クッパの? クッパのパ?
帝国歴78年 12月26日――
南の国故、それ程寒くはない冬休みのある日、ごんにゃにて。
フォレストピア開幕初期の頃から店を開いているリョーメン屋のごんにゃは、その店主の気さくさや店の立地条件などから、ちょっと小腹がすいたら立ち寄ろう的なスポットとなっていた。
今日、その店に集まっているのはラムリーザとソニア、ユコのフォレストピア組からの三人と、リゲル、ロザリーン、レフトール、マックスウェルのポッターズ・ブラフ組の四人、合わせて七人だった。
夏休みの南の島キャンプに行った仲間のうち、ソフィリータとミーシャは二人でどこかに行った。この二人は、小型カメラを片手に、あちこちへ飛び回っている。そして撮影した物は、動画として投稿して遊んでいるのだった。
ユグドラシルは、生徒会関係で休暇の日も時々登校している。
そして、ジャンとリリスは――
「ジャンとリリス、冬休みに入ってから二人きりで出かけまくりだね」
「付き合いたてですから、そっとしておいてあげましょう」
ラムリーザとロザリーンが話をしている間、ソニアとユコは無言でマグマリョーメンにチャレンジ中だった。
なんでもクッションのココちゃんだが、展示用に取っておいたものが丁度二体残っていたのだ。ケースに残っていたものを二人は見つけて指摘し、その場で最後のココちゃんキャンペーンが行われたのだ。
これでソニアは二十四個入手、ユコに到っては三十五個だから驚きを通り越して呆れ返る。
今年最後となる学校イベント、降竜祭は大成功に終わった。生徒会のユグドラシル政権として最後のイベントは文句ない出来だった。
いろいろな思惑があり、実際に最後の運営をしたのはジャンとリリスの二人だけ。しかし、参加者の生徒たちから見ると、そんなところまでは見ていない。
そんなこともあり、ユグドラシルは歴代政権の中でも、特に優秀という印象を残したのであった。
そのジャンとリリスは、降竜祭イベントによって、めでたく付き合うことを始めたわけである。
元々ジャンはリリスに対して本気であったが、自分に自信のないリリスは、ジャンの好意を信じられなかった。
そこでジャンは、降竜祭という大イベントを、最後の最後でリリスと二人きりで乗り切るといった場面を演出したのだ。
ユグドラシルを始め、他の実行委員メンバーは仮病を使い、最終日はジャンとリリスの二人きりにしてしまった。
しかしリリスは、ジャンと力を合わせて祭を成功させ、なんとなくだが心に自信を付けていた。
そしてリリスはジャンを受け入れ、降竜祭の翌日から二人きりでいろいろと出かけるようになっていた。その祭の後始末はユグドラシルたちが引き受け、今日も学校に行っていた。
「天文台の建設は、あと一年ぐらいで完成かな」
リゲルとロザリーンは、今日は朝からフォレストピアに来て、建設中の天文台の視察をしてきたところだ。予定通りに行けば、再来年からの大学生活、二人はフォレストピア大学天文学部へ通っているはずだ。
「ここはまだゲーセンの監視が緩いよな」
レフトールとマックスウェルは、ユコに呼び出されて開店時間からフォレストピアのゲームセンターで遊んできたところだ。リリスがジャンと二人きりで出かけるので、ユコはリリスの代わりにレフトールを呼びつけてゲームセンター通いの毎日である。
「そういえばおっちゃん」
ラムリーザは、ごんにゃ店主ヒミツに話しかけた。店主は、準備をしながら話を聞く。
「クッパタってインスタントリョーメンですよね」
丁度良い機会なので、かねてから聞こうと思っていたことを尋ねてみた。
「そうだぞ。メットゲもゲップクもよろしくな」
「『クッパの』ってありますか?」
クッパの――。
降竜祭に向けたライブ活動の練習日、ソニアがクッパのを買っただの、それを取られただのと、ちょっとした騒ぎになったものだ。
ラムリーザは、その時はソニアの見間違いとか、思い込みだと思っていた。しかし作り話にしてはソニアの本気な怒り方が気になっていたので、今日思い出して尋ねてみたのだ。
インスタントリョーメンを持ち込んだごんにゃ店主なら、何かを知っているかもしれない。
「クッパの? う~ん……、聞かないなぁ」
「やっぱりそうですか」
やはりソニアの見間違いと勘違いなのだろうか。もしも事実なら、フォレストピアに浮浪者の強盗が住み着いているということになる。
