日々精進
11月28日――
学校も終わり、夜までの間の時間。ラムリーザの部屋に、ソニアが一人で居る。自分の部屋もあるのに、全く使わずにいつもラムリーザの部屋に入り浸っているのだ。
ソニアはいつものようにテレビゲームはプレイしていない。部屋にあるテーブル席についている。珍しく宿題、そして勉強――なわけはない。
ゲームはゲームでも、アスレチックゲーム。ボードゲームというか、単なるおもちゃというか……。ソニアは一人で、テーブル席でなにやらガチャガチャやっている。
ソニアはスタート地点に、ビー玉サイズの鉄球を置いた。これがこぶし大の鉄球なら、夏休みに島でのキャンプでパンツの中に入れて大騒ぎしたやつだが、まぁそんな馬鹿みたいな思い出話はどうでもいい。
第一の関門は、三つの板がスイッチを押したり引いたりするのに合わせて上下に動き、タイミングを合わせれば球を先へと進めるというものだった。
板の組み合わせの関係上、途中で球が止まってしまうと、スイッチを動かしたタイミングで逆方向へと転がってしまう。常に先へ先へと進めるように、板を動かす必要があった。
三つの橋を渡り終わると、その先にある磁石に勝手に球は吸いつく。第二の関門、谷渡りである。
ソニアは、右から二つ目のスイッチ、いや、レバーを回す。最初のスイッチは押し込むように動いたが、次のものは押し込むようにするのではなく、左右に回すようにできていた。
あまり素早く動かすと、その衝撃で球は磁石から外れて下に落ちてしまう。ソニアは慎重にレバーを回して、次のステージへと球を運んでいった。
第三ステージは池渡り、と言っても実際に水溜りができているわけではなく、池の絵が描かれているだけだ。その上に、二本の細い鉄棒がかけられている。球は磁石から外れて、その鉄棒の上に落ちる。
ソニアは右から三番目のレバーをいじる――が、それは次のステージで使うレバーのようだった。
四番目のレバーが、この橋渡りで使うもので、上下に動かすタイプとなっていた。そしてレバーを上に動かすと二本の鉄棒が広がり、下に動かすと閉じるといったものだった。
鉄棒を閉じたままでは球は動かない。鉄棒を広げることで、動き出す。しかし広げたままだと、球は鉄棒の間から下に落ちてしまうのだ。広げて球が動き出すと、次は落ちる前に閉じて、最初の勢いで鉄棒の橋を渡る必要があるのだ。
ソニアはここで球を何度も落としていた。
最初はスタート地点からやり直して、板渡り、谷渡りと続けていたが、その内最初からやり直さずに、鉄棒の橋からやり直すようになった。
めんどくさいからと言って飛ばさないところだけは感心してあげよう。
十回ぐらい挑戦したかな? ようやくソニアは鉄棒の橋を渡り終わり、次は広めで平らな板の上に球は転がった。
先ほどの三番目のレバーを上下左右に動かすことで、板もそれに合わせて動くようになっている。板には小さな突起があって、上手く板を動かさないとそれに引っかかって転がらない。出口は二つあるが、片方の出口は罠となっていてその先は奈落の底だ。
ソニアは、グラグラとレバーを動かして、奈落行きの出口に向かわないように球を誘導する。正規の出口側は、突起の隙間が小さくなっていて通しにくい。しかしここは奈落に落ちることもなく、一度で突破できたのであった。
次のステージは、丸太飛びであろうか? 筒状になっている場所に球は入り込み、ボタンを押すと飛び出てくる仕組みだ。それで、まるで丸太の上を飛ぶように筒の上を移動させていくようになっている。
飛びすぎることもなく、飛ばなければその場で少し跳ねるだけ。それほど難しいトラップではないので、ここもすんなりと突破でき――ると思ったが、最後のジャンプは輪の中を潜る必要がある。一度だけその輪に球が当たってしまい、跳ね返った球は奈落へと落ちていた。
丸太を飛び越えると、今度は迷路上になっているトンネルへと球は転がり込む。ここも先ほど板の上を転がしたように、レバーを上下左右に動かすことでトンネルの中を球が移動する。しかしトンネル状になっているので、今どこに球があるのかわからない。
ソニアは適当にガチャガチャと動かす。そして二回ほど球は入口へと戻ってきて、そこから顔を覗かせていた。
「なによもう」
そこで初めて言葉を発する。
今度は慎重に、球が今あるだろう場所を予測しながらレバーを動かし始めた。途中に行き止まりがあるが、それを見越して引っかからないようにレバーを操作する。そのうち球は、トンネルを抜け出してその先にある板状の渡し舟の上に転がった。
球よりも少しだけ広いぐらいの大きさの板、その中央に窪みがあって球は上に乗ったまま止まっている。
二番目の関門の時と同じレバーを回すことでその板が動き、谷を越えて行く。ここも早く動かしすぎると、球が板の上から転がり落ちてしまうだろう。ソニアはゆっくりと回していった。ちなみに一回だけ速く動かしすぎて球を落としていた。その時は最初からやらずに、板の位置を元に戻してそこからやり直している。
最後の関門に移動させる前に、ちょっとだけ面倒なことが発生。板の中央が窪んでいるので、なかなか球が次の関門の入り口に動いてくれない。
ソニアは何度か板をぶつけて、その衝撃で球を窪みから動かす必要があった。
数回試みた結果、なんとか球を最終関門へと移動させることに成功。球は転がって、パイプ状になっている筒の中へと転がり込んだ。
最後のボタンを勢いよく押すことで筒は跳ね上がり、ゴールへと転がり込むようになっていた。
ソニアはバンと音を立ててボタンを指先で叩く。跳ね上がった筒は、そのままゴールへの道へと飛び込んでいった。球は最後の場所に設置されている小さな鐘に当たり、チーンと景気の良い音が部屋に響いた。
アスレチックゲームを最後までクリアできて、ソニアは満足したように大きく伸びをした。
首を左右に振ってコキコキと鳴らした後で、球をつまみとって再びスタート地点へと置いた。二週目を開始しようというのだ。一周目よりも速くクリアできるかな?
