ココちゃんマグマリョーメン
12月8日――
休日、朝食後――
食堂に、ラムリーザとソニア、そして母親のソフィアだけが残っていた。
ソフィリータは朝からミーシャとどこかに出かけるらしく、朝食が終わると同時にさっさと退室した後である。
ラムリーザの家族以外では、執事が母親の脇に控えてる。ちなみにその執事は、ソニアの父親である。
母親は執事のヴィクターが持ってきた朝刊を読んでいた。そしてソニアの母親、メイドは朝食の後片付けをしている。
ここまではいつもと同じ光景だ。いつもと違うのは、ラムリーザとソニアも残っていること。
ラムリーザは、昨日ごんにゃ店主の言っていた広告が気になり、朝刊から抜き取った広告を一つずつ確認していた。彼は確か、「コラボをやるから広告入れておいた」と言っていた。いったい何をやるのだろうか?
ソニアもラムリーザが部屋に戻らないので、そのまま一緒に残っている。何やら「こうこくが~み~とっ」などとつぶやきながら、ラムリーザの持っていない広告を奪っては、それを折りたたんで何かを作っている。
変なところで器用である。どうやら箱のようだが所詮は広告紙、せいぜいゴミ箱にしかならないだろう。問題は、ラムリーザがまだ読んでいない広告まで奪っている事だった。
「あっ」
ソニアは小さく驚きの声を上げる。そして急いで作り上げたゴミ箱もどきを解体して広告紙に戻している。何かを見つけたのだろうか?
ラムリーザがちらりと目をやると、その広告には「ごんにゃ」と書いてあるようだ。そこにはココちゃんカレーとのコラボと書いてあるように見えたが、ソニアはラムリーザが見ているのに気がつくと、広告を素早く隠してしまった。
「ラム! あたし昼ご飯はリョーメンが食べたいな。そうだ、ごんにゃに行こうよ」
ついさっき朝食を食べ終えたばかりだというのに、もう昼食の話をするなんて、どこまで食いしん坊なのだろうか? ラムリーザは、こんなに外食をしたがるソニアは珍しいと思っていた。
学校帰りにフラフラっと立ち寄ることはあっても、休日にみんなで集まる予定のある時以外で食べに出ようと言うことは滅多になかった。いや、その滅多なことがあったような気がするが、最近ではないような気がする。
「たまには――にはならないけど、そこまで言うなら出かけようか」
部屋に居てもゲームをしているのがほとんどである。外に出たいと言うなら出るのも悪くなかろう。
まだ目を通していない広告が残っていたが、ごんにゃからの広告が今ソニアが手にしている物ならば、これ以上他の広告を見るのも時間の無駄――ではないが、今のラムリーザには興味のないことだった。
「ねぇ、早くごんにゃに行こうよ」
時計を見ると九時。八時頃に朝食を取ってから一時間も経っていない。
「まだ腹減ってないよ。食べたばっかりじゃんか」
腹が減っているわけではないのに、こんなに行きたがるのは妙だ。そんなにココちゃんカレーとのコラボが気になるのか?
ココちゃんカレーと言えば、普通のカレーショップである。カレーと言えば外国の料理で、ユライカナンよりももっともっと西にある国、確かエストラタ・カンダールという国の名物料理だ。それだけがなぜか全世界規模で有名になり各国に進出している。
帝国では「ココちゃんカレー」というチェーン店が有名で、フォレストピアにも進出している。ココちゃんというのは、そのチェーン店のマスコットキャラのようなものである。それがラムリーザを悩ませているのは、また別の話。
ソニアはそれから午前中の間、しきりに「行こうよ、行こうよ」と言い続けている。コラボがあったからと言って、ここので行きたがるのは妙である。
しかしラムリーザがそのコラボ内容を知ろうと思って広告に手を伸ばそうとすると、ソニアは素早く広告を取り上げてしまう。絶対に見せてくれない。
そのうちソニアは広告紙を折りたたむと、自分の履いているスカートの腰の部分に差してしまった。これではもう広告を見るのを諦めるしかない。
「広告見せろよ」
「お店に行ったら見せてあげる」
こんな具合にはぐらかされてしまう。怪しい事この上ない。
コソコソと広告紙を隠す癖に、ラムリーザがドラムの練習をすると傍に寄ってきてベースギターで合わせながら替え歌で「リョーメンリョーメンココリョーメン、ココココリョーメンココリョーメン」と妙な替え歌を歌っている。そして一曲終わるごとに「早くごんにゃ行こうよ」である。
ラムリーザがソニアの腰、広告紙を畳んだものを挟んだ場所に手を伸ばそうとすると、「エッチ!」と言って飛びのく。今更腰を触ったぐらいで何がエッチだ。
次に休憩、とリクライニングチェアに転がると、ソニアも引っ付いてくる。それでいて、「早く行こうよ」である。
「一人で行けばいいのに」
「やだ」
ソニアはあまり一人では出かけない。リリスとユコなどが誘いに来るか、ラムリーザと一緒に出掛ける時ぐらいで、普段は基本的にゲームをやっている。
結局のところ、リリスと似たもの同士である。外に出るには、ラムリーザかユコがきっかけを作らなければならない。
そうこうしているうちに昼前になったので、ラムリーザは出かけることにした。目的はごんにゃに食べに行くだけ。学校帰りに立ち寄る事以外では、珍しいことだった。いや、少し以前には出かけたことがあったような、なかったような……。
ソニアは無茶苦茶嬉しそう。ラムリーザの手を引っ張って「早く早く」と急かしている。彼女は好奇心の強い興奮した犬でしょうか?
