勇者店 ~地獄のまくら~
12月14日――
この日は休日、そして今日も駅前の大倉庫にて、ユライカナンからやってくる店舗の視察を行うこととなっていた。
午前十時、フォレストピア駅前に集合。今日集まったのは、ラムリーザ、リゲル、ジャンの男性陣と、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの女性陣。そしてソフィリータ、ミーシャの撮影担――後輩陣の合わせて九人だ。
今日集まらなかったユグドラシルは、降竜祭の準備。ジャンとリリスも委員会だが、今日は休暇を貰っていた。しかし明日は参加することになっている。
そして正義の(?)番長レフトールは、エルム街に新しい焼肉屋がオープンしたということで、子分を引き連れて朝食から肉ばかり食べていた。
ソニアなどは、そっちに行きたいと言っていたのだが、ユコが「どうぞ、私はラムリーザ様とごんにゃでお昼にしますわ」などと余計なことを言ったので、こちらに参加している。むろん、今日の昼ご飯は決定したようなものだ。
今日訪れるのは、勇者店と呼ばれる物。簡単に言えば、ユライカナンではメジャーな雑貨屋だ。様々な掘り出し物、珍しい物。小物に飲食品、帝国の雑貨屋に有ってここに無い物は無いだろう。そしてなによりも、勇者店系列の店舗でしか扱っていない品物もあると言う。
「ま、外から見た感じは普通の雑貨屋だね。今日は僕のおごりだ、何か一つ買ってあげるからじっくり見て回るんだよ」
ラムリーザは、いつものように貢ぐ君に進んでなっていた。
「おっと、ロザリーンとミーシャは俺が買ってやる」
「リリスのは俺が買ってやるよ」
リゲルとジャンが、揃って甲斐性を見せる。こうなると、ラムリーザが貢ぐ相手はソニア、ユコ、ソフィリータの三人に絞られた。
まぁ一介の雑貨屋である。金貨数十枚も必要な宝石など高級品は置いていないだろう。
「ソニアあなた、乳置き台買ってもらいなさいよ」
「むっ、リリスは初心者用吸血キットを買ってもらえばいいんだ!」
またしょうもないののしり合いを始める二人。こうなるのなら、ジャンとリリスは降竜祭の準備に出てもらった方がマシだったかもしれない、などとラムリーザは思うのであった。
駅前の大倉庫の一角に造られた仮店舗、その入り口をくぐると、長い黒髪が特徴の人が出迎えてくれた。
「ようこそ勇者店へ。おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる勇者店です」
「おはようございます。あなたが店長ですか?」
「はい、店長のリネイシア・シャーミンです。お見知りおきください」
「いやぁ、ユライカナンから来る人で、女性店長は初めてだったので珍しいなと思ってね」
フォレストピアにも女店主は居る。例えばつねき遺跡傍にある冒険者の酒場、猫娘亭のフェルプールは女性だ。しかし彼女は帝国の人間。ユライカナンからやってきた女店主は初めてであった。
「ほほほ、勇者店の店長は、総店長の趣味が爆発していて、黒髪ロングの女性しか選んでいないのですよ」
「それはまたすごいですね」
実際に、リネイシアと名乗った女性は、若くはないが整った顔立ちと長くて美しい黒髪を持っていた。
そうだな、リリスをあと十五歳は年齢を重ねさせ、いろいろと経験し成熟した大人の女性になったといった感じか。
「寝とるな!」
二人の会話に突然ソニアが割り込んでくる。
「なんね、店主と話をしていただけじゃないか」
「店主がラムを取ろうとしている!」
「なんでそうなる」
これまでは店主は全て男性だったので、ラムリーザがどれだけ話し込もうがソニアは何も反応しなかった。しかしここでは、そういうわけにも行かないらしい。
ラムリーザは話を切り上げ、店主リネイシアに軽く頭を下げて、ソニアの頭を抱え込んだまま店の奥へと物色しに向かった。それに続いて、他のメンバーもぞろぞろと店に入って行くのであった。
「道具が並んでいるから道具屋です。あっ、薬草がありましたよ、8エルド。この竜の鱗、20エルドで売っているけど本物かなぁ? あっ、聖水だ、12エルド。これ悪魔払いに使えるのよねー」
