テスト明け ~ミーシャの想い~
帝国歴78年 12月5日――
ジャンの店、スタジオにて――
ラムリーザたちは、部活と称してそこに集まって雑談していた。リリスとジャンは、降竜祭の実行委員会があるというのでこの場にはいない。その代わり、レフトールが居る。彼も一応部員で、文化祭の時からよく顔を出すようになっていた。
学校の部室は、今年になってからほとんど使っていない。これでは部活というのか、学校とは関係ないバンドグループというのか、もはやそんなことはどうでもよい感じになっていた。
そもそもソニアとリリスがお互いに譲らないので、未だに部長が決まっていないという状態だ。その上顧問の先生の顔も見たことがない。先生にとっては、幽霊顧問であり続けられる楽な部活と言えるだろう。
「お前らテスト明けの休みって、なんしょん?」
そういえば、テスト明けの集まりにレフトールが加わるのは初めてだった。
「海に行ってお魚食べたよ」
ソニアが言ったのは、去年最初のテスト明けの話だ。ビーチバレーでソニアの爆乳を狙われて泣かされていたっけ?
「この時期に海はなぁ」
レフトールは難色を示す。南の国であるエルドラード帝国は、一年を通して温暖ではあるが、この時期は少し肌寒くて海で遊んでいる人は釣り人以外ほぼ居ない。
「去年のこの時期には、テーブルトークゲームやりましたのよ」
ユコはそう言うが、今回はリリスが居ないのでやらない。というより、メンバーが六人で固定されているようなもので、今ではそのメンバーしか集まらなかった時にしかやっていない。
最後にやったのは今年の夏休み前、ラムリーザがゲームマスターをした時か? ラムリーザ自身はその時自分が作ったシナリオは忘れていたし、他のメンバーも内容に関しては曖昧になっていた。
「去年の夏休み明けの時はプールに行ったかな。今年は炭鉱とその奥にある遺跡だったっけ?」
ラムリーザは自分で言いながら記憶があやふやになっていたので、リゲルの方を振り返って同意を求めるような仕草をした。
「トゥモロー・ネバー・ノウズ炭坑に、その奥にあるのはつねき遺跡だ」
リゲルの記憶力は流石であった。それぞれ住民投票で決められた名前、遺跡の名前は最寄りの駅の名前をそのままもってきている。
つねきとは何ぞや? という疑問は、いまさらどうでもよくなっていた。
「遺跡? 洞窟? なんだか面白そうじゃねーのか?」
「この街の駅から一つ西へ行ったところにある駅がつねき駅。その近くに炭鉱と、その奥に遺跡が発見されたんだよね」
「行ってみようぜ!」
レフトールは妙なところに食いついた。
あれから二ヶ月。冒険野郎を招集して、リーダーであるチグワカの指揮の下、調査も大きく進展したかもしれない。ラムリーザもそう考えて、レフトールの意見に同意するのであった。
他のみんなも同意する。そう言えばその遺跡を見たことがあるのは、ラムリーザとジャンだけであり、他のみんなは行ったことがなかった。そういうわけで、丁度良い機会だったのだ。
今日は学校が午前中までだったので、時間はたっぷりとある。
一同はフォレストピア駅に向かい、そのまま西への便に乗り、最初の駅である「つねき」に到着。
「おかえりなさいませ、ソニアお嬢様。今日も一日ご苦労様でした」
汽車が止まる前に、いつものメッセージが流れる。最初はラムリーザ様であったが、リゲルに恥ずかしいのでやめろと言うと、名前の所だけ変えてくるといった処置をしたのだ。
車掌は律儀にも、『ラムリーザが乗っている時』を見計らって毎回音読している。
「なんだこりゃ?」
初めて聞くであろうレフトールは、すっとんきょうな声をあげて驚く。
