第七回フォレストピア首脳陣パーティ ~ラムリーザ式敬礼誕生~
12月7日――
月始めの週末は、特別な用事が無い限りフォレストピア首脳陣会合と称したパーティが、フォレスター邸のホールで実施されている。
唯一実施されなかった月は、夏休みにラムリーザたちが南の島マトゥールでキャンプをしていた月だけだ。
フォレストピアに移り住んでから一月後から開催して、これで七回目を迎えていた。
先月決まったことは、遺跡の名前や幼稚園の名前など。施設の名称決めが印象に残っている。
あとは私事で、ウォンツコインの荒稼ぎ騒動があったぐらいか。
そして先月と大きな違いは、このパーティ会場にリリスが参加していないこと。あの日以来リリスは実家に帰っており、ジャンの連れ添いで参加できないので居ないのだ。
今月は時期が時期なので、農作物の収穫状況の報告が最初に行われた。小麦や芋類に加え、ユライカナンから伝わった米などが収穫されていた。去年は大寒波で全滅に近かったが、今年は順調なようであった。
続いて街の発展についての話。例えば、幼稚園――住民投票でハニーパイ幼稚園と命名――も開園して動き出した。
おかげでごんにゃ店主も故郷から家族を呼び寄せたらしい。むろんその際の、入国管理はしっかりとやっている。
その店主がラムリーザの所へやってくる。ラムリーザの目の前でシャンパンの入ったグラスを掲げるが、未成年のラムリーザは持っていない。
その代わりと言っては何だが、右手の人差し指と中指を揃えたまま右目の前に横向きにして持ってくる。そして店主をじっと見つめながら、二本の指を開いて見せるのだった。横向きのV字サインから覗く右目がキラリと光った――かどうかは分からない。
特に何かを真似たとか考えたとかではない、ラムリーザの咄嗟の行動だった。
「変わった敬礼ですな」
確かに軍隊の敬礼に似ている。しかし一般的な敬礼なら、全ての指先を額に斜めに向けて当てるというものだ。ラムリーザのやったのは、もっと高く肘を上げて、肘から先は地面から向かって水平になっており、指先は目の前であり、その指も二本だけだ。
「ああいや、何でもないですよ」
周囲に居る妙な人たちに感化されて、ラムリーザも妙になっているのかもしれない。
「でもなんだかかっこよかったですよ。そうだ、これをこの街での敬礼にしよう」
店主は勝手に決めてくる。ラムリーザも自分でやっておきながら、勝手にやってくれと思っていた。
「――で、何でしょうか?」
「そうそう、いよいよコラボが始まるぞ」
「え? コラボですか?」
コラボと言えばコラボレーション――、つまり共同作業とか共演、共作を指す言葉だ。
「明日の朝刊に広告を入れておきますよ。楽しみにしておいてな、そしていつもの緑娘と一緒に来たらいいさ。はっはっはっ」
緑娘とは何か? だがラムリーザは、すんなりとソニアのことだと認識した。彼女の少し青みがかった緑色の髪は美しくて好きだった。
当のソニアを見ると、ユコとソフィリータを引き連れてご馳走に群がっていた。しかしそこには、フォレストピアに居ないリリスの姿は無かった。
ごんにゃ店主は、別れ際に先程のラムリーザがやった変形敬礼を真似て見せた。
ラムリーザもそれに合わせて、同じポーズをとる。指の間を開く瞬間が、なんとなく気分が高揚する。そんな敬礼であった。
「ラムリィ閣下!」
続いてジャンがやってくる。ラムリーザと店主のやり取りを見ていたのか、ジャンも同じ敬礼を真似ていた。これは流行るだろうな、ラムリーザはそう思った。
「ジャン提督!」
今度はラムリーザ自身も乗り乗りだ。まず正面に向けて二本の指先をまっすぐに向けた後、グイっと肘を曲げて目の前に持ってくる。そしてパチッと指を開くのだ。多少大袈裟に演じて見せる。
「はぁ、リリス連れてこれなかったな」
ジャンは残念そうにつぶやいた。
「誘えばよかったのに。別に文句は言わないし、ジャンとリリスなら文句言わせないさ」
