クッパの被害者の会
12月27日――
この日の午前中、ラムリーザ至福の二度寝タイムは、一本の電話によって中断を余儀なくされてしまった。
ラムリーザは布団から身を起こして、携帯端末キュリオに手を伸ばす。そのディスプレイには、ユコの文字があった。
珍しいな、と思う。リリスからはソニアに対する嫌がらせを目的とした、特に重要でも何でもない連絡が来ることがよくあった。それがソニアとリリスの携帯戦争を引き起こすきっかけとなるのだが、リリス自身暇つぶしにソニアに喧嘩を吹っ掛けるために、ラムリーザに雑談を持ちかけていた節があった。
「おはよう、どうしたの?」
そこまで言いかけて、あまり優しい口調だとソニアにばれるので、「大魔神くん」と付け加えておいた。こうしておくことで、相手がジャンだと誤魔化せることが多い。
しかしユコは、大魔神発言に対しては何も触れてこなかった。それよりも、なにやら怒り半分呆然半分恐怖半分――ぬ、合計したら一を超えた。それぐらいわたわたと文法もおかしくまくし立てたのだ。
「ええっ? 本当にそうなん?」
朝からラムリーザの部屋でゲーム中のソニアは、ちらりと振り返って訝しむ目を向ける。ラムリーザに電話がかかってきたら、相手が男子か女子かをものすごく警戒する困った娘だ。
「勘違いじゃねーのか?」
だからラムリーザは、ユコ相手でもあえてジャンに話すように、ちょっと乱暴な口調を使う。しかしいつもならその口調も受け流すユコなのだが、今日は乱暴に答えられたことでさらにヒートアップした。
「だから、そんな人はここには住んでいないんだって」
「だから窃盗は憲兵に」
「いや、別にユコのこと信用しないわけじゃ――あっ」
思わず名前を言ってしまったが、それだけでもう万事休す。ソニアはコントローラーを投げ捨てて、ラムリーザの居る布団の上へと突進を開始した。
「あっ、こらっ」
ソニアはラムリーザ目掛けてダイブすると、携帯端末を取り上げてしまった。すかさず送話口に口を近づけて叫ぶ。
「寝取るな呪いの人形! 番長とやってろ!」
「おまっ――」
ソニアは携帯電話を切ると、そのまま何事もなかったかのようにゲームへと戻る。いままでのリリスのパターンでは、ここからソニアの端末にメールが連投されることとなり、それがメール戦争に繋がるわけだ。元々リリスはそれを狙って、ラムリーザにかけてくるのがほとんどであった。ある程度常識人のユコとそれに発展することは、ほとんど無い。
しかし今日は、ラムリーザの携帯端末にメールが飛んできた。
「おっ、リゲルからだ」
ラムリーザはわざとらしく嘘をついて、端末を操作してメールを開く。
「ユコからでしょ」
「おわぉっ!」
ソニアはいつの間にかラムリーザの目の前に戻ってきていた。
こうなると隠し通せないし、別にユコと二人での秘密会話をしていたわけではないので、堂々と話す。
「今朝ユコも、勇者店で『クッパの』を買ったんだとさ。それでクッパと名乗る人物に店の外で出会って、それを取られたんだとさ」
「ほらーっ! だからあたしも言ったのに!」
結局怒られた。
ユコからのメールは、「勇者店を問い詰めるから来て」というものであった。
ラムリーザは二度寝の続きは諦めて、出かける準備を始めた。それを見て、ソニアもゲームのプレイを中断する。どうやらついてくるようだ。
ソニアは好奇心半分、「クッパの」追及半分、ラムリーザとユコを二人きりにさせない半分。あれ? また一を超えた。まあいいか。
数十分後、ラムリーザとソニアは、フォレストピアに出店した勇者店の前へ到着していた。店の入り口で、ユコが一人待っている。