自分で設定したリゲル、いつものように聞いているソフィリータ、聞いたことのあるユコ以外も不思議そうな表情を浮かべ、ラムリーザは恥ずかしそうな顔をする。
しかし当の本人であるソニアは、まんざらでもないといった表情を浮かべていた。
「うわぁいいなぁ、ミーシャもコールしてくれる駅が欲しいな。ポッターズ・ブラフ駅でいつも降りるから、そこがいいなー」
ミーシャはリゲルにそうねだっていた。ミーシャもソニアとちょっと似たところがある。特に不思議な踊りのコピーに関しては完璧だ。
「そんな恥ずかしいことはやめとけ」
しかしリゲルは、当然のごとく諫めてくる。それを聞いて納得がいかないのはラムリーザだった。
「ちょっと待って、最初は僕をコールしていたよね? 恥ずかしいことだと知っていてやったのか?」
「知らんな」
ちょっと押され気味のリゲルであった。元々クールで切れ者だというイメージだったリゲル。しかしミーシャと再会してからは、おちゃめな面が見受けられるようになって、そのギャップに困惑する。
「しかしなんでソニアなんだよ」
つねき駅から出て、炭鉱へと向かいながらの道すがら、ソニアに対してのおかえりなさいませコールについての談義となる。
「あたしは女爵、つまり貴族のお嬢様だから特別なのよ」
いろいろと突っ込みどころのある返答だ。公式には存在しないソニア独自の自称爵位を平然と自慢できる精神力は驚愕だ。あほなだけだと言ってしまえばおしまいだが……。
「なんだと? おっぱいちゃんのくせに爵位とは生意気だ。それなら俺は男だから男爵、レフトール男爵と呼べ」
「それは普通にある爵位だからダメだな」
ラムリーザは、とりあえず突っ込んでおく。自称するだけならソニアと同類だ。
「む、それなら神爵だ。レフトール神爵と呼べ。驚けよ、公爵よりもさらに上である伝説の爵位だからな」
「あほだろう」
「何だばかやろー!」
今度はリゲルとやりあうレフトール。実りのないくだらない会話であった。
ラムリーザの周囲には、妙なのがたくさん居る。
似非お嬢様であるソニア女爵を筆頭に、リリスやユコも見た目とは裏腹に妙だ。
ミーシャもなんだか妙だし、ジャンはエロトピア。リゲルはまともかと思われていたが、ミーシャが来てから妙な所がある。
そしてレフトールも、このように基本的に妙だ。
結局まともなのは、ロザリーンとソフィリータの二人。本物の貴族のお嬢様だけが正常なのであった。
そんなこんなで、トゥモロー・ネバー・ノウズ炭坑に到着。
炭鉱の入り口脇に、建物が数軒ある。一つは冒険者の酒場、二つ目は雑貨屋。そして訓練場なるものが存在していた。
ラムリーザたちは、まずは冒険者の酒場で一休み。その後で、遺跡へ行ってみることにした。
酒場の中は、昼食時間も過ぎていることもあり、今の時間帯はガランとしている。休憩中の鉱夫が数名居るだけだ。そして酒場のマスターは、年配の女性だった。
ラムリーザはメンバーを代表して挨拶をする。
「こんにちは、マスター……えーと――」
「領主さん初めまして、酒場を任されているフェルプール・ヒドリドフラムです」
「フェルプールさんこんにちは、初めまして。遺跡見学をお願いしたいのですが、探検隊の人は今は居ないみたいですね?」
「いえ、今丁度チグワカ探検隊のベンさんが待機してますよ。ベンさーん、ちょっといいかーい?」
酒場のマスターであるフェルプールが呼んだベンという人は、遺跡発掘隊として名乗り上げたチグワカ探検隊の一員だ。
「ほいほいのほい」
「遺跡の見学をしたいって人が来ているのさ。領主さんが頼んでいるのさ、ちょっと見てやってくれよ」
「ほいほいのほい」
ほいほいとしか返事をしないベンは、ラムリーザたちの方へと向き直った。