いわゆるラムリーザ特権である。ラムリーザが良いと言えば、基本的に住民は逆らえないことになっている。領主に近い存在であり、あと数年もたてば正式に領主となる身だ。
「連れてくる口実が無いんだよ」
例えば前回などは、非公式ながらリリスはジャンの恋人――身内という設定で連れてきていた。要するにソニアのようなものだ。メイドの娘がパーティに参加することは、普通は有りえない。
ただしユコは違う。今年からフォレストピアの運輸まとめ役として移転した父親。その娘として、正式参加しているのだ。
「口実なんてなんでもいいさ」
「いーや、降竜祭でこんどこそ決めてやる」
一旦リセットして再出発した、ジャンのリリス攻略の旅。降竜祭実行委員メンバーとして、再スタートを切っている。これはジャンのけじめみたいなものであった。
「その降竜祭の実行委員の話だよ」
そこに、ロザリーンの兄であるユグドラシル、現生徒会長が現れた。同じように、ラムリーザ式敬礼をやって見せる。
ぬ……と思ったラムリーザが周囲を見てみると、丁度ごんにゃ店主が別の人に同じ敬礼をやって見せるところだった。
ユグドラシルはそれだけ言うと、バクシングジム改め格闘ジムの主であるとともにトレーナであるゴジリの所へ向かって行った。そこでラムリーザ式敬礼をやっている。ゴジリも何の迷いもなく、同じ敬礼で返す。
ラムリーザはトレーナーゴジリのもう一つの顔を知っていた。それは花火職人というものであった。ゴジリ自作の「けむりだま」というジョークアイテムで騒動を引き起こしたのも彼だ。
「ジャン、花火を使うのか?」
ラムリーザは、ユグドラシルの意図をなんとなく察してジャンに問う。
「降竜祭で、学校での花火公開だとさ」
花火はユライカナン産の物で、帝国ではほとんど知られていないものだ。ラムリーザ自身も、大きな打ち上げ花火はこの夏休み最後の日に、国境を流れるミルキーウェイ川で見たのが初めてだった。小さな花火なら、これも初めてだがマトゥール島でのキャンプで遊んでいる。
「へ~、すごいことを思いついたね」
ラムリーザはユグドラシルとゴジリが話し合っているのを見て驚いた。彼らは学校でのイベントで使う打ち上げ花火について打ち合わせているのだ。
「俺も花火の扱い方学ぼうかな」
「ジャンはマルチキャラ、中途半端を目指しているんだね」
「誰がサマルキャラだと? 勇者と呼べ」
「誰もそんなこと言っとらん。勇者と呼ばれたくば、赤水晶、青水晶、黄水晶、緑水晶のペンダントを揃えて出直してこい」
ラムリーザは、ジャンをビシッと指さして言ってのける。四色のペンダントを集めたら勇者なのか? という突っ込みはこの際置いておく。
「別に鎧着ただけで勇者の姿だとは呼ばれたくないがな。勇者はな、戦士や商人と違って職業とは呼べずにただの称号なんだぜ」
しかしジャンも負けていない。減らず口――なのか? 言い返してくる。
「ジャンの称号って、エロトピアでなかったか?」
「んじゃラムリィの称号は、おっぱい星人な」
「なんでそうなる? 別におっぱいなんかどうでもいいじゃないか」
「いーや、ダメだ。エルを恋人にした時点で、お前はおっぱい星人」
「知らんわ、ソニアがたまたまロケットばびゅ~んに育っただけだ。ソニアが貧乳だったら、僕はおっぱい星人になってない。つーかリリスもおっぱいでかいから、ジャンもおっぱい星人だね」
二人は我も忘れて、明らかに周囲に聞かれたくないような会話の応酬を繰り広げている。
「ふんっ、幼稚な女を好きになりよって」
「いや、リリスも十分幼稚だと思っているぞ。ソニアも大概だが、リリスもなんかおかしい」
「なんだこら、リリスの悪口を言うやつは俺の敵だ」
「ああ良いだろう、ソニアの悪口を言う君は敵だと認識した」
ラムリーザは、右手を大きく広げて上段に構えてジャンの顔面を狙う。顔面破壊魔竜爪(適当に命名)の構えだ。
