降竜祭前編 ~体育館で午前の部~
12月24日――
今日は休日、そして休みは年明けまでしばらく続いている。いわゆる年末年始の長期休暇というものだ。
年末に向けて、今年の残った垢を片づける、そして新たなる年を清々しい気分で迎える――といった建前はあるが、そこまで徹底したものでなく、のんびりと暮らしているのが実状であった。
さて、ラムリーザたちの通う学校で、今年最後のイベントが今日開催される。
降竜祭――
年に一度だけ、竜神テフラウィリス様が天から降臨なさる夜がある――という名目で新たに作られた祭り。
明確に竜神の生まれた時は経典には記されていない。しかしこのままいくと、12月24日の夜、もっと劇的にするなら日付が変わる瞬間、つまり25日の0時を竜神の誕生した瞬間と設定されるかもしれない。
今日のイベントは休日ということもあり、学生は自由参加となっていた。
それでも帝国の臣民はお祭り好き、ほぼ全員の生徒が平日と同じように朝から学校に集まったのだ。
サボろうとしたのは、まずはソニア。休日だから私服で行きたいとごねる。制服強要なら行かない――などと言い出したのだ。何が不満なのかはもう割愛。
しかしラムリーザが「それでは留守番頼むね」と出かけてしまったので、慌てて制服に着替えて追いかけるのだった。
レフトール一味もサボろうとしたが、マックスウェルなど最近良識派が増えてきて、仕方なくかき回しに行くかって感じで集まっていた。レフトール曰く「この門を潜ると降竜祭がいよいよ降竜祭というわけ」らしい。つまり、文化祭と同じだ。
さて、いつものようにラムリーザとソニアは、妹のソフィリータも含めて三人でつねき駅から汽車に乗り込んで学校に向かう。途中のフォレストピア駅からは、ユコだけが乗り込んできた。
「あれ? ジャンとリリスは?」
「帰ってきてないみたいですの」
「ああ、徹夜でリリスと準備していたのね」
「ええっ? 徹夜ですの?」
「あいやいやいや、あの二人こじれていたように見えて、しっかりまとまっているじゃないか」
「そうですねぇ」
ラムリーザは、まるでごまかすように話すのだった。
実は、ラムリーザだけはジャンが昨夜徹夜で準備をしているのを知っていた。そして、ジャンからの要望で、「リリスから救援を求められても、風邪でもいいから嘘ついて断ってくれ」と連絡を受けていた。どうしてもジャンは、リリスと二人きりで準備をしたかったようだ。
学校につくと、校門はそれほど飾っていないが、運動場の入り口には新しいゲートが設置されていた。そのゲートは竜が長い胴体で円を作っている感じになっていて、まさに降竜祭といった雰囲気であった。
「あ、ステージができてるぞ」
「ソニアがあの上でまた踊り狂うんですのね」
「また? ってあたし踊り狂ってない!」
ソニアは、去年の同じ日の出来事を覚えていないようだ。
「がちょーんっ!」
「びっくりした!」
そこにレフトール一味――と言っても、同じクラスの子分二人、マックスウェルとピートとの三人だけが現れた。ラムリーザのパーティは、四人から七人に膨れ上がる。
「ゲートのサブタイトルは、『今夜、何かが起こる』か」
「かまいたちかな?」
「ねーラム、どこから見る?」
「まだ露店とか開いていないみたいだね。え~と――」
そこでラムリーザは、事前に配られていたパンフレットを見る。昨日の終業式で、全校生徒に渡されたものだ。
「あ、午前中は体育館でイベントだった」
「めんどくせーな、俺は体育館裏に行く」
レフトールは、いつもの屯場所にしているところへ向かおうとする。体育館裏、ステレオタイプのつっぱり君だね。
「ちょっと待てよ、君も軽音楽部だからステージで伴奏しなければダメだよ」
「ステージ? げー、やめとく! 俺のイメージじゃねーっ」
「この機会にこれまでのイメージを捨てていいから。僕もステージに立つから、レフトールも来いよ」
「ラムはステージで座っているくせに」
「黙れ」
ラムリーザがレフトールを誘おうとしているのに、ソニアは邪魔してくる。レフトールは、ユライカナンツアーにも参加しなかったように、まだステージ上での演奏には抵抗があるようだ。精々舞台裏でラムリーザの真似をする程度か。
「ぐぬぬ、マックスウェルも上がるなら上がるか」
レフトールは、二人の子分を振り返って言い放つ。
「俺プロレス同好会だしー」
しかしマックスウェルは、飄々と答えた。
「くっそ、突然真面目なスポーツ少年に鞍替えしやがって! おいピートは?」
「俺ダメ、文芸部だから」
「嘘ばっかし言うな何が文芸部だ! それなら詩の一つでも読んでみろやコラ!」