それに、鉄棒の橋で十回、丸太飛びで一回、谷渡りで一回、合計十二回ぐらいのミスをしている。二周目はノーミスでクリアしたいところだ。
ソニアは球を押して、三つ並んだうち最初の板へと移動させる。スイッチをタイミングよく押して――
ドウン!
遠くで何かが破裂するような音が響いた。
「あっ、ブランダーバスだ」
ソニアはテーブル席から立ち上がると、アスレチックゲームをそのままにして部屋から飛び出していった。
屋敷の庭園アンブロシアの一角に作られた簡易的な射撃訓練場。ラムリーザはそこで、今日もブランダーバスの練習を行っていた。
今日は現在の暫定的騎士団長メトンではなく、将来の騎士団長ジェラルドと一緒であった。
彼は兄嫁ラキアの弟であり、ラムリーザの一つ年下である。そのため、ラムリーザは彼のことを弟分のように扱っていた。
今日はラムリーザは左手に銃を構えて撃っていた。
「右手を怪我したのですか?」
「んや、左手でも撃てた方が便利かなってね。そしたら利き腕の右手では掴んだり殴ったり、左手でブランダーバスを補助のように使えたらどうだろうね」
「それもありですね。当たればだけど」
「言うようになったではないか」
ラムリーザは左手で構えて三発連続で放った。外れ、外れ、当たり。残念ながら、命中率は頼りない。
「当たらんねー」
「やかまし」
ラムリーザはニヤニヤするジェラルドを軽く睨みつけると、今度は右手で構えて三連発。当たり、当たり、当たり。数日間の練習で右手での命中率は、とりあえず的に当たるようにはなっていた。
「おおっ、当たるっ」
「どうだ」
少し得意げになりながらもラムリーザは思っていた。真ん中を狙ってそこに確実に命中させられなければ、おそらく使い物にならないだろうということを。
そこにソニアがやってきた。
「あたしに隠れて練習するなんて許さない!」
「なんでやねん」
毎度のことながら、ソニアは独特なルールを作り出している。むろんラムリーザは、無茶なルールには全く従っていない。
次は左手で三連発、一発も当たらない。右手で三連発、二発的に当たったが真ん中ではない。むしろ一発外した方が悔しかった。
「ちょっ、ちょっといいでしょうか?」
ジェラルドは、少し首をかしげてラムリーザから銃を借りる。そして一発だけ弾を込めて、的の方を向けてぶっぱなした。もちろん簡単には当たらない。
「だよねぇ、兄貴もう一度撃ってみてください」
「兄貴?」
ラムリーザはまだ慣れないでいた。ジェラルドはラムリーザが弟分として扱うのに呼応して、いつの間にか兄貴と呼ぶようになっていたのだ。
言われたように一発だけ弾を込めて撃ってみた。
「おおっ、的の外縁から内側に当たったぞ」
これまでは当たったと言ってもほんとうに当たっただけ。的に描かれた三重の円の内側に当たることは無かったのだ。それが今回、初めて円の内側に当たったのだ。真ん中ではないが、少しだけ進歩した。
「やっぱりなぁ、手首の力が強いのですね」
それは先日メトンにも言われたことと同じだった。ラムリーザの驚異的な握力は、銃の反動をものともしないのである。
撃った直後に全く銃がブレないので、ジェラルドは不審に思って自分も撃ってみたのだ。その結果は、メトンの時と同じである。
「ラムは力強いよ、潰してやるんだ」
ソニアはまるで自分のことのように、得意げになっている。そして足元に転がっている拳大の石を拾い上げた。
「潰すって物騒なお嬢さんだなぁ」
「いや、お嬢さん違うから」
メトンに続いてジェラルドもソニアのことをお嬢さんと呼ぶので、せめて彼ぐらいは修正しておこうと考えたラムリーザは否定しておく。
「でもメトンのおっさんが、兄貴のところに住んでいるお嬢さんだと言っていたよ」
「それは妹のことだろう。ソニアはソニアでいいよ、お嬢さんとか呼ばれていたら違和感沸きまくり」
「そっか、んじゃソニア、何を潰すんだ?」
ソニアはお嬢さんから呼び捨てに格下げを食らってしまい、ちょっとムッとした顔を見せるが、すぐに拾った石をジェラルドに差し出した。
「これを潰してみてよ、おとんと」
「おとんとぉ?」
ジェラルドは、妙な呼び方をして面食らう。おとんとって何だろうか?
