護身具ブランダーバスの練習
11月24日――
休日の午後となると、いつもラムリーザの部屋はのんびりまったりモードになっている。
ラムリーザはリクライニングチェアでくつろぎ、手に持ったラッパ状の道具を弄んでいた。
それはブランダーバス、護身用にと暫定的騎士団長のメトンから受け取ったものだ。引き金となっている場所を動かすと、銃身の後方、持ち手に近い場所に付いた飾りがカチリ、カチリと動く。ただそれだけだ。
ソニアもこれまたいつも通り、ゲーム中であった。プレイしているのはいつぞやの風船割りゲーム。一時はプレイ禁止と言っていたものだが、すっかり忘れて普通にプレイしている。
実際のところは、最初はラムリーザが先日対戦した「四国のだま」のシナリオモードで遊んでいたのだが、ソニアに見つかるとすぐに「それダメ!」とか言って止めさせてくる。ソニアにとっては見たくもないゲームなのだ。
しかしラムリーザはそのゲームを、一人の時にこっそり楽しんでいた。
シナリオの内容は、古代に繁栄した四つの国家が覇を争うといった定番の戦国ゲームであったが、戦いがすべてのだま対戦に結びついているといった不思議な世界であった。
例えばラムリーザの選んだ陣営が敵軍に攻め込む。そして完全に包囲してあとは殲滅するだけといった状況になると、おもむろに「降伏しろ! さもなくばのだまで勝負だ!」などと言い出すのだ。すると敵も、「降伏などするか! その勝負受けてやる!」などと言って、戦略シミュレーションゲームが突然のだまゲームへと変化する。
のだまの勝負に勝てばシナリオが先に進み、負けるとゲームオーバーとなり、試合前に戻されてしまうのだ。
だがソニアがそのゲームを嫌うので、彼女が居ない時しかプレイできない。
しかしいつもラムリーザの部屋に入り浸っているようなものなので、風呂に入った時とかそんな時しか進められないでいた。
ラムリーザがリクライニングチェアでブランダーバスをいじっている間、ジャンからメールが届いてくる。なにやらリリスと降竜祭の実行委員に立候補しようという話になっているらしい。
そこでラムリーザには、特にソニアには立候補させるななどと言っている。ジャンはリリスと二人で参加したいのだというので、ラムリーザは素直にジャンに任せる。ラムリーザが動かなければ、ソニアが一人で立候補することなどないだろう。
「誰からのメールよ」
相変わらずソニアは、ラムリーザ宛てのメールに敏感だ。
「ジャンだよ」
そう答えると、すぐに興味を失う。ソニアからしたら、リリスやユコからでなければどうでもいいようだ。
例えばこれがリリスなどから来ていて、そのことがソニアにばれるとすぐにソニア対リリスのメール戦争が始まるからめんどくさいものだ。
その時、部屋のドアをノックする音がする。続いて使用人の声。
「ラムリーザ様、メトン様が面会希望です」
「どうぞ」
ドアが開き、暫定的騎士団長に任じられている壮年の男メトンが入ってくる。
「メトンさん、執務室で会いますよ」
そこでラムリーザは、相手が自室で会うような方ではないことを思い出した。まだ騎士団も十名に満たない「団」と言えるようなものではないが、いずれは大きな組織の長となる者だ。
「いえいえお構いなく、今日は執務ついでに立ち寄ったものでして。本来ならジェラルドを行かせる所ですが、ちょっと様子を伺いに参りましてな」
メトンは、ラムリーザの兄嫁であるラキアの弟ジェラルドのお目付け役でもある。将来の騎士団長ジェラルドを育成する名目で、暫定的騎士団長というわけだ。
「何でしょう?」
「それですよ」
メトンは、ラムリーザが手にしている物を指さす。ラムリーザはブランダーバスを持った手を少し上に上げて引き金を引く。カチリ。
「どうです? 役に立てそうですか?」
「いやぁ、いまいち使ってないのですよ」
「実弾は使ってみましたか?」
「う~ん、一度使ったけど、いまいち上手くいかなくて」
「丁度いい、練習しましょう」
「練習?」
「私は今日はこの後非番なのです。練習に付き合いましょう」
そこでラムリーザは、椅子から立ち上がりながら言った。
「そうしましょうか」
ソニアがゲーム機を占領しているので、四国のだまで遊ぶこともできない。
丁度ブランダーバスをいじっていたことだし、メトンが付き合ってくれるというのなら練習してみてもよいかと考えた。
そもそも帝国で最近開発されたばかりの護身具だという。これまでに見たことも使ったこともない物だから、正直持て余している。
そうなると、今日はよい機会かもしれない。
