭を成功させてみようぜ。考えておいてくれよ、明後日の朝までにな」
「わかったわ、考えておく」
それだけ言うと、リリスは再び部屋の奥に座り込んだ。
ジャンとユコは、リリスの家を出て帰路についていた。今日は用件だけを伝えられたらいい。あまり急に刺激を与えすぎない方が良いだろう。ジャンはそう考えていたので、目的を達成できたらさっさと退散したのだ。
「告白の続きをやるんじゃなかったんですの?」
「いんやな、ユコから聞いた話から判断して、その前段階を固めることにしたんだ。リリスに、俺の告白を受けるに相応しい女なのだということを、彼女自身に認識させるために、な」
「自分の友達相手に言うのも何ですが、めんどくさい女ですの」
「みてろよ、俺の告白を信用させてやるから」
「それはそれで変な話ですのね……」
ジャンは本気であった。
リリスは引き籠り体質だが、深く関わってみるとソニアと同類。
リリスは見た目妖艶なる美女だが、深く関わってみるとソニアと同類。
ジャンは元々ソニアのような娘が好みだった。しかしラムリーザに遠慮して、深く関わろうとはしなかった。
そこに現れたこのリリスは、ジャンにとっては願ったりかなったりの相手だった。
「俺はリリスに本気だからな」
「がんばってくださいね」