「ラムの一つ下でしょ? ソフィーちゃんと一緒、だからおとんと」
「ああそうか、ではソニアたいじん」
「何がたいじんよ!」
「んじゃソニア姉ぇ」
「ん、それでいいわ」
「んでソニア姉ぇ、この石を潰すって?」
二人の間でなんだかよくわからないやり取りが続いた後、ようやくソニアからジェラルドへと石が渡った。ジェラルドは石を岩にぶつけようとしたが、
「違う、握りつぶしてよ」
などと、ソニアは文句を言った。
「潰せるわけないだろ」
「ふっふーん、でもラムはねぇ」
なんだかソニアは嬉しそうだ。
「潰さないからね。ところでさ、ブランダーバスで使う弾が無くなったらどうするんだい?」
ラムリーザは、またソニアが自分の力を誇示させようとしているのを察して、さっさと話題を変えてしまった。
「確か帝都の武器開発課で作っているっぽいよ。足りなくなったら申請したら送ってくれるはずだよ」
ジェラルドは、ソニアから受け取った石をお手玉しながら話している。ソニアは一人、不満そうな顔をしていた。
「近くでは手に入らないのかな」
「一般流通していない武器だからなぁ」
「隠し武器、か」
ラムリーザは、銃の引き金の所に指を通したまま、銃身をクルクルと回して見せる。命中率はなかなか向上しないものの、最近はずっと弄んでいるようなものなので、こうした曲芸みたいなところばかり上手くなっていた。
「三発まで込められるけど、撃ち尽くしたら装填する間隙だらけになるね」
「――ってか兄貴、その重たい武器を片手でクルクル回せるなんて、やっぱり力がものすごくない?」
ブランダーバスは鉄の塊のような物、ソニアなどが持った時には安定しないような重さである。手首だけでなく、指の力も強くないとできる芸当ではない。
そこでジェラルドは、先ほどソニアから受け取った石をラムリーザに投げて渡した。ラムリーザは銃を持っていない左手で受け止める。
「ぬ?」
「その石、潰せるとか?」
途端に嬉しそうに目を輝かせるソニア、よっぽどラムリーザに石を握りつぶして欲しいらしい。
「しょうがないなぁ――」
そう言いながらラムリーザは、ジェラルドめがけて石を持った左手を振り上げた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
突然石を投げつけられると思ったジェラルドは、思わず身をかわして顔をそむける。そんなジェラルドの頭にパラパラと砂利のようなものが降りかかった。次に顔を上げた時、ラムリーザは既に石を所持していなかった。
「はい終わり」
ラムリーザは何事もなかったかのように、銃に新たに弾を込め始める。
「えっ? 石は?」
「さっき潰したのに、おとんと見てなかった!」
ソニアが文句を言うが、ラムリーザ自身ジェラルドに潰しているとこを見られないようにしただけだ。石を持った手を振り上げて、握りつぶして砂利みたいになったものを投げつけただけだ。
「なっ、今の砂利ってひょっとして?」
ジェラルドの足元にだけ、砂利が散らばっていた。
「能ある竜は牙を隠す」
ラムリーザは、本当の実力は見せないといった言葉を述べただけで、右手に持った銃を放った。
おしい、命中した場所は的に描かれた円のうち、二重目の枠内であった。
続けて左手に持ち直して放つ、的の端に命中。
「まだ真ん中に命中しないなぁ」
それでもラムリーザは満足していない。再び右手に持ち直して発射、カツーンと乾いた音が周囲に響いた。的の枠組みに使っている木材に当たった音である。
「やっぱりダメかぁ……」
それでも少しは腕が上達しているのだろう。確実に的に「当てる」ことはできるようになさっていた。
「兄貴にはその力があるから大丈夫ですよ」
「近接戦闘に移るまでは、この武器は有効だと思うんだ」
ジェラルドが持ち上げてくるが、ラムリーザは調子よくさせない。使いこなせるようになればこの武器は凄い、そう考えているのだ。
三発撃ち終わった後、再び銃を指でクルクルさせ始めた。そこにソニアが近づいた。
「ラム~、おなかすいた」
いつもの台詞である。
「アメ玉食べろよ」
「もう無いよ~」
そういえば最後の一つに残っていたハッカ飴はラムリーザが食べたのだった。
ふと上を見上げると、西の空は青と橙になっていて、太陽は既に沈んでいる。日没引き分けである。
「晩御飯の時間だな、ジェラルドも食べていくかい?」
「いいんですか? それならぜひっ」
ラムリーザの誘いに、ジェラルドは遠慮なく乗った。ソニアも「うん、みんなで一緒に食べようよ」などと嬉しそうだ。
そして晩御飯、お客付きの食事ではしゃぐソニアが母親にどつかれるまで、これが定番なのであった。
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