唐突にやるます
11月25日――
今日もいつも通り、ラムリーザはソニアとソフィリータの二人を従えて、屋敷から近いつねき駅より汽車に乗り込んだ。フォレストピア駅で汽車を待っているのも、いつもと同じジャンとユコ。
リリスは居ない。ジャンのホテルには戻ってこず、ポッターズ・ブラフの実家に帰ったままだ。
この休日、ジャンはリリスに会いに行ったものだが、進展があったのかどうかは分からない。
「おはよう、おはよう、こんにちは、こんにちは」
ラムリーザは、最近ゲームセンターの遊具で流れているメッセージを真似て挨拶をしてみる。おしゃべりオームだったっけ? 単なるルーレットゲームだ。
ラムリーザ自身が実際に遊んだわけではないが、妙に耳に付くメッセージのような気がしていた。例えば「外れ、外れ」とかよく聞こえる。
「ンョチースンサプラ!」
それに返ってくるユコの挨拶は、謎の物だった。発音も怪しい。
というより、去年から続いている二人の謎の挨拶。最初は「おはようございません」などだったが、今ではものすごく適当になっていた。
「ん? ラムリィ腰になにぶらさげとん?」
ジャンは、すぐにラムリーザの異変に気がつく。
ラムリーザは、昨日ブランダーバスの練習をじっくりとやって以来、常に携帯するようにしていた。護身具なら護身具らしく、常備するべきだ。
ただし弾丸の命中率は、限りなく0に近い。とりあえずは09命中率とでも言っておこうか。気が遠くなるほど低い確率だが、0ではない。つまり小数点以下の確率で命中する場合もあるから、携帯しておくのも悪くなかろうということだ。
だからラムリーザは、「護身具だよ」とだけ答えておいた。
「なんかかっこよさそうじゃん、使ってみてくれよ」
「汽車の中で発砲したら、他の人がびっくりするよ」
「いいからいいから、どうせなら貸してくれよー」
ジャンがせがむので、弾薬を抜いてから手渡す。弾薬無しではただの飾りだから。
ブランダーバスを受け取ったジャンは、しばらく手に持ったままじっくりと観察する。初めて見るものだから、使い方も分からない。
その内引き金の存在に気がつき、さらにそれを動かせるということに気がつき、指を差し込んで引いてみる。カチカチ。弾薬無しではそんなものである。
「なんですのそれ、新しいおもちゃ?」
ジャンのいじっている銃を、ユコが覗き込む。
「それやばいよ。引き金引いた衝撃で吹っ飛ぶから」
昨日、弾丸の発射による反動で銃を投げ飛ばしてしまったソニアが、そう説明する。
「これがか?」
弾丸無しでは、ジャンも実感できない。
「もういいだろう?」
ラムリーザはそう言って、ジャンの手から取り返して再び腰につるす。
帝国では、いや恐らく世界で初めて作成され、ごく一部の最上流階級辺りにしか出回っていない道具だ。所持に関してどうのこうの言うようなルールは、まだ確立されていなかった。
学生が学校に持ち込んだ例も、今回が初めてのケースとなるだろう。
蒸気機関車は東へ進み、ポッターズ・ブラフ駅に到着。駅にリリスは居なかった。
「む、居ないな? まさか休む気か?」
ジャンはリリスの姿が確認できずに不安がる。
「リリスが学校に行く前に、わざわざ駅に寄ることは無いですの」
ユコはそう言って安心させる。確かにリリスなら、わざわざ用もないのに別の場所に立ち寄ることも無いだろう。
男性はデパートで買い物をする時には、一直線に目的の場所へ行く。しかしゲームで洞窟を探検するときは、全ての部屋を確認してから目的を遂行する。
逆に女性は、デパートで買い物するときは全ての売り場を確認してから目的の場所へ行き、ゲームで洞窟探検するときは一直線に目的地へと向かうと言う。