「待って、あたしも行く!」
風船割りゲームに熱中していたソニアが、急にゲームを中断して立ち上がった。ゲームを中断するのなら、代わりに四国のだまをプレイしたいところだが。
「いいよ、ソニアは風船割りやってろよ」
「やだ! あたしもそれ使ってるの見てみたい。あと風船言うな!」
風船おっぱいお化けは、やはり風船と言われるのを嫌っているようだ。
そんなわけで、三人は屋敷を出て庭園のアンブロシアへと向かって行った。
ラムリーザはブランダーバスと、それとは別に渡されていた弾薬というものを運び、メトンも何やら木材をいくつか運んでいる。ソニアだけは何も持たずについてきているだけだ。
「では準備をしますので、しばらくお待ちください」
メトンはそう言うと、持ってきた木材を組み合わせて何かを作り始めた。ラムリーザとソニアは、庭園を流れる川岸に腰掛けて、準備が終わるのを待っている。
「そのラッパが護身具?」
「そうだよ、ブランダーバスって名前だとさ」
「ちょっと見せてよ」
ソニアはラムリーザから銃を取り上げる。ソニアの手に渡った瞬間、少し手の位置が下がってしまった。
「おっ、重いなぁ」
「鉄製の筒だからね、それなりに強度もありそうだし」
ソニアは引き金に指をかけて引いてみる。カチリ。筒の後方、持ち手側にある鉄細工が動いて、金属音を発する。相変わらず、ただそれだけだ。
「これがどうなるの?」
「この弾薬と組み合わせて使うと、たぶんびっくりすると思うよ」
ラムリーザはソニアから護身具を取り戻すと、銃身の横側を開いてそこに弾薬を詰め込む。詰め込んだところでソニアがまた奪いに来るが、今度はその手を押しのけて渡さない。
「たぶん危ないものだと思う」
ラムリーザは少し前に受け取ってから、一度だけ実弾を発射してみたことがあった。その時は、屋敷の窓ガラスに当たったようで、そこに穴をあけてしまったのだ。
その時、メトンが戻ってきた。どうやら準備が終わったようだ。
適度に離れた場所に、木製の物体が組み立てられていた。木でできた四角い枠に三重丸の描かれた紙が張り付けてある。さしずめ的といったところだろう。
続いてメトンはラムリーザの居る場所の地面に枠を描いた。
「この場所に立って、あの的の真ん中に弾を当てることができれば上等なものです」
「これは騎士団は使わないのかい?」
ラムリーザは立ち上がり、メトンが地面に描いた枠の中へ移動しながら尋ねた。
「ブランダーバスは貴重品、それほど数は無いのです。だから、要人だけが使用する護身具ということにしたのですよ」
ラムリーザはフォレストピアの領主――と言っても領主は帝国内に何人か居る。その中でラムリーザに回ってきたのは、間違いなく父や兄の影響なのであろうと予測できた。
「要人ねぇ、用心しとくよ」
誰も何も答えない。
寒くなったラムリーザは、急いで的の方へ筒先を向けて、引き金を引いた。
ドウン!
「きゃあ!」
低い轟音が響き、続いてソニアの悲鳴がそれに重なる。
木々がざわめいたような錯覚にとらわれた数秒後、再び辺りは静かになった。的は何事もなかったかのように、そのままの状態で鎮座していた。
「ラムリーザ様」
「ん?」
ラムリーザは、当たらなかったことを誤魔化すように、メトンの呼びかけに大きく振り返り反応して見せる。
「手首の力が強いのですね」
「え? あ、ああ、そうかな?」
恐らく「外れましたな」と言われることを覚悟していたラムリーザは、メトンの意外な反応に少しあっけにとられる。
「私は帝都で数回それを使っているところを見てきましたが、それって弾を発射した時の反動が大きいのですよね。しかしあなたが使った時、手元が全然ブレませんでした」
「あ、そうなの?」
ラムリーザ的には、引き金を引いた瞬間確かに強い反動を感じた。しかし、それは全然気にならない程度であったものだった。元々力強く握っていたので、動くことは無かったのだ。
「弾薬は三つまで装填できます。今度は三発連続で行ってみましょう」
メトンの説明を聞いて、今度は銃身の横から弾薬を三つ並べて押し込んだ。そして再び的に向けて、今度は狙いを定めて引き金を三度引いた。
ドウン! ドウン! ドウン!
今度はソニアも悲鳴を上げない。ただし、周囲の木々から鳥が逃げていくバサバサという音が少しの間鳴っていた。
「全然銃身がブレませんな。ひょっとして壊れているのでは? ちょっとお貸し頂けますか?」
ラムリーザはメトンに銃を渡す。メトンは一発だけ弾を込めると、的から少し離れた位置目がけて発射した。ドウン!