「それで、取られたクッパのは?」
「取られたんだから、今は無いですの。店主に聞いてください」
どうやらユコは店主に「クッパの」について追及したかったが、一人では怖かったのでラムリーザを呼んだようだ。
「じゃあ僕が尋ねてみるから、君たちは店の中を回って『クッパの』を探すんだ」
役割分担を決めて、勇者店に突入した。
「あら領主さん、おはよう」
女店長のリネイシアは、笑顔で挨拶してくる。黒髪なところがリリスみたいで、彼女が十年ぐらい年を取ったら店主のような感じになるかな? といったところだ。
「おはよう。ところであの娘、ユコって言うんだけど、今朝は何を買ったのかな?」
「えっ? あの娘ですか? 何も買わずに出ていきましたよ。たぶん――」
「たぶんって?」
「店に入ってくる姿は見ました。でも出ていく姿は見ていなかったような――、でも今入ってきましたよね? えええ?」
どうもあやふやだ。
店の入り口は、カウンターからよく見える場所にある。だから店主は、誰が入ってきたか、誰が出ていったかを、混雑してなければある程度は把握できる。そしてユコのような、美少女であればなおさらだ。
「で、『クッパの』は見つかったか?」
ラムリーザは、インスタントリョーメンコーナーでうろうろしている二人に問いかけた。
「無いですの……」
ユコは力なく答える。
「わかった! 店長があいつとグルで、時々一個だけ出して、その時だけ店の外であいつを待機させていて取らせるんだ!」
「あいつって誰ですか?!」
突然ソニアに怒鳴られて、店主も思わず言い返す。たまたま他の客が居なかったからよかったものの、勇者店は一時騒然とした。
「クッパと共謀して、『クッパの』を取らせてる!」
「とりあえず静かに話せ」
激高して騒ぐソニアを、ラムリーザは落ち着いて諭す。
「うちでは『クッパの』なんて商品は扱ってません。見間違いでしょう?」
「私も見ましたの。ちゃんと『クッパの』と書いていました」
「あなたとは、今日まだレジで会っていません」
「えー……?」
どうも話のつじつまが合わない。
ソニアもユコも、「クッパの」を買って、その後店の外でクッパと名乗る男にそれを取られてしまった。しかし店主は、今日ユコとレジで会っていないと言うのだ。
「まさかユコ、商品を持ち出して――?」
「そんなことしません!」
「だよなぁ……」
番長レフトールなら万が一にもそんな悪いことする可能性も無きにしも非ずだが、ユコがそんなことをするとは思えない。
ここは一旦店主に「お騒がせしました」と頭を下げて、店から出ることにする。その「クッパの」とやらが置いてない以上、ソニアとユコの体験でしか語られていない。そして一人なら勘違いもありうるが、二人が同じような体験をしたとなると、そこには何かがありそうだと考えるのも仕方がない。
「やっぱり、クッパ国に行ってみる必要があるかなぁ」
ラムリーザは、遠くに見える山脈を見つめながらつぶやいた。
このフォレストピアで、ほんのささやかではあるが異常事態が発生している。そしてそれは、古のクッパ国に関連する事柄らしい。
その原因や正体を掴み取るために、見たことのない、行ったことのないクッパ国の様子を探る必要がありそうだ。
あまりにもくだらない出来事なので気に病む必要は無いように思えるが、ひょっとしたらこれが「テロリズム」という恐ろしい行為の前触れなのかもしれないのだ。
クッパ国は敵なのか? それとも敵とかそういう物ではなく、もっと超自然的な現象なのか?