「いや、待てよ――」
しかし、ごんにゃ店主は何か心当たりがあるようだ。鍋を火にかけたまま、少し上を向いて考える。
「焦げますよ」
「おっと」
ラムリーザに指摘され、慌てて鍋を振り始める。リョーメンとセットで出す、肉片や野菜片を米に混ぜて、卵と一緒にかき混ぜる味付けご飯を作っていた。店主が鍋を振るうと、米や具材が鍋の中を飛び回っている。
「クッパのパ――ではないかな?」
料理をしながら、店主はまた謎の単語を出した。
「クッパのパ、ですか?」
「ああ。『クッパの』は知らないが、クッパのパなら、クッパ国にある会社であり、クッパ自身が務めていた会社だ、という伝記がある」
言われてみると、「クッパの」で切ってしまうと何のことやら分からないが、「クッパのパ」なら、言葉として意味がある。例えば「ソニアのア」みたいな感じで。脱力系な名前ではあるが……。
「でもクッパって国王ですよね?」
以前リゲルが「クッパ国の滅亡」という犯罪学の教科書にも載っているような事件を述べたとき、クッパ国の国王はクッパという者であると聞いた。
「そうだなー」
店主は、出来上がった炒めご飯を、皿に移しながら答えた。
「国王が会社勤めですか? 国営の会社で、社長とかですか?」
「んや、株式会社というもので、そこの社員だったと聞く」
「かぶしきぃ?」
ラムリーザはますますわけがわからなくなってしまった。今住んでいる帝国で例えてみれば、皇帝陛下がこのごんにゃで給仕をしているようなものだ。
それに、株式会社とは何か?
帝国では、全て国が管理していて、民間企業というものはほとんどない。
例えばこのごんにゃも、店舗などは店主としてユライカナンから来たヒミツという男性が取り仕切っているが、その土地は領主が貸し与えたもので、領民は土地を得る代わりに領主に忠誠を誓わなければならない。店側は利益の一部を領主に収め、領主はその中の一部を皇帝に差し出し、逆に店側の経営が危うくなると、領主に援助を求めることもできる。
このように、企業と領主は密接に繋がっており、民間が民間に資金援助などしてもらって成り立っている企業は、ほぼ無いと言ってもよいだろう。
そして店主の言う株式会社とは、民間から資金を集めて成り立っている企業だとかなんだとかで、ユライカナンにもそのような会社はいくつもあるというのだ。
しかしラムリーザは、その辺りの仕組みを聞いたことはなかった。
ここでの問題は、株式会社という制度の問題ではなく、そういった民間企業に国王が一般社員として務めていたという部分である。
「ま、不思議じゃないだろう。国王や皇帝陛下に比べて格は落ちるが、領主さん、あんたも今日は――来てないね。領主さんの友人の店で働いているじゃないか」
「ああ、そういうことなら分かるような気がしますね」
店主に言われてみたら、今はまだ正式な領主ではないが、ラムリーザ自身も時々ジャンの店で演奏して、小遣いみたいな感じで報酬をもらっている。領主が務めるナイトクラブと言ったら、国王が務める株式会社と似たような物だろう。
「それで、『クッパの』とはクッパのパ製品ですか?」
「そこまではおっちゃんは知らないなぁ」
「そうですか……」
ごんにゃ店主が知るのは、噂話程度の事柄であった。クッパのとクッパのパに関係があるのか? 実りがあったとすればこの程度で、余計謎が深まってしまっただけかもしれない。
カウンター席のラムリーザは、ボックス席に居る「クッパの事件」の当該者であるソニアを振り返った。
ソニアはユコと並んで、顔中汗びっしょりにして、その顔面と同じような真っ赤なリョーメンと格闘中だ。ココちゃんのために、そこまでするのか? と思ってしまう。
今日などは、店主から「もうキャンペーンも終わっているので展示品はプレゼントするよ」と言ってくれたのだが、「そんなのはココちゃんに失礼です」といった謎の理論を展開して、マグマリョーメンに挑んでいた。
二人の脇には、既にもらっているココちゃんがとぼけた顔つきで控えている。もう意味が分からない。所持数も総計三十五個と二十四個となり、さらに意味が分からない。
それにソニアは、自分の部屋があるのに、全部ラムリーザの部屋に持ち込んでくる。増えすぎ、邪魔でしかない。せめて整頓しようとラムリーザが並べようとしたらソニアは怒る。クッションを飾るのは変だと、意味不明の極地である。