確かにメトンが撃った瞬間、銃身がブレて少し上を向いたような感じがした。
「ふむ、壊れてませんね」
「あたしも使ってみたい!」
今までは見ているだけだったソニアだが、ラムリーザだけでなくメトンも使ったのを見て自分もと言い出した。元々ラムリーザだけの物だと考えていたのだが、メトンも使うなら自分もというわけだ。
「どうぞ」
メトンは一発だけ弾を込めて、ソニアに手渡す。すぐにソニアは、ラムリーザがやったのと同じように、的の方へ向けて引き金を引いた。ドウン!
「きゃあっ!」
今度は自分で使ったにもかかわらず、銃声の直後にソニアの悲鳴が響く。そしてブランダーバスは、ソニアの手を離れて後方に落ちていた。弾を発射した反動で、ソニアの手から躍り出たようだ。
「ふっ、ふえぇ――びっくりしたぁ……」
衝撃で手がしびれたのか、ソニアはしきりに手首をぶらぶらと動かしている。
「お判りいただけましたかな? 反動がそれほどあるのです。それをラムリーザ様はブレずに使いこなせる。これは楽しみですぞ」
そこでメトンは、初めて的の方を確認した。それまでは、ずっとラムリーザの手元を観察していたのだ。
しかし的は、最初と同じ状態である。
「全部外れですか」
「おうっ、どうっ」
メトンに遂に当たらなかったことを指摘され、ラムリーザは思わず呻く。
「何も最初から上手くいくようなものではありませんぞ。まずは当てることから始めましょう」
「は、はぁ」
「ラムリーザ様は見込みがあるんですぞ。先ほどお嬢様が撃った時にどうなったかお判りでしょう? ある程度以上の力の無い物は、そもそも使いこなすこと事態が難しいのです」
「そんな武器怖い!」
ソニアは怒るが、メトンも困ったような表情を浮かべた。
「そこが問題なのです。力の無い者でも扱える護身具として開発されたものですが、そのような道具に頼らずとも戦えるような腕力のある者にしか扱えないという矛盾、その点ラムリーザ様は、全く問題ない」
確かにラムリーザだと、道具に頼らずとも力で敵をねじ伏せることも可能だ。しかし本来使うべきソニアのような娘には、扱えるほどの腕力が無いという。
「わかった、練習してみましょう」
ラムリーザは、先ほどのメトンの言葉に、何だかよくわからない違和感を感じつつ、再び弾薬を三つ充填した。そして再び狙いを定めて撃つ。三発の轟音が再び響いた。
「外れ、外れ、当たりですな。当たりましたぞ」
よく見ると、的の端の方に穴が開いていた。
「当たったのか?!」
ラムリーザも今度は少し興奮気味だ。ただし今回はかすったようなもの。練習を繰り返して、真ん中を撃ち抜けるようにならないと使い物にならないだろう。
「練習を繰り返しなさい」
「しっかし、これってどういう仕組みなのだろうね」
ラムリーザは、再び弾を装填しながら尋ねた。
「私も詳しくは存じておらぬのですが、弾薬が世紀の発明だそうで、弾の前半分は鉄の塊、後ろ半分は火薬だそうで。そして引き金を引くと撃鉄が動き、火薬が爆発して弾が飛び出すとか。細かい所は違っているかもしれませぬが、おおよそそんなところでございます」
「爆発かぁ、それでソニアが使った時に吹っ飛んだのだね」
再び三発撃ち込む。しかし、
「全て外れですな」
思い通りにいかないのが世の中なのである。
「だめかぁ……」
「大丈夫です。帝都は一日にして成らず、毎日少しずつ練習すればよろしいでしょう。ここのところの話ですが――」
「ここのところ?」
「ごく一部にしか出回っておらず、練度も低くて命中率が壊滅的。しかも先程お伝えしましたように、非力な者のための護身具として使えない。それではこの道具は失敗作か? という意見まででておるのですよ」
「そっかぁ、つまり使いこなせたら、帝国一の使い手を名乗れるわけだ」
「そのとおり、しっかり練習しなされ」
ラムリーザはメトンから話を聞いて、この未知の道具を使いこなしてやろうという闘志が生まれてくるのを感じていた。
「ラムの力があれば、そんな道具使わなくても捕まえてやれば無敵なのに」
「ほっほっほっ、お嬢様は乱暴なことをおっしゃる」
ソニアの意見に、メトンは笑う。
「取れる戦術は、全てマスターするに越したことは――あっ」
そこでラムリーザはようやく気がついた。メトンの台詞の違和感に。ソニアがお嬢様?
「あたしもそれ欲しいなぁ」
撃った反動で手から飛び出してしまう癖に、ソニアは珍しい物をすぐに欲しがる。
「でも使いこなせないだろ?」
「ふん、いいもん。あたしラムに守ってもらうから」
「ん、任せとけ」