ユライカナンのイシュト嬢
12月27日――
謎のリョーメン「クッパの」の謎を探るべく、クッパ国へ向かうことになった。
今回もリゲルの車で出かけるのだが、その到着までラムリーザは改めてクッパ国について地図で確認してみた。
玄関前でエルドラード帝国周辺が書かれている地図を広げて、その場所を見てみる。これまでの地理学で学んだ範囲では、ここよりもずっと北の国だということが分かっているぐらいである。
地図によれば、帝国と隣国ユライカナンの間を流れているミルキーウェイ川。その川をずっと北上して、水源の山を越えてさらに北へ向かったところに、クッパ国の跡地が存在している。
帝国ともユライカナンとも国交はほとんど無いので、そこまでの鉄道は走っていない。だから、延々と続く道を、自動車なり馬車なりで進んでいくしかないのだ。車でも数時間以上かかるのは確実、徒歩で行こうなどと考えると、普通に週単位かかってしまうだろう。リゲルが長距離用の車を用意すると言っていたのも、その辺りを考慮した結果である。
しばらく地図を見ていると、ユコが登場。同じフォレストピアに住んでいるので、準備してすぐに現れられたのだ。
「来る前に途中で勇者店みてきたけど、『クッパの』は今日は置いてませんでした」
「だから二人の見間違い――」
「「それは無い!!」」
ステレオで非難されるラムリーザであった。
「あ、ソニア珍しく足出してない」
ユコは、ソニアのいつもとの違いにすぐに気がつく。
ソニアは「いやなのに」などと言いながら、靴下を脱ごうとする。
「それ脱いだら留守番だからね」
「む~……」
「それよりも、クッパ国の跡地はここよりもずっと北国だから、ユコも――大丈夫か」
ラムリーザはユコの格好を見て、ソニアと違ってちゃんとしていると判断した。ちょっと厚めの生地のワンピース。だが膝が隠れるぐらいの丈で、ひざ下もタイツかハイソックスか何かで露出していない。普段からユコは、それほど肌を露出する格好はしていないのだ。
「ソニアはビキニアーマーで北国に行っても平気だと思いますの」
「何よ! ユコは逆バニーで行ったらいいんだ!」
「よし、二人ともそれに着替えてみようか」
「「変態!」」
ラムリーザはまたしてもステレオで非難されてしまう。リリスもそうだが、この娘たちは共通の敵が現れた時だけ協力するのだ。
例えばミーシャがリードボーカルやると言えば、ソニアとリリスはお互い協力して排除しようとする。
ソニアとユコの場合では、「ココちゃんというぬいぐるみ」と言うだけで、簡単に二人掛かりで攻撃してくるであろう。
「それでもココちゃんはぬいぐるみ」
だから、ラムリーザはヤケになってつぶやいてみていた。どうせ嫌われるなら、とことん嫌われてやろうという精神である。そんな精神は要らないが。
「誓約違反ですの」
言って後悔するラムリーザ。事態を余計にややこしくするだけであった。
丁度いいタイミングで、屋敷に大きめの車がやってきた。いつもの丸っこい車でも、大きなバンでもない。
運転しているのはリゲルで、助手席にレフトールが乗っていた。ラムリーザは、傍で八箇条の誓約を詠唱し始めた二人から離れて、車の元へと向かっていった。
「新しい車だね」
「プージな。探検用に頑丈だし、車内は広めなのでゆったりできるぞ」
「わーあ、新しい車だー」
そこに、ソニアとユコも駆けてくる。
「ほれ、助手席ラムさんで」
レフトールは車から降りて、ラムリーザを案内する。
「残念ながら、四人乗りだから一人留守番だ」
しかしリゲルは、冷たく言い放った。車内は結構広そうに見えるが、人数制限があるのだろうか?