早速作戦会議と称して、ラムリーザにとっての参謀長リゲルが呼び寄せられた。ラムリーザにとって、困ったときのリゲル頼みである。
午前十一時、ラムリーザの部屋にて――
リゲルの到着を待って、作戦会議が始まった。参加者は、ラムリーザとリゲル、そしてソニアとユコの四人だ。議長みたいなのはラムリーザ。まとめ役がリゲル。そしてソニアとユコは事件の証人だ。
「さて、今回の『クッパの』騒動については、既にソニアとユコが被害にあっている。この対策についての具体的な行動計画はまだ立案されていない。本日の会議はそれを決定するためのものだ。諸君の活発な提案と討論を希望する」
テーブル席に着いた四人、その会議はまずはラムリーザの若干厳かな雰囲気を持った開会宣言から始まった。
宣言後、ソニアとユコの視線はリゲルへと向く。
「何だお前ら?」
二人の何か言って欲しそうな視線に気がついたリゲルは、二人に鋭い視線を向けて静かな口調で言う。
「作戦参謀として、幕僚として参加させていただき名誉です、とか言わないんですの?」
「最初は参謀が意見しないとね」
リゲルは二人をじっとにらみつけていたが、やがて「ふっ」と笑うと、流暢に語りだした。
「今回の事件は、二人のじゃじゃ馬娘が引き起こしたフォレストピア幕開け以来の暴挙であると信じる。作戦参謀として、そんな奇怪な事件に付き合わされるのは時間の無駄、誠不本意である」
「何それ! あたしちゃんと『クッパの』取られた!」
「私も取られましたの! それに売ってたし買いました!」
こうして、ある意味活発な提案と討論が始まったのである。主に証人の二人が騒ぎ、ラムリーザがなだめ、リゲルがまとめている。
どこから調査するか。勇者店が何かを隠しているとか、謎の浮浪者を炙り出せとか攻撃的な意見、勇者店を監視して誰かが「クッパの」を買った後に取られるところを捕まえるという探偵めいた作戦などが挙げられる。
そして浮浪者の炙り出しは憲兵に依頼する、勇者店での「クッパの」販売は、店の帳簿を提示させるといった具合に方法が決まってゆく。
しかし根本的なものとして、なぜクッパと名乗る者が現れたのか。その人物は、古の――と言っても数十年前に滅亡したばかり――クッパ国と関係があるのか。今のクッパ国はどうなっているのかという新しい疑問も浮かび上がった。
「ここは、ごんにゃ店主の案に乗ってみるかなぁ?」
ラムリーザは、昨日ごんにゃで食事した時、店主から「クッパ国跡地に行ってみたらよい」と提案されたのだ。学校も長期休暇に入ったばかりだし、旅行を兼ねて出かけるのも悪くはない。
「クッパ国の跡地に行ってみるのか?」
「そうしてみよう。何も無かったとしても、旅行だと思ったらいいだろう」
こうして会議の結論として、クッパ国の跡地に実際に行ってみると決まったのであった。
「あたしも行く!」
「私もです。クッパを捕まえて、返してもらうんですの!」
ソニアとユコも、その旅に同行を申し入れた。
「しかしラムリーザ、遠出になるが大丈夫なのか?」
「南の島でいろいろと出かけた時と同じ、周辺警護の一団も同行――はしないけど、ついてきてもらうさ」
護衛のレイジィが居れば、ラムリーザ的には何の心配もなかった。
「そうだわ、レフトールを誘いましょう」
ユコはそう言うと、自分の携帯型端末キュリオを操作して、レフトールを呼び出そうとする。
「なんで番長が?」
「まぁいいんじゃないかな、僕の騎士だと自称しているんだ。それにボディガードやるって張り切っていたしな」
ソニアは難を見せるが、ラムリーザはユコの提案をすんなりと受け入れた。
「それよりも、ロザリーンはどうするんだ?」
ラムリーザはリゲルに聞いてみる。
「ロザリーンを連れていくと、ミーシャも連れていかなければならない。ミーシャが来るとおまえの妹もってなるだろう。そんなに大勢でゾロゾロ出かけるのも面倒だ。ここは二人ともお留守番とする。いいか、遊びに行くのではないのだからな」
「番長、今からこっちに来るんですって」
「よし、ばんちょ――レフトールの到着を待って、「クッパの遠征隊」の旅を始める」
「それなんかムカつくから名前変えて」
ラムリーザは、とっさに思いついた名前をソニアにダメ出しされてしまった。彼女が言うには、クッパって奴が主体の遠征隊みたいだから嫌だと言うのだ。
「クッパの悪行調査隊にして」