しかしリリスは、女性でありながら男性のような行動パターンを見せる娘であった。ゲームではとことん追求し、実生活では余計なことをあまりやらない。
教室に到着した時、リゲルとロザリーンは居た。レフトールとリリスは居なかった。
「レフトールはともかくとして、リリス来てないじゃないか」
「ああ、リリスは一人で学校に来たことあったかしら?」
今更のようにユコはつぶやくが、一人で学校に来られないって何だよ? リリスはお母さんに手を引っ張ってもらわなくちゃ登校できないのか? 高校生にもなって。
そして間もなく担任の教師が現れて、朝のホームルームが始まる。しかしまだリリスは姿を現さない。
ジャンはため息をつく。今日は降竜祭の実行委員を決めることになるはずだ。リリスにも立候補してもらうといった作戦が、これでは実施のやりようがない。
「それでは今日は、生徒会の方から通達のあった降竜祭の――」
先生がそう言いかけた時、廊下からバタバタという足音が近づいてきて、教室の扉がガラッと開いた。
「おっ、来たっ」
入ってきた人物を見て、ジャンは思わずつぶやく。遅刻ギリギリ――いや、普通に間に合っていなくて遅刻して飛び込んできたのはリリスだった。リリスは何も言わずにスタスタと自分の席へと向かう。
「こらっ、リリス。ちょっと待ちなさい」
しかし先生は逃がさない。自分の席の隣まで近づいたリリスは、めんどくさそうに振り返った。
「何か言うことがあるんじゃないのか?」
「えっと――おはようございます?」
それを聞いて、周囲からクスクス笑う声が上がる。
「違うだろうが、もうホームルーム始まっているんだぞ! それに一週間も無断欠席して、何を考えているんだ!」
先生が怒るのも無理は無い。実際リリスは、文化祭が終わってから先週一週間、ずっと学校を休んだままであった。
「なんで休んでた? 今日も遅れた?」
リリスは少しの間黙っていたが、
「登校中にビッキーさんに捕まったのよ」
「なっ?!」
リリスの言い訳に、驚きの声を上げる先生。しかしラムリーザは、リリスの言うことが一瞬分からなかった。
ビッキーさんと言えば、朝のニュースでワンポイント竜語会話というコーナーを担当している人だ。
竜語と言えば、帝国を含めこの周辺各国で信仰されている竜神伝説にでてくる言葉のことである。
そしてそのコーナーでは、ビッキーさんという人が、通行人を呼び止めて竜語で話しかけ、その通行人もオタオタしながら竜語で返事を返す、そういう番組のコーナーであった。時折頓珍漢な言動を現す通行人も居て、密かに人気のコーナーとなっていた。しかし――
「こんな田舎で収録しているわけがないだろうが!」
先生はよく分かっている。そのコーナーの収録は、主に帝都付近で行われている。こんな辺境の田舎で収録することなど、まずない。
「それじゃ、寝坊ってことで」
「それじゃだと?」
リリスはめんどくさそうな顔をして、そのまま黙って席についた。そしてそのまま机にうつぶせに沈み込む。
「時間が無くなるから先に進める。リリスは後で職員室へ来るように! ジャン! 前を向いてろ!」
先生は怒ってばかりだ。当然ではあるが。
リリスに職員室出頭を命じ、リリスの方を振り返っているジャンに注意をしてから、ようやくホームルームでの本題をやり直すのであった。
「それでは降竜祭の実行委員を選出する」
「降竜祭って何ですかー?」
質問したのは、レルフィーナだった。
「生徒会からの提案で、来月の二十四日に竜神テフラウィリスが一年に一度だけ地上に降臨すると言った意味を持った祭りを新たに作ることとなったそうなのだ。宗教がらみだがそれは建前で、本音を言うと学校近隣住民、及び父兄との交流目的だな。言わば町と生徒によるイベントということらしい。来月の二十四日に行われるのは、経典では竜神が誕生したのがその日ということになっているからだそうだ。そんなわけで、この行事は降竜祭と呼ぶことになったそうだ。わかったか、レルフィーナ」