「ソニアが留守番してくれますの」
ユコは、後部座席にさっさと乗り込みながらそう言った。
「なんでよ!」
「そうだな、ソニアが留守番か。それもよかろう」
「やだ!」
リゲルとユコが、コンビを組んでソニアに意地悪を仕掛けた。よくある光景だ。
「レフトールが助手席でいいよ」
ラムリーザはそう言って、ソニアを抱きかかえて後部座席へと乗り込んだ。しかし乗ってみて気がつくのだが、広い車内、後部座席は四人ぐらい並んで乗れる程の広さだった。
「んじゃ俺が助手席で」
「――ってか、広いよ? これでなぜ四人制限なんだ?」
ラムリーザは、ソニアを窓際に寄せて真ん中に移動しようとした。するとソニアは、ラムリーザを窓際に押し込んで真ん中に行ってしまった。おそらくラムリーザとユコを並べたくないだけだろう。
「これは六人乗りだが、ソニア制限がかかっているのだ」
「なんやそれ」
「呪いの人形も氷柱もいじわる! ラムしか優しい人居ない!」
「俺は何も言ってないぞ」
ソニアは騒ぎ出したので、レフトールは関与してないと言っている。全員が乗り込んだということで、車は出発した。まずは、ユライカナンを目指して西へと向かう。
夕方が近い日が西に傾いた昼下がり、こうして新しい旅が始まった。
「優しい番長って変」
「正義の番長と呼べ」
最初は番長と呼ばれることに抵抗を感じていたようなレフトールだったが、最近では普通に受け入れている。
「悪の双璧のくせに」
「違うなそれは。今の俺は、ラムさんと組んで善の双璧となったのだ」
ラムリーザは、勝手にコンビに組み込まれてしまった。
「ゼンって、嘆きの谷にある岩の封印を砕いて死ぬけどいいんですの?」
「あたしルーナだから関係ない」
そしてユコが挟んできた言葉は、謎の物であった。ただし、ソニアは反応しているので、ゲームか何かに出てきたものだろう。
会話は実りのないものだが、車は線路沿いの道をどんどん西へ向かっている。しばらくすると、右手側に観覧車の骨組みが遠くに見えた。
「あー、ポンダイパークも順調に仕上がっているね。今年の夏には開園できるかな?」
ポッターズ・ブラフ地方にもある、帝国で有名な遊園地、ポンダイパーク。その遊園地をフォレストピアにも作ろうと、街から西に外れた荒野に建設中なのだ。
「あたしジェットコースターに何度も乗るよ」
「私はお化け屋敷かなぁ、レフトールさんは?」
「俺は見世物小屋。ゴム人間とか傑作だ」
「あうん」
とまぁユコは見世物小屋は苦手みたいだが、遊園地にはいろいろと施設があるものだ。
遊園地を通り過ぎると、だだっ広い平野に農作地が広がっている。これがもっと早い時期なら、黄金色の大地となっていただろうが、今の時期はほとんど土がむき出しだ。
「さて、暇なこの時間を利用して、これから向かうクッパ国についておさらいしとくか」
ラムリーザは、車の中での雑談が一段落したところで、お勉強タイムを提案してみた。
「滅びた」
リゲルは短く答えた。
「なぜ?」
ラムリーザは、そこにあえて食らいついてみる。
「クッパ国の滅亡について以前話をしただろ? レフトール、お前が説明してやれ」
リゲルはめんどくさそうに、助手席のレフトールに丸投げしてしまった。
「ん? あれだろ? 国王が気に入らねーやつに責任を全部押し付けていったら、国自体が責任を引き受ける能力を失い、誰だっけ? クリボーだ。クリボーが賠償しきれなくなったとき、経済から倫理、治安能力などが崩壊して国として成り立たなくなったんだろ」
「よく知っているな」
先月の勉強会で、レフトールと同席したラムリーザたちは、彼が意外と勉強できることを知っているが、リゲルはその場に居なかったので知らなかった。
「そりゃあ憲兵も機能しなくなるぜ。もし全部ソニアの責任にしてよいってことになったら、俺は憲兵目指すね。強盗も殺人も、放火も強姦も、全部ソニアの責任にできるのなら、検挙率100%の凄腕憲兵だからな」
「なんであたしなのよ! 番長の方がそんな悪いことやってそう。カツアゲと称してみんなからお金奪っている癖に!」
「いや、称さなくてもそれカツアゲだからな」
「お前まだやってんのか? カツアゲ」
そこにリゲルが口を挟んできた。
「やってないやってない。最近の流行りはパー券だね、パー券。一枚千エルドぐらいでチケット売ってさ、後は広い家に住んでいる奴に部屋を借りて、適当に食い物や音楽かけといたら結構稼げるぜ。ラムさんも毎月始めの週末にやってるだろ?」