「古い毛や、剥げて無くなる、髪の音!」
「なんやそれはオラ! そんなのだった俺も作れるぞ。ピートから、トの字取ったら、ただの下痢。どうだ、あぁ?!」
降竜祭ゲート前でレフトールが凄んでいる。これでは他の客が、怖がって会場に入ってこられない。
「とりあえず続きはこっちで!」
ラムリーザは、レフトールの腕を掴んで引きずっていく。そのまま、体育館脇の控室まで連れて行った。
体育館には、すでに全校生徒の半分ぐらいが集まっていた。ステージにはジャンとリリスの二人だけ。ユグドラシルを始めとした他の実行委員は、突然の風邪にダウンして、祭の準備には参加していない。
ジャンとリリスの二人によって作られた会場は、整然と並んだパイプ椅子、壁は飾り付けなどで彩られていた。ステージの上には、楽器が置いてあるのと司会のための台だけだ。
「レフトール、レーを取ったら、ただのデブ」
「なんだとコノヤロ! ピートなど、デビュー前に、クビ宣言」
「俺別に軽音楽部入ってねーし、ラムリーザのバンドに参加する気も無いし」
「ぐぬぬ……」
レフトールと自称文芸部のピートは、まだやりあっている。
「お腹すいた」
その一方で、ソニアはラムリーザにすり寄ってくる。
「またかよ、飴玉でも舐めてろ」
「チョコレートが欲しい」
「それはリゲルに頼め」
食いしん坊ソニアとの間で、もう何度発生したかわからないやり取りだ。
予定表では、今日は九時開園、そして十時から体育館での最初のイベント開始となっていた。ジャンとリリスは、たった二人ながら、客をうまく誘導して十時数分前には会場に生徒を集め終えたのであった。
そして、イベント開始の十時を迎えた。
「皆さんおはようございます。今日は重要かつ厳かかつ愉快なイベントに参加していただきありがとうございます。全てが終わったときにありがとうございました――などと言うと二番煎じになるので言いません。全てが終わったら、各自好きな時間にご帰宅ください。それでは最初に、竜神テフラウィリスをみんなで呼びましょう!」
ジャンの挨拶は慣れたもの。いつも自分の店で司会を担当しているぐらいだから、この程度のことはいつも通りの出来事だ。
ジャンの合図とともに、ステージと客席を隔てていたカーテンが開く。ラムリーズはスタンバイ済み、ただしレフトールは、ラムリーザのすぐ後ろに隠れるように立って、ウォッシュボードを手にしている。基本的にパーカッションでの参加である。簡単なドラムパターンの曲などの時に、ラムリーザの休憩用代役というポジションだった。
今日はギタリストのジャンとリリスが抜けているので、その代役のソフィリータは大変だ。いつもは大人しくサブに徹しているところ、突然のリードギターに抜擢。慌てて間違えないように、ラムリーザの横に立ってラムリーザの方を向いて立って周囲を気にしないようにしていた。
こういう時にリゲルが動いてくれたら楽なのだが、リゲルは正確にコードを奏でるのが好きなので、よほどのことがない限りリズムギターの座を譲らない。それに、時々ソニアがベースの癖にリリスとギターバトルを展開する場合があるので、ベースの代わりにリゲルのリズムギターがドラムと共にバンドのリズムを支えるケースが存在している。ソニアを自由に遊ばせるには、リゲルが必要だったのだ。
♪竜の神様はいつも一番高いところから我々を見ていらっしゃる
♪退屈になったら地上に来てみてもいいんだよ
♪竜の神様が降りてくる夜、全ての窓を開けて待ってるよ、待ってるよ
この歌は、別に今日のために作られたものではない。別の歌手が歌った既存の歌で、竜神を祭った歌として有名なので、今日取り入れたのである。
ジャンとリリスが、ラムリーズの演奏している前で二人並んでダンスを披露している。その周囲を、ラムリーズ公式ダンサーのミーシャがくるくる回っていた。
二人のダンスの締めは、両手を地面と水平に前に突き出し、首を左右に傾けて振る動きで終わった。
「ありがとうございます! これで竜神テフラウィリスも興味を示して天からこちらを覗き見していることでしょう! さて、なかなか降りてこない竜神を地上に引き寄せるために、皆で楽しく歌い踊りましょう。続きまして、演劇部による竜神物語です。有名な戦い、勇者モニタンクによる孤軍奮闘の戦いをどうぞ」
ジャンが司会をしている間に、ラムリーザたちはバンドの片づけをしていた。
車輪のついた台座に乗せていたドラムセットを、ステージの隅へとゴロゴロ移動させる。リゲルやレフトールは、大きなスピーカーを舞台の端へと移動させた。このスピーカーは、演劇の音声でも使用するので残しておく。後は各自楽器を持って舞台袖へと撤収した。