「はいっ、ものっすごくわかりましたー!」
「降竜祭だけに交流目的ですか?」
しかし誰かが余計なことを言う。教室は、一瞬で氷点下まで冷え込んだような寒さに包まれてしまった。
「こほん――」
先生は、咳ばらいを一つかまして話を先に進めた。
「降竜祭と言っても、普通の祭りのようなもので、一般の民衆によるバザーや生徒たちによる模擬店なんかも出てくるぞ。生徒会メンバーだけでは足りないということで、クラスから実行委員を選出して管理運営を手伝ってもらうことになるそうだ」
先生はそこまで一気に言ってから、生徒たちを見渡してから続けた。
「それでは誰か実行委員に立候補する人、いる?」
しかし教室は静まり返ったままだ。よっぽど先ほどのつまらない一言が効いているらしい。
「誰もおらんのか?」
先生の言葉、そしてどこかで小さく机を叩く音。ジャンは後ろ手に、机を上から叩いた。ジャンのすぐ後ろの席には、リリスが居る。
「――あ、誰もやらない、のだったら私、やるます」
なんだか棒読み気味なぎこちない台詞。そして誰かが立ち上がる音。
続いて周囲から、小さく「えっ?」と声が上がる。
ラムリーザはマジでやりよったか、と少し感心してしまう。ここまでジャンの作り上げたシナリオ通りの展開だ。
そこにソニアが、ノートの切れ端を丸めたものをラムリーザの方へと机の上を転がした。ラムリーザがその丸まった紙きれを開いてみると、そこには「さっきリリス、やるますって言った。馬鹿みたい」と書いてあった。そう言えば、そんな語尾だったような気がする。
周囲の視線は、「リ、リリス?」と言いたそうなものばかりであった。ぽかあんとしている人ばかりだ、先生も含めて。そもそも一週間無断欠席をして、今朝も思いっきり遅刻した人がするような行動ではないのは明らかだ。
「私に務まるか、正直自信ないけどね」
リリスは投げやりな感じでそう言っている。ジャンがやれと言ったから、それに従っているだけだ。
「え、ええと、ロザリーン。君はどうかね?」
先生は、かすれた声でロザリーンに問う。問題児に実行委員は任せられない、当然のごとくそんな感じだ。リリスでは不安になるのも当たり前だ。
「クラス委員の仕事もいろいろありますし、掛け持ちはちょっと遠慮します」
「そ、そうか。ではレルフィーナ――」
「あちきは文化祭実行委員やったばかりだから、今回はパスっち」
「ぬ……」
普段からこういった仕事を引き受けてくれそうな二人に拒否されて、先生は困った表情を浮かべる。
実はロザリーンやレルフィーナのこの返答も、ジャンの根回しによるものだった。
二人とも普段なら頼まれたら普通に引き受けるだろう。
しかしジャンはそうなることを予め予測し、クラスの主要メンバーには事前に「自分にやらせてくれ」と言って回っていたのだ。
ロザリーンはともかく、意外とレルフィーナもすんなりと譲ってくれた。彼女が言うには、文化祭では自分がクラスの頂点となってあれこれ自由に動かせるが、降竜祭はあくまで生徒会先導。ユグドラシルの手先では面白くないと考えたわけだ。
「それじゃあ俺がリリスの補佐をしますよ」
「そ、そうかジャン。助かる」
「任せとけ」
「よし、それでは実行委員はジャンとリリスにお願いすることとする。以上だ、二人とも頼むぞ」
とりあえず、教室内に拍手が沸きおこる。なにはともあれ、こうして降竜祭の実行委員は、全てジャンのシナリオ通りに決まったのであった。
その時、再び教室の後ろの扉がガラッと開いた。
先生はムッとした顔でその方向を睨みつけたが、入ってきた生徒を目にした瞬間スッと目をそらして黒表紙の出席簿を開いて覗き込み誤魔化す。