二人が長時間かけて激辛リョーメンを完食した時、昼食時間はとっくに過ぎており、ラムリーザたち以外の客は誰も居なくなっていた。
午後に何をするかも特に決めておらず、折角集まったのだしと、店内の一角を借りて、作戦会議という名の雑談が始まった。暇な時間なので、店主もその雑談に首を突っ込んでいる。
「クッパのじゃなくて、クッパのパじゃなかったか?」
ラムリーザは、ソニアに店主から聞いたことを踏まえて、もう一度聞きなおしてみた。
「クッパのパなんて知らない! クッパのを買った! 取られた!」
思い出したかのように、ソニアは怒り出す。クッパのだという意見は変えないようだ。
「だがの、クッパのという物は見たことないぞ」
店主に言われて、ソニアはさらに激高する。しかし、それを見たのはソニアだけ。
それを買ったという勇者店もその日の後、ラムリーザは尋ねてみた。しかし不思議なことに、クッパのなどは入荷しておらず、ソニアに売った記憶はないというのだから、ますますソニアの妄想である可能性が増えてしまっていた。
「君たち冬休みだろう? クッパ国に行ってみたらどうだ? 学生はええのぉ、長期休暇が定期的にあって」
店主は、提案と不満を同時に述べる。しかしそれは、検討する価値のある提案だった。
「でも、クッパ国って滅亡したのでは?」
「跡地が残っているらしいぞ、おっちゃんは行ったことないけどな。ほら、そっちのお嬢さんは遺跡とか好きそうじゃないか?」
店主は、ユコを指して言った。
「そういえば、ユコと言えば遺跡、なぜだろう?」
ラムリーザは、全然関係が無いようで、それでもなぜか結びついているような気がするのが不思議だった。
「テーブルトークゲームでゲームマスターやって、遺跡がよく出てくるからでしょう」
ロザリーンはよく覚えていた。
「ラムさんが遺跡に行くなら、俺はボディガードやるぜ」
レフトールは遺跡探検に乗り気だ。ゲームの中では、ファイターのソニアやリリスがソーサラーのラムリーザを護衛する立場だが、現実ではレフトール辺りがその任に就くといったところか。
実際には、本職の護衛役レイジィなどがついているが、彼らは普段の生活には干渉してこないように潜んでいる。そういう意味では、表向きの護衛が番犬――いや、番長レフトールと言える。
「マックスウェルも行くぞ」
「やなこった」
しかし、のんびり屋でめんどくさがり屋の子分は、親分に同調しない。
「待てよ。『クッパの』だか『クッパが』だか知らんが、ソニアの妄想だけであんな遠くまで行くのは意味がないぞ」
現実的なリゲルは、冷静に判断する。
「あたし取られたもん!」
「だが取った奴は存在しないと言っているじゃないか」
ソニアとリゲルの言い合いが始まるが、ラムリーザもソニアを信じてやりたいが、あまりにも話が非現実的過ぎるのも事実だ。
レフトールとマックスウェルの言い合いも発生しているが、どうやらこの休みの間に、プロレス同好会の冬合宿が計画されているらしい。
めんどくさがり屋は撤回。マックスウェルは、不良集団から足を洗って、プロレスに打ち込むのんびり屋になっていた。
「まぁ行くなら手伝ってやろう。ただし、気楽に行くには遠すぎる。それに、パタヴィアは国交もあまり発展していないから、鉄道も開通していないから一発でというわけにはいかない。車で延々と、何時間かかるだろうかな? とにかくそいつの戯言だけで行ってみると言うのには、反対だ」
現地点でのリゲルの意見は出た。
「あたしはクッパのを返してもらいたいだけ。クッパ国なんかに用は無い」
これがソニアの意見だ。
「――となると。もう少し話が見えるようになるまで、この話は保留ということで」
主な二人、参謀長と事件の当該者の意見を聞いて、ラムリーザはこの話は一旦保留にしておいた。観光で行くにはクッパ国――パタヴィアは遠すぎるし、いろいろと準備も必要だろう。
そんなわけで、この場面では一旦解散という話になった。
ユコはレフトールとマックスウェルを率いて再びゲームセンターへ。リゲルとロザリーンは、もう一度天文台建設場所へ行ってみることにした。そしてラムリーザは、ソニアと二人で中央公園にでも出かけてみるのであった。