「初めまして。えっと、ベン――さん?」
ラムリーザは先ほどフェルプールの呼んだ名前を言ってみる。チグワカ探検隊のリーダーであるチグワカ・シギュウロとは、フォレストピア会議で会った事があるが、そのメンバーまでは知らない。
「ほいほい、ベン・フォンナラドゥですぞ」
「はい、ベンさん宜しくお願いします」
ラムリーザは一度行っているし、万が一の危険を懸念してここは待機することにしていた。行きたい者だけが名乗り出て、ベンの案内の元遺跡見学をすることにした。
元々行きたがっていたレフトールはもちろんのこと、ソニアも行くことにしたようだ。いつも言っていた「ラムが行くなら行く、行かないなら行かない」は珍しく発動しなかった。他にユコとロザリーンの好奇心組が加わり、計四名が遺跡見学へと向かった。
待機組は、ラムリーザとリゲル。そしてソフィリータとミーシャの四人であった。
リゲルは実行部隊として遺跡に潜るのではなく、持ち帰ってきた遺物の方に興味があり、遺跡よりもむしろその品々を扱っている雑貨屋に興味があるようだった。
ミーシャは、遺跡の中は暗くて撮影がままならないという理由で、リゲルと一緒に雑貨屋に向かって遺物を撮影するのに決めたようである。
ソフィリータは、ラムリーザもミーシャも行かないからという理由で残っただけである。
「ところで、酒場の名称は何ですか?」
「あら、決めてなかったよ。次の会合は明後日ね、その時に決めてもらうわ」
マスターにそう言われて、ラムリーザは藪蛇をつついたのかと顔をしかめた。また変な名前の施設が増えてしまう……。
酒場を出たところで居残り組と探検組とに分かれて、それぞれ遺跡と雑貨屋に向かって行った。
ラムリーザたちは雑貨屋に入り、そこに並べられている商品を観察し始めた。商品は、日用品以外は全て遺跡から持ち帰った遺物である。しかし、ざっくりと見た感じでは、ガラクタが多いような気がするのだ。
「こんにちは、遺物を見に来ましたよ」
「はいはいどうも、雑貨屋ですよ。ゆっくりと見ていってくださいな」
「ここも店の名前が無いのですね。――あっ!」
「そういえばそうですな、明後日の会合で決めてもらおう」
ラムリーザは、自分で自分の頭を殴りつけて、一人で勝手にふらついていた。
「ねぇねぇ、ムラサマブレードとか聖なる鎧とかシュリケンは置いてないの?」
「そんなものは聞いたことないねぇ」
ラムリーザの苦悩は知らずに、ミーシャはソフィリータを引き連れて、ハンドカメラ片手に店内を行ったり来たり、店主に質問したり繰り返している。
実際のところ、何に使うのか分からないガラクタがほとんどだ。宝物だと言えそうなのは、手首から指先ぐらいの大きさをした、青白く輝くクリスタル状のものだった。
ミーシャが聞いた話では、遺跡の奥で数か所、台座の上に掲げられていたものらしい。リゲルなどは特にこれが気になったようで、一つ土産に購入したほどだった。
ラムリーザは一人、店の外に並べてある長椅子に腰掛けて、三人が店内を物色している様子を見ながら待っていた。丁度小腹がすいたので、団子を二皿七エルドで買って食べている。
それに気がついたミーシャが、店から出てきてラムリーザにカメラを向ける。
「なんね?」
「団子おいしいの?」
「大きなお世話だ」
「太鼓打ちの兄ちゃんが、団子食べています」
ミーシャはソフィリータにカメラを渡して自分を撮影させながら、ナレーターのように語っている。
こんなラムリーザがただ団子を食べているだけの動画も後に多く見られるらしいから、動画投稿の世界は意味不明である。ラムリーザはカメラを向けられたので、とりあえず「うん、おいしー」とだけ答えてやった。