生徒たちも同じように入ってきた生徒の方を振り返っていたが、ほとんどの生徒はすぐに前に向き直ってビクビクした顔でうつむいている。
「遅れてごめんちゃい」
なんだかふざけたような物言いだが、教室内は静まり返ったままだ。先生も、今遅刻して現れた生徒には、恐れているのか何も言わない。
「あれ? どしたん? さっきみたいに騒げ――」
「ふえっくし、ふえっくし、――ふえぇっくしょん!」
多くのクラスメイトが、ビクッと小さく飛び上がるような様子を見せた。ソニアのくしゃみ三連発、一人で多くのクラスメイトをビビらせたのだった。
「それではホームルーム終わり。リリスはすぐに職員室へ来るように」
「ちょっと待って。なんで私だけ職員室に? 今レフトールも遅れて入ってきたじゃないのよ」
「無断欠席の件だ」
苦しそうにそう言い残すと、先生は教室を後にして朝のホームルームは終わった。
後でソニアは、レフトールが遅刻しても怒られないのは「番長特権だ」などと評するのであった。
放課後――
「それじゃあまたな!」
ジャンはリリスと共に立ち上がる。早速今日から、降竜祭の委員会が始まるのだそうだ。
「ふんだ、リリスが委員なら、それは降竜祭じゃなくて吸血祭よ」
リリスが調子に乗っている――わけではないが、ジャンと共に活躍しようとしているのを面白くないソニアは、憎まれ口を叩く。
「それーも悪くないな。委員会を乗っ取って吸血祭にしてやるさ」
はっはっはと笑いながら、ジャンはリリスと共に教室を出ていった。
「今日は部活はお休みですのね。それじゃあレフトールさん」
こうなるとユコもいつも通りだ。レフトールを番犬扱いしてゲームセンターへと出かけていってしまった。
レフトールはラムリーザの騎士なのか、ユコの番犬なのか分からないが、元々ゲームセンター好きというのもあって嫌がってはいない。
そしてリゲルもロザリーンと共に天文部の方へと顔を出すことにしたらしい。
そんなわけで、ラムリーザはソニアと二人きりだ。先週は四国のだま対戦での後遺症により疎遠だったので、久しぶりの揃っての部室訪問となった。
そういうこともあり、部室にはドラムセットやギターなどをまだ置いたままとなっていた。文化祭が終わってから、まだ片づけていないのだ。
ジャンの店にあるスタジオを使うようになってからは、ずっと部室ではなくそちらで活動していた。今は文化祭のために、一時的に部室に戻ってきているだけなのだ。
「家でやってもここでやっても同じだけど、もうしばらくここに置いておくので、今日はここで練習するか」
ラムリーザとソニアは、それぞれドラムとベースギターを担当して、適当に演奏を始める。ユグドラシルに、降竜祭でバンドを使いたいというので、それが終わるまではスタジオでの練習は無しだ。
一時間ぐらいして、ジャンが部室に顔を出した。
「どうだった?」
「上手くいったぞ、全部計画通りだ」
ラムリーザの問いに、ジャンは嬉しそうに答える。続いてリリスも部室にやってきた。
「あっ、吸血委員会が来た」
「風船推進構成員は黙ってなさい」
久しぶりでも、リリスはソニアの暴言にしっかりと反撃してくる。あまり籠っていたことに対する後ろめたさは無さそうだ。
「結局いつも通りだな」
ラムリーザは、離れた場所からそんな二人を見てつぶやいた。
「おうともよ、何も変わっちゃいないさ。見ておけよ、再戦だ。降竜祭で再戦だ」
ジャンは一人、文化祭のリベンジに燃えている。しかしラムリーザは、わざと水を差してみた。
「いけません、勝敗は目に見えています。ここは少しでも犠牲を少なくすべきです」
「黙れ、俺は卑怯者にはなれん」
ちょっとずれた会話をしている二人であった。