ジャンも負けていない。左手を水平にかざして右腕の肘の下に当てる。右腕は縦に伸ばし、手首をくいっと九十度に曲げ、まるで肘から先が蛇の頭の様にも見える構え、つまり猛毒蛇頭拳(適当に命名)の構えを取ってラムリーザを待ち受けている。
ラムリーザが103Kgを誇る握力でジャンの顔面を掴もうと手を伸ばす度に、ジャンはその上腕部から先を蛇の頭のようにした指先で突き返す。むろん手先を掴まれないよう、突いた後は素早く引いている。
とりあえずラムリーザは顔面しか狙ってこないので、ジャンが迎撃するのは簡単だった。どっちにせよなんだか知らないが、まるで格闘ゲームのような光景をパーティ会場で作り出していた。
「お前らなんしょん?」
「「参謀長殿!」」
そこにリゲルが現れると、二人はすぐさま拳法の構えを解いてリゲルに向かって敬礼の姿勢を取って叫ぶ。同時に右目前に指を持ってきて、これまた同時に指を開いて見せる。ほんとリゲルの言う通り、何をやっているのだろうね。
「なんやお前ら」
「さしずめリゲルはちっぱい星人ということで」
ジャンはそう言い、ラムリーザと顔を見合わせて頷きあうのであった。二人は敵同士になったはずではないのだろうか?
リゲルは二人を訝しむような目つきで見つめたが、特に気にせず数枚の紙を差し出してくる。
「ほら、住民の意見書を持ってきた。今月の要望がこれだ」
リゲルが持ってきたものは、所謂目安箱と呼ばれている物。先月、フォレストピア意見投書箱という物を設置して、街の住民の意見を遠慮なく聞こうということで先月から実施したものだ。
「ああ、早速意見が来たんだね。伺いましょう」
ラムリーザは、さっきまでのジャンとのじゃれあいで見せていたふざけた表情と違う、普通に真面目な顔に戻っていた。
「一つ、街に病院が無いのでわざわざ隣町まで行くか、ユライカナンに帰らなければならない。街に病院を、とのことだ」
「あ、そう言えば無いね……、すぐに病院建設を始めよう。それまでは、駅前の倉庫の一部を改装して、簡易診療所にして医者を呼ぶことにしよう」
「ノノムラ病院という名前にしとくか?」
「お、賛成賛成」
「ん? とりあえず反対しておこう」
リゲルが名前を挙げてくるが、施設を造れば住民投票で変わった名前を付けられる。それは今に始まったことではなかった。その名前にジャンは賛成してくるので、嫌な予感を覚えたラムリーザは反対しておいた。
「ここの領主は横暴だな。次行くぞ、動物園が欲しい」
「それは急がなくていいね。ハンターを募集して動物を集めて、それに並行して施設を作ればいいか。場所は――遊園地作成中だから、それとは被らないようにまた別の場所に。あと嫌な予感を覚えたから反対しただけだよ」
そう言いながらラムリーザは、なぜか家で飼っている「へんこぶた」の事が頭に浮かんだりした。ソニアが世話に飽きたら動物園行き――というのではソニアは無責任すぎる。やはり最後まで責任をもって世話をさせるべきだ。
「次、ユライカナンで展開させている雑貨屋を、ここにも進出させたいとのことだ。えっと、店の名前は『勇者店』だそうだ」
「雑貨屋? これも被らないように作らないとね。例えば通りを挟んで雑貨屋が向かい合うなんて、非効率この上ないよ」
「いや、所謂チェーンストアって奴が、地域を絞って集中的に出店するといった戦略もあるのだぞ」
「ダメだってば。ここではナイトクラブの類をジャンに独占させているのにさ。あと似たような店が近くにありまくるのは、街の景観として美しくないよ」
とりあえず駅前には、既に一軒帝国産の雑貨屋が用意されている。それでもラムリーザは自分の住む屋敷の近くにも雑貨屋があったら便利だな、などと考えていた。とりあえずは、駅前の大倉庫をまた仮店舗にして、そのユライカナン産の雑貨屋を一時的に作ってみよう。
「勇者店か、勇者と呼べ」
「勇者と呼ばれたくば、赤水晶、青水晶――話が回転しているね。他に意見は?」