「お前のやっている意味不明なパーティと、フォレストピアの首脳陣パーティを一緒にするな」
「なんだとこら、ウサリギ派みたいにパー券売るだけ売ってバックレる奴らとは違うんだぞ。あいつらのせいで、警戒されて困ってんだよ」
ほっとけば、なんだか運転席と助手席で口論が発生しそうだ。
「一緒にジャンさんの店で演奏したら、お小遣いもらえるのに。レフトールさんには、サブパーカッションという重要な役割作りますのよ」
「あー、あれか。風船おっぱ――じゃなくて、洗濯板をがしゃがしゃ鳴らすやつ、めんどくせーんだよ」
「ウォッシュボードですの。あと風船おっぱいお化けとか洗濯板とか、そんな言い方やめてください!」
「だれが風船だ! この幽霊女!」
口論が後部座席に移動した。どうしてこう平和的に行けないのだろうか? ラムリーザは、徐々に近づいてくるミルキーウェイ川と、その水面に近づいていく夕陽を眺めながら、口論を放置することに決めた。
クッパ国についておさらいをすると言っても、大きく知られていることは今さっきレフトールが言ったことで全てだ。あまり国交がないので、あほな暴君が居た、その程度の小さな認識でしかないのがクッパ国というものだ。それだけに、謎が多いところもある。
やがてミルキーウェイ川の傍までやってきて、フォレストピア側の検問を通過する。この車では五人通過、この辺りの出国や入国管理はきっちりとやっている。川には線路の橋と、それに並行するように車用の橋も仕上がっていた。
ラムリーザの対応で検問を突破――などと言えば強引みたいなので、普通に通って橋を渡る。国境の川は大きく、車で十分弱走って渡り終える程の幅だ。
ユライカナン側でも今度は入国管理を受けて、夏休みぶりに隣国へと入った。ここからずっと北へ向かうこととなる。
「ユライカナンの北の果てで、宿を取って一晩休んで、明日じっくりと北を目指そう」
そろそろ日も暮れてきたのでラムリーザがそう提案した時、持っていた携帯端末から通話の着信が入った。
「誰?! リリスだったらあたしが出る」
ラムリーザの電話に敏感なソニアが、すぐに反応する。
「リリスじゃないよ、イシュトだよ」
イシュトと言えば、ユライカナンの最東端、サロレオームの都を治めているシロヴィーリ家の令嬢だ。夏休みに会ったこともある。
「イシュトか、なら良い――くない! イシュトも女だ!」
ラムリーザは向かってくるソニアを左手で押し返し、右手で電話に出る。ソニアはラムリーザに顔面を掴まれて、引き剥がそうともがいている。
「こんばんは、珍しいね。どうしたのかな?」
『こんな夜更けにようこそいらっしゃい。お宿をお探しでしたら、うちにどうですか?』
懐かしいのんびりおっとりとした口調に癒される。
「それはいいけど、よく分かったね」
『ラムリーザさんが我が国に来たときは、責任をもってわたくしが見てあげますよ。そういうことですので、検問の方にラムリーザさんを見かけたら連絡をお願いしてますのよ』
「そ、それはありがとう。それじゃあ今夜は泊まらせてもらおうかな?」
そこまで至れり尽くせりだとは知らなかったラムリーザは、イシュトの好意に甘えることにした。これはイシュトがもしもフォレストピアを訪れることがあれば、今度はラムリーザが責任をもってその身を護らねばならぬということだ。
『それではお待ちしておりますわ』
そこで通話は終わった。携帯端末を懐にしまい、ソニアの顔面を掴んでいた手を放してやる。
「リリスの脅威が去ったと思ったら、次はイシュトが襲い掛かってきた!」
「リリスと違ってイシュトはお嬢さんだから、そんな乱暴なこと言うのは無しだからね。それに夏休みに会った時は大人しくしていたじゃないか」
「む~……」
それでもソニアは、夏休みに会った時のイシュトの雰囲気を思い出してか、すぐに大人しくなるのであった。
「というわけでリゲル、予定変更。シロヴィーリ邸へ向かってくれ」
「イシュトか」
リゲルは、何やら含みのあるような感じでつぶやいたが、すぐに進路変更してこの地方の領主が住む屋敷へと車を向けた。
リゲルは二人の関係をよくわかっていなかったが、今もイシュトはラムリーザに興味津々のようだ。ソニアが絡むことで、ラムリーザとケルムの関係はこじれてしまった。しかし、イシュトとはそんな風になっていない。