演奏に関しての部分だけ、ラムリーザたちは司会の手伝いをしていたが、ここから先はジャンとリリスの二人で乗り切らなければならないのだ。
「何あの可愛らしい獣人」
舞台袖から演劇を鑑賞中、ソニアはラムリーザに尋ねた。舞台の上では、直立歩行をする猫のような戦士が三人の敵を相手に奮闘している。
「あれがモニタンクだよ。伝説では、竜神テフラウィリスの力を受け継ぎし戦士ね」
「モニタンクってなぁに?」
「敵が大勢居るだろ? でも一人で敵の攻撃を受け切っている。そういう役目をタンクって言うけど、それを名前に取り込んでモニタンクってことさ。僕だって二人までならなんとかなる――かなぁ? 三人相手に戦うなんて無理だよ」
戦士は、入れ替わり立ち代わりに襲い掛かってくる三人を、突き倒しては投げ飛ばしてはで大奮闘だ。戦士の割には、猫のような可愛らしい姿が一部の獣人好きに評価されている――といった演劇であった。
そして演劇が終わると、竜神経典から主な部分を拝読して終わり。
天にまします我らの竜神よ、願わくはみ名の尊まれんことを――
いや、来賓の挨拶などがあったけど、そんな物は生徒たちにはかったるい時間であるに過ぎなかったので省略。まぁ来賓の方も、わざわざ仕事を休んで来てくれているので、無下にするのも気の毒なものだがこれは仕方がない。
これにて午前の部、体育館での式典は終わった。
現在十一時半、午後の部は十二時半より開催される。昼食休憩の時間ではない、午後は運動場などで露店が開かれたり、日も暮れるころから夜のイベントが始まる流れになっていた。ジャンとリリスは、その為の準備に奔走していた。
一方ラムリーザたちは、午後の部が始まるまで部室で待機。降竜祭が終われば楽器も再びスタジオへと持ち込まれる。そうなると、あまり使わない部屋となるだろう。
いつものメンバーからジャンとリリスを除いた者たちが集まっていた。
「午後は何をするのかなぁ」
窓から外を眺めながら、ソニアはつぶやいた。
「あのステージで何かやるみたいですよ」
並んでいたソフィリータが、それに答える。
「ソニアがステージで『劇』をするんですの」
「えー、お姉ちゃん劇できるのー?」
ユコとミーシャは、劇を持ち出してくる。劇と言えば古くから伝わる祭での踊りだ。
「簡単だよっ」
そう言いながらソニアは、前かがみになって膝頭を手のひらでパンパン叩きながら速足で足踏みしクルクル回りだした。それを見たミーシャも、踊りに参加して二人で回っていた。
「なんでこの妙な踊りが伝統なんですの?」
ユコがそう言うのも仕方がない。パッと見では、バタバタしているだけに見える。
「何でしたっけ?」
話を振られたロザリーンは、リゲルを振り返る。
「元々は収穫祭を祝うものだったのだ。あの踊りも、何だっけか? あの肥料じゃなくて、肥し――それも肥料だ」
「踏み込み温床作りですね」
リゲルの説明を聞いて、思い出したロザリーンが援護射撃する。
「そうそれ、落ち葉とかなんとかいろいろ集めて、それを踏んで温床を作るのだが、祭の時にその動きをもじって面白く楽しくバタバタしたのが予想以上に受けて、その踊りが今に伝えられた、と聞く。それが劇だ」
「収穫祭か、来年はフォレストピアでも開催してみようかな」
ラムリーザはその会話から、新たな行事を思いついた。今年はただ報告を聞くだけで終わったが、収穫の恵みを竜神に感謝するのも良いだろう。
「収穫祭って何だろな?」
劇を止めたソニアが聞いた。
「年に一度のお祭りですよ」とソフィリータが答える。
「心を込めて育てたヘチマやお芋さん」とミーシャは続けた。
「太陽さん雨さんごくろうさん」とユコが締めくくった。
なんだか知らないが、歌のようになっていた。しかしこれはライブで披露するような歌ではないだろう。収穫祭の歌とでも名付けて、お祭りのイベントとしてみんなで歌えばよい。
「ふーん、ミーシャはヘチマ食べるんだ」
「食べないよー。へちまりょうって名前をした動画作成者が、ヘチマ食べてみたって動画出していたのが面白かっただけ」
「ふーん、たわしを食べる変な人」
ソニアの言うように、ヘチマは食用としてではなく、その繊維を利用したたわしとして有名であった。
「それよりもお腹すいた! ローザ弁当は?」
「作ってませんよ、午後から露店で聞いてましたので、そこで食べたらいいでしょう?」
「やったいかめしだ!」
丁度その時、運動場での準備が終わって、開園を知らせる放送が流れた。