ミーシャは、ソフィリータにカメラを向けさせながら、店内実況放送をしている。動画投稿者とは――以下省略。
「聖水、聖水。竜の神に明日の晴れを祈願しましょう、晴れるやーっ」
「晴れるやーっ」
ノリの良い二人であった。
「あっ、人形だ」
その一方で、ソニアは店の片隅に置いてあった、殺風景な人形を手に取った。まるで造りかけの人形、服も着ていないし台座から伸びた棒で固定されている。この人形の原型みたいなものに、ソニアは興味を示したようだ。
その台座には、ボタンが一つ付いている。何かのスイッチのような? 押すのか回すのかは、パッと見ただけではわからない。
あまり物事を深く考えない傾向にあるソニアは、屈み込んで何のためらいも無しにそのボタンに指を伸ばした。まずは押し込んでみる。ボタンはカチリと音を立てて、奥へと沈み込んだ。
コツン――
「えっ?」
ソニアは、何かが額に当たったような気がした。周囲を見回したが、傍には誰も居ない。リリスのイタズラでは無さそうだ。
再び人形と、その台座へと目を戻したソニアは、もう一度ボタンを押してみた。カチリ、コツン――
「あっ」
今度は目の下辺りに何かが当たった。ソニアは素早く当たったものを目で追う。それは、床に転がって止まった。近くには、同じようなものがもう一つ落ちている。
ソニアはそれを拾い上げてみた。小さな豆のようなもの、いや、そんまま豆その物か?
「豆吐き人形が、気に入りましたか?」
いつの間にか傍には、ソニアからラムリーザを寝取ろうと――してはいない、店長のリネイシアが近づいてきていた。
「豆吐き人形?」
ソニアは、その単語に聞き覚えがあるような気がした。確かどこかで聞いたような? リリスが以前勇者店の話をしたことがあったっけ?
「ええ、ボタンを押すと豆がでます」
「それだけ? この豆は食べられるの?」
やはり食欲を優先するソニアであった。リネイシアが「大豆を炒ったものですから、食べられますよ」などと言うものだから、早速拾った二つの豆を口に運んでポリポリやっている。店の床に落ちた豆であるにもかかわらずだ。
「それは元々はもっと酷い物だったけど、あまりにも苦情が殺到して――」
「痰吐き人形!」
ソニアは、以前リリスが休み時間の雑談で語ったことを、はっきりと思い出していた。あまりの汚さに不評で、今では痰ではなくて豆を吐き出すように改良されている、確かリリスはそう言っていたはずだ。
「よく御存知ですね」
リネイシアは感心したように言ったものだ。
「この店は、エルム街にもあるやつだな」
リゲルやロザリーン、そしてリリスとユコ、以前からポッターズ・ブラフ地方に住んでいる者は、すぐに気がついたらしい。
この勇者店は、ユライカナンでチェーン展開しているのはもちろん、実は既に世界規模で発展させようとしている物だった。そしてこのフォレストピアにも、一つ支店を出してくれとのことだったのだ。
「皆さんよく御存知で、それでもこれは知らないでしょう?」
リネイシアは、壁にある張り紙を指さして皆の注目を集める。
『地獄のまくら 一晩1000エルド』
そこにはそう書かれていて、黒い枕が描かれていた。
「じ、地獄のまくら?」
ラムリーザは、それが物騒な物であるといった想像はすぐについた。しかし描かれている枕自体は、黒塗りされている以外は普通の大きさ、形をしていて特に恐れるようなものは無い。
「新しい企画――あいやいや、新発明された道具です。きっと楽しい夜を過ごせますよ」
「やだ、なんか怖いからやだ」
ソニアはラムリーザの腕にしがみついて拒否反応を示す。それはまあ、「地獄のまくら? 楽しそう!」という方が不思議な感性であり、ソニアの反応はめずらしくまともだった。
「俺、試してみようかな。どんなん?」
名乗り出たのはジャンだった。こんな場合に一番に飛びついてみたがるのは彼である。
「秘密です」
しかしリネイシアは、詳細を語らない。ちなみにヒミツと言えば、ごんにゃ店主の名前。ややこしいものがある。