「引っ張るなって、そんなにリョーメン食べたいのかよ」
「食べたいの!」
否定しない、ソニアは正直だ。ただ興奮のあまり理性的には動いていない。屋敷の庭を横切って、つねき駅経由で汽車で行った方が早いのに、そのまま屋敷の正門、竜神殿経由で歩いて街まで向かうのであった。
絶対にリョーメンが目的ではないとラムリーザはなんとなく感じていた。今朝突然食べたくなったのは、広告の影響、そしてコラボの内容だ。そういう意味でも、朝刊などに差し込まれている広告も、それなりに意味があるということだ。
広告の反応率は1%未満だと聞くが、小数点以下の確率で反応する。ラムリーザの扱うブランダーバスの命中率同様、気が遠くなるほど低い確率だが、ゼロではないという良い見本であった。
それでも歩いたことで、いい感じに腹も減ってきた。ソニアに引っ張られて、あの角を曲がればその先にごんにゃの店舗がある、というところまで辿りついた。
その角に近づいた時、反対側の通路から見知った顔が近づいた。ユコである。彼女も昼食は外食なのだろうか? もしかしてごんにゃ?
「あっ、呪いの人形だ」
ソニアの挨拶は、いつもながら失礼な物であった。むろんそんなことで怯んだり怒ったりするユコではない。
「てんぷらー星人とラムリーザ様、こんにちはですの」
ご機嫌ようと挨拶しないところが、真似ているだけの似非お嬢様と言ったところか。そもそもお嬢様がそのように挨拶するのかどうかは定かではない。だが、ソニアも女爵なる似非お嬢様を演じている節があるので、この二人も似たもの同士と言えるかもしれない。
「誰がてんぷらー星人よ!」
ソニアは自分に向けられた謎の呼称を聞き逃さない。
「昨夜のパーティで、てんぷら五つも食べた人は誰ですの?」
「うるっさいわね、こっちこないでよ!」
ソニアのてんぷら食いは、記録を更新していた。カブトという店で食べた時はソバと一緒だったが、昨日のパーティではてんぷらだけが用意された。だから五つも食べたのか。もっとも、他のご馳走も食べていたようだが……。
「いやですの」
「こっちくんな!」
ごんにゃの建つ二番街ペニーレイン、その入り口で無益な口論が発生してしまった。口論のきっかけは誰かの余計な一言が多いが、騒ぎのうるささはソニアの独壇場であった。
リリスもユコも静かに、冷静に嫌味を言ってくるのに対して、ソニアは感情的になって怒ってばかりだ。だから大抵ソニアが負ける。
だからラムリーザは、さっさと間に割って入って無益な口論を止めさせる。
「騒ぐな、喧嘩するならもう家に帰るぞ」
そう言うと、ソニアは小さく「あっ」と言って口をつぐむ。
「帰るといいですの」
「止めようね、ユコ」
「はい、ラムリーザ様」
二人ともラムリーザに対して素直なのが救いだ。これでラムリーザの立場が弱かったら、二人が騒ぐままに放っておくしかなかった。
ラムリーザは二人の間に入ったまま、まるで両手に花の状態でごんにゃの店舗前まで移動した。そこでユコも止まる。どうやらユコも、ごんにゃに用があるみたいである。
「ユコ、お前もか。なんで今日になって急にごんにゃに――」
そこでラムリーザは口をつぐむ。ついに見てしまったのだ。
ごんにゃの入り口には、普段は置いていなかった新しい立て看板が置かれてあった。その看板には、ココちゃんカレーコラボという文字と同時に、いつもの文句「あれみてごんにゃ、来てごんにゃ、一口食べて、みてごんにゃ」である。
ただし、それを述べているキャラクターがいけない。
普段は、タヌキのようなキャラクターが述べている売り文句、今日その新しい立て看板で述べているのは、青い目と白くてずんぐりむっくりした身体のぬいぐる――クッション。
そう、ラムリーザにとって、悪名高きココちゃんぷにぷにクッションのキャラクターであった。いや、ココちゃんに罪は無い。悪いのはソニア、彼女のせいでラムリーザにとっての悪名が高められてしまっているだけだ。