「悪行って――」
でもソニアとユコにとっては、自分たちが買ったものをその場で取られているのだ。強盗のようなものをされたに等しいので、悪行とも言えるだろう。
「それで、移動手段は?」
ラムリーザは、リゲルに尋ねた。まだ帝国とクッパ国との間には国交が成立しておらず、鉄道や定期便などが開通しているわけではない。
「長旅用の車がある。それに乗ってきてやろう」
いろいろと車を所持しているリゲル――の家。普段遊びに行くときは、カブトムシのように丸っこい車。大勢で行くときは、大型のバンと使い分けている。
クッパ国の跡地まではかなり距離があるので、長旅用の車を用意すると言うのだ。そこで早速リゲルは、車を持ってくるために一旦家に帰ることとなった。
続いてユコも、旅の準備のために帰宅。
ラムリーザはレフトールに改めて連絡しなおして、長旅になるからその準備をと伝えるのであった。
みんな一旦帰宅し、屋敷にはラムリーザとソニアが残された。二人もこれから旅の準備をしなければならない。
「長い旅の始まりだーっ、いざタリムへ」
ソニアは妙にはしゃいでいる。元々は自分が被害を受けたため、その調査をしに行くのに、すっかり旅行気分だ。もっとも、旅行も兼ねているのも事実だが。
「学校が二週間ぐらいだけど長期休暇でよかったな」
「休み中クッパが見つからなかったら、その先はどうするの?」
「そうだなぁ……、週末冒険でもいいか」
世の中には、平日は会社などに勤めて一般人をやっているが、週末の休みになると、いろいろと出かけて冒険者になる、兼業冒険者というものが――居るのかな?
「それよりも、その格好で行くのか?」
ラムリーザは、冒険に行くと考えると、今のソニアの格好に疑問を覚えた。
ソニアは、いつもの格好。上半身はまあよいとして、際どい丈のミニスカートに、素足サンダル。冬でも比較的温暖な南国であるがゆえ、年中同じような格好だ。遊びに行くのであれば、多少目のやり場に困るが、もう慣れっこのラムリーザにとってはあまり気にせずパンツを見る。いや、見える。
「なんかまずいの?」
「冒険に行くんだぞ? それに、クッパ国はずっと北だと聞く。ここより寒いかもしれないぞ」
「でも雪山にビキニアーマーで挑んだ戦士居た」
「ゲームだろ? ならばビキニアーマーになれよ」
「やだ、変態」
「お前はゲームキャラを変態だと思っているのな。まあいい、とりあえず冒険に出るのなら、肌の露出は極力減らすべき」
「そんなの横暴だぁ」
結局ラムリーザは、ソフィリータから厚手のサイハイソックスを借りてきてソニアに手渡した。
「これを履いていくこと。でないとお留守番」
「む~……」
ソニアに着替えさせている間、ラムリーザはブランダーバスの準備にとりかかる。これは、いざという時の護身具になる――はずだ。今なら結構な確率で、的に弾を当てられる。
本体を腰につるし、弾薬は重すぎない程度に皮の袋に多めに入れて、同じく腰につるす。一つの弾薬で三発撃てるので、十個ほど持っていればある程度は対応できるだろう。決して軽い物ではないので、携帯する場合はそのぐらいの数にするのが現実的だ。万全を期すなら、携帯せずとも弾薬入りの鞄を一つ持っていくべきだろう。
とにかく開発されたばかりの護身具。実戦で使われることになれば、これが初めてだった。
ラムリーザが護身具の準備をしている間に、ソニアも冒険用の衣装に着替え終わった。ただし、むき出しの足を保護するために、厚手のサイハイソックスを履いただけ。
「もー、こんなのやだぁ」
「丈夫な生地の長ズボン履いたら、それ脱いでもいいよ」
「ズボンなんか履いたら負けかなと思ってる」
「なんやそれ」
あとは食料――は戦争じゃないので普通に現地調達できるだろう。まさか旅行者に焦土戦術を取る不可解な国は無いだろう。
替えの衣類も最低限用意するとして、旅行先で新しい衣類に着替えるのも悪くない。うまくいけば異文化に触れられる。まさか、裸で暮らしている国――いや、もっと南の熱帯地域では、未開地の自然の中に住む部族はほとんど裸で過ごしていると聞くが、そのような所に行くわけではない。
そんな感じに準備を済ませた二人は、屋敷の入り口に出て、リゲルとユコとレフトールの到着を待つのであった。
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