いずれ、国交の架け橋などと称して政略結婚でもするかもしれない。それでもラムリーザはソニアを捨てないだろうから、解決策として両方を選ぶ。すなわち、重婚でもしてしまえば、リゲルの思うつぼだ。皇帝陛下をはじめ、帝国の権力者が複数の女性をめとるのは珍しくない。
そうなれば、ラムリーザをダシにして、リゲルは堂々とロザリーンとミーシャの両方を相手に選べるのだ。
イシュトの存在は使える。
そんな考えを張り巡らせながら、リゲルは運転していた。
シロヴィーリ邸について、ラムリーザはイシュトの部屋に呼ばれると思ったら、なぜかキッチンに呼ばれてしまった。ソニアはついてくるので、他の三人を客室へ届けた後、キッチンへと向かう。
そこは、甘ったるい匂いに包まれていた。
「お待ちしておりましたわ、ラムリーザさん」
ラムリーザとソニアがキッチンに入ると、オーブンの前に居たイシュトは振り返って言った。
「こんばんは、何です過去の匂いは?」
「ケーキの匂いだ!」
ラムリーザは一瞬何だかわからなかったが、ソニアはすぐに気がついたようだ。
「はい。ラムリーザさんが来てくれたと聞いて、すぐに作り始めましたのよ」
そういえば夏休みに訪れたときも、イシュトはラムリーザたちにケーキを披露してくれた気がする。
「イシュトさんって、ケーキ作るの好きなのですね」
「はい。わたくし、何をやってもうまくできないのですが、お菓子作りだけは自信あります」
「はやく出してよー」
食いしん坊のソニアは、オーブンの前に駆け寄って急かす。
「あらあら、だめですよ。あと十分ぐらい焼かないと、中がドロドロですよ。それに、開け閉めを繰り返すと真ん中がへこんでしまいます」
「ソニア、邪魔したらダメだ。こっちきて座ってなさい」
ラムリーザに言われて、ソニアはしぶしぶとテーブル席へと向かい、ラムリーザの隣に座る。
「他のお客さんもお呼びすればいいですよ。八人分ぐらいできますから」
「それじゃあ呼んでくるから、ソニアは邪魔せずにそこに座って待っているんだぞ」
数分後、キッチンにみんなが集まったのと同時に、オーブンの中のケーキは焼きあがったようだ。
出来上がったのは、しっとりふわふわとしたハチミツ味のスポンジケーキだった。
「飾り付けの時間が足りなかったので、今日はこれだけですが、どうぞお召しあがってください」
イシュトは、ハチミツケーキを八等分して、一つずつ皿にのせて五人の前に持ってきた。
ソニアとユコは素早く飛びついたが、そうでない者も居る。
「あのさー、今って晩飯の時間じゃなかったっけ?」
「そうだな、大方突然の客で、用意できてなかったってんだろう」
リゲルとレフトールも一応ケーキを食べているが、ちょっと違うと言った顔つきだ。
「あらあら、まあまあ……」
ぶっきらぼうな二人に、イシュトの表情がちょっと曇る。
「僕は晩御飯がこれでも、いいか――と思うよ。イシュトさんのケーキはおいしいし」
「まあ、ありがとうございます。うふふ、嬉しいです」
逆に喜んでいるのはソニアとユコ、ラムリーザはここはイシュトの顔を立てておく判断をした。
結局のところ、晩御飯も用意中だったが、少し時間がかかると言うことで、イシュトが機転を利かせて簡単に仕上げられるケーキで間を持たせようとしたのであった。
晩御飯が出来上がるまで、テーブル席でイシュトを交えて雑談しながら待つことにする。イシュトは、温かいお茶も用意してくれた。
「まるで喫茶店だね」
「ええ。わたくし、一度喫茶店で働いてみたいと思っています。でもお父様がアルバイトを認めてくれなくて……」
イシュトは、ちょっと悲しそうにつぶやいた。
「喫茶店――?」
そこにピクリと反応したのは、なぜかユコだ。
「喫茶店でケーキとか出すんですの?」
「ええ、素敵な喫茶店を開いて、いろんなお客様に喜んでもらいたいな、と思っています」
「ふ~ん」
ユコは何か思うところがあるような表情を見せているが、それ以上突っ込むことはなかった。
「そうだなぁ。フォレストピアにはまだ喫茶店が無いなぁ。イシュトさんが来てくれたら、喫茶店任せられる、かな?」
「あらあら、そんなに気を使って頂かなくても」
しかしそれは、ラムリーザの心配するようなものではない。ユライカナンの令嬢が他の国で喫茶店を開くなどと言うことは、まず有り得ないだろう。
こうしてこの日の夜は、ユライカナンのシロヴィーリ邸にて晩御飯と一晩の宿を頂いたのであった。