「地獄にいざなう枕だったらどうするのさ?」
「それはそれで気になるぞ。流石に犯罪行為を起こすようなものを売って、店の評判を下げるようなことはやらんだろうからな」
ラムリーザは少し不安を感じていたりするものだが、飛びついたジャンは普通に好奇心だけでそれを求めているようだ。
「それでは今夜お届けしますので、住所をここに」
リネイシアは、ジャンに一枚の紙を差し出す。そこには日付と、一晩貸し出しの契約書と書かれていた。
「物好きな奴だ。だがこの品物は、エルム街の店舗では見たこと無いな。新発明と言っていたから新作なのだろうが、人柱ご苦労なこった」
「まぁそのための、体験仮店舗なのだけどね」
リゲルが皮肉めいたことをジャンに投げかけるので、ラムリーザはやんわりとかばっておく。
「ラムリィも体験してみたらいいじゃないか」
「そうだなぁ――」
ジャンに勧められて、ラムリーザは店長の方を振り返る。
「申し訳ありませんが、一晩一品だけ。順番待ちとなります」
「そこまでレアなアイテムなのか」
なんだか恐ろし気な名前とは裏腹に、特別な道具であるようだ。
地獄のまくら、本当に地獄へいざなう枕なのか?
全てはジャンの体験にかかっているのである。
翌日ジャンは、寝不足気味の顔で現れた。
彼から聞いた話では、夜寝る前にリネイシアと別の従業員がやってきて、その「地獄のまくら」とやらが運び込まれたという。
ベッドに置いてもらったところ、確かに黒い枕以外の何物でもないものであった。
そのまま寝るために、部屋の電気を消して布団に潜り込み、地獄の枕とやらに頭を乗せる。その感触は、ブヨブヨとした肉体のようでもあり、固いようなでもあり、不思議な物であった。質感以外は特に何の変哲もないものだった。
しかし、寝心地は最悪に近い物であった。
真夜中に、突然枕が跳ね上がって、叩き起こされること一回。
鼻をつままれた感じがして息苦しくなって目が覚めること一回。
首筋にひんやりとした息を吹きかけられるような感触がして、ぶるっと震えて目が覚めること一回。
頬をつねられて目が覚めること一回。まるで生きているかのように枕がうねうねと動いて目が覚めること一回。
その他様々な怪現象に襲われて目が覚めること数回。
しかし朝になると、地獄の枕は忽然と消えていて、いつも使っている枕で目が覚めたのであった。
「結局、何なん?」
「よくわからんが、あまり良くない物らしい。使わない方が良いぞ」
「まぁ地獄の枕だからなぁ、悪い物であって不思議はないね。で、無くなったのか?」
「一晩1000エルドってなっていたからな、一晩こっきりの物なんだろう。あれならその十倍は金出して、春を買った方がマシだぞ」
「……やめとこっか」
――だそうであった。
余談として後日談を述べるが、後日ミーシャが動画のネタにと、カメラを設置して自分の寝る姿を撮影した動画を創ろうとしたのだ。
しかし、なぜか朝になってみると、めったにやらない録画失敗をやらかしていたりするのであった。不思議なことに、リベンジと称してもう一度借りて撮影しようとしたのだが、二回連続で録画失敗しているのである。
この失敗でより不気味なのは、撮影自体はできていたようであるが、その動画を撮影後、夜の間に削除されているっぽいのだ。
三度目には、ミーシャはソフィリータの部屋に泊り、ソフィリータに「地獄のまくら」を使わせて、自分は徹夜でカメラを構えるといった暴挙にも出た。なんとしても動画のネタにしたい、不退転の決意を表明している。
しかし結果は、撮影できなかった。
ミーシャのおぼろげな記憶では、夜明けが近づいたころに、甘い匂いの香りがしたと思った後の記憶が無い。
気がつけば、朝の七時、いつも起きる時間に目が覚めたのだ。なぜか、ソフィリータの布団に潜り込んでいた。
そして撮影した動画は削除されており、地獄のまくらは何処かへ消えていた。いや、店舗に戻っていたので、無くなったわけではない。元々一晩の貸出しという話なので、文句は言えなかったりする。