「これか……」
そこでようやく、ラムリーザはソニアがごんにゃに行きたがった理由、ユコまで現れた理由が分かった。
二人ともココちゃんの大ファンで、大量のクッションを獲得していた。そして同時に、ごんにゃのコラボ先がココちゃんカレーだと理解した。
「早く入ろうよ!」
ソニアはまだラムリーザの腕を引っ張っている。
「そんなに急がなくても、あっ――!」
今度はラムリーザは息を飲んだ、といった感じに黙り込む。もっと見てはいけないものを見てしまったのだ。
『ココちゃんマグマリョーメンを完食した方に、ココちゃんぷにぷにクッションプレゼント』
看板には、はっきりとそう書かれていた。
「お、お前らひょっとして――!」
明らかにうろたえているラムリーザを、ソニアとユコは両脇を抱えるようにして店の中に突撃していった。
「おおっ、早速来てくれたなっ」
ごんにゃ店主の威勢のいい掛け声。
「いや、違うから――」
そう言うラムリーザの口調は弱い。二人に四人掛けの席に押し込まれてしまう。ラムリーザの隣に座ろうとするユコを、ソニアは突き飛ばした。
ラムリーザが落ち着いた時、ラムリーザは窓際の席に押し込まれてソニアで蓋をされていた。正面にはユコが一人、腰掛けている。
「注文は何でしょう?」
「コラボのココちゃんマグマリョーメンで」
「私もそれをお願いしますの」
ソニアとユコは、何のためらいもなくクッション狙いのメニューを注文する。
「そちらの方は?」
「……コラボのつけるぶんで」
「マグマリョーメン二丁、つけるぶん一丁、全てコラボ版で毎度っ」
すでにラムリーザには、二人に反抗する力は残っていなかった。恐らく広告に、ココちゃんぷにぷにクッションプレゼントと書いていたのだろう。それを見ていたら、絶対に来なかった。
数分後、つけ麺一つ、真っ赤なリョーメンが二つ、テーブルに並んでいた。
ココちゃんカレーとコラボということで、スープの代わりにカレーが入っていた。ラムリーザの物は、冷やしたカレーが。二人の物は、例の真っ赤カレーだ。どの料理店も、ラムリーザの意向で冷たいメニューを取り入れるのが暗黙の了解となっていた。
今回もカレーの時と同じく、二人は苦しみながら食べている。要するに、激辛カレーリョーメンなのだ。ココちゃんの為なら激辛メニューにも怯まない、困った娘たちだ。
「なぜココちゃんを……?」
少し暇になった店主がラムリーザたちの居る席にやってきたので、少し非難めいた口調で問いつめた。
「なぁに、ちょっと前にカレー屋のクアタリと絡んで仲良くなってな。その時にコラボしようといった話になったんだぞ」
ラムリーザにとって、迷惑な絡みであった。
「建国祭でもココちゃんぷにぷにリョーメンやってましたよね?」
「あの時はこっそりやったパクりだ。今回は正式なコラボだぞ」
「さいでっか……」
そんなことはどうでもいい。それよりももっと重要なことを聞き出しておいた。
「――で、あのぬいぐるみは何体用意しているのでしょうか?」
「ああ、あのココちゃんか。あのぬいぐるみなら百個ほど用意してもらったぞ。領主さんもマグマリョーメン食べたらプレゼントだったのに」
「要りません……」
ラムリーザがそう言い捨てた時、二人は声を合わせて文句を言った。
「「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション! ゴホッゴホッ――」」
咳き込むタイミングまでバッチリ。精々頑張って激辛ラレーリョーメンを食べるがよい。
ラムリーザは、諦めに近い心境で窓の外、美しい街路樹を見つめていた。ドアを開けココちゃんが来るのかな――などと思いながら。
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