「もう一言何か言ってよ。おいしいだけだとつまんないよ」
ミーシャはしつこくマイクを向けてくる。ラムリーザは咄嗟に言葉が思い浮かばず、
「……口の中に、団子の味が広がって――、おいしい……」
と答えるのがやっとであった。自分で言っておきながら、団子なのだから団子の味が広がるのは当たり前だろう、と思った時には既に遅かった。もうバッチリと収録されてしまっているのである。
そもそも誰でも食べている団子を食べたぐらいで、動画を撮って大袈裟に触れまわるのが妙というものだ。世界屈指の珍味、例えば何だ? 太らせたカモの肝? などを味わったのならともかくだ。
「はいありがとうございます!」
ラムリーザはそんなので良いのか? つまるのか? などと思いながら、ふとあることが脳裏に浮かんだのでミーシャに聞いてみる。
「ミーシャってソフィリータの友達だよな?」
「うん、そうだよー」
ミーシャはラムリーザの方を見ずに、ソフィリータから受け取ったカメラで先程撮影した物を確認しながら答えた。
ラムリーザはミーシャを傍で見た時、なぜかフィルクルのことをふと思い出していたのだ。
フィルクルは、過去に貴族に酷いことをされたらしく、強烈に貴族を嫌っている。それを言うなら、ミーシャも似たようなものである。
ミーシャは二年前、リゲルの親に家族ごと帝都に飛ばされた。ミーシャとリゲルを引き離すために。つまり、同じように貴族に酷いことをされたようなものだ。
しかしミーシャは今でもリゲルを慕っている。リゲルと再会するために、単身で帝都から戻ってきて、今では学校指定寮である桃栗の里に滞在しているのだ。
もしもミーシャがフィルクルと同じ考えなら、帝都でソフィリータと仲良くなることはありえないはずだ。
彼女たち二人の間では、何が違ったのだろうか? などとふと思ったわけだ。
そこにリゲルが店から出てきたので、ラムリーザは尋ねてみた。
「ミーシャとフィルクル、何が違ったのだろうね?」
「フィルクル? もうあいつの事は忘れろ」
「それもそうだな。ミーシャとソフィリータは仲が良いよねぇ」
「うん、ミーシャ一人で居て寂しかったところに、ソフィーたんに話しかけられたんだ。ソフィーたんも寂しかったって言ってたよ」
「えっ、そうなのか?」
ラムリーザは驚いて、ソフィリータの方を振り返った。
「あ、いえ、家からリアス兄様もリザ兄様も居なくなって一人になったので……」
「ああ、そういうことか」
ミーシャとフィルクルの二人は知らないが、ミーシャとソフィリータの二人は、親しい者から別れて寂しい者同士だった。
元々リゲルの伴奏で踊っていたミーシャ。たまたまソフィリータもギターができたので、置き換えて同じ事が出来た。それが今の「S&M」というグループだ。
「もしもさ――」
ミーシャがつぶやいた。
「もしもまたリゲルパパに追い出されたら、ソフィーたんを頼る。その時は助けてね」
立場の上ではリゲルのシュバルツシルト家よりも、ソフィリータのフォレスター家の方が上だ。ミーシャがそこに逃げ込んだら、リゲルの親は何もできないだろう。
「もちろんですよ」
優しく言ってやるソフィリータだが、リゲルも心外そうに答えた。
「待てよ、俺も二度とあの時と同じ目には合わせねーよ。その時は俺も家に逆らってやるさ。だからその時はラムリーザ頼むぞ」
「僕に回ってくるのかよ!」
四人は、お互いに顔を見合わせてははっと笑った。
「リゲルおにーやん!」
そう叫びながらリゲルに抱きつくミーシャを、ラムリーザとソフィリータは優しい目で眺めていた。
追伸、遺跡から戻ってきたソニアにも団子を買ってあげました。