「以上の三つだ」
「わかった。たちまちは病院を急いで作る方向で」
こうして、住民の意見書に目を通し終えたのである。
次は、今月の課題となっていた、つねき遺跡、トゥモロー・ネバー・ノウズ炭鉱近くに立てた冒険者の酒場と雑貨屋の名前決めだ。ラムリーザは頭を悩ませながらも、それでも止めようとしない恒例行事となっている。
最近発足した憲兵隊本部だけは、流石にそのままの名前が施設名称となった。これは住民が、施設名称で遊んでいるのを明確に現していることになる。
いや、憲兵隊に関しては帝国全般の物だからだろうか……。例えば同じく帝国産の遊園地の名称は、そのまま「ポンダイパーク・フォレストピア」となっていた。
「それでは冒険者の酒場の名称を決めますぞー」
ごんにゃ店主の声がホールに響いている。
「別に『冒険者の酒場』という名前のままでもいいんだけどね」
ラムリーザは一人つぶやく。しかしもう一人の自分が、住民のぶっ飛んだネーミングセンスを期待しているのを感じていた。
その結果、冒険者の酒場についてはマスターを務めるフェルプールからの意向により、猫娘亭と命名された。まぁ無難な名前、酒場の女主人は猫が好きなのだろうか?
一方で、雑貨屋の方は特に店主からの意向は無いみたいで、混沌とした流れになっていた。
前回遺跡名や幼稚園の名前ではノミネートされていたものの選ばれなかった「タコさんの庭」や「ブルー・サンシャイン」が挙げられた。
それ以外からはまず出典不明の「アーメシ店」、まるで飯屋のような名前だ。そして幼稚園の部分だけ取り替えた「パンダさん商店」、住民の誰かは相当パンダが好きなのだろう。
ユライカナン本国で広がっている雑貨屋チェーン店である勇者店に対抗して「賢者店」と、まるで図書館のような名前。
ちなみに以前要望が挙がり建てられた図書館は、普通に帝国側で運営しているため、「帝立図書館フォレストピア」という名前である。
五つの候補が挙がったところで投票に入る。どうやら毎回五つ挙げて、その内から選ぶことに決めたらしい。この辺りの流れも、ラムリーザは全て任せていた。
しかし今回のことでラムリーザは気がついた。住民は同じ名前を挙げてくる。つまり、どの名前もいずれはどこかの施設名称となってしまうのだろう。
投票の結果、つねきにあるの雑貨屋は「タコさんの庭」と決定。
「だからなんで海でもないのにタコさんなんだよ……」
ラムリーザは思わずつぶやく。後でごんにゃ店主に聞いた話では、蛸――オクトパスではなく、ユライカナン伝統の遊び、凧あげに使う凧――カイトだとさ。ややこしい名前である。
その店主からは、「今年の正月、凧あげしてみませんか」などと誘われる。
「正月って何ですか?」
「ユライカナンでは、新年初日のことを正月と呼んでいるのさ」
「そうですか」
何故新年の初日限定の遊びなのか? 明日の休日にやってはダメなのか? とりあえずその疑問は先送りにしてしまおう、ラムリーザはそう考えるのであった。
これで今月の会合での主な話は全て終わったのである。
こうしてラムリーザが公務をこなしている間、ソニアたちはと言うと――
ずっとご馳走に群がっていた。
今日などは、最近店のできた「カブト」からの差し入れがあった。パーティ会場の食事テーブルに、立派な「てんぷら」がぎっちり並んでいる箱が二つ用意されていた。
「うわ~い、やった~」
食いしん坊のソニアは、万歳して大喜び。
「てんぷらソニアですの?」
しかしすぐに、ユコから突っ込みが入る。リリス命名の呼び方であり、単にソニアが大食いした物を名前の頭につけるだけの、何の捻りも無い名前だ。他には「ぎんなんソニア」だっけ?
「まだ食べてない!」
ソニアは怒りながらも、箸でつまんでてんぷらを口へと運ぶ。
「あ、食べた。てんぷらソニア」
「まだ一つしか食べてない!」
そう言いながら、既に二つ